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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
60/61

番外編『冬の教室』

 寒すぎやしない?


 一月某日。昨日までとは打って変わった異常な寒さに目が覚め電気ストーブをフル稼働させつつ、毛布で簀巻きになって露出した足先だけ温めながら窓を開けたら絶句した。


 広がっていたのは一面の雪景色……とは言い難いものの程々に地面が垣間見える銀世界が広がっていた。


 おかしい。雪が降る乗ってこんなに早かったっけ? てかこんなに寒かったっけ? 例年の記憶を遡りながら俺は暴力的な寒さに絶望する。無理、学校に行くのとか超無理寝てたい。



 LINEの通知音が鳴る。なんて間の抜けた通知音だろう、甲高い『ライン♪』という音。水瀬かな、桃果かな結乃かな。


 確認してみると桃果だった。雪が降ってる事にテンション爆上がってるっぽい。感性小学生か。




「おはよう小依! すごいね、雪降ってるよ!!」

「ぶるるるるる」

「駄目だ、こよりんが寒さに凍えている」

「防寒対策しっかりして彼氏くんとお揃いのマフラーまで身に着けてるのにだらしない事だ」

「おおおおお揃いじゃないし。色違うししし。目が節穴ななな」

「同じブランドのやつでしょー? 単に色違いなだけでしょ」



 登校していたら白雲が空気を読まずに雪を降らせ体感温度は更に下がった。誰に向けたサービス精神なの、いらないってそういうサプライズ。頼むから日光を差してくれ、凍結するってまじで。



「いいねぇ冬は。空気が澄んでる、景色も綺麗だしあたし冬大好き!」

「どこがじゃ。肺凍りそうになるわ。これは度を越してる、死ぬ。まじ死ぬ」

「大袈裟だなぁ。時に結乃、お正月はずっと田中くんにお熱だったみたいだったけど年末年始一緒に年越しした?」

「なにさ藪から棒に。そりゃまあ、田中んちで過ごしてたけど」

「やはり。インスタの更新が止まってたからどうせそんな事だと思った! 普通逆だよねぇ、その時期が一番ストーリー投稿されるべきだよね。普段が鬼更新だから逆説的にイチャイチャを見せつけられた気分だよ! このっ!!」

「いたっ!? なんで雪玉投げる!? い、良いでしょ別に私らがいつ何をしたって!」

「あたしは万年独り身の寂しき女だからね。他人の恋路には唾をはきかけ続けるよ。断固としてね。食らえ、非リアの怒りを!!」

「痛い痛い!? こよりん助けて!」

「私に雪玉投げたらコロス」



 ベチャッ。俺の暗黒微笑なんてガン無視されて顔面に雪玉を食らった。無言で桃果の近くまで寄り腕を掴む。



「小依? 待って小依。服の中に雪はダメじゃない? あたし風邪引いちゃわない? ごめんなさっ、ひゃんっ!? やめてやめて! 寒いって!!!」



 桃果のコートの下に固めた雪を投入しお仕置する。こっちの手まで冷たくなったと怒ったら「泣きっ面に蜂!?」と返された。これは正当な怒りである。



「おはよぉー」

「お、ギャルトリオ。おはようぉっ!?」



 教室に着くと、ストーブ前に溜まっていた男子達を割って堂々とストーブの真ん前に陣取る。押し退けた山下が「何しやがる!」と言ってくるが無視だ、無視。仕方ない、女体は寒さに弱い。だから俺は悪くない。



