騒然と静寂
「それでは、各自移動を始めてください。」
スピーカーから流れる優大の声を受け、グラウンドに集っていた生徒が各動き始める。
「響ちゃん。僕は移動するけど響ちゃんは、優大待っててね。」
立ったまま寝ていた大和は、そんな優大の声を聞いて直ぐさま走り始める。チームメイトと一緒に体育館に向かっている。
台風の影響でグラウンドはひどい状況になり延期が心配されていが、体育祭は予定通り幕を開けた。
血気盛んな体育会系の生徒達が中心となり昨日は会場の整備に明け暮れた。そんな整えられた芝の上で今日は役目のない生徒たちが雑談をしている。
「大和はちゃんと行ったみたいだな。」
運営として前で放送を頑張っていた優大が帰ってくる。その手には体育祭の説明などが載った冊子がある。
「大和のバスケは11時からで、あと1時間あるな。とりあえず迎えに行くか。」
優大はその冊子を俺に渡し、移動を始める。体育祭が本格的に始まるのは、早い場所でも30分後。
その間、俺たち観客は暇だ。優大と違って俺には仕事もない。
「今日は誰が来るんだ。」
駐車場に向かいながら優大に聞く。
「俺の親と美優、後は大和の親と阿須加さん、ママ、それと。」
優大はスマホを触りながら応える。今回は去年と違い高校の同級生は来られないと聞いているが、それ以外は知らない。
「響、ちょっと寄り道するぞ。」
突然優大が駐車場と逆の脇道入る。広い構内を迷いなく進む優大の後を追いかけると広場に出た。行事の時だけ立ち入りが許される広場だ。
「いた。」
そこに人を見つけた優大は、安心したようで乱れた息を整えている。
「すいません。白崎さん。」
「な、なんで慶人がこんな所にいるんだ。」
その広場に慶人は座っていた。俺たちをみるとこちらも安心したように息を吐いた。
「園崎さんに誘われたので来たんですけど、迷惑でしたか。」
「あ、いや。」
慶人が来るとは思わず驚いただけだ。2人とも知っていたなら教えてくれればよかったのに、だから去り際大和が意味ありげに笑っていたのか。
「慶人と会えたし、早く行くぞ。」
優大は俺の愚痴を聞こうとせず、そそくさと歩き出す。確かに他の人たちを駐車場に待たせているから急がないと行けないが、教えてくれなかった嫌味ぐらいは言わせて欲しい。
「平宮さん、行きましょう。」
すでに2人とも見えなくなってしまっている。なんで慶人もさっきまで迷子になっていたくせにそんなに早く切り替えられるんだ。
「あら、響ちゃん。久しぶりね。」
広場から10分。かなり長い距離を歩いて着いた駐車場にはママと、2人の家族が待っていた。
「響くん、久しぶり。ちゃんと食べてる?」
「大和が迷惑掛けてない?邪魔だったら無視してもいいからね。香織さんはいいわよね、優大くんは手が掛からないし。」
俺たちを視界に捉えた途端、2人の母親に囲まれる。2人とも俺に会うと色々と心配してくれるのだが、どちらも一気に喋るので反応に困ってしまう。
始めこそ俺を囲んで話していた2人だが、次第にその話題は自分たちの子ども、特に大和と優大の自慢に移った。
「母さん。いい加減止めて。そろそろ行かないと始まるぞ。」
始めは大人しく聞いていた優大だったが、さすがに恥ずかしくなって止めに入っている。そんな3人を横目に俺は慶人を他の人たちに紹介する。
「こっちから、大和のお兄さん、お姉さん、優大の妹。」
順に紹介して最後に慶人を紹介する。大和は一番下で、優大は一番上だ。大和はあと2人弟がいるが、今日は大会があるらしい。
そうやって挨拶をしている間に2人の
言い合いも落着いたようで、体育館に移動する。
既に試合が始まり、館内は熱気で包まれている。その騒音を聞きながら2階に上がると、観客席は人で埋まっていた。
大和が出るのはバスケットバールという競技らしい。
ルールはよく分からないが、優大曰くボールをゴールに投げ入れるスポーツらしい。
今日は学科別だからチームは8チーム。1チーム8人、内補欠2人。7分ごとでコートチェンジするトーナメント戦、と冊子に書いてある。冊子にチーム名簿やトーナメント表まで書かれており、大和は次の試合らしい。
