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すれ違いだらけの俺の運命  作者: 甘衣 一語
友情とその他
25/40

一歩

 この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。

オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。

 そんな、生まれながらの運命が定められている。

 いつもの時間にいつものように慶人が起こしに来て、いつものようにご飯を食べる。

 いつものように振る舞っているつもりでもやっぱり違和感があるようで、慶人の口数も少ない。

 そのままご飯は終わり、ここからはそれぞれの時間だ。

 俺は1時間後にバイトが始まる。その準備をして机に向かい勉強を始めるが、集中できない。

 昨日のことが頭から離れない。昨日の慶人の言葉が頭から離れない。

 混乱した頭で、動揺した頭で、それでも妙にはっきりと慶人の言葉だけは耳に入ってきた。

 夢にまで出てきてしまうほど、ではなかったけれど起きてもやっぱりそのことばかり考えてしまう。

 僕と兄のこと。僕と番のこと。

 別に、隠す必要もない大したこともない子どもの頃の思い出だ。

 アルファの慶人にとって番持ちの俺は脅威にはならない。俺がオメガであることを伝える必要はないだろうと、そう思ってずっと言わずにいただけだ。

 大和達にも伝えてはいないけれど、それは今更だからだ。

 だから、いつか性別を聞かれたら答えようと思っていた。きっとその時には普通に、なんてこともなく応えられると思っていた。

 なのに、あれだけのことで取り乱してしまって。あれだけのことで思い出してしまって。

 今となっては、あの時の感情が恐怖なのか、驚きなのか、不安なのかも分からない。

 ただ、慶人にああ言って貰えて嬉しかったことだけは覚えている。

 まだ、自分の過去と向き合うことはできないけれど、慶人と向き合うことなら出来る。

 慶人が、慶人なら、俺のことをちゃんと理解してくれそうだから。

 だからきっと大丈夫だ。


「慶人。」

 慶人の部屋として使われているリビングに向かう。食事以外でここに入るのは慶人に用事があるときだけだ。普段なら、中まで入って顔を見て伝えられるのに今日はまごついてしまう。

 ここまできて折角固まった決意が壊れてしまう。

「どうかしましたか?」

 慶人が不思議そうにこちらを見ている。そうこうしている間にもバイトの時間は近づいている。

「昨日のことで話がある、だから夕方待っててくれ。」

 それだけ一思いに告げ、そのままバイトに向かう。

 慶人のバイトが始まるのは昼前、待っててなんていったが実際待つのは俺だ。

 そんな反省をしながらバイト先まで向かう。たったあれだけで未だに心臓は煩い。

 そんな状態だが、気持ちを切り替え仕事を始める。

 もう何年も続けている仕事だ、どれだけ動揺していてもミスすることは少ない。

 それからしばらくして昼食前、いつもは10分前には入っている慶人が、ギリギリになって顔を出した。

 ちょうど俺のいる場所から見える位置で作業をしている。

「ちょっと、慶人くんそっちじゃないでしょ。」

 もう数ヶ月続けて、最近ではしなくなったちょっとしたミスを連発している。

 それも1度でない。今の注意で5度目。

 謝って気持ちを切り替えようとしているが、あまり効果がないようでまだ動きが心許ない。

 心ここにあらず、といった感じで作業をしている。

 作業中の人たちに声を掛けながら昼食に入るが、慶人はその声にも反応してくれなかった。

 明らかに変だ。朝は、一緒にご飯を食べたときは、いつもより口数は少なかったがあれほどではなかった。

 なんでだ、俺が家を出てからの数時間で何が。

 慶人がこの短時間で他の人と会っている可能性はない。ならばなぜ、ご飯の後でしたことと言えば、俺が言ったあの言葉くらいだ。『待っててくれ』これだけで用件は伝わったはずだ。

 だから、多少なりとも身構えて、警戒して、考えたはずだ。

「はぁ、失敗したな。」

 失敗した。もう少しちゃんと、かみ砕いて言えば良かった。

 俺が自分過去を話す、そのことに慶人は多少なりともプレッシャーを感じたはずだ。

 自分も秘密を持つ者として、自分もその必要を迫られているのではと。

 言葉にする前にもっとよく、考えるべきだった。後悔しても遅い。

 ちゃんと、家に帰って話をする前に伝えよう。

 俺だってまだ、自分の過去自体とはちゃんと向き合えていない。たった数ヶ月で、変わる訳もない。

 慶人のことは、気にもしていないし、今までもこれからも待ってるつもりだから。

 それから数時間、慶人の謝る声に罪悪感を募らせながらバイトを終える。

 ご飯と風呂と、家事を終えて慶人を待つ。

「おかえり、慶人。」

 帰ってきた慶人に声を掛けるが、動揺した、しどろもどろな、謝罪のような声だけが返ってくる。

 朝以上に静かな時間が過ぎ、食器洗いをする。この間で慶人が発した言葉ははい、とかいいえ、くらいだ。

 俺が席についても、下ばかり見ている。これから告げられる俺の話を、聞きたくないと全身が身構えている。

「慶人に自分の境遇を話して欲しいって意味じゃない。」

 昼に決めたとおりちゃんと伝える。朝のような失敗はしないように、伝える言葉はちゃんと考えてある。

 それを受けて少し疑わしげな表情をしているが、言いたいことはちゃんと伝える。

 慶人の表情が緩んだことを確認して、本題を話し始める。俺にとっては、思い出したくない過去の話だ。


 どんな表情で話せばいいのか分からない話だけれど、真剣に伝える。

 同情して欲しいわけでも、兄へ怒って欲しいわけでも、言葉を掛けて欲しいわけでもない。

 ただ知って欲しいから話す決心をしただけだ。

 なのに、慶人は泣いている。

 予想外で、想定していなくて話ながらこちらの方がオロオロとしてしまうがそれでも最後までは話し続ける。

 最後まで話して、帰ってきたのはたった数文字の短い言葉だったけれどそれだけで価値があった。

 その後も静かに泣いた慶人はやがて眠ってしまい、俺はそれを寝室に移した。


『ありがとうございます。』

 慶人の発する言葉は誰のモノよりもよく聞こえる。

 脳内で響く兄の笑い声すらも忘れてしまうほどに。

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