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すれ違いだらけの俺の運命  作者: 甘衣 一語
守りたい
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頼られたい

 慶人は覚悟が決まったようで、咲ちゃんの小学校入学手続きを始めた。

 入学には色々とお金が掛かる。入学金は無償でも制服やカバン、図書バッグ、筆記用具。用意しなければならないものは多い。

 それなのに、親からのもらった資金は当てにできない。慶人曰くその金額は多いが、子どもを養うには不十分らしい。ただでさえ俺たち学生は学費と生活費の捻出で手一杯だ。それなのに頼みの綱だったそのお金も使えないのでは先行きは暗い。

 そのせいで慶人は明らかに無理をしている。バイトの時間が倍に増やし、その代りとして睡眠時間を削っている。それでも朝食を作り、洗濯などの家事も手放してくれない。

 始めよりは任せてくれるようになったが、それでも自分で頑張ろうとしている。

 金に関しては俺は部外者で力になれない。その分家事では俺を頼って欲しいと思うのに、それを口にする勇気もなく時間は過ぎる。


「いってきます。」

 咲ちゃんが出掛けたのを確認し、俺たちもバイトに向かう。

「それじゃ。」

 慶人とは途中で別れ、俺も自分の作業場所に着く。

 慶人の顔色が悪い気もするが、今は仕事に集中する。何かあれば周りの人に相談して抜けるはずだ。

 工場内を歩き回り、自分の作業をこなす。この工場で俺はそれなりに信頼してもらえている、と思う。だから仕事にやりがいもあって時間はあっという間に過ぎる。確認するともう昼過ぎ、俺と慶人は昼休憩だ。しばらくすると慶人も出てきて一緒に食堂へ向かう。今日は慶人の作った弁当だ。無理して欲しくない、という俺の気持ちとは裏腹に慶人は頑張っている。食堂の料理で済ませばよい昼食も土日は大抵弁当だ。

「なぁ、なんでそんなに勉強頑張ってるんだ」

 弁当を空にすると直ぐに慶人は教材を広げる。ここでも勉強だ。

 俺は、頑張っている慶人は応援したい。でも、今の慶人はあまりにも無謀だ。背負いすぎていつか潰れるのではと、不安で仕方がない。咲ちゃんのことは、慶人の手に余ることだ。だから今はそちらに集中すれば良いのに、なんで勉強まで頑張ろうするのかが不思議だ。

 慶人は一瞬顔を上げ、口を動かす。口を開いては閉じ手を繰り返し、結局答えてはくれなかった。

 そのまま休憩は終わり、午後の仕事は残り3時間だ。こちらもあっという間に時間が経ち、挨拶をしながら更衣室に向かう。慶人が遅れてやって来る。朝よりさらに体調が悪そうに見えるが気のせいだろうか。

 本人は至って元気そうに振る舞っている。

「平宮さんは先に行っていてください。」

 ロッカーを閉じる。そういえば、提出する書類があると言っていた。

「了解。」

 慶人のことも心配だが、咲ちゃんが既に帰ってきている。そちらの気にするべきだろう。慶人が更衣室を出るのを見送り、カバンを持つ。靴を履いてから手袋とネックウォーマーを着け玄関の扉を開く。

『ゴン』

 扉が閉まるその直前、ものが落ちる鈍い音が工場内に響いた。作業場の音はここまでは聞こえない。更衣室か、もしくは事務室、階段、廊下。嫌な予感が脳内を巡る。

 靴を投げ飛ばすように脱ぎ、階段を上る。

「慶人くん。」

 工場長が慌てた様子で階段を降りている。

 階段の踊り場に慶人が横たわっている。血が出ている様子はない。息もしている。

「うぅ。」

 慶人が目を開ける。酷く長い時間に感じた。

 俺と工場長の間を不思議そうに視線が泳いでいる。階段から落ちたことは覚えているようだが、痛がっている素振りはない。救急車を呼ぼうかという工場長の提案を断り、そそくさと立ち上がる。

