ツバキ隊長の思案・・・
私の名はツバキ=ロットマン。
第二皇女レンシア=デモン=ガルド様の近衛騎士軍隊長だ。
私は最近ある人物について悩んでいる。それは素性をほとんど語らない部下についてだ。
奴はマヤ=ウェイデッドという名を先日レンに与えられていたが、
自分の名前を持っていないと言って一度も本名を語らなかった。
名前が無いのはまだ良い、孤児の者の中には死ぬまで名前の無い者も居る。
しかし奴の話では名前が無いわけではなく故意に名乗らないだけのようだ。
第一、奴が出身国だと言い張るジパングなんて国も存在するか怪しいものだ。
奴は外見を見る限りは12~13歳位だろうか。ニンゲンという聞いたことの無い種族だ。
存在しないとされる白い髪に宝石のような紅い瞳。整った可愛らしい顔つき。
奴の胡散臭さを知らなけれ万人に愛される容姿だ。
しかし奴はその外見に反して黒いコートに黒いマントを着ている。
そろそろ冬に入る頃とは言ってもまだソコまで厚着する程でもない。
しかし奴はそんな厚着にも関わらず私達との試合の後も、汗一つかいていなかった。
奴が強いのは認めよう。白銀騎士団のレイル=ザーシン団長は、
奴が上級の魔物を糸だけで撃退したところを目撃している。
正直私達が敵う相手ではないのだろう。
しかし奴がレンに対して敬意を払わない事は許せなかった。
一応は敬語を使っているが、それでも奴は皇女という肩書きに対して敬語で話している。
無論奴とレンは初対面だ、それは仕方ないのかもしれない。
しかし奴が探る様な目でレンを見たとき、レンの目的を聞いたときの奴の態度。
どうしても奴に一度屈辱を味合わせてレンに敬意を払わせたかった。
それが近衛軍 対 奴の試合だった。如何に奴といえど4対1。
しかもレンから糸の使用を禁じられば私達にも勝機はある。
しかし結果は散々だった。奴を倒すという目的のために頭に血が上った私は、
部下に庇われ、私が正気でないと知った奴に標的とされた。
私の目の前で奴は消えて、気が付くと後ろを取られていた。
あんな動きを私は見たことが無かった。
彼女は私達には到達できないレベルの強さを持っていた。
そして王都からの道中で私は考えを改めさせられた。
彼女はレンを蔑ろにしていたわけではない。
レンの器の大きさ、主人としてふさわしいかを測っていたのだ。
レンを試していたという事には無論不満が残るが、
仕えるべき主人がどんな存在かを知るには仕方ないだろう。
私は彼女、マヤが真実を話していない事には気に入らないが、
それでも私よりもできた人物であることはわかる。
きっと語るに語れない事情があるのだろう。
だから私は彼女のそういった部分を気にすることを辞めた。
彼女が近衛騎士になる条件に何時でも辞めることができるというモノが入っている。
此処で私が要らぬ事をして彼女を不快にさせてはレンが困る。
彼女の過去は気にしない。しかし彼女の技量には興味があった。
話に聞くと彼女はまだ魔法を使えないという事だ。
コレは彼女が嘘をついている雰囲気ではないので納得している。
つまり糸を操るのも、一瞬で後ろに回りこんだのも全て彼女の技である。
だから教えを請いたいと思ったのは戦士として仕方ないことかもしれない。
糸を操るには手先の器用さがいるだろうから無理だとしても、
あの移動法は是非学びたい。
馬車が止まり、夜営の準備をし終わってから私は彼女に頼んだ。
「マヤ=ウェイデッド、私に貴殿の技を教えて欲しい。」