ママの優しさ
咲は昨日来たばかりで、すでに俺たちになじんでいる。
慶人はまだ少しぎこちなく、兄として自分が頑張らないとというプレッシャーに潰されないか心配だ。
つい2時間前にはショッピングモールまで服や食器を買いに行き、2人ともはしゃいでいた。慶人も楽しめたようで安心した。
そして今、優大たちと一緒にいつものカフェに来ている。慶人と一緒に暮らすようになってからは疎遠になっていたが、相変わらずの騒がしさだ。
「どうしても、無理か。」
ここに来てからの30分の間、ずっと俺は同じようなやり取りをしている。
何度同じ言葉をかけても、返ってくるのは同じ言葉だ。
「僕、子どもの相手できないもん。」
「俺もバイトが忙しい。」
最初は俺からの誘いに嬉しそうな表情を見せていた大和も、今は困り顔だ。根負けしそうにはない。
明日から俺も慶人もバイトが始まる。明日だけは慶人が休みをもらったが、それ以降も同じようにはできない。大学が休みの間だけでも咲を見てくれないか、と2人に頼んでいるが結果は芳しくない。
「どうしたの、3人して暗い顔ね。」
他の客を相手していたママが俺たちのテーブルまで来る。
注文した商品を机に並べながら、大和の説明を聞いている。2人には、慶人の母親が重篤で代りに世話をすることになったと伝えている。慶人の実家の事情は俺が説明するには重い内容で、1から説明すると色々と面倒な気がした。思い込みの激しい大和が殴り込みに行くと言い出す危険性もある。
「そう、それは大変ね。」
大和の脱線ばかりで進まない説明を聞いて困った表情を作る。真剣に考えてくれている。
2人より先に、ママへ相談した方が頼りになったかも知れない。
「ねぇ、どうしても見て欲しいなら。」
あまり気の進まない選択なのか、かなりの時間をかけて口を開く。こんなに迷うママを見るのは珍しい。
「私が預かってあげようか。」
そう口にしても迷っているようで、声がノロノロと頭に入ってくる。
「ママが、どうやって。」
1番最初に声を上げたのは大和だった。少し遅れてから俺も理解する。
「正確には私じゃなくて、私の妻よ。」
「妻。」
大和が大袈裟に驚いている。結婚してたのか。
「そう、子どもも一緒だけど、それでよければ聞いてみるわ。」
少し父親の表情を見せながらそう言う。今までママのプライベートを聞いても教えてくれなかったのに、よいのだろうか。
大和が1人、ママの相手がどういう人かと騒いでいる。よいのだろうか。
心配な点は色々ある。ママのことは信頼している。けれどその家族には会ったこともない。咲ちゃんは慶人と大切な妹だから、知らない人に預けるのは抵抗がある。
それに今まで教えてくれなかったのには理由があるはずだ。それなのに、こんな個人的なことで迷惑をかけて困らないだろうか。咲ちゃんがママの子どもと馴染めるかというのも心配だ。
「心配だったらケイちゃんか響ちゃんが一緒に来てもいいわよ。」
そんな俺の心配がママには筒抜けだ。俺が悩んでいる間にと、確認の電話をかけに厨房へ戻っていった。俺も慶人に連絡する。慶人も咲ちゃんを預かってくれる人を探しており、直ぐに返事が返ってきた。藁にもすがる思いのようだ。
「じゃぁ、明日慶人が来るので。」
不安はあるが、判断は慶人に任せよう。
優大たちに礼を言い、カフェを出る。もう辺りは真っ暗だ。
家では珍しく夕食を担当することになった慶人が、咲ちゃんと一緒に待っている。冷たい風が吹く歩道を、早足で家へ戻った。




