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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
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6話「魔女裁判」

 つるんでいる男連中三人と共に教室に入ると、それまで賑わっていた教室が静寂に包まれた。



「……うわ、なんだありゃ」



 山本がそう言って黒板の方を指さす。見ると、黒板にデカデカと『冬浦小依は男好き』とチョークで書かれた文字があった。



「うわ、ひっでー。また小依ビッチネタだよ」

「ふざけやがってな〜」



 神崎と山本がオラオラ言いながらクラスメート達を蹴散らしつつ黒板に近付き書かれた文字を黒板消しで消してくれている。蹴散らされたクラスメート達はあの二人を恨めしげに睨み、小声で会話し合う。



「大丈夫か? 小依」

「なにが」

「いや……」



 隣に居た香坂が気を遣ってくるが、ビッチ呼ばわりしてなんで男の俺が気を遣われる? 香坂を睨んで「同情すんな」と言いつつ、クラスを見渡す。


 一瞬咲那と目が合う。



「……退け。邪魔」



 俺も神崎や山本のようにクラスメートを蹴散らそうと思ったが、背が低いので力押し出来ず長身の男を睨みつける。男は俺の顔をじっと見た後、視線を逸らして退いた。


 ……見下されている。神崎達には強く言えない癖に、女だからって俺だけ明らかに見下されて舐められている。不愉快だ。


 咲那の所まで歩み寄り彼女を睨むと、咲那も俺を迎え撃つように睨みを返してきた。



「何?」

「てめぇだろ、やったの」

「何の話?」

「黒板のカスみたいな落書き」

「なんの事? 私がやったって証拠ある?」

「俺に大声でビッチって言いやがったろ」

「それだけで犯人扱いなんだ。ハッ、笑える」

「あ? 何笑ってんだてめぇ」



 咲那の腕を掴むと反射的にそれを払われた。ムカついて更に強く握りしめると香坂が傍にやってきた。



「男が守ってくれるからってやりたい放題だね。気持ち悪、クソビッチが」

「いつ俺が男に守られたよ。テキトー言ってんじゃねえぞブス!」



 俺の挑発を受けた咲那が俺の頬をビンタしてきた。バチンッ! という音と共に頬に熱と痛みが走る。



「なにすんだてめぇ!!!」



 完全にキレて咲那の胸ぐらを掴み上げる。



「何やっているんだ!!?」



 そのまま殴ろうとしたらそのタイミングでアキTがやってきて俺はまた羽交い締めにされた。なんなんだ、いつもいつもいつもいつも、こいつは俺の都合の悪いタイミングで出張ってきやがって!!!



「冬浦と香坂に乱暴されそうになりました!!」

「はっ!? え、俺!?」



 急に咲那から名前を出された香坂にアキTからの怒号が飛ぶ。香坂は必死に「俺はなんもしてねえよ!!」と言っていたが、周りのクラスメートも一丸となって香坂も手を上げていたと主張する。



「神崎と山本も! 俺らを突き飛ばしてきました!!」



 あの二人が黒板の落書きを消すために蹴散らした生徒達が神崎と山本も乱暴したと声を出し、彼らは必死に「黒板の落書きを消そうとしただけ!」と主張した。

 証拠はもう二人が自分らで消してしまった事と、落書きを消す為に人を突き飛ばす必要は無いだろと説教を食らい二人は逆ギレして暴れ、他の教師達も巻き込んだ騒ぎとなった。



「三年にもなってどういうつもりだお前ら!!!」



 その後、生徒指導室に四人とも連行され学年主任の教師、教頭、担任の三人に詰められた。長々と説教を食らった挙句、反省文を16枚も書いて提出する事。するまで授業には出さないと言われてしまった。


 三人とも別室に連れて行かれ、俺は理科準備室に座らされた。


 反省文を書き終えたら職員室に来るようにと言われたが、反省すべき事なんて何も無いから困った。なんで悪口言われた側が反省しなきゃならねぇんだよ。



「チッ、咲那の奴……」



 一体なんなんだ、急に目の敵みたいに攻撃してきやがって。俺がなにか悪いことしたか? アイツには何もしてないだろ俺は。


 ……まぁ、アイツの友達の女は泣かせてしまったが、それだって元はと言えばあの女が俺にビッチって呟いたからで、そんな事言わなければ俺だって詰めるような事はしなかったし。