「よ、よう冬浦。おはよ」

「おはよ寒い」

「おはよ寒い……? 確かに寒いが、そんなにか?」



 隣に座っていた西野に挨拶された。山下のポジションを奪ってるから無意識のうちに西野の横に腰を下ろしていたらしい。



「小依〜。せめて荷物置いてからにしなよ」

「無理。命がかかってる」

「服の中に雪を詰められたあたしの方が死に近いと思いますけどね。あ、田中くん! 結乃はこっちだよ〜!」

「もかち!? なんで一々呼び込むの! お、おはよっ、田中……」

「うっすおはよう。さみぃな〜」

「ちょっ、人前!」



 結乃と合流した田中が学校だというのに人目を憚らず結乃に抱き着いていた。バカップルめ、場所を弁えろ。桃果の気持ちが少しだけ理解出来た。



「……冬浦って、寒いの苦手なのか?」

「見てわかるとおり冬大っ嫌いです。さむむ」

「そっか。……コンポタ、温かいやつ。飲むか?」

「コンポタ???」

「俺も寒いの苦手だからよ。ついさっき買った」

「い、いいよ。寒いの苦手なんでしょ? 自分で温まりなよ」

「いいから」



 そんなやり取りを交わしたあと無理やり未開封のコンポタの缶を渡された。氷のような指先に熱が移動する、暖かい。心がポカポカする暖かさだ。



「ありがと、西野くん」

「っ! お、おう」

「どうかした?」

「なんでもっ!」



 ? 普通にお礼を言っただけなのに西野にそっぽを向かれてしまった。なにか俺、失礼な事したかな?



「そういえば以前、私にジャージ貸してくれた時あったよね」

「え?」

「ほら、文化祭準備の時」

「あ、あ〜……」

「あの時のお礼言ってなかったや。ありがとね、数ヶ月越しだけど」

「お礼っつーか、アレは周りをよく見てなかったせいで冬浦にペンキぶっかけちゃった俺に咎があるし。だから気にしなくてもいいぞ?」

「ふふっ。咎って言い方おもしろ」



 変わった言葉を使うんだな、西野って。あんまり喋った事無かったから知らなかった。ちょっと笑っちゃった。



「……っ」



 コンポタを開けて少し口にしたが、うーむ。生温くなると正直微妙だな……。



「……あの」「あのさ」



 西野と喋り出しのタイミングが被った。何故か西野が大袈裟に「ご、ごめん!」と謝ってくる。今日なんかいつもと違くない? 何に対してビクビクしてんだろ、そういうお年頃?



「なあに? 西野くん」

「そ、そっちから先にどうぞ!」

「そ? えっと、私コンポタあんまり好きくないから西野くんにこれあげる」

「えっ」

「飲みかけでごめん。要らなかったら桃果辺りにあげよっかな」

「あ、い、いや。えっと……じゃあ貰う」

「折角親切でくれたのにごめんね。気持ちは嬉しかった、後で何かでお返しするね」

「お返し!? いやいやそんなっ、これでもう十分すぎるお返しになってるから!」

「……?」



 これで? これってなんだ? 何もしてないんだけど。


 首を傾げていたら西野は小さく「やっべ」と呟き、俺から缶だけ受け取り立ち上がって自分の席の方へと歩いていった。変な奴。



「こーよりっ」



 西野が退くと入れ替わりで桃果が座ってきて抱き着かれた。やめてね、ほっぺ擦り付けて来るの。冷たいので。



「丁度いいところに。桃果、私の荷物席に置いてきてくれない?」

「おい。おいおいおい。おいですよ小依、おいっ」

「近いなぁ。耳元で喋るのやめてほしいなぁ」

「髪の毛ぱくっ」

「やめてね」



 桃果が俺の髪の先を唇に挟んできた。人間やめたのかな、動物かなんかだろ最早。



「親友であるあたしをパシリに使う悪い子には相応のお仕置が必要なのです」

「度が過ぎたお仕置だったなぁ。心の病になっちゃったかも」

「慢性的な病じゃん。大分前から患ってるじゃん小依の場合」

「患ってまーせーん。私はメンタル健康マンなので」

「手首イカ焼きちゃんがよく言うわ」

「うるさいやい」

「てか度が過ぎたお仕置きってなにさ。こんなの愛情表現でしょ〜、まだお仕置は実行されてないから!」

「そんな残酷な事があっていいのか? 神という存在に一石投じたいかも、断固抗議する必要あるよその場合は」

「相変わらずあたしには冷たい! も〜、素直じゃないんだからっ」

「やめてね」



 唇を突き出してきた桃果の頬を鷲掴む。近くに男子が居るのを考えた上でスキンシップしてほしいものだ。すごく目を輝かせてるじゃん男子。なんで他人同士のキス未遂で目を輝かせられるんだよ。



