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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
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8話「いじめ」

 俺の股を弄り倒した疑いのある水瀬をボコしてやろうとアイツの前を張っていたが、朝の会に間に合うギリギリの時間になっても水瀬は家から出てこなかった。



「引っ越した……訳ないよな」



 水瀬が使っていた自転車が停まっているのを確認する。うーむ、風邪でも引いてるのだろうか。まあいいや、また後日シメる事にしよう。


 少し早足で学校に向かい靴を履き替えて廊下を歩く。よし、急いだおかげで全然余裕で間に合ったな!



「あっ」



 階段を昇っていたら神崎、山本、香坂の三人組が見えた。最近はコイツらも無視してくるから微妙な感じだったが、教室の中でなければ会話が出来るかもしれない。



「よぉお前ら! おはよう」



 声を掛けると、三人とも足を止めてこちらを見た。神崎、山本はそのまま無視しようとしたが、香坂だけは「よお」と返してくれた。



「おい香坂……」

「元気そうじゃん小依、昨日はどうしたん? 風邪?」

「いや、それが初経? 初潮? みてーのが来てさ。萎えて学校サボってた」

「なんだそれ?」

「最初の生理って奴だろ。なにお前、生理来たの? 女じゃん」

「うっせぇ」



 神崎も香坂に対し受け答えをしながらも俺の方を向き話してくれた。山本はその様子を厄介そうに見ていた。



「てかよ、最近なんなんお前ら? 俺の事無視しやがって」

「あ〜、それなんだがよ……」

「口を利かなけりゃ親にもなんも言わないし咎めもしないってアキTに言われたんだよ」

「は? なんだそりゃ、担任が俺への無視に加担してんの?」

「ってより、俺らが一緒に居ると悪さを起こすから接触禁止って感じになってるらしい。未だアキTん中では小依が発端って事になってるらしいしな」

「なんだよそれー……」



 いじめを絶対根絶したいって精神は評価出来るが、ありもしないいじめ話に躍起になってるのかアキTは。



「頭の固い奴、ギャグ線も無いしテンションもキモイし、まじで良い所一個もないなウチの担任は……」

「ははっ、言えてる」

「ま、大方お前を僻んでる女連中がアキTに嘘の告げ口して操ってるんだろうがな」

「あぁ? 僻んでる? 俺に? なんでだよ」

「そりゃお前、顔良いし男と普通に話せる奴とか女視点ムカつく奴だろ」

「はぁあ?」



 神崎の言葉に違和感を感じ反射的にガンつけてしまう。神崎は「俺はなんとも思わないけどよ」と保険のように付け足した。



「男と普通に話せるって当たり前だろ。俺ァ男だぞ」

「中身はな。外見は男の制服を着ただけの可愛い女じゃん。そりゃ面白く思わねえ奴も出てくるさ」

「別に普通だろこんな顔面」

「そういう発言も素でしてるからムカつくんだろ。無意識マウントとか嫌な奴の代名詞だろうが」



 マウントってか、だって母親の顔面をそのまま貼り付けたみたいでなんなら気持ち悪いし……。そう感じるのは当人の俺だけって話なのだろうか。ネットにある自撮りとか見てりゃもっと可愛い奴がゴロゴロいるしそんなもんかと思っていたんだが。



「ま、そういう訳で、教室の中じゃ女に監視されてっからお前と話したくても話せないわけ」

「監視って、そんなの無視すればいいだろ」

「俺も神崎も進学希望で内申はそれなりに必要なんだよ。お前だってそうだろうが」

「……その理論で言えば香坂は関係無くね?」

「俺は……」

「親の会社で働くんだからその前に親を巻き込んだ問題とか起こしたくねえだろ?」

「そうか、まあ確かにそうだな……」



 なるほど、なるほど。まあ中学三年という時期は大切な時期だもんな、下手な行動を取って進路に響かせたくないと考えるのは自然か。



「そういう事ならまあ、納得するけど。でも全員無視はなんか……それこそいじめじゃね? って思うんだけど」

「俺らもそう思ってはいるが、他の連中はそう考えてないっぽいんだよな。もうお前が人をいじめてたって印象が広まってるし、だからか何をしてもいいって考えてる奴すら居るんだぜ?」

