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すれ違いだらけの俺の運命  作者: 甘衣 一語
出会い
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運命のいたずら

 この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。

オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。

 そんな、生まれながらの運命が定められている。

「あ、ケイ君だ。」

『ケイちゃん』との出会いから1ヶ月。そ気に入ったようでカフェに行く度めげずに誘っている大和の粘り強さが少し羨ましい。

「いらっしゃい。遅かったわね。」

 店の入り口で立ち止まる俺らにママが声を掛ける。今は5時45分くらい。もう店にいられるのは少しの時間しかないが、今日の目的は別だから問題ない。

 用件を伝えるとママは直ぐに箱を持って帰ってくる。

「忘れ物はこの中にあるけど、これかしら?」

 その箱の中から財布やハンカチが出てくる。全て客の忘れ物だ。

「それであってる。」

 ママが差し出したのは俺の定期入れだ。昨日ここに来たときに置いて帰ってしまったのだ。これがないと1000円ほど損をすることになる。

「見つかったらなよかった。けど、響ちゃん、あの子どうするの。」

 ママは呆れた様子で大和の方を見る。ママが心配そうに俺の後ろを見ているが、そこに人影はない。優大は後から大和を回収しに来るらしいが、その間手綱を握る人がいないのだ。

「どうするって言われても、あと1時間くらいすれば来るはずだからその間頼む。俺バイトなんだよ。」

 放っておいても優大がいない間は変なことをしないはずだ。

「それじゃぁケイちゃんどうするのよ。あんた大和を連れてきたんだから、どうにかしなさいよ。」

 考えることは同じようでママは俺に面倒ごとを押しつけてくる。今大和に話しかけたら確実に遅刻する。

「は、なんで。」

 反論しようとするが、ママは既に別の客の相手をしている。

「はぁ。」

 俺は諦めて大和のいる空間を見る。もう慣れてしまったようで、『ケイちゃん』は大和の誘いを無視して勉強を頑張っている。時間的にも店を出ないと行けない時間だが、その気配もない。できることならどちらとも関わらずにバイトに向かいたいが、ママの願いを無下にすることもできない。

「おい、もう店出るぞ。」

 仕方なく席に近づき、荷物を片付け始めているそいつに声を掛ける。大和が横でなにか言っているが無視だ。こいつとも関わりたくないが、大和よりは聞き分けがよいだろう。

「分かってますよ。あなたがこの人を野放しにしているせいで僕が動けないんじゃないですか。」

 反発的な返事にムッとするがここで言い争いになってもバイトに行く時間が遅くなるだけだ。

「そうか。なら早く行くぞ。」

 机の上に物がなくなったことを確認して慶人の腕をつかんで外に連れ出す。さっきああ言っていたように大人しく外に出てくれる。大和がなにか言っているが俺が帰ることは事前に伝えてある。『ケイちゃん』が家に帰ることを確認して、俺もバイト先に急ぐ。予定より10分も長く店にいたせいでギリギリの到着になりそうだ。


「お疲れ様です。」

 カフェを出てから必死に走りなんとかバイトに間に合った。

「お疲れ様。そうだ、食堂に今日差し入れでもらったプリンがあるから平宮さんもらっていってくれ。」

 ちょうど出口で鉢合わせた工場長が親切に教えてくれる。今日は散々な日だったが、それはこのプリンのためだったのだろう。

「ほんとですか?ありがとうございまーす。」

 タイムカードに打刻し、白衣を着替えて外に出るとすっかり辺りは暗くなっていた。食堂に寄っておばちゃんからプリンをひとつもらう。時間はもう11時、ここから駅までは徒歩20分。自宅の最寄り駅まで電車に揺られて40分以上。そこからも自宅まではそれなりに距離がある。寝る頃には明日になっているだろう。

「2年になったからもうちょい勉強の時間作ったほうがいいんだよな。もっと早い時間にシフト入れるか。」

 いつもは優大達にいつ遊びに誘われてもいいよう、シフトを6時半からしかいれていない。大学が終わってすぐの時間に入れれば帰宅時間はその分早くなるはずだ。

「駅に近ければもっと良いんだけどな。でも、今やめてもここ以上に条件が良い場所もないし、俺の代役見つけるのも大変だろうしな。」

 それに、チョーカーを着けたままでもいい職場は少ない。チョーカーを着けているをイコールでオメガと決めつける人も多い。性別で差別するなとはいわれているものの、そういった考えはまだ根深く残っている。チョーカーを着けているせいで白い目を向けられたことも少なくない。


