距離
「ほら、響ちゃん早く。」
大和が見えてきた大学の正門を指さしている。その後を優大が追い、俺はそのさらに後ろを歩いている。
約束の時間にはまだ少し猶予があるにも関わらず、大和は駅に着いてからずっと走っている。
最寄り駅から徒歩15分。木が多く植えられ、自然溢れる敷地以内に足を踏み入れるとまずずらっと並ぶ屋台が目に入る。
昨日散々見てもう匂いを嗅いだだけで胃もたれしてしまうが、大和は足を止めて商品を眺めている。
優大に買って貰ったそれを嬉しそうに抱え、また走り出す。約束の場所はステージ前。
飲食ブースとなっているそこにはかなりの人が座っている。大型テントの下に並んだ椅子と机の隙間を縫って人々が席を探し歩き回っている。ステージから大きな音が聞こえる。確か慶人が大和に無理矢理歌わされていた歌だ。慶人は知らない曲のようだったが、俺も曲名が分からない。
「あ、いた。」
先に進んでいた大和が目的の人を見つけて走り出す様子を眺めながら、俺はそんなことを思い出す。
昨日、大和のワガママに付き合って大学終わり慶人の大学へ来た。もう終わる時間で屋台は閉店準備を始めていた。ずらっと並ぶ屋台の1つで慶人は売り上げを計算していた。たこ焼きの匂いが漂うその屋台で真剣に電卓と向き合っていた。
「慶人、お疲れ様。」
邪魔をするつもりはなかったが、大和が電卓に手を伸ばす光景を見てつい声を出してしまった。
「平宮さん、と園崎さんに白崎さん。来てたんですか。」
顔を上げた慶人は、大和が抱えている料理に驚きの含まれた視線を送りながらそう応えた。
そんな慶人の視線には気付かず大和はさらにたこ焼きを5パック注文していた。焼きあがる間慶人が大和の相手をしてくれていて、俺は始めてみるたこ焼きが焼き上がる様に感心していた。
そして気付いたら次の日、つまり今日、俺らと慶人が一緒に文化祭を見て回すことになっていた。
昨日のことを思い出し憂鬱な気分になる。
人をかき分けていると危うく人とぶつかりそうになる。
「すいません。」
見ると、それは優大の背中だった。その前には大和もいて2人とも同じ場所を見ている。
「おい、どうしたんだ。」
早くしないと慶人が、と焦る気持ちでその視線を追うとそこには慶人がいた。机の上ではうどんが湯気を立てている。だが、手に持った箸は動かない。
隣に座っている生徒との会話に集中しているようだ。
「何話してるんだろ。」
大和が不満そうに呟くのがここまで聞こえる。
「あの子、確か昨日慶人と一緒に店に立ってた子でしょ?たこ焼き焼いてた。」
優大はそう言っているが、俺には思い出せない。確かに、昨日の2人の会話に時々聞き覚えのない声が混じっていたが聞き流してしまっていた。
「あ、行っちゃった。」
彼女はしゃべり終わると机の上に置いていたたこ焼きを持って席を立った。何を話していたのかが、少しだけ気になる。
「ケイちゃん。」
彼女が去って行くと大和は急いでその席に座る。他の席は空いていない。
しばらく人を避けながら慶人が食事する様子を眺める。大勢の人で賑わっているのに、やけに静かに感じてしまう。優大に声を掛けられて空いた席に座った頃には慶人も、大和も食べ終わっていた。
「じゃぁ行こうか。」
俺らが一息つく間もなく大和は立ち上がり、また人混みの中を歩いて行く。
昨日は屋台を見るだけで終わったので、今日は建物内を見て回る、ということは始めから決まっていたが建物の中が以外にも広かった。研究内容をまとめたポスター掲示や人形劇、サークルの作品など幅広い内容で来客を楽しませている。大和がいちいち立ち止まって騒ぐせいで全体を見て回るのに1時間も掛かってしまった。
「じゃ、約束したからカフェ行こうか。」
始めの場所、建物の入り口に戻ってくるなり大和は方向転換し、来た道を逆走し始める。
またか、と思いながらもその後を追う。確かに約束をしたのは俺たちだから仕方ない。
建物の2階、一番奥にカフェがある。1度ここを通ったときに全部見終わったらという約束で素通りした場所だ。
1度通りかかったときは長い列が出来ていたが、今は3組にまで減っている。
「へぇ、ケイ君もたこ焼き焼けるんだ。」
受付表に名前を書き列に戻ると、大和が慶人に話しかけていた。いつもなら会話に混ざる優大が今日は静かだ。
