後輩
この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。
オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。
そんな、生まれながらの運命が定められている。
「お疲れ様です。」
返事も期待しないそんな挨拶をして更衣室に戻る。もうすっかり辺りは暗くなっている。
夏休みが終わり2週間が経った。また以前のように夕方だけバイトをする生活に戻り、慶人とも顔を合わせることがなくなってしまった。
時折入れ違いで顔を合わせても一言二言と言葉を交わすだけで、お喋りするほどの時間もない。
そんな感じで時間が経ったある日、仕事終わりに工場長から声が掛かった。
「あぁいた、平宮くん。ちょっと話があるんだけど今大丈夫か?」
既に真夜中を刺している時計を確認して、返事をする。こんな時間までわざわざ待ってどんな用事だろうか。
「平宮くん、この前は向野くんの教育係引き受けてくれてありがとうな。失敗も少ないし、皆からの評判もいいわ。」
場所を変え、工場長はそんなことを話す。確かに結局あと1ヶ月働くことになった慶人は今まで以上に頑張っているようで、土日には同僚の人たちと親しげに話しながらテキパキと仕事をしている様子が目に入る。
「それで本題だけど、次に来る新人の子の教育係もお願いできるか。」
そういって俺の前に書類を置く。慶人と同い年の女の子だ。
土日だけのバイトらしいが、一応1年働くことになっている。一通り履歴書に目を通し、工場長に返事をする。
俺にできることなら、なんでもしたいと思ってこのバイトを始めた。今回も頑張ってみよう。そう意気込んで家に帰った。
2度目の教育係初日。前回の反省を生かして予定より早く待合所に到着する。
「すいません、遅れました。」
20分ほどしてやってきた彼女は、少し遅れてしまったことを謝りながらもその表情は嬉しそうだ。印象が悪いわけではないが、あまり得意でない性格の相手だ。
慶人に教えたようにロッカーに案内して着替え、1つずつ教える。
「いいんですか。ありがとうございます。」
例のごとくメモ帳を持っていない彼女に、メモ帳を渡すとなぜか喜んでいた。
そんな彼女に少し違和感を覚えながらも工場の案内をする。所々で質問を受けながら慶人の時と同じように午前中の案内を終える。
「え、私響さんと一緒にご飯食べてもいいんですか。」
食堂に移動するために1度更衣室まで戻る途中、今までで一番大きな声で喜んでいる。
「どうしたんですか。」
その声に興味を引かれたらしく、慶人が会話に入ってくる。慶人もちょうど昼食の時間だ。
「いや、なんでもない。慶人も一緒に食堂行くか。」
「・・・分かりました。」
1度彼女を見て少し思案した後に返事が帰ってきた。彼女のことを紹介しながら食堂に向かい、僕と慶人は自分の弁当を、彼女は食堂の定食をそれぞれ食べる。
「へぇ、図書館に行くのが好きなんですか。私も読書は好きですよ。」
「どこの大学に行ってるんですか。」
「どの辺りに住んでるんですか。」
いつもは周りの喧噪を聞きながら静かに食べる昼食が、今日は賑やかだ。食事は静かに済ませたいが、後輩を無下にも出来ず答えられることには答えて受け流す。大和と一緒に食べている気分だ。
その後も結局休むことはできず、慶人も一緒にいたのに俺を助けてはくれなかった。
それでも案内は続き、なんとか1日目を終了した。このバイトを初めてしたときもこれほど疲れなかった気がする。
「お疲れ様です。」
彼女がタイムカードを押したことを確認して解散する。
「お疲れ様です。」
同じ時間に仕事を終えた慶人が、疲れて腰掛けた俺の横を挨拶をしながら通って行く。その表情には少し怒りが湧いてしまった。明日と来週の土日までは一緒に作業をすることになっている。こんな調子で大丈夫かと、少し不安になった。