「は? こわ」

「一度でも人をいじめた事があるような奴は殺したって構わないって話し合ってる陰キャ共も居たな。アイツら何考えてっか分からなくて本当にやりそうだからシメといたけどさ」

「それはそれで恨み買わないか……?」

「先に愚痴妄想を録音してからボコったから問題ねえよ。アイツらが変な事をしようとしたら先にネットに流しちまえばいい」



 頭良いなそれ。不良なんかやってたくせに頭良いとかキャラが崩壊してないか?


 そういえば神崎の志望校の話をチョロっと聞いた時、ハイレベルな進学校の名前出てたもんな。優秀な奴が不良なんかやってんなよ。



「あ、それならお前らと一緒に教室入るのやばいよな。先言ってろよ、俺はトイレで時間潰す」

「そこまで気を遣わなくていいだろ」

「よく分かんねえけど、くだらねえ逆恨み程度で教師も巻き込んで一人を孤立させるような連中だぞ? 警戒しておくに越したことはねえよ」

「それも、そうか」



 神崎が納得し、山本も申し訳なさそうにしながらも彼と一緒に教室に向かっていく。香坂は小さな声で「俺らは味方だからよ」と言って二人の背後に追い付くように駆けて行った。



「めっちゃいい奴らだな……」



 なんか、環境がガラッと変わったせいかあの三人の人情みたいな所が垣間見えてしまった。あんな良い奴らなのに、クラスの連中を小突いたり金を持ってこさせたりしてたんだよな。それらの恨みが俺一人に集約していると考えたらこんな扱いもある意味納得かもしれない。アイツら怖いし、直接文句なんか言えないもんなー。



「それってやっぱ俺が舐められてるって事じゃねえか」



 気付きを得たら急にムカついたのでトイレの壁を蹴った。痛い。



「あっ、冬浦小依」

「あ? うわ、てめぇかよ上原(うえはら)……」



 トイレの個室が開き、中から俺が泣かしていじめた事になっている女子の上原美優が出てきた。



「丁度良かった。少しお話しようぜ、上原」

「……なんですか」

「睨むなよ。ぶん殴るぞ」

「ッ、や、やれるものなら」「やってもいいの?」

「……」



 強がってくるから一歩近づいてみたら、上原は怯えたように後ろに下がって背中を壁に当てた。上原は胸の前で組んだ手を震わせている。脅かしたのは俺だが、そんなに怖いか? 俺の方が背が低いのに?



「わ、私は悪くないし。いつもいつも私の席に座って来るあんたらが悪い!」

「なんも言ってねえんだけど。でも分かった、それがお前が俺に憂さ晴らししてる理由なんだ?」

「っ、だからなに!? それ以上近付いたら、大声出すよ!」

「だるっ。じゃあよ、一個質問させてよ」

「……」

「お前みたいなビビり女がここまで人を動かせるわけないよな。お前とは別に、なんか裏ボス的なの居るだろ。そいつ誰」

「……そんな事聞いてどうするの」

「昨日家に居たらクラスの誰かに股を弄られた、これはレイプだろ? やっていい事を超えてるよな。だからボコる。実行犯と、その裏ボスの両方を」

「そ、そんなの私知らないし!」

「あっそ。レイプは知らないと。じゃあ裏ボスは」

「知らない!」

「殺すぞ」

「ひっ!! だ、だれかー!! 冬浦に襲われてるーっ!!!!」

「えっ」



 まじ? 殺すって軽口だけでビビりが臨界点超えたのか? 日常会話で飛び交ってるだろこんな暴言、流石にメンタル弱すぎない?