「じゃぁ今度タコパしようよ、家の場所教えて。」
いつもの大和のウザいぐらいの会話に慶人は丁寧に答えている。いつものことだ。大和がよく喋るのも、慶人が誰かの問いを無視できないのもいつものことだ。
それなのにやっぱり少し不愉快だ。
列はどんどん短くなり、俺の名前が呼ばれる。
中に入るとメニューが渡され、店員が説明してくれる。かなり本格的なカフェで、銘柄の違う10種類の紅茶と手作りスイーツを提供するらしいが、どの紅茶も聞いたことがないものばかりだ。
こう見えて意外に育ちのよい大和は真っ先に注文している。優大や慶人も迷いなく選べている。
残された俺は焦りながらメニューを見る。結局紅茶は慶人と同じものを選んだ。
「へぇ、飲食店でもバイトしたことあるの。だって響ちゃん、すごいね。」
待っている間も大和は慶人に話しかけ続け、慶人も応え続ける。
そんな2人の様子をボンヤリと見ている間に紅茶とスイーツが運ばれてくる。甘い香りが漂う。
「いただきます。」
贅沢にも2つのスイーツを注文した大和は一足先に食べ始める。
それに続いて慶人もプリンを口に運んでいる。
コンビニで売っているものとは違う、クリームをたっぷりと使った甘いスイーツは今まで食べた中で一番美味しい。あまり甘いものは好きではないが、しつこくない甘さでこれなら食べられる。
「それ、一口ちょうだい。」
俺が一口食べる間に1つ目のスイーツを食べ終えてしまった大和が、今度は慶人のスイーツを狙っている。慶人が答える前に皿ごと自分の前に引き寄せ1口。常人離れした大きな1口で皿の上のスイーツが半分に減る。
「ありがとう。」
嬉しそうな大和とは逆に、帰ってきた皿を見つめている慶人は泣きそうな表情をしている。よほど気に入っていたのだろう。
大和が他人の分まで勝手に食べるのはいつものことだ。いつものことだが、友人の俺らならともかく慶人に断りもいれずにするのは違うだろう。
そう言って注意したいが、優大に止められる。この店の雰囲気を壊すな、ということらしい。
それでも、あまりに慶人がしょぼくれているので、俺の手にまだ残っていたシュークリームを半分に割って大きい方を慶人の皿にのせる。
「ありがとうございます。」
驚きの表情で向けられた慶人の顔が次第に綻ぶ、気がする。大和と比べると表情が変わらずわかりにくい。
そんな一瞬が嬉しい、気がする。今まで感じたことがない感情で戸惑ってしまう。
優大に小声で注意され、大和も大人しくなり。4人で喋りながらティータイムを過ごす。
このメンバーでティータイムというのも可笑しいが、男4人で優雅な時間を過ごした。
外に出ると、大和は隣のお化け屋敷に直行する。こちらも大和がお預けを食らっていたものだ。
大和が一番先に入り、慶人も最後まで渋っていたが最終的にはついてきた。
部屋の中は真っ暗で、蛍光塗料で書かれた矢印だけが不気味に光っている。
お化け屋敷とかホラー映画とはこういうアトラクションは好きだ。
大和達を追って迷いなく進む俺とは反面、一番後ろを歩いている慶人の足取りは心許ない。安っぽい人形にビビりながら歩く姿に、手を掴む。
それにも反応して大きく肩を揺らしているが、気にせず前を進む。
かなり本格的なお化け屋敷でしばらくすると大和の叫び声が聞こえたが、俺が同じ場所に行くと青白い顔をした人が後ろから追いかけてきただけだった。
急ぎ足で出口に向かい、大和達と合流する。
2人とも怖がりながらも楽しめたようだが、慶人は死にそうな顔をしている。2人が俺に話しかけている間にいつもの表情に戻ったが、お化け屋敷内で何があったから教えない方がいいかもしれない。
あんなに必死になって見ないようにしていたのだから。
「平宮さんと、園崎さんに白崎さんも、今日はありがとうございました。」
建物の入り口まで一緒に移動して俺らは慶人と別れる。これから慶人は片付けが有るらしい。
ステージも終わり、来客は正門に向かって歩き始めている。
屋台も片付けが始まり、もうなにも買えない。
なんだかんだと楽しんでしまったことを少し後悔しながら駅まで向かう。
もう少し仲良くなったら、慶人とも立派に友人なのだろうか。などど考えながら家に帰り、夕食の支度をする。
明日まで過ぎれば土日だ。




