落胆
「響ちゃん。気分変わった?」
12月に入ってからずっと聞かれている、耳にたこができるほど聞いたその問いかけが今日は違って聞こえる。
「・・・」
「やっぱダメ?」
俺の沈黙を受けて一瞬残念そうな表情を見せたが、既に別の話題に移っている。
「なにすんだ。」
ぽつりと、迷いながら口にする。言ってから後悔してなかったことにしようとしたが、手遅れだった。
「え、なに。」
地獄耳の大和が聞き逃してはくれなかった。こちらが怯んでしまうほどの勢いで問い詰めてくる。
「だ、だからクリスマス。なにすんだ。」
そう口にしてもまだ、迷っている。悩んで、悔やんで、諦めている。
「なになに、どんな心変わり。」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みをたたえた大和からは逃げられそうにない。
「慶人が、慶人がクリスマスを、楽しみにしてるらしいんだ。」
そう口にしながら顔が赤くなるのを感じる。自分が、他人の意見でひらりと手のひらを返すようにこんなことをしている、それが小っ恥ずかしい。
「ケイ君が?」
「あぁ。」
昨日、偶然見てしまったノートは慶人の落書き帳。正確にはイラスト帳で、そこにはクリスマスのイラストが描かれていた。それも1ページではなく数ページにわたって。
それほどには、クリスマスに思い入れがあったようだ。
そんな様子を見せなかったのは、俺に気を遣ってだろうか。
慶人はクリスマスを話題に出さないと思っていたけれど、本当は俺が話題にしないから控えていたのだろうか。そう思うと少し悲しい。
「へぇそれで、どうしたいの。」
面白くなりそうだと顔中が期待している。
とはいえ、ノートを見たという事実を伝えることは出来ない。
言ってしまったらプライバシーがどうのこうのと俺のことを揶揄うはずだ。
「どうって、」
確かに、慶人は慶人で、俺には関係ない。関係ないのだが、気になってしまうのだ。
慶人はクリスマス当日、世間がほぼクリスマスのメインとして扱っている24日に1日中バイト。終わりは7時と遅い時間だ。
逆に俺は休みで夕食を任されている。元々はいつも通りの、クリスマスらしくない献立を作る予定だった。
けれど、けれど慶人の気持ちを知ってしまったら気になってしまう。
「だから、」
「だから?」
「ク、クリスマスらしい料理を、教えてくれ。」
絞り出すようにしてやっとその言葉を口にする。
大和のお願いするのは癪だが、他に頼れる相手がいない。優大は、料理に置いては頼りにならない。ママ、に頼ったらすごく手の込んだ料理が献立に追加されそうだ。
「それだけでいいの?」
こんな断腸の思いで口にした言葉に大和は難癖をつける。もっとすごいことをお願いされると思ったらしい。一体どんなことを想像したのだろうか。
「クリスマスらしい料理?」
一応真面目に考えてくれるようで、真剣な表情で黙り込む。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・分かんない。」
気まずい沈黙を耐えること1分。返ってきた返事はなんとも間の抜けたモノだった。
「分かんないって、なんで。」
去年のクリスマスの様子を見た感じでも、大和ならクリスマスがどんなモノか知っているはずだ。イメージすらも湧かない俺よりはよいアイディアが浮かぶはずだろう。
「だって、想像は出来ても料理名が分かんないもん。なんかキラキラしたお肉なんて言っても響ちゃん伝わんないでしょ?」
真面目な顔で返事が返ってくる。なんで名前が分かんないんだ、と突っ込みたいが教えてもらう立場としてそれは出来ない。
「献立立てるだけなら優大に任せればいいよ。」
「まぁ、確かに。」
珍しく正論を言う大和だが、たとえ包丁を触らなくとも優大は料理系では期待できない。
それこそ、大和以上に料理名に無頓着なイメージがある。今日ばかりは優大がいなくてよかったかも知れない。