「てかさてかさ、今日水瀬くん遅くない? 彼のクラス見に行ったら居なかったんだけど。何かあったの」

「それをなんで私に聞く」

「妻じゃん。水瀬小依」

「妻ではない!? 勝手に改姓させるな! ……水瀬小依」



 ちょっと響き良いのなんなん。水瀬小依か。け、結婚したらそうなるのか。響き、良いな……。



「もしくは冬浦真?」

「婿入りバージョンで人の彼氏の名前呟くのやめてね!?」

「あ、赤くなった。トマトみたい、可愛い〜」

「桃果!」

「元から肌白いのに冬だと更に白さが際立つねぇ〜。雪見だいふくみたいだ」

「誰が雪見だいふくだ!? ほっぺ揉むのやめろ!!」

「そこに指す恋心の朱色。鮮やかだねぇ」

「もーかー!」



 人の話を聞かず頬を揉み混んでくる桃果の鼻をつまむ。桃果は「あぁ! コヨリウムが吸えなくなった!?」などと奇妙奇天烈な悲鳴を上げていた。だからなんなんだよ、コヨリウムって。



「で、水瀬くんはどしたの?」

「む。アイツも寒さに弱いからどうせ布団にこもってるんだと思うけど。……なんでそんなにアイツの事が気になるわけ」

「安心してね、小依。あたしはリア充撲滅執行会の名誉会長ではあるものの、他人の彼氏を寝取ったりはしないから」

「なにその邪悪な会。解体するべきではあるけど」

「や、でも水瀬くんって物腰柔らかい割にガッシリした体つきしてるし顔もかっこよくはあるしな。魅力的ではあるぁいだだだだだだっ!?」

「桃果って鼻筋綺麗だよな。鼻折ったらこの美人顔も維持出来なくなるんかな」

「小依っ、小依!? この世にはジョークという文化があってね!?」

「私さ、常日頃から思ってたんだよ。男の人ってやっぱ私みたいなちんちくりんより桃果みたいな美人に惹かれるよなって。胸も大きいし、鼻を削がれた程度で桃果の魅力は消えないと思うんだよね」

「考えてみてほしいかも!? 巨乳のヴォルデモートに果たして人は惹かれるかな!? その予想が答えだと思うなうん!」

「惹かれるんじゃない?」

「無理があるよね!? 痛いって! ごめんごめん本気で水瀬くんを狙うつもりとかないから! 許してよ小依!!」

「私が不安になるかどうかの問題だもん。関係ないね」

「小依〜〜〜っ!?」

「えーと……朝から何の話? 僕の話してた?」

「っ!?」

「きゃんっ!? 鼻もげるって〜……」



 桃果と戯れていたら背後から水瀬の声がした。なんで別クラスなのに当然のように現れるんだよ。桃果の鼻から手を離して膝の上に置きゆっくり振り向く。



「おはよ、小依ちゃん」

「お、おはよ」

「今日は寒いね〜。布団から出るのに難航したよ。小依ちゃんも寒いの嫌いだもんね、荷物席まで置いてこようか?」

「い、いい! 自分で置きに行く!」



 そろそろ温まってきた頃だし別に水瀬の手を借りる必要も無い。俺は自分の席まで行って荷物を置き、戻る途中で水瀬が桃果の隣に座っているのが見えて歩行速度が僅かに、ほんの僅かに加速する。