 なんて呑気な事を考えているのではなく、この時俺は逃げるべきだった。上原の必死の悲鳴を聞きつけた生徒がトイレに入ってきて、俺はそのまま羽交い締めにされた。


 それで終わらなかった。上原の「もうやだぁ! こいつ私を殺すって言ったのぉ!」というわざとらしい訴えが合言葉となったのか、続々集まってくる女子共によって俺はトイレの床に倒されて蹴られて水までぶっかけられた。


 どう考えてもやりすぎだが、相手からしたらこれは当然の報いなのだろう。上原は全然悪びれる様子もない、『私を怖い目に遭わせたんだから当然でしょ』とでも言うような目で俺を睨みつけていた。



「小依」

「……咲那?」



 集まった女の群れの中には咲那の姿もあった。だが咲那は上原を大切そうに抱き留めると、俺を睨みながら言った。



「また私の大切な人を傷付けたんだ。……もう絶対許さない、徹底的にやり返すから」



 大切な人……? そういえば、上原はずっと咲那の近くに居たな。だが、またってなんだ。女に嫌がらせをした事なんてないってのに。意味が分からない。



 制服を濡らして教室に入ったのにアキTはクラスの女子の「コイツ池に飛び込んでました! ストレスでおかしくなったんだと思います!」という意味不明な言い分を信じて俺の主張を信じてくれなかった。


 言い合いが長くなると上原が泣き出し、一方的にクラス中から俺へのブーイングが飛び、アキTも完全に俺を悪として断じ強い口調で俺を黙らせてきた。



 その日から、本格的に俺へのいじめが始まった。



 文房具や教科書、ノートを隠される所から始まり、俺の机だけ廊下の外に出されていたり掃除の時間に俺のカバンにゴミを詰められたり。


 後ろの席の人に少しずつ髪を切られたり。


 羽交い締めにされて制服を脱がされて、アキTに見せられないようにブラやパンツに『淫乱』とか『ブス』とか『ビッチ』とか書かれたり。


 休み時間中に机に突っ伏していたら箒で頭や背中を叩かれたり、場所を変えて人目のある廊下で過ごしていたら周りに聞こえるような大声で「おっさんと援交してる馬鹿女だ〜!」って事実無根な言いがかりをぶつけられたり。


 一番効いたのはトイレで放尿していたら下からスマホを入れられて盗撮された事だ。それは俺が入っていないグループラインで共有されたらしく、俺が登校するといやらしく俺が見えるような角度でそれを再生されるなんて事もされた。



「……マジか」



 そのまま夏になり、水泳の授業が始まったある日。スク水なんて着たくなくて毎回体操服を着て見学をしていたのだが、ある日教室に戻ったら制服の裏地に白いヌルヌルの液体が付いていた。


 俺は女になってしまったから知らなかったが、これは精液というやつらしい。男の、ちんこから出てくるやつだ。


 ……何か分からなかったから、指で少し取って匂いを嗅いでしまった。ボンドか何かだと思っていたから、ハンカチで拭き取ってそのまま着てしまっていた。


 それが何なのかを調べた後、思い切り嘔吐した。血の味がするくらい胃の内容物を吐き続け、その日は涙が止まらなかった。


 気持ち悪くてしばらく制服を着ずに体操服で登校した。


 流石に水泳の授業を一度も出ないのは成績に響くと言われたので仕方なくピッチピチのスク水を着て授業を受けたら、今度は体操服を盗まれた。更衣室から、体操服が丸々消えていた。