 意味分からん。相手が咲那じゃなかったらマジで裏連れてってボコしてる。クソッ。



「はぁ……香坂に関しては俺の巻き添えだもんな。アイツは悪くねえだろって内容で文句書いてやるか」



 反省文をちゃんと16枚分きっちりパンパンに書いてやったのに、それを提出したら目を通す事すらせず学年主任の教師は俺から用紙の束を受け取りその日は帰らされた。


 教育を受ける義務ってなんなんだろうな、鞄を押し付けられた時には驚いて何も言えなかった。



 それから数日は今まで通り、普通に学校に来て普通の学校生活を過ごす事が出来た。


 だが、次の週になると急にアキTが朝の会の時間に普段見かけもしない副担任と学年主任を連れて教室にやってきた。


 挨拶も無しに厳かな雰囲気で教卓に立つアキTが、重々しげに口を開いた。



「先生な、思うんだ。学校ってのは学ぶ為の場所であると同時に、友達を作って他人を尊ぶ場所でもあるんだって。授業でもあるだろ? 道徳ってやつ、人間は道徳心を養って大人になるんだよ。道徳心を持ち他人を尊ぶ事が出来る人間が社会を支えているんだ」



 なになに? 何の話だ? 意味の分からない説法が始まった、普段とキャラが違うだろ。


 と、軽口を叩いた神崎に対しアキTが冷たい目を向けた。並々ならぬ雰囲気に神崎は気圧され、椅子に腰を下ろした。



「反面、だ。いじめってのは道徳心を著しく欠いた屑がやる事だとも思っている。そんな人間がいるとしたら、何としてでもこの義務教育を通して人格を矯正する必要があると俺は思っている。言い方は少し強いが、我々教員というのは子供達が間違った道に進まないよう指導する為にあるからな」



 いじめ? ピンと来ない話の広がり方に目を丸くする。このクラス、別にいじめは無いだろ。


 確かに神崎や山本辺りは未だ不良みたいな立ち振る舞いをしてるけど、特定の誰かに執拗に嫌がらせをしている訳でもないし。



「このクラスでいじめが起きている。と、とある生徒からタレコミがあった」



 そうなんだ。知らなかった、こんな平和なクラスでもいじめって起こるんだな。可哀想に。



「教えてくれた生徒の名前は勿論言わない、逆恨みされてしまう可能性があるからな。だが、いじめをしている生徒に関しては別の話だ。ネットではよくいじめ問題を学校側が隠蔽したという話が出てくるが、我々は隠蔽などしない。いじめを行った生徒には然るべき罰を与える。そうしないと『どうせいじめがバレても大した事ない』と判断し図に乗ってろくでもない大人に成長する可能性があるからな」



 そりゃいじめられっ子にとってこれ以上なく嬉しい宣言だろうな。で、いじめをしていた奴って誰なんだろ?



「冬浦小依、立て」

「………………は?」



 何故そこで俺の名前が出てくるんだ? いじめについて何か知ってると思われてる? マジで何も知りませんが!?



「いやあの、俺」

「立てと言ってるだろうが冬浦ァ!!!!!!」

「ッ!?」



 学年主任がティガレックスみたいな声量で俺に怒鳴りつけた。ビックリした、ゆっくりと席を立つ。



「あの、俺が、なにか?」

「お前、いじめの主犯格なんだってな」

「え!? いやいや!! いじめって何の話すか!? そんなの俺何も」

「とぼけてるんじゃねえ!!!!」



 えぇ〜……? 学年主任がなんか手に持っていたボードみたいのを床に思い切り叩き付けた。それ、そういう使い方するために持ってたの……? こわぁ。



「こっちは全部知ってんだよ、割れてんだよお前がしてる事。神崎や山本、香坂を……誑かして、このクラスで悪さをしてるらしいな」

「はあ!? たぶらっ、はぁああ!? してないっすよ!!」

「じゃあ勇気出して俺に泣きながら告発したその生徒が嘘を吐いてるとでも言うのか?」

「いじめに関しては知らないし、実際あるのかも分かんないですけど!! まじで俺は誰かを執拗に狙って嫌がらせしたりとかしてないし!! てか、そんなのやる意味無いでしょ!!?」

