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すれ違いだらけの俺の運命  作者: 甘衣 一語
守りたい
30/40

慶人の実家

 誰かの腕が当たり目を覚ます。

 そういえば、昨日は慶人がずっと俺にしがみついてそのまま寝たんだった。冬だが、男2人でくっつくとさすがに寝苦しかった。

 よほど泣きつかれたようで、俺の体をがっしり捉えている腕を動かしても起きる気配がない。

 既に時間は10時。休日の俺の起床時間だ。慶人より早く起きたのは初めてかもしれない。

 朝食、というより昼食の時間だが、食事を用意する。慶人はいつ起きるかわからないが、レンジで簡単に温めて食べられる内容を選ぶ。

 外から子供の声が聞こえる。帰省している子供たちのおかげで、最近このアパートも賑やかだ。

 そんな外の声に耳を澄ませ、鼻歌交じりに料理をしていると呼び鈴が鳴る。

 はじめは1回。もう1回。さらに2回。今度は3回。

 ふざけているのかというほどに繰り返し呼び鈴が鳴る。こんなことするのは大和しかいない。

「おい、やめろ、やま。あれ、どなたですか。」

 勢い込んで扉を開けるが、そこに立っていたのは女性だった。身長は俺より少し小さい、女性にしては高いが、真っ黒なスーツを着こなした女性だ。

「こんにちは。こちらは向野慶人様のお宅でお間違えないでございましょうか。」

 不自然な敬語を使い、作り笑顔を浮かべる。明らかな不審者だ。しかも慶人の名前まで知っている。

「はぁ、えっと。」

 どうこたえるべきか分からず、視線を彷徨わせる。

 アパートのすぐ目の前にある小さな小道を、1台の車が占領している。俺でも知っているIT企業のロゴが入った車だ。

「あ、申し遅れました。これは私のお名刺でございます。」

 慌ててブレザーの裏に手を突っ込み名刺を取り出す。礼儀作法も無視して適当に名刺を俺に突き出す。

 受け取った名刺には名前と、肩書が示されている。どうやら車の持ち主はこの人らしい。

 慶人同じ名前の会社、の秘書。慶人の名前を知っていることを鑑みれば、この会社と慶人に何らかのつながりがあることは明らかだ。

「慶人様はどちらでございましょうか。」

 口調はあくまでこちらを敬っているが、態度はでかい。家に入れろと目で訴えてくる。

「とりあえず中に入ってください。」

 押しに負けてしまった。外の車も放置したままだが、どうせ普段使われない小道だ。短時間だから多めに見てほしい。


「これおいしいね。君が作ったんでしょ、すごーい。」

 それから30分。家に入るや否や取り繕っていた仮面を外し、その女性は俺以上にこの家の住民のようにふるまった。今は俺が作った昼食を美味しそうに頬張っている。慶人は、まだ起きる気配がない。

 マイペースな性格で、俺が料理の途中だと知ると自分も食べたいと言い出した。

 一瞬も止まらずしゃべり続けるこの人の相手をしながら、料理を作るのは疲れた。その内容も会社の愚痴や天気の話でまとまりがなく、同意もできないモノばかり。ほとんど無反応だったが、気にはしていないようだ。

 一瞬で空になった食器を自分の食器と共に運び、向かい合う。

 またしゃべりだしたこの人の真ん前で、俺は本を開く。適当に相槌を打っていてくれれば、俺が何をしていても気にしないようだ。


 それからさらに1時間。さすがに相手をすることに疲れを感じ始めたころ、リビングを寝室をつなぐ扉が開いた。

「おはようございます。」

 客人がいることは分かっていたようで、俺の隣に座りながら不機嫌に挨拶をする。怒っているな。

 慶人が、今までこういった人たちとの関わりを避けてきたのは知っている。それなのに家に上げてしまった。しかも慶人の許可も得ずに。これは完全なルール違反だ。

 逃げるように台所へ向かいに耳だけをそちらに向ける。一言二言と言葉を交わす。明らかに慶人の口数が少ない。

 気分が紛れれば、と料理を温めて並べる。

「それおいしいよね。」

 慶人の不機嫌に気付いていないのか、彼女の態度はさっきまでと変わらない。

「社長が帰ってきて欲しいんだって。今日中に。」

 その口調のままでいきなり本題に移る。『帰ってきてほしい』あくまで可能性の1つとして分析していた慶人と会社の関係が真実味を帯びる。

「それは、絶対ですか。」

 家に入れなければよかった。今更後悔しても遅い。

 はっきりと断れなかった自分が悪い。慶人はまだ迷っているのに。俺にいろいろ話すべきかどうか迷うほど、まだ向き合えない過去なのに。こんなに簡単に慶人の心に入ってくる。