 このチョーカーがなければ、どんな仕事を選べただろうか。


 首についたチョーカーに触れる。真っ黒く染まったそれは、まるで戒めのように俺の首に巻き付いている。


 俺、平宮響はオメガだ発情期も俺にはあってないようなもの。そんな俺をオメガだと思うヤツのほうがおかしいが、実際俺はオメガだ。


 俺の実家はそれなりに名のあるアルファの家系。俺の母は父の愛人で、俺が4歳の頃に母が病死して父に引き取られた。義母が愛人の子である俺をかわいがるはずもなく、父も始めは可愛がってくれていたが、オメガだと分かってからはアルファの兄と比べられ扱いも冷たくなった。そして兄はもっとひどかった。


 俺に発情期が来たのは小学3年生の頃。他の人よりもかなり早く、まだ性教育も受けていない年頃で自分は死ぬのではないかと不安で誰にも相談できずにいると、兄にばれてしまった。兄は俺が引き取られたときからずっと俺のことを嫌っていた。保育園では嘘を並び立てて俺を孤立させ、小学校に入ってからは俺に発情誘発剤を飲ませたり、閉じ込めたりと様々な悪戯をしかけてきた。一人苦しむ俺を見て嘲笑う顔は今でも目に焼き付いている。そんな兄が、俺に発情期が来たことを知って何もしないはずもなく、発情期の度に俺の前に現れては俺を弄んでいた。親戚同士ではフェロモンが影響しないアルファと異なり、オメガは発情期中は親戚相手でも求めてしまう。どんなに発情を抑えようとしても年上で賢い兄に勝てるはずもなかった。いつも抑制剤を偽物にすり替えられ、逆に発情誘発剤を盛られることも多かった。中学に上がるころにはいつも発情誘発剤を水などに仕込まれ、発情していない日のほうが珍しかった。

 元々兄を溺愛していた両親は俺の話を聞かなかった。学校に行こうが行かないが気にしていなかったし、学校の先生も俺より出来よい兄を信じていた。

 そうやって常に体に熱をためていた俺の体は少しずつ少しずつ変わっていき、ある日、その熱を感じなくなった。中学1年の終わり頃、発情期が来る時期になっても苦しさを感じなくなった。発情しなくなった。オメガとしての最大の特徴を俺は失った。

 それからは学校に通う頻度が増えた。幸い、抑制剤を飲めば発情期中でもフェロモンを抑えられていたようなので、発情期を意識せずに学校に通えた。始めは俺を閉じ込めて他のいじめを考えていた兄も、次第に興味を示さなくなった。周りの目を気にする両親から必要最低限の教材は与えられていたので、授業の遅れを取ることもなかった。必死に勉強して、勉強して。目標はただ、逃げること、勉強して、勉強して、俺は難関高校に合格した。地元からは遠く離れた高校だ。

 かなりの学費ではあったが、難関高校に進む俺に対して両親は二つ返事で引き受けてくれた。彼らが、俺にした唯一の親らしい行動だったかもしれない。

 そして卒業式の日、式の準備をしている俺の前に兄が現れた。今まで見たことの無い満面の笑みで俺のことを自慢の弟だと褒めてくれて、素直に嬉しかった。それまで兄に褒められたことなど一度もなかった。その状況は俺が今まで求めていた状況だった。褒められ、今までのことを謝ってほしいと、幼い俺はただ兄と仲良く過ごすことを願っていた。それ故に、そのときはとても嬉しかった。

 それまで俺にしたことを忘れて油断するくらいには。


 気付いたら押し倒されていた。さすがアルファというべきか、はたまた俺が勉強ばかりで鈍っていたのか。押し倒されてからもしばらくは何をされたのか分からず戸惑うばかり。そして気付いたときには、項を噛まれていた。狙ってその日にしたのか、卒業式という晴れ舞台をぶち壊したかったのかは知らないが、不幸なことにその日は発情期だった。周期を計算することもいつの日からか忘れていたが、その後俺の体に起こったことを考えればその日が発情期であったことは覆しようのない事実だ。

 兄は、俺の悪の元凶は、俺からオメガとして当然受けるべき幸せの一つを奪ったのだ。その後、俺がどうしたのかは覚えていない。いくら俺の進路に対して賞賛してくれたからといって両親の放任主義がかわることもなく、卒業式に参加しなかったからといって何か言われることはなかった。同級生や先生も家に来ることはなかった。彼らにも会わないまま俺は高校入学に向けて一人暮らしを始めた。


 自分を知る人がいない環境で、項の噛み跡を隠してアルファと名乗って生活を始めた。アルファとしての期待は重かったがそれに応えられるように勉強をして必死に自分の世界を守るために頑張った。やっと手に入れた自分の檻を守るために。この檻を守るためにこれからもずっと1人で頑張る。誰の力も借りない。誰も信じない。誰も、俺にはいないだろう。

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