「体育館裏や特別教室でタバコを吸ってるの、お前らだろ」

「ッ、し、知らないです」

「写真でも見せようか? 先生のスマホに送られてきたんだよ証拠画像。どうする? もし写真があったらお前は今、この状況で、嘘を吐いたことになるぞ?」

「え、画像って、なんで」



 授業時間中に吸ってるのがほとんどだから生徒からバレるなんてほぼ有り得ないのに。バレるとしたら廊下を巡回してる教員にバレるのが自然な筈だ。保健室とか職員室とか、授業中に行く可能性がある場所から離れた位置で吸ってるから、バレようなんて絶対無いのになんで画像なんか……。



「平気で嘘を吐いたことが判明すればお前はそういう奴なんだって我々は思うわけだ。お前が何を証言しようが嘘である可能性が高いと、そう判断するわけだよ大人は」

「……で、でもいじめは本当にしてないし。てか、誑かしたとか意味分かんないし!!!」



 俺は神崎、山本、香坂を順に見る。アイツら俺に見られた瞬間に目を逸らしやがる。クソッ、普段でかい顔してるくせにこういう時ばかり無関係のフリしやがって……!!!



「お、俺、何もしてない……」

「……」

「た、たぶ……は本当に意味わからん! だって俺、まだ」「それじゃあクラスの皆に聞いてみますか?」

「そうですね、それがいい」



 俺が処女である旨を発言しようとしたら、副担任がそれをかき消すように食い気味でアキTに声をかけた。三人くらい居れば一人くらい俺の味方してくれるかなと思ったが、教師陣は全員敵らしい。三人が俺をぶっ殺そうとしてるのかってくらい冷たくて鋭い目付きで睨めつけてくる。



「それじゃ、冬浦以外の皆は目を伏せてくれ」



 アキTがクラスメート達の目を瞑らせる。席を立ってる俺のアウェイな感じがより強調される。なんだこれ、心臓が痛くなってきた。震える手を制服を抓ることで抑える。



「これから二つ質問をする。どちらにも回答をしなかった奴は冬浦のグルということで一緒に処罰する。神崎、山本、香坂も、ここで素直に答えるなら誑かされた側という事で罰は軽くしてやる。正直に答えろよ」

「だから俺はっ」「冬浦」



 底冷えするようなアキTの声が教室の端まで澄み渡っていく。静かなのに怒りをしっかりと込めた呼び掛けに、喉の奥がキュッと狭くなるような感覚がした。


 学年主任の教師はずーっと俺を睨みながら苛立たしげに手に持つボードをボールペンで叩いている。なんで? 怒りすぎじゃない? いじめの被害者は学年主任のお気にの子だったんか?



「まず、冬浦がいじめを行っていないと考える生徒。手を上げてくれ」



 アキTの問い掛けに、しばらく動きを見せないクラスメート達。嘘だろ、何を見てきたんだコイツら? 薬でもやってんの? 何もしてないって俺!


 少し遅れて香坂だけが手を上げた。



「え、なんで。かんざ」

「お前は黙っていろ!!!」

「ひっ」



 学年主任がこっちにボールペンを投げてきた。ボールペンが机に当たって通路を挟んだ隣の男子に当たった。危ないって……!



「それでは、冬浦がいじめを行っていたと考える生徒。手を上げてくれ」



 アキTがそう言うと、すぐに皆が手を上げた。神崎と山本も、少しタイミングは遅れたが手を上げる。



「よし、下げてくれ」

「なんで、俺なんもしてないじゃん。いじめなんてそんな事」

「冬浦!!!」

「っ、ちがっ、本当に何もしてないって!! 俺、何も」

「もういい。生徒指導室に連れていくからな」

「ま、また反省文……?」

「当たり前だろうが!!! 親も呼ぶからな!! 親御さんも合わせてしっかりと話をした後、当該生徒に謝罪を」

「ざっけんな!!!」



 親を呼ばれる? 誠也さんが俺の事で学校に呼ばれて、誠也さんと一緒に誰かに頭を下げるだと!? ふざけるな、ふざけるな!!! なんで何も悪いことしてないのにそんな屈辱っ、冗談じゃない!!!