「わっ。あっという間に戻ってきた。何もしないって小依〜」

「何の話? 別に何も思ってないし。水瀬」

「はいはい」



 水瀬の名前を呼ぶと彼は足の間を開き人が入る分のスペースを開ける。そっちじゃない、俺は人前でイチャつく様なことはしないの。足を閉じろって言ってんだよ。



「あれ? すっぽり収まりモードじゃないの?」

「……」



 水瀬と桃果の間に割って入り腰を下ろす。学校ですっぽりモードなんてする訳ないだろ間抜け。



「せまーい! 無理やり体をねじ込まないでよ小依! 水瀬くんにギュッてしてもらえばいいでしょ〜?」

「そっち空間空いてるよ」

「ヒーターの熱の範囲外なの! 素直に彼氏の隣に座られるのが嫌だって言えばいいじゃないか〜」

「……ふん」

「鼻を鳴らしてますけど。態度で本音は筒抜けなんだよね、小依」

「うっさい」

「あはは。朝から仲良いね二人とも」



 呑気な感想を水瀬が述べると「でしょ〜」と言って桃果がしがみついてきた。暑苦しいけど今は冬なのでそれも許そう。俺は寛大な女なのだ。



「そうそう。水瀬くん、先日言ってたやつ完成したよ」

「え、早いね!?」

「ふっふっふー。どうする、今日渡す?」

「そうだね。放課後空いてる?」

「放課後は部室にいるかも〜」

「美術部だっけ。おっけ、美術部の部室に顔を出すよ」

「おけおけ〜」



 む。なにやら二人が俺の知らないやり取りを交わしてる。


 ……気になる、何の用事があるのだろう? てか、桃果は水瀬と二人でやり取りをする仲だったのか? 知らないんだけど、そんな事。



「あ、あの」

「おはよぉー、今日は寒いねぇ! いきなり雪が降り始めるんだもん、車が滑って死ぬかと思ったわー!」



 俺も放課後に同席していい? と言おうとしたタイミングで担任がやってきてしまった。言い損ねちゃった、間が悪すぎるだろ……。




「怪しい……」



 今日一日桃果と水瀬の様子を見ていたが、なーんか二人とも案外俺の居ないところで会話してることに気付いた。


 二人とも思ったより素の感じで笑いあってるし、桃果の方は俺に対してそうするように気安くツッコミ風なボディタッチもしている。水瀬はそれを受けても何も言わないし、むしろ満更でもない感じがする。


 ……まあ、桃果って美人だしな。俺とは違って身長が高いし、胸もあるし、手足も長いし、顔も綺麗だし。アプローチを受ければコロッと惚れてしまうのも無理はないか。


 やっぱり、もう俺は飽きられてしまったのだろうか。というかそもそも、元々男だった女に惚れる方がおかしな話だし。


 自然か、自然だな。元から女で美人で性格も良くて明るい女の子に惚れるのは自然な流れだな。



「……やだ」



 ポツリと勝手に言葉が零れた。無意識に出た言葉だから周りの人に聞かれてないかと焦り周囲を確認したが誰も近くには居なかった。よかった。


 ……嫌だ。水瀬を取られたくない。でも桃果は、ひねくれた俺から見ても心の底から良い女だと断言出来るし、もし俺から桃果に好みが移ったとしてもそれは当たり前の事だから何も文句は言えない。



「や、やだ」



 また勝手に言葉がこぼれた。どうやら俺が頭の中で桃果の事を肯定すると勝手に言葉が吐き出されてしまうようだった。理性と本音が相反している、自分自身と口喧嘩してるみたいだ。