「……」

「うわっ、あの子水着のまま廊下を歩いてる!」

「なにあれ、変態?」

「てかアレ、三年の淫乱女って奴じゃない? 確か名前は……」

「冬浦小依?」

「そうそれ! クラスの男子とセックスして操って他の女子生徒をいじめてたって!」

「それがバレてからはおじさんと援交してるんだっけ? よく学校近くまで送りに来るらしいよ」

「パパ活相手を学校に呼ぶとかキッモ!」

「てかさ、エロサイトにアイツにそっくりな女の動画上がってたんだけど」

「アレは顔の部分を合成したコラ動画なんだって。まあ実際ヤッてんだろうけど、中学生だしバレたら相手が捕まるから世には出ないだろ」

「エロ垢やってるって噂もあるけど?」

「まじ? うわ、見てぇー! 話し掛けたら教えてくんないかな?」

「やめときなよ、あの人に話し掛けるとセフレの男子にボコされるって聞いたし」

「こっわ。てかキモ! 本当に居るんだな、そういう奴!」



 廊下を歩くだけで不快な言葉が俺の頭上を行き来する。誰もが俺を見て嘲笑い、見下している。同学年も他学年も無い。



「ちょっとあなた、なぜそんな格好をしているの!?」



 ある教師が俺を見つけ駆け寄ってくるが、彼女も心配してるのは口だけで俺を気味の悪いモノを見るような目で見ていた。



「着替えは!?」

「……無いです」

「無い!? そんな訳!」

「無いです。誰か知らないけど体操服盗まれて。制服も家なんで、着れる服なんてこれしかないです」

「なんっ、それって! でも貴方、上原さんって子をいじめてたっていう……」



 おうまじか、面識のない教師相手にも存在が知られてるのか。有名人じゃん。たかが人をいじめた程度で指名手配犯か、この学校には正義のヒーローがいっぱい居るんだな。たまらねえや。



「上原をいじめたから俺がどんな目に逢おうと自業自得、ですよね。制服に精子ぶっかけられようが、トイレしてる所を盗撮されようが、エロ動画に顔を貼られようが、ネットに流されようが。そもそも最初に俺が上原を泣かしたからそれらは全部正義の行いで、正しい報復なんですよね」

「そ、そんな事されているの!?」

「知らなかったんですか? まずいな、知らない相手にこんな話をしたらまた逆恨みされる。今した話、忘れてください」

「そんな事出来るわけ無いでしょ!? この件はちゃんと職員会議で出さないと!」

「……まじでやめてください。勘弁してください」



 もう沢山だ。いじめっ子というレッテルを貼った相手が誰かに助けを求めようもんなら、それまで以上に苛烈ないじめをしてくる。ここまで事が大きくなったのは結局俺がいじめに耐えかねて教師に頼ろうとしたからだ。


 学校の教師は結局多数派の意見に流されてしまう。40人を超える人間が俺を悪人とすれば教師はそっちに流れてしまう。


 生徒全員が少しずつ食い違った意見を言っていようが、食い違った意見同士を別のタイミングに起きた俺の悪行という形で解釈するだけなのだ。



「先生が凄い良い人なのは分かりますけど、その善意がかえって俺を潰す事になるんすわ。……頼むから、でしゃばらないで下さい」

「でしゃばるなって、そんな事出来るわけないでしょ!? 生徒が酷い目に遭っているのを放っておくなんて教師としてっ」」

「教師なんて学校を出りゃただの普通の一般人でしょ。まじでやめてください、火に油なんすよ。あんたが下手な事して余計酷い目にあったら、多分俺自殺します」

「そんな……」



 何故か絶望している女教師の腕を払い、水着のまま教室に向かっていった。


 それから一ヶ月後、夏休みを目前に控えたところで俺に声をかけてくれた教師は学校を去った。詳しい事は知らないが、俺に声を掛けた日以降生徒から避けられるようになり、教師陣からも白い目で見られるようになり精神を病んでしまったらしい。



 お前のせいだ。そう言われた。どうやら俺個人への攻撃を飛び越え、俺が誰かを頼ろうとしたらその相手にすら危害が向く段階まで来てしまったらしい。



「……ごめん」



 そのぐらい事態が激化してから、梅雨に入ったある日鉢合わせた咲那に小声で謝られた。初めこそ俺を憎んではいたが、こんな事になるとは思っていなかったのだろう。



「小依、私」



 何を言われるか分からなかった。もう咲那の声も聴きたくない。だから俺に何か言いかけた彼女を無視して一人で帰った。


 傘は誰かに折られていたから傘もささずに家まで走る。酷い寒さに涙が出て、喉が震えた。

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