「すいません、平宮さん。帰りましょう。」

 心配そうな工場長を置いて慶人は階段を降りて行く。

 俺も挨拶をしてその後を追う。フラフラと足元がおぼつかない慶人を支えようとするが、慶人は断る。

 怒りがこみあげる。怒りたい。怒鳴りたい。けれど、今ここで感情的にいっても意味はない。ちゃんと正面で伝えないと。

 今回のことは慶人のせいでもあり、俺のせいでもある。

 どこかで大丈夫だろうと思っていた。けれどやっぱり、不安なときは注意しないといけない。


 慶人が喋らない。咲ちゃんに話しかけられても適当な相槌しか打っていない。

 それが気に食わないようで、拗ねるようにそそくさと布団に入ってしまった。

 リビングに戻ると慶人は本を読んでいる。俺が紹介した本だ。僅かにクマのできた目を眠そうにこすりながら読んでいる。

「慶人。」

 呼んでいて不安になる。俺は人付き合いが苦手だから、時々慶人のことが分からなくなる。

 なんでそこまで頑張るのか、なんでそこまで自分を追い詰めるのか。分からなくて不安になる。

「おれ、頼れって言ったよな。」

 冷静に、と思ったのにダメそうだ。怒りが、不安が、心配が溢れて止まらない。

「おれ、そんなに頼りない。」

 頼りになる先輩、になりたくて色々声をかけた。同僚としてもそうだけれど、友達としても同居人としても、頼られたくて慶人のことがいつも気に掛かる。

 頼る。という行為が簡単でないことは知っている。それでも頼ってもらえるような信頼関係を、築けていると思っていた。けれど俺の頼って欲しいという気持ちが溢れるばかりで、心配が募るばかりで慶人の心が見えない。

「そうだよな。」

 慶人はずっと黙ったままだ。沈黙が、答えなのだろう。俺と慶人は、ただの同居人だ。

「違うんです。」

 立ち上がる俺を呼び止める。

「平宮さんは、十分僕を助けてくれてるじゃないですか。」

 俺を見つめる瞳に何か迷いを感じる。慶人が頼り慣れていないことは知っている。だから現状が慶人にとっての最大限なのも知っている。それでももっと、これは俺のエゴでもある。それは自分でも分かっているが、それでも譲れない。目の前で大切な人が苦しんでいるのに、助けられないのは辛い。

 気付いたら怒鳴っていた。いくら言っても慶人の言葉は変わらない。

 そんな自分に気付いて慌てて深呼吸をする。咲ちゃんは、起きていない。込み上げる怒りを必死で押さえる。

「なにが不安。」

 慶人の彷徨う視線を正面から見つめる。沈黙が続く。重苦しい沈黙が。けれどちゃんと俺と向き合ってくれているようなので待つ。

「平宮さんは、いつまで僕と一緒にいてくれるんですか。」

 5分か10分か。かなりの時間を経て慶人はそう口にした。質問の意図が分からず困惑する俺を置いて、慶人は喋り続ける。タガが外れたように口が動く。

「いつまでも。」

 一息に話し、俺の返事を待っている。要するに、慶人は俺を頼りすぎるのが不安らしい。頼りにされていない、のではなく頼りにされすぎていた。少し自意識過剰な解釈かも知れないが、慶人はそれが不安だったらしい。それなら、答えは簡単だ。

「慶人がいらないと思うまでいつまでも一緒にいる。お金だって貸す。いや、やる。返して欲しいとは思わない。慶人が不必要なことに使うような奴じゃないのは分かってるから、いくらでもやる。」

 これが俺の答えだ。今の俺にとって、慶人以上に大切な存在はない。咲ちゃんが大人になるまで、たった15年くらいなら慶人に拘束されても構わない程度には慶人が大切だ。いつか後悔するかもしれないが、今は何よりも慶人だろう。

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