「盛り上がってますね。」
慶人はその雰囲気に圧倒された様子でいつもより表情が明るい。
確かに会場全体が歓声に包まれているが、俺はバスケのルールを知らないからなにがすごいのか分からない。
「響、お前ルール分からないだろ。大和の試合前にルール習っとくか。」
そんな俺の気持ちを察して優大が話しかけてくる。そんな声も歓声で聞こえにくい。
「うーん。確かに知ってはおきたいけど、バレーのルールと混ざりそうだし。」
その提案は嬉しいが、バレーのルールすら覚えるのに1週間かかった俺の記憶力を、俺自身あまり信用していない。そんな俺の発言を聞きつけた慶人が信じられないと言った表情をしているが、苦手なのだ。
スポーツは全部苦手なのだ。唯一出来るのは長距離走なのに、2年連続で出場できていない。
「そうか、まぁ雰囲気で頑張れ。」
優大も呆れ気味で俺の元から離れて家族との会話を楽しんでいる。
そうこうしている間に試合が終わり、大和がコートに入る。体育大好きな大和は楽しそうにメンバーとお喋りをしている。
笛がなるとその表情が変わる。去年も思ったが、大和の何かに集中する表情は普段との違いも相まってドキッとしてしまう。こんなこといったら優大が怒るだろうけれど、それほど大和の表情は鬼気迫り、真剣だ。
そんな大和を追っている間に試合は終わってしまっていた。結果は、確か大和が勝ったはずだ。
その後は、慶人と適当に喋って時間を潰した。試合は、見ててもよく分からない。
慶人もバスケは得意でないらしい。
そうして2回目の大和の試合までやり過ごす。もう始まってから1時間30分経っている。
「平宮さん。そろそろ園崎さんの試合らしいですよ。」
会話をしながらも試合の進行を気にしていた慶人が教えてくれる。慶人も、大和の試合が楽しみなようだ。
2回戦。相手はそれほど強くないチームのようで大差で勝った、らしい。
その後の試合もいつの間にか終わっていた。
そして決勝戦、優大曰く経験者揃いのチームが相手らしい。
正直試合の行方はどうでもよかったが、強敵相手の試合で苦戦するほど楽しそうになる大和を見ていると俺も明日頑張ろうと思えた。
「あぁ、負けちゃいましたね。」
食い入るように試合を見ていた慶人はタイマーが鳴ったことを確認して溜めていた息を吐き出す。
1点差で大和たちの、俺たちの学科の負けだ。
「あぁ、ちょっと面倒になるな。」
負けず嫌いの大和は負けると煩い、訳ではなくひたすら泣くのだ。俺では慰められない。
去年も、悲惨だった。
「ゆうだい。」
案の定5分して着替えた大和は泣きそうな顔で更衣室から出てきた。それを予想していた俺たちは大和と、優大を置いて移動を始める。
こういうとき慰める役は母親より優大が効果的だということが、皆の共通認識だ。
朝、慶人が迷子になっていたあの広場まで向かう。まだ昼前の時間で人は少ないが、誰かの弟妹らしき小さな子どもたちが数人走り回っている。
日当たりの良い場所にブルーシートを広げて昼食の用意を始める。2人の母親が持ってきた弁当をその上に並べていく。
「美味しそうですね。香織さん。作ってきたんですか。」
慶人はそれを手伝いながら楽しそうにお喋りをしている。
「あぁ、私も持ってきたのよ。ほら。」
「シュークリームと、プリン。これ手作りですか。」
弁当をのぞき込んで楽しそうにお喋りをしている。
「おい、母さん。あんた威張ってるけどそれ作ったの俺だからな。」
「あら、阿須加いたの。いいじゃない、あんたを産んだのは私なんだから。」
「え、いや。すごいですね。阿須加さん。」
いつもあんな感じの大和家族相手に慶人は困惑気味だ。そんな慶人には構わず喧嘩のようなやり取りが続く。
「響。大丈夫か。」
後ろから優大の声が聞こえる。
振り返ればいつの間にか2人が立っていた。無事大和は泣き止んだようだ。いつものように姉にちょっかいを掛けている。
「「2人も来たし、さ、食べましょう。」」
いつも自慢ばかり言い合っている母親2人の声が揃う。
「もう、早く食べるよ。」