「やだ……やだよ」



 あれ。今度は何も考えていないのに言葉が出てきた。


 どうやら、今の俺は本音が優勢になっているらしい。遠目から観察しようとしていたのに勝手に足が動き出す。



「それでさー!」

「あははっ。あ、小依ちゃん!」

「……来て」

「? どうしたの、嫌な事でもあった?」

「!? な、なんで? なにが? 別に?」

「すっごいモヤモヤした顔してたよ。言いたい事があるけど言えなくて参ってる時の顔してたけど」

「……っ、べ、別に。そんな事ないし」

「本当? 誰かに嫌な思いをさせられたとかだったら怒髪天を衝くけどな。話してよ、小依ちゃん」

「目の前でイチャつかれてる〜! ヤダヤダ、甘味が口の中に解けて砂糖味のゲロが出そうだ。あたし結乃と話してくるもーん」



 桃果は席を立つとそのままフラフラと結乃の方へと歩いて行った。


 桃果が座っていた椅子を見る。まだ椅子には彼女の体温が残ってるんだろうな。


 ……普通に話すだけならその椅子に座ればいいんだけど、今はなんか嫌だった。水瀬の小指をつまみ、グイグイと引っ張って彼を立たせる。



「どうしたの、小依ちゃん?」

「まだお昼休憩終わるまで時間あるし」

「ん? そ、そうだね。でも次は移動教室だからそろそろ準備しないとだ」

「……一回くらいサボっても平気でしょ」

「サボるんだ。何かするの?」

「ん」



 水瀬を連れて空き教室まで来ると、勝手に戸を開けて中に侵入する。ヒーターが設置されてないから室内は極寒とも呼べるほどの寒さになっていたが、誰も寄り付かないのはここぐらいしかないから仕方がない。



「小依ちゃん?」

「座って」



 教室に入ってすぐの壁、廊下側から死角になる位置に水瀬を座らせる。彼が座った瞬間に俺は彼の足を開かせ隙間にスポッと収まった。


 背中を向けるのではなく、向き合う形で座る。


 水瀬は何も言わずに俺の背中に腕を回してくれた。俺は水瀬の胸に頭を置き、彼の体に体重を預けた。



「急に甘えモードになったね。頭も撫でようか?」

「……ん」

「まじ?」

「嫌なん?」

「嫌ではないよ。学校で頭を撫でたりしたら怒られるからさ、意外だなって思って」

「撫でて」

「分かった」



 水瀬に頭を優しく撫でられる。心地よいがそれでは不安な気持ちは払拭されなかった。少しだけ強く水瀬の体を抱きしめる。



「随分力が強いな。どうしたの、話してみてよ」

「……水瀬はまだ、俺のこと好き?」

「愚問すぎない? 大好きだけど」

「即答。怪しい」

「えっ」

「思ってもない事だから即答できる。前もって用意してた答え、模範解答。怪しい」

「まさかの怪しまれている。うーん? 日々の愛情表現が足りなかったのだろうか」

「……うん」

「そんな馬鹿な!? 小依ちゃんが怒った時以外では我ながらバカップルだなぁって思うくらいベッタリしてる筈なのに!?」

「どこがだよ。……そんなにベタベタしてないじゃん俺達。互いに周りを見て距離感気を付けてるし」

「そうかなぁ」

「そうだよ」

「だから不安になっちゃった?」

「……」



 無言で頭をグリグリ押し付けると水瀬は俺の頭を撫でるのをやめて背中を優しく叩いてきた。


 あやされてる、子供扱いだ。彼女扱いじゃない、子供扱い。嫌だ、それ今はされたくない。全然こっちの気持ち分かってない、鈍感すぎる。



「俺、水瀬しか好きになれない。元男だし、他の男とか汚物に見える」

「汚物か。凄まじいこと言うね」

「……だから、水瀬に捨てられたら生きていけない」

「おっと?」

「面倒臭い事言ってごめんなさい。俺は、水瀬が居ないともう生きていけないの。だから捨てないで。ほ、他の子の事、好きにならないで。お願い、お願いだから……っ」



 言ってるうちに涙が出てきて声も震えてきた。感情が我慢出来ずに水瀬に甘えて泣いてしまう。


 俺は未だに情緒が不安定だ、精神も安定しているとは言えない。そんな女、彼氏からしたら面倒臭いに決まってるし厄介なメンヘラと思われてもおかしくない。


 でも、こうする以外に相手の気持ちを繋ぎ止めておく方法を知らないからこうするしか無かった。他の方法を考える余裕なんて無かった。


 女の涙を使うのは卑怯だってわかってる、泣くつもりなんてなかった。感情で訴えて相手に情けをかけてもらおうなんて、そんなダサい事をするつもりもなかったのに。結局こういう手段に出てしまった自分に辟易する。