「ま、まだ1週間あるしどうにかなるだろ。」
まだ色々聞きたそうな大和を置いて俺は講義室に向かう。大和は夕方に優大が迎えに来るまでここで時間を潰すらしい。
クリスマスまであと1週間。実際は24日の夜が本番なので当日ギリギリでもなんとかなるはずだ。
さすがにそれまでになら、いいアイディアが浮かぶ、はずだ。
そう楽観的に考え、学生としての本分に意識を向ける。
「やっぱムリだ。」
そう優大に泣きついたのは、クリスマス当日。24日の朝だった。
大和が事情を話していたようで、そこからの話は早かった。先に講義が終わる俺と優大は、大和を置いて家に帰る。
俺が音を上げることは予想済みで、献立はあらかじめ用意されていた。それに沿って食材を買い、料理を始める。俺時計との2人だけの予定だったクリスマス会に、こうして2人も参加することになった。
「お願いだから優大、包丁だけは使うなよ。」
手伝ってもらう立場であれだが、これだけは厳しく言い含める。
優大が缶詰を使ってフルーツヨーグルトを作っている様子を横目に、レシピを確認する。
献立を考えたのは優大だが、レシピは優大の母親が選んでくれたらしい。その手順に沿って作り、盛り付けの確認を優大に頼む。
そんな怒濤の3時間を経て、無事料理が食卓に並ぶ。
「はぁ、なんとか間に合った。」
優大にお礼を繰り返しながら料理を眺める。クリスマスっぽいかは分からないが、いつになく豪華な食卓ではある。優大の作ったヨーグルトも珍しく美味しそうだ。
「じゃぁ、俺はちょっと出てくるから。」
ヨーグルトが完成すると優大は直ぐに出て行ってしまった。
色々とすることがあるらしい。
「ただいまー。」
それから食器を洗いリビングを片付けていると、いつの間にか時間が経っていた。
大和は優大に拾って貰えて満足したようで、疲れたとぼやいてはいるが置いて帰ったことには言及しない。
カバンを適当に放り投げ、食卓に並んだ品々を見てはしゃいでいる。
「さすが響ちゃん。クリスマスっぽいよ。」
なにが流石か分からないが、どうやら優大のチョイスは間違っていないようだ。
「それと、はいこれ。」
家の外に車を止めた優大が荷物を持って中に入ってくる。
その手に持っている箱を奪い、さも自分が持ってきたかのように俺に見せつける。
「これ、兄ちゃんが4人で食べろって。」
どうやらホールケーキのようだ。急きょ予定の変更が決まってから作ってくれたらしい。
ケーキを冷蔵庫に入れ、食器類の準備をしている間に慶人も帰ってきた。
MINEを見てくれたようで、お咎めはなかったが少しだけ小言を言われた。次からはちゃんと事前に計画を立てないといけない。
「まぁまぁ、ケイ君。座って。」
そんな慶人を無理矢理席に座らせて俺らのクリスマスが始まる。
2人では少し広いリビングも4人いれば狭く感じる。
大和も加わって賑やかな雰囲気で食事は進む。普段より少し手の込んだ料理なだけあって、とても美味しい。
「おい、大和。あんま飲むな。」
帰ってくる途中で買ってきたのか、気付けば大和の手には缶ビールがある。
優大は心配そうに見て入るが、それを奪い取ったりはしない。基本的には大和の意思を尊重する育てからをしている。
「大丈夫。大丈夫。ねぇ、慶人くんもほら。」
「大和、やめろ。ケイはまだ飲めないだろ。」
大和は既に酔っているようだ。
強くもないのに、グビグビ飲むから優大が大変だ。
「えー、だって。じゃぁ優大も飲んでよ。」
今度は優大に勧めているが、優大が飲むことはほとんどない。
アルコールはムリ、と言いはっているが本当はかなり強い。単純に飲むと大和の送り迎えが自分でできないから、だろう。
「もういいよ。」
優大にも振られて不貞腐れた大和によって、多めに作っていた料理が次々と消える。
その勢いに気圧されながら、慶人も自分の好きな料理を楽しんでくれている。
「ごちそうさまー。」
そんな慶人達を見る間に、気付けば皿は空になっている。料理を半分ほど平らげた大和は少し眠そうだ。