「うん。」

 無邪気に笑う。さっきまでと同じ笑顔が、今は無性に怒りを誘う。この人が悪い、とは言いきれない。それでも怒りの矛先は見えない敵より見える敵を狙う。

「俺も行きます。」

 気付いたらそう言っていた。女性のほうはどうでもよさそうな感じですぐに了解した。慶人も、少し不満そうだったが口には出さなかった。そうして勢い込んで立ち上がった俺たち2人だったが、相変わらずマイペースな彼女に出鼻をくじかれる。そういえば、まだ慶人は昼食を食べていなかった。


 慶人の食事が終わるのを待ち、車は走り出した。今まで通ったことのない道を走り続ける。俺の実家とは真反対に位置するようだ。そうやって車で3時間も揺られる間にあれほど煮え立っていた怒りは萎み、後にはなんともいえない脱力感と無力感だけが残った。少しの後悔も抱えて車を降りる。

 俺の実家もかなり古い日本家屋だが、それと比べるまでもない立派な和の屋敷だ。門から違う。

 立派な木製の門をくぐると、後ろを歩いていた慶人が先導するよう前に出る。覚悟を決めたようでその表情は思ったほど暗くない。

 敷地の中も広く、テレビで見るような日本庭園が広がっている。その奥に立派な屋敷が1つ。中に入り、入り組んだ廊下を慶人は迷いなく進む。4つ目の角を曲がったところで、立ち止まった。障子のわきで一人の男性が立っている。この建物に似つかわしくないスーツを着た男性だ。

「お待ちしておりました慶人様。」

 冷たい声で慶人の名が呼ばれる。これがここでの普通なのだろうか。

 俺は入っていけないようで、その男性によって別の場所に案内される。

 足音も立てず静かに歩くその男性は、初め庭に向かった。

 さっき通った庭園とは違う、屋敷の裏にある庭だ。こちらは庭園ではなく学校の校庭のような感じだ。そこで子どもたちが、年齢もバラバラな子どもたちが元気に走り回っている。

 男性は1人の女の子を呼び、3人で歩き始める。

 次の目的地は小さなビルだった。門側から見ると屋敷に隠れて見えなくなる程度の小さいビルだ。入り口で人とすれ違い、建物に入る。ここで男性以外の大人を見たのは初めてかもしれない。

 男性は入り口から一番近くの部屋に入る。

「慶人。」

 6人分の席が用意されたその部屋で、慶人は1人座っていた。男性が電気を点ける。

 俺が離れたたった数分で何があったのか、聞かないでほしいと俯いた体が訴えている。

「こんにちは。」

 それから数分、正確には数秒だったかもしれない。長い時間が経って初めに口を開いたのは女の子だった。無邪気な笑みを浮かべている。さっきまで庭で見せていたモノと同じ笑顔だ。

 慶人は取り繕った笑顔で返事をする。慶人は困ったように視線を彷徨わせ、また女の子に視線を向ける。

「僕は、向野慶人。君のお兄ちゃんで、今までは独り暮ししてたから会えなかったんだ。」

 好奇心に満ちた目を向けている女の子に、そう名乗る。お兄ちゃん。

 妹がいたのか。

 その事実に驚く俺を置いて、慶人は女の子に話し続ける。

「君には、これから僕の家で暮らして欲しいんだ。」

 だいじょうぶ。と不安そうに女の子に確認を求めている。慶人の家でこの子と住む。慶人の家、今は俺の家でもあるあのアパートのことだ。なんで。

 なんでだ。

 事情が理解できない。俺はどうなる。この子の親は、慶人の親はいいと言っているのか。

 聞きたいことはたくさんあるが、言えないまま話がまとまる。困惑の表情を慶人に向けるが、返ってきたのは申し訳なさそうに伏せられた視線だけだった。

 そのまま男性と4人で、途中寄り道をして荷物を持ち、初めの門に戻る。同じ女性が運転席から手を振っている。女の子は顔見知りのようで車に駆け寄っている。まだ小さいそのこのために、扉を開ける。

 本当に、この子はついてくるのだ。

「慶人様。」

 また、あの冷たい声が聞こえる。一瞬だけ後ろを振り返り、車に乗り込む。

 慶人にとってここは家だったのだ。なにか、積もる話でもあるのかもしれない。俺が聞いてよいものではないだろう。

 それからほんの3分ほどして慶人が乗り込み、車は走り出した。女の子も合流して車内は来た時より騒がしい。けれど俺の心は、ずっと冷たいままだった。

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