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すれ違いだらけの俺の運命  作者: 甘衣 一語
トラウマ
17/40

暗闇

 激しい雨の音で目を覚ます。雨戸のせいで時間の感覚が狂ってしまうが、時計を見るともう8時だ。

 既に朝食の準備を終えた慶人はリビングで本を読んでいた。

「おはよう。相変わらず早いな。」

 そう声を掛けると初めて俺に気付いたようで、慌てて朝食を温め始める。

「おはようございます。平宮さんが遅いだけだと思いますけど。」

 そんな嫌味をいいながらも手際よく朝食が並べられる。

 俺好みの卵焼きと味噌汁は相変わらず美味しくて、朝のちょっとした小腹にちょうど収まる量だった。例のごとく食器洗いは俺に任され、慶人はパソコンと向かい合っている。

「それなんだ。」

 画面をのぞき込むと、大袈裟に体をのけぞる慶人。

「大学のレポートです。」

「へぇ、パソコンで打つのか。」

 その画面に並ぶ内容はひとつも理解できない。

 ちなみに、俺の大学はパソコンで打つと本人の実力が計れないという理由で手書きのレポートが原則だ。

 恥ずかしいのか慶人は画面を変えてしまう。前に言っていた通信制大学のホームページらしき画面が写っている。

「そういえば、通信制ってどうやって授業するんだ。リモートとか。」

 通信制の学校があることは知っていたが、実際通っている人を見るのは初めてで知らないことばかりだ。

「動画を視てネット上で小テストを受けるのと、年に2回だけキャンパスに行ってテストをするのとで、他は行事があったらキャンパスに行きますけど普段は家で動画を見るだけですね。」

 視線を画面に向けたまま、教えてくれる。そうなんだ、と応えるが内容はイマイチ頭に入ってこない。

 最近慶人は俺を避けている気がする。いつからかと振り返れば彼女のあの1件以来。原因は分からない。優大は怒っていた、と言っていたがそのことだろうか。特段仲がよい訳でもないけれど、こうして避けられるのは寂しいと感じてしまう。この感情が迷惑なのだろうか。

 そうやってボウッと考えていたらポケットに入れていたスマホが震えた。

『今どこにいる。』

 優大からのメールを知らせる振動だった。

 どうやら2人は心配になって俺の家まで様子を見に来てくれたらしいが、当然俺はそこにはいない。

 居場所を伝えると、優大からのメールもなくなった。珍しく大和からの連絡もなく、その後は静かに勉強をする。慶人から借りたテキストは読んでみると知らないことばかりで面白くあっという間に時間が過ぎた。


『フッ』

 とそんな音がした気がした。

 目を開けると辺りは真っ暗で、自分がどこにいるのか分からない。停電したのだ。

 雨戸のせいで光は入ってこない。暗闇だ。

「け、けいと。」

 声を掛けるが返事はない。さっきまでいた、隣で一緒に勉強をしていたはずだ。それなのに気配がない。

 暗い、怖い、1人だ、寂しい。

 周りも見えないのに、視界が滲んでいる事だけは分かる。

 外の壁を叩く風の音が更に恐怖を煽る。

 怖い、怖い、怖い。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 言うこと聞くから、いい子にするから、何がダメだった。

 あの時とは違うと、分かっているのに頭が勝手にあの時の恐怖を蘇らせる。

 暗闇が、静けさが、外の騒音が、あの頃のことを思い出させる。

 どこにいる、どこにいる、どこにいる。

「大丈夫ですか。」

 何事もないようないつもの声で慶人が話しかけてくる。スマホのほのかな光に照らされた顔はいつもの様に無表情で、そのくせ優しさが滲んでいる。

「多分木が電線に引っかかったんだと思います。」

 前から気になってたんですよね。などと独り言なのか俺に向けた言葉なのか分からないそんな、どうだっていいことをいいながら横に座る。俺の顔も照らされる。

「そう、か。」

 やっと絞り出せたそんな言葉も震えている気がして不安になる。

 俺の無残な見るに耐えないひどい顔は慶人に見えているはずなのに、慶人は何も言わない。触れてこないけれど、心配していることは、優しさは伝わってくる。

 冷蔵庫を確認したり、パソコンを確認したり、そうしながらも俺に話しかけている。返事もないのに話しかけている。

 どうだっていいことばかりだけれど、そんな会話が俺を現実に戻してくれる。気付いたら呼吸も落着いていた。

 もう、大丈夫だ。思い出してもなんともない。


 俺の兄が、オメガと分かる前の俺にした悪戯の1つ。

 押し入れに閉じ込める。ただそれだけ。

 助けもしない、声を掛けるわけでもない。閉じ込めるだけ。

 いつも助けてくれるのは住み込みの家政婦で、長いときは丸1日そこにいた。

 その後、廊下ですれ違えばいうのだ「なんだよその顔」と、嘲笑うように。

 何のためにしていなのかわからないが、きっと目的はなかったのだろう。

 そもそも、閉じ込めたことを忘れていたのかもしれない。


 そんな過去は、忘れようとしても忘れられない。

 怖いものは怖くて、いつまでも暗闇は苦手で、本当は独り暮しも怖くて。でも、最近は暗さにも慣れたのだ。慣れたと思っていたけれど、やっぱりダメだったようだ。1人ではダメだったようだ。

 そのまま、本を読むことも出来ずほのかの明かりだけを頼りに夕食を作って、適当に時間を潰して、風が弱くなった頃にはすっかり日も暮れていた。外ではなく、時計をみてそれを確認したのだがもうすることもなく暇で、いつもより3時間も早く寝た。

 その頃には不安は消えていた。

 一体、何を不安に思っていたのかも忘れていた。


 次の日、目を覚ましたときには風の音もしなかった。

「色々飛んできているので気をつけてください。」

 慶人の作ってくれた朝食を食べると、心配そうな慶人に挨拶をして家を出た。

 工場も停電になっていて休みになったが、幸い電車はその1時間後に動き出して無事家に着いた。

 そのまま1日、泥のように眠った。なぜか、慶人の家では上手く寝付けなかった。あんなに寝心地のよい布団だったにも関わらず、そのことがひどく不思議だった。

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