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すれ違いだらけの俺の運命  作者: 甘衣 一語
友情とその他
24/40

期待

 この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。

オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。

 そんな、生まれながらの運命が定められている。

「9時ごろには帰るので、行ってきます。」

 大学の飲み会に向かう慶人を見送り、鍵を閉める。

 慶人との生活が始まって約2週間。慶人と出会ってからも4カ月ほどが経った。

 慶人の新人教育に始まり、盆の帰省に同棲と数カ月で慶人、正確には大和、にかなり振り回されている。

 そんな非日常が日常になってしまったのだ。

 始めの数日は緊張してしまったが、慣れとは怖いもので、最近は気が緩むと1人でいるときのような恰好で自室から出てしまう。

 こんな生活で一番変わったことは食事だろう。

 まず、朝食を食べるようになった。朝、慶人に起こされて机につくと大抵料理が並んでいる。並んでいないときは手伝ってから一緒に食べる。量も考えられていて、朝は食欲がないが毎日完食している。

 夕食は俺の役目だ。バイトですれ違うことも多いが、俺は作ってからバイトに向かい慶人はそれを温めて食べる。一緒に食べれる日は一緒に食べるし、そうでない日も美味しかったメッセージをくれる。

 今まで誰かのために料理をしたことがないから、こうやって伝えられると楽しくて料理にも手の込んだものを選んでしまう。

 あんな新しい日々が楽しくて仕方がない。


「まだか、遅いな。」

 さっきから時計の針は全く進まない。

 慶人を送り出してから既に2時間が経過し、時計の針が9時を指そうとしている。

 慶人へのメッセージに返信はなく、呼び鈴も鳴らない。

 なにもない、とは思うがつい焦ってしまう。

 慶人は夜が早い。9時になると自然と体が布団に引き込まれるような性格で、変な場所で眠っていないかと心配してしまう。

 十数分の長い時間が過ぎ、無遠慮な呼び鈴の音が響く。

 慶人ではないことは分かっているが、でるしかない。

「こんばんは。向野くんの家で合ぉてますか?」

 扉の向こうにいたのは、関西弁の女性だった。家の前には車が止められている。

 文化祭で慶人に話しかけていた女性に、似ている気がする。

「あ、はい。」

 予想外のことで、無意識に返事をする。

「ほんま?なら、ちょっと手伝ぉてくれる。向野くん寝てもてて起きへんね。」

 そんな俺には構わずに、女性は自分の車を指さす。

 どうやら慶人を送ってくれたようで、助手席でスヤスヤと寝ている。

 路上で寝ていなくてよかったが、他人の車でこうも無防備に寝ている姿は少し心配になる。

 ゆすっても起きないので、お姫様抱っこ、は抵抗があるので背負う。まだ俺の身長が少し高いので、なんとか車から出せた。

「ほな、気ぃ付けてな。」

 車はそのまま走り去り、俺だけが残されてしまった。

 玄関まではなんとか移動できたが、流石にそれ以上は運べなかった。

 玄関で下ろして、掛けるものを取りに寝室に向かう。

「平宮さん。」

 慶人の声に振り替える。

 だが、その視界に映ったのは慶人の手だった。項へと伸ばされた手だった。

 油断していた、警戒心が緩んでいた、気が抜けていた。

 後悔しても、もう遅い。

「なんで、ごめん。」

 絞り出せたのはそんな弱気な言葉だけだ。

 僕をあざ笑う兄の声が響く。

 俺の秘密はばれたようで、慶人の顔は驚きで満ちている。

「ご、めん。」

 声が出ない。恐怖で視界がにじむ。やっぱり、僕は弱いままだ。

 どんなにアルファのようにふるまっても、どんなに自分を偽っても、やっぱり僕は僕でしかない。弱虫な泣き虫な僕のままだ。

 こんなことなら、あの家にいればよかった。幸せを知らなきゃよかった。

「平宮さん。」

 僕の名前を呼ぶ慶人の声が遠くで聞こえる。そこから感情が読み取れなくて、聞きたくなくて、無意識に手が耳を塞ぐ。

 このままなかったことにならないだろうか。このまま寝て、目が覚めたら夢でした、なんてありえないだろうか。

 そんな現実逃避する僕を慶人は離さない。

 僕の手を握って、反射的に振りほどこうにも力が強い。

 やっぱり、やっぱり慶人はアルファなのだ。アルファだ、だから、怖い。

「僕は平宮さんが嘘をついても、オメガでもアルファでもベータでも、それを理由に嫌ったりしないです。」

 そう言われて嬉しいはずなのに、心の中がその言葉を疑っている。

 前に何度か考えた。僕がもしアルファだったら、オメガだったら。それでもきっと僕は弱くて、兄のいたずらからは逃げられなくて、結局自分を偽って、結局ないものねだりする。

 オメガだからじゃなくて、そうでなくても僕は弱虫で、人をだます卑怯者だ。

「僕がアルファだって知っても電話してくれたし、それで救われて。」

 慶人はそういうけれど、あれは工場長に頼まれたからで、今まで通りいたのも踏み込んで今までの関係を壊すのが嫌だっただけで、自分のこともそうやって踏み込まれるのが嫌だっただけで、そんな優しい奴じゃない。

「僕は何も知らないですし、平宮さんがなんで秘密にしていたのかは分からないですけど、」

 そうだろう。僕の過去なんて知ったらきっと慶人もいなくなってしまう。本当の弱い僕を知ったらきっと慶人は僕を軽蔑する。

「ですけど、」

 そういって慶人は一呼吸置き、一際強い声で宣言する。

「僕にとって平宮さんはいなくてはならない人です。」

 痛いほど真っすぐな目で僕のほうを見て言い放っている。

 そんな表情をされたら期待してしまう。自分に、慶人に。

 自分を否定して、慶人も周りと一緒だなんて思って騙してみても、やっぱり期待してしまう。

 僕の欲しい言葉ばかり言ってくれるこのアルファに期待してしまい、困ってしまう。

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