「小依ちゃんを捨てるなんて考えた事ないよ。僕だって小依ちゃん以外の女子に興味を抱いたことないんだし、他の子を好きになる事なんて一生ないんじゃないかな」

「わ、分かんないじゃんそんなの! 世の中には俺より可愛い人だっていっぱい居るし」

「そんなに居ないと思うよ?」

「居るよ! 居るに決まってんだろ! それに、可愛くて性格の良い子だって」

「そんなに居ないんじゃないかな」

「俺はっ! 性格悪いの、分かってるし! ……うぁっ、む、昔水瀬のこといじめてたしっ……でも、で、も……やだ……嫌なのっ……嫌なのぉ……っ」



 本格的に泣いてしまって最早言葉をまともに話せなくなる。水瀬は俺の気持ちが落ち着くまでギュッと抱きしめてくれた。その優しさに甘えてしまった罪悪感で自分に対する嫌悪を抱く。


 俺は最低な奴だ。こんな方法で男を困らせて手の内に収めておきたいだなんて、俺自身嫌ってる女と同じムーブをしてしまっている。自分の弱さが憎い、こんな風にはなりたくなかったのに……。



「落ち着いた?」

「……水瀬のことが好きです」

「僕も小依ちゃんのこと好きだよ」

「捨てないでください……」

「捨てないってば。どうしたのさ。今日の小依ちゃん、少し変だよ?」

「面倒臭い女でごめんなさい……っ」

「面倒臭い所も可愛いから問題ないよ」

「めっ、面倒臭いって思ってるんだ! やっぱり……」

「そりゃね。小依ちゃんは面倒臭いメンヘラちゃんではあるよ、間違いなく」

「っ!」

「でも、そういう所もひっくるめて大好きだからね。僕、属性とか顔とかで小依ちゃんと付き合ってるわけじゃないから。小依ちゃん"だから"好きになれたし、付き合ってるんだよ?」

