台風
この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。
オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。
そんな、生まれながらの運命が定められている。
事件から3日。彼女は退職処分となった。警察も調査に尽力してくれ、色々と分かった。まだ彼女が俺のストーカであることを実感できていなかったが、彼女の家の様子を知らされたら信じざるを得なかった。俺の最近なくなったメモ帳も、ボールペンも見つかった。
俺に対するストーカーの件がなくとも、彼女はオメガ性を会社に報告していなかったため、法律違反で退職は免れなかっただろう。
退職後彼女は母親と共に地元に帰ったらしいと、優大から教えて貰った。彼女も両親の離婚などで色々と悩んでいたらしい。だからといって大和達が彼女を許すわけではなかったが、俺は彼らが怒ってくれる分彼女の今後の幸せを少しだけ願った。
そして、慶人は大学卒業までこの工場で働き続けると工場長に申告した。その原因が今回の1件かはわからないが、何か本人の中で思うことがあったようでチョーカーを着けることはなくなった。だからといって俺への態度が変わることはなく、平凡な日々がまた続いた。
それから1週間。日本本土に台風が接近していた。
強い勢力で北上中の台風は、今日の夜から明日にかけて俺らのいる場所を通過するとの報道があり、明日は工場も稼働を一時中断することになっていた。
「お疲れ様。風が強くなっているから早く帰れよ。」
最終確認をしている工場長に挨拶をして更衣室に向かう。
「お疲れ様です。」
慶人はちょうど着替え終えて荷物を片付けている。外では強風が窓を叩き、木を大きく揺らしている。まだ電気がなくても手元は見えるが、この天候で太陽自体は隠れている。
「平宮さんは電車ですか。」
慶人が外を見ながら尋ねてくる。予想以上に強い風に困惑しているのは俺だけではないようで、外に出ることを渋っているように感じる。
「そうだけど、この風じゃ止まってるかもしれないな。」
慶人に言われてスマホを開く。電車の運行状況は直ぐに情報が入るようにしている。時間は16時、朝の予報では18時から電車の運行が休止すると言っていた。
「あぁ、やっぱり。」
画面には遅延の文字。この風で遅延してるなら再会するのは台風が過ぎ去った後だろう。
「どうしますか。」
俺のスマホをのぞき込みながら慶人も一緒になって考える。前に同じような状況になったときは優大が迎えに来てくれたが、その時は今より風が弱かった。
「優大が着く頃にはもっと風が強くなってるだろうからな。」
優大からここまででも1時間は掛かるはずだ。それまでここが空いてるかも問題だ。
「歩いて駅まで、行ったところでだしな。」
移動中で濡れ、駅で足止めをくらった末に風邪を引くのが目に見えている。他の当てを慶人も一緒に考えてくれるが、こんな雨の中でも迎えに来てくれるほどの人望はない。
「他、はないですよね。それじゃぁ。」
慶人の人脈も出尽くし行き詰った末に嫌だったら断ってくれてもいいんですけど、という前置きと共に
発せられたそれは目からウロコな提案だった。
10分後。俺は慶人の家に足を踏み入れていた。工場から慶人の家まで数キロの間で服も靴も濡れてしまっている。
「お風呂入れるのでちょっと待っててください。」
慶人が慌ただしく作業する様子を見ながらリビングにたたずむ。物は少なく整理された部屋だが、少し古く風の音が家中に響いている。キッチン・リビング・ダイニングの他にもう1部屋あり、独り暮しには十分な広さの家だ。
「平宮さん、服も用意したのでどうぞ。」
20分して慶人が顔を覗かせ、また直ぐ作業に戻ってしまう。
脱衣所には洋服が一式準備されていた。まだ新品の匂いがする。冷えた体を温めてそれに着替えリビングに戻ると慶人が夕食を用意していた。
「服、サイズ大丈夫そうですね。」
用意した服に包まれている俺を見て慶人は胸をなで下ろしている。少し小さいが、十分着られる大きさだった。
「これ新品だろ、いいのか。」
「大丈夫です。その服友人が毎年贈ってくれる物なんですけど、使い道に困ってて。」
服は十分持ってるのであまり新しい服を使う機会がないんですよね、と申し訳なさそうに話している。確かに、俺も服をプレゼントされたら反応に困るだろう。
「それより、夕飯にしましょう。この風だと停電になる可能性もあるので早めに食べておいた方がいいですよ。」
お喋りしながらも慶人は夕飯の準備を進めている。夏休みの頃に作っていたような、栄養バランスまで意識したような和食が並んでいる。
2人で向かい合い、手を合わせて食べ始める。夏の時にも感じたが、慶人の料理は俺好みの味で美味しい。気付いたら完食していて、お礼代わりにと食器を洗う。その間に慶人も風呂に入り、30分もすると手持ち無沙汰になってしまった。
慶人はまた台風対策に精を出し始めた。洗濯をして、雨戸を閉め、懐中電灯の確認をする。
雨戸を閉めるとさっきまで僅かに差し込んでいた日の光がなくなり、夜だと錯覚しそうになる。その後慶人に借りた本で時間を潰し、いつもより早い時間に布団に入った。急に来た来客にも関わらず、慶人が用意してくれた布団はフカフカで直ぐに眠りについてしまった。