場が笑いに包まれ、大和が率先して弁当をつつく。そして取ったおかずを自分の皿ではなく慶人の皿に盛っている。あっという間に慶人の前におかずの山が出来るが、あまり食べない慶人はそれを前に引きつった笑みを浮かべている。
大和は満足げに自分の食事を始め、他の人ももう自分の食事を楽しんでいる。
「慶人、半分俺皿に移してくれ。」
どこから手をつけるべきか迷っている慶人に声を掛けると、驚いた表情が返ってくる。
遠慮しながらも最終的に半分ほどが俺の更に移った。それを食べながら皆の会話に混ざる。大和も優大も家族ぐるみで仲がよく、こういった行事の時でも家族団らんの雰囲気で話題は尽きない。
「そういえば、午後はどうする。」
次第に話題は午後のことになる。午前は男子の試合で、午後には女子の試合があるのだ。
そこで皆の、特に大和と優大の妹の表情が変わる。
「僕はサッカーが見たい。」「私は剣道。絶対剣道。」
2人の主張がかぶる。2人ともそれぞれの主張を続ける。気になる人が出ているらしい。
次第に喧嘩腰にあり、慶人は慌てている。これもいつもの光景だが、俺もこの相手をするのは面倒だ。
「俺は別で長距離走見ます。終わったらそのまま帰るので、すいません。」
自分の皿が空になっていることを確認し、そう言って立ち上がる。午後は長距離を見ると決めていたのだ。優大達だったら文句も言わないだろう。
適当に荷物と皿を片付けて長距離走があるグラウンドに向かう。
「平宮さん、僕も良いですか。」
しばらくして後を着いてくる足音に振り向くと慶人が立っていた。一緒に長距離が見たいらしい。
会場に着くと、まだ開始までは1時間あるにも関わらず、観客席として用意されたテントには人がひしめいている。
それは予想していたので予定通り校舎に入る。今日はどこの部屋も出入りが自由で、汚さなければ飲食も許可されている。あらかじめ調べていたグラウンドから一番眺めのよい部屋に入り、窓際に座る。
「平宮さんは、他の人たちと一緒じゃなくていいんですか。」
ここまで大人しく着いてきていた慶人が不思議そうに尋ねる。
「まぁ、優大達なら大丈夫だろ。」
サッカーも、剣道も、どちらもルールが分からないから見ていてもあまり面白くない。応援したい人もいない他の競技を見るよりは、長距離走を見た方が楽しめる。優大も大和も、それは分かってくれているはずだ。
しばらくすると選手達がグラウンドに集り始める。体を準備している光景は、楽しそうだ。さっきまで見ていた試合の殺伐とした雰囲気とは異なり、こちらは楽しそうだ。窓を開けると、ライバル同士で賑やかにお喋りをする声がこちらまで聞こえてくる。少し風は冷たいが、日差しが暖かく眠気を誘う長閑な雰囲気が辺りに漂う。慶人は隣で目を閉じている。
そのままの雰囲気で長距離走は始まり、明るい応援が耳に残る。それぞれが自分の全力を尽くしている様子は楽しそうで、長距離走が走れなかった悔しさが蘇るがそれ以上に走りたいという衝動がこみあげる。スポーツの苦手な俺だが、体を動かすことが苦手なわけじゃない。走ることは好きだ。だから、誰かが走っている姿は見ていて楽しい。長閑な、和やかな、そんな光景を見ているといつの間にか時間は経過し、試合も終わっていた。
「あ、いた響ちゃん。」
構内を出てグラウンドに向かうと、大和たちと遭遇した。結局大和が折れて剣道の試合を見たようで、そちらが終わり俺たちを迎えに来たらしい。
「どうだった、響ちゃん。」
「楽しかったぞ。」
駐車場に向かうまで、大和は俺に話しかけ続ける。優大が母親に絡まれて話しかけられないからだろう。適当に相手しつつ、明日の心配をする。
この1ヶ月、大学終わりからバイトが始まるまでの短い時間で練習を重ねたが、出来るようになったのはボールをコートに返すことだけだ。足手まといでしかない。
「響ちゃん。明日は頑張ってね。」
去り際の大和の期待の声が耳に痛い。優大が同じチームであることだけが唯一の救いだ。
「平宮さん、さようなら。」
そんな不安を抱えながら、慶人と駅で別れる。今日だけは、バイトを休みにしたのだ。
こんなに不安になるなら、バイトでもした方がマシだったかもしれない。