「……おれ、だから?」

「うん」

「……じゃあなんで」

「ん?」

「なんで、じゃない。あの……も、桃果と仲良い!」

「え?」

「桃果と、仲良い。今日もずっと話してた。お、俺の居ないところで。この後二人きりで、会うんでしょ?」

「二人で? ……放課後の話?」

「ん」

「美術部の部室に行くんだから他の部員さんも居るんじゃないかな。二人きりって事にはならないと思うけど」

「……」

「ていうか小依ちゃんは一緒に来てくれないの?」

「えっ?」



 水瀬の問い掛けについ顔を上げてしまった。狙い済ましていたかのように水瀬がキスしてくる。不意打ちに戸惑い心臓が破裂しそうになる。



「っ、良かった。悲しそうな顔じゃなくなった。いつもの可愛らしい、照れてる小依ちゃんだ」

「い、いきなりキスをして誤魔化すのずるい! さいあく! くず! ひとでなし!」

「口を離したらこれか。もう一回黙らせようかな」

「ここ学校だよ!?」

「学校でもキスしたいよ? 小依ちゃんとは」

「うっ……ば、ばか」



 もう一度キスされる。発情してるのか、この男は。そんな短スパンで何度も何度もキスなんてするもんじゃないだろ。……ずるいやつ。



「……こうすれば俺がなんでも許してくれると思ってる」

「そうは思ってないよ。こうすると絶対小依ちゃんは照れるからね、その顔がたまらなく好きだからそうしてます」

「変態。……こんな事されても、浮気なんて絶対許さないから」

「間山さんと浮気してるって思ってるんだ?」

「…………ん」

「無いなぁそれは。美人だとは思うけど、あの人のテンションには時々着いて行けなくなるし。小依ちゃんと一緒に居た方が安心できるよ」

「……美人だとは思ってるんだ」

「造形で言ったらね。小依ちゃんだって美人、というか美少女かな? と思ってるよ。こんな可愛い子と僕なんかが付き合ってていいのかなとも思ってる」

「お、おだてられても誤魔化されないぞ」

「本心だよ」

「……あっそう!」

「今は真剣な話し合いなんでしょ? 顔を逸らしたらダメだよ」

「ひうっ!?」



 恥ずかしくなって顔を逸らしたら水瀬に真正面を向かせられて真っ直ぐ見つめられる。恥ずかしい、目を逸らしたいのにそれすら許してくれない。


 心臓がうるさくなる。水瀬はしばらく俺の事を見つめると、不意に笑顔になって口を開いた。



「30秒くらい見つめ合ったね。10秒見つめ合うと恋に落ちるんだっけ? その3倍見つめ合ったから、これで共依存状態だ」

「……共依存て。なんか単語として相応しくない、そこはもうちょっと、こう……なんかあるだろ。別の言い方」

「いいじゃん。小依ちゃんは僕が居ないと生きていけないんでしょ? なら僕も小依ちゃんにフラれたら自殺するくらいじゃないと。僕は小依ちゃんに釣り合いたいんだ、こういう所から差をなくしていきたいよ」

「つ、釣り合うって何の話だよ。そんな事言ったら俺の方が……」

「いーや、小依ちゃんは自覚ないかもだけどすごく魅力的な女の子だからね。彼氏である僕にはたゆまぬ努力が必要なんだ。毎日愛想を尽かされないかって不安ですよ」

「……うそつき」

「本当だよ」

「うそつき!」

「本当だって」

「じゃあ今日は何をしに桃果と会うわけ!? 二人で何すんの!? それを教えてよ!!!」



 やばい。やってしまった。勢いに任せて大声を上げてしまった。


 自分の頭のおかしさにまた泣けてくる。でも水瀬からは目を離さない。彼を見つめたまま涙だけが出てくる。



「……間山さん、手先が器用でしょ? 最近手芸にハマってるらしくてね」

「それがなに」

「自作ぬいぐるみを作ってるんだって」

「……知ってる。少し前に聞いた」

「それで、人を動物に例えたら何になるかって考えてぬいぐるみを作るみたいな遊びにもハマってるらしくて。アツヤと僕の分を作ってもらえる事になったんだよ」

「……その遊び、知らない」

「そっか」

「じゃあ、今日はそれを受け取るだけ?」

「そういう事。受け取ったら小依ちゃんに自慢するつもりだったからどの道放課後誘おうと思ってたんだ」



 ……なんだそれ。なんか、めちゃくちゃ早とちりだったって話じゃん。このオチはさすがに間抜けすぎるでしょ、俺。



「一緒に行こうよ、小依ちゃん」

「……行く」

「よっしゃ!」

「……急にヘラってごめん。引いたよね」

「全然? 不安なんだな〜、可愛いなぁって思ったよ」

「……」

「小依ちゃん」

「……なに」

「このまま帰りまでここに居る? 怒られるから遠慮してるけど、僕はもっと小依ちゃんと学校でも一緒に居たいからさ。二人っきりの時間が増えるとそれだけ嬉しいし」

「寒いから六時限目は授業出る」

「ありゃ残念」

「……うそ。寒いのは本当だけど、六時限目もサボろ。ここより暖かい教室に移動しようよ」

「抱き合ってるだけでも十分暖かいけどね。ずっとこうしてたいな」

「……!」



 不安が解消されると同時に水瀬がずっと嬉しい事を言ってくれるからより強く抱き締めてしまった。


 結局そこで抱き合ったまま雑談が始まって帰りまでその教室に居着いてしまった。


 自分らの教室に戻ると桃果から「どこで何をしてやがったー! おせっせか!? 学校おせっせかぁ!?」と大声で言われたものだからしっかりお仕置をさせて頂いた。普段より強めに。

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