食器を運ぶだけしてこたつに戻る。慶人の家には暖房がないのでこたつの中だけが暖かい。よく冬の魔物と言われているがその気持ちもよく分かる。
「ねぇ、響ちゃん。僕このまま泊まっちゃだめ?」
大和もこたつが気に入ったようですっかり寛いでしまっている。大和の家にはこたつがないから無理もない。
「大和、駄目だ。明日用事があるだろ。」
そういえば、大和達はどちらとも明日から家族旅行に行くと言っていた。
朝がバタバタと大変だろうが、それでいいなら俺は構わない。とはいえ、この家の持ち主は慶人だ、どうせ断るだろうと思い視線を向けると、意外にも前向きな表情だ。
俺といるときよりも少し表情が明るい気がするのは、俺の勘違いだろうか。
「ほら、2人は良いって言ってるよ。いいでしょ、優大。」
俺らの返事を受け取り、大和は嬉しそうに優大に尋ねている。優大はこの表情に弱い。
案の定折れている。明日が大変だろうが、優大が選んだことだ。頑張ってもらおう。
そうしてお泊まりが決まったところで、大和は本格的にくつろぎ始める。お酒の勢いもあり、去年のように騒がしくなる。
「ねぇねぇケイ君。」
今年は慶人に絡んでいる。そういえば、慶人と出会ったきっかけも大和だった。大和のこの性格は面倒だが、時には助けられることもある。高校の時の俺がそうだった。
慶人も、大和の勢いには押されているが律儀に対応している。
大和の辞書に遠慮という言葉はない。家族のことや誕生日、出身地、大学、恋人、性別。一線を越えそうになる度に優大が止めに入っている。
俺の知らない情報が、溢れている。慶人の誕生日は4月らしい。3月生まれの俺と、実際の年の差はそれほどないようだ。
「恋人いないんだ。告られたりとかもないの?モテそうなのに。」
大和はこの手の話題が一番好きだ。俺はあんまりだけれど、意識しなくても会話は耳に入ってくる。
「恋愛とか、あんまり分からなくて。」
慶人も答えにくそうにしているが、大和にはその表情が見えていないようだ。優大も今回は止めない。
「じゃぁ好きな人は。家族でも友人でも、それくらいならいるでしょ?」
好きな人がいないなんてあり得ない、そう言いたげな質問だ。その大和の純粋さに、少しだけ心が痛む。今は2人がいるけれど、高校の頃の俺にはそんな相手はいなかった。強いて言えば記憶の中の母と祖父母。そういう人間がいることを知らない大和が、少しだけ羨ましい。
「好きな人ですか。あんまり思い当たらないですね。」
慶人は真面目に考えている。どちらかと言えば俺と同じ立場の慶人だが、それほど気にしていないようだ。なんか俺の心が小さいみたいで少し嫌だ。
「でも、強いて言えば平宮さんでしょうか。」
そうか、慶人は俺が好きなのか。
そうか、そうか。慶人の言葉を自分の中で繰り替えす。俺が、俺が。
100回くらい噛み砕き、やっとその言葉の意味が頭に入ってくる。
「え、ケイ君は響ちゃんが好きなの。」
大和は心なしかさっきより声が大きいが、慶人はいたって真面目な表情だ。なぜそれほど驚いているのか分かっていない様子だ。
「はい、そもそも現状平宮さん以外にお交友関係にある人がいませんし。」
園崎さん達はまだ友達と言うほどでもないですし、などと小さく付け加えている。
確かに、今の俺にとっても慶人の優先度は大和達より高くなっている。一緒にいた年数では大和達の方が長いが、そんな2人と俺との関係性ともまた違う関係を、慶人とは築いている。衣食住を共にする関係はそれほど俺にとっては異常で、だからこそ楽しくもある。
そんな慶人の反応だが、大和にとっては求めていたモノと違ったようだ。
時間も遅くなり慶人も寝る時間になったので、それ以上大和は話しかけてこなかった。布団を敷くと大人しく大和も横になりあっという間に眠りに就いている。
食器の片付けが終わっていないが、明日でも大丈夫だろう。今日は慣れないことをして疲れた。
慶人の寝息が隣から聞こえ、しばらくして俺も眠りに就いた。