 逃げ出そうとしたのを事前に察知してこっちに来る学年主任に筆箱を投げて牽制し後ろの戸から逃げようとする。



「ッ!? なんで閉まって」

「冬浦!!!」

「離せっ!? 離せよ!! 俺なんもしてないのに、やめろ触んなっ!!!」



 アキTと学年主任に捕まり、そのまま廊下を引きずられ生徒指導室まで運ばれる。


 途中物珍しいものを見るような目で俺を観察しようと教室から顔を出す生徒らに中指を立てて「見てんじゃねえ!!! 殺すぞ!!」と暴言を吐く。それが良くなかったのだろう。想定の倍以上説教を食らい、もはや説教と呼べるか分からない暴言を吐かれた。クズだとか、どうしようもない奴だとか、色々。



「小依くん、いじめをしてたって……」

「……」



 誠也さんが学校に来るなり俺に話しかけてきたが、何も言葉を返すことは出来なかった。三時間以上ド叱られて罵倒されて言葉を返す気力を失せていた。


 誠也さんが学年主任と教頭にねちっこい文句のような文言をぶつけられ、誠也さんの隣に座らされたまま待たされる。いじめられた側の子も親を呼んで、本人と親の両方に謝罪しなければならないとの事だった。



「どうしていじめなんてしたんだい?」

「……」

「小依くん?」

「……何も言いたくない」



 いじめなんかしてない、なんてこの場で言える雰囲気でもなかった。ただ下を見て黙秘し続ける。


 なんだか、母親が生きていた頃に戻ったような心地だった。アイツが居た頃も、こうやって無言に徹して居ないもののつもりで日々を過ごしてたから、心を殺すのは慣れっこだ。


 やがて時間が経ち生徒指導室に来たのは、俺が泣かした女子とその親だった。



「あなたが美優をいじめた子!? 髪長いし不良ってやつなのかしらね! 納得だわ、人をいじめるだなんて不良のようなロクデナシしかしない事だもの!!」

「お母さん、彼女は女子生徒でして」

「女なのに男の制服を着てるの? 変な子! 変な子だからうちの子をいじめたんでしょうね! 頭がおかしいから!!!」



 言いたい放題か。頭がおかしいだのなんだの、人の親だからってなんでも言っていいのかよ。愛されすぎだろこいつ、なんで親に恵まれてるのに人にビッチとか言えるんだよ。辻褄合わねえだろ。


 その後もグチグチグチグチ。相手の母親からの猛攻撃が俺と誠也さんを襲い、昼を過ぎた頃にやっと解放された。


 その後俺は五日ほどの出席停止、いわゆる停学を言い渡された。一週間家でみっちり今回のことを反省して来いと。反省文も毎日書くことと言い渡され、白紙の紙の束を渡された。


 荷物を取りに教室に戻ると全員が俺を白い目で見てきた。視線を上げることが出来ずに床を見ながら自分の席に向かい、荷物を回収する。


 駐車場に向かうと、既に帰っただろうと思っていた誠也さんが車のエンジンをかけた状態で待ってくれていた。



「やあ小依くん。隣乗る? 後ろ乗る?」

「……」



 誠也さんの問いには言葉を返さず、後部座席に乗った。誠也さんの顔を見るのが怖かった。誠也さんは絶対俺に怒ってる。


 俺のせいでわざわざ学校まで出向いたのに当の本人は会話に応じず失礼な態度を取ってる。怒って当然だし、誠也さんの怒った姿とか見た事ないから、顔を見て話せなかった。


 それを見たら泣き出してしまうかもしれなかった。



「……ごめんなさい」



 顔を見れないから、下を向いたまま精一杯出せる小さな声で謝った。誠也さんは少し黙った後、「気にしなくていいよ」と言った。



「思春期に荒れる事なんて珍しい事じゃないし。でも、他の人をいじめるのはその相手の人生に消えない傷を残す事でもあるからね。ちゃんと反省したら、改めて謝ろっか」

「……っ」



 いじめてない。


 俺は悪くない。


 そう思って、怒りが湧いてきてシートを殴ろうとしたけど、今の誠也さんからしたら俺がいじめを行った張本人としか思えないのは事実だし、八つ当たりするのは違うと思った。


 この男はムカつく男だけど、ムカつく男だからって八つ当たりをしていい理由にはならない。これまで何度か八つ当たってしまった事はあるけど、今回に関してはマジの巻き込まれなんだから手を出しちゃ駄目だ。


 俺は喉まででかかった言葉を飲み込んで、俯いたまま車の揺れに身を任せた。

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