58話「唯一叶ったおまじない」
12月24日。街は色とりどりのイルミネーションで彩られ、どことなく浮ついた空気が世間を賑わせるクリスマスイブ。
俺、冬浦小依は友達の間山桃果、塩谷結乃と共に雪の降る街をとぼとぼと歩いていた。
「くそー……苦労してめちゃウマケーキショップの割引券を貰ったってのに在庫売り切れってなんやねん。この街のカップル比率とケーキ屋さんの供給量が反比例してるだろ明らかに! 有り得ん、有り得ん!!!」
「発展途上都市の弊害が出たねぇ〜。田舎から来る人は多いのに肝心のお店の数が少ないという現状。オフィスビルが多いのも要因の一つだよね〜」
「店に出向いたのが遅かったのも駄目だったろうね〜」
「結乃が田中とイチャコライチャコライチャコライチャコラしてるからでしょ〜がっ! も〜、そんなに一緒に居たいんなら田中んち泊まりなよ惚気バカリア充め!」
「そーだそーだー。学校はラブホじゃないぞー!」
「小依も人の事言えないから黙りなさい!」
「えっ」
「もかち荒れてんな〜」
「うがー! 最初は彼氏よりあたしを選んでくれた事が嬉しくて感動の涙を流したのにっ! かえってむしゃくしゃする〜! 高みから憐憫を向けられてる〜!」
「向けてない向けてない。落ち着きなよもかち。まだ高一だよ? これからっしょ」
「彼氏持ちは余裕があっていいですね〜羨ましいな〜!」
「痛い、痛いよ桃果。私は何も言ってないよ〜、力強めないで〜」
俺をぬいぐるみのように後ろから手を回し抱いている桃果の力が強まる。……っ、やばいな。首が絞まってるや。桃果に殺人の容疑が掛からないよう必死に抵抗しなきゃ。
「桃果っ。手の力緩めて、ギュッてなってる!」
「あーんなに彼氏なんか作らない作らない言ってたのに結局裏切った小依が1番恨めしい! しかも散々否定してた水瀬くんと付き合ってるのが輪をかけてムカつく〜!」
「むぎゅう〜〜っ!? 結乃っ、結乃〜!?」
「おー。こよりんのほっぺが持ち上がってるわ。柔け〜」
「救助してほしいかな! 突っつくんじゃなく!」
「はいはい。もかち〜、こよりんの顔が真っ赤になってるからそろそろ離したげて〜。ほら、次のコンビニに着きましたよ。ケーキ散策の旅行きますよ〜」
「くぅっ! リア充爆ぜろ!」
「死語すぎるでしょ。大丈夫? こよりん」
「見て? ほっぺにボタンの跡付いてるって。大丈夫ではないよね流石に」
人が窒息一歩手前まで行ったというのに二人とも微塵も気にせずにコンビニへと入っていく。美しい友情だな〜、絶対後で何かしらの手段でやり返してやるぞこいつら……!
女子会用のお菓子やらジュースやらを数々のコンビニから調達し、全員両手にレジ袋を提げながら俺の住む部屋まで到達する。少し苦労して鍵を解錠し、二人を先に部屋にあげて扉を閉める。
「久しぶりに来たー! こよりんの匂い〜!」
「感想キモイな〜」
「ここが小依と水瀬くんの愛の巣か……」
「うんごめん、出てって? 桃果」
「冗談じゃんね。さてさて、ゴミ箱あーさろっ」
「本当に帰ってくれるかなー!? 止まれ止まれ!!」
いや、流石に人を家に呼ぶのに掃除してないわけないから問題は無いのだが。それはそれとしてそういう発想に繋がる桃果がキモすぎたので彼女の前に躍り出て結構本気めな相撲を仕掛ける。
「時にこよりん。良かったの? 水瀬くんと一緒に居なくて」
「今日あいつバイトだって。恋人の風上にもおけねーよな」
「うわっ! うわーっ! 聞いた今の! 結乃!!!」
「なになに痛い痛い」
「あの小依から恋人の風上とか出たよ! うわぁぁぁぁぁっ!!! 男を知らない綺麗な小依が居なくなっちゃたああああぁぁぁぁっ!!」
「次騒いだら追い出すよ」
「しかも冷たい! あんなにあたしにゾッコンだったのに! ギャン泣くよ!?」
「知らない動詞使われましても」
「別に彼氏が出来たからって絡まなくなった訳じゃないじゃんね〜」
「なー」
「フーッ! フーッ!」
「獣かな? 結乃、桃果の事抑えてて」
「了解」
「フーッ! ガルルルルッ!!!」
暴れる桃果をなんとか押さえて買ったものを机に広げる。お菓子が並ぶと数秒前まで顔面を真っ赤にしていた桃果が一瞬で機嫌を直しほくほく顔で甘味にありつく。
単純だな〜。本人は発狂してるけど、顔も可愛いし作ろうと思えばすぐに彼氏出来そうなもんなんだけどな。自分が作るのと他人に出来るのとでは感じ方が違うのだろうか?
「てかさ、小依が彼氏作ったのも驚いたけど結乃も結乃だよね。いつから付き合い始めたん?」
「それ系の話しかせんね君」
「今まで何回聞いてもはぐらかしてきたじゃんかあんたら! 久しぶりに逃げ場のない所に連れ込めたんだから今日は徹底的に聞くし! 決まってら!」
「いつから江戸っ子になったのこの子」
「前から片鱗は見えてたよね。キモ変態成分に隠れてたけど」
「小依? キモ変態成分ってなに? 桃果ちゃん意外と繊細なんだけど、言葉選び間違えてはいない?」
「で、結乃はいつから付き合い始めたの、だって。いつから?」
「スルーかぁ」
「私はー……まぁ、ちょこちょこそういう話をする機会はあったんだけど。告ったのは、バレンタインの日に」
「え〜、エモ!」
「いやああぁぁぁぁっ」
「今の話のどこで発作起こした???」
「なに! バレンタインの日に恋が成就するって漫画じゃん! ラブコメすぎるじゃん! チョコあげて告ったんか!? チョコの隠し味は想い人への情熱ってかぁ!」
「何言ってんの?」
「なんかアレだね。私らが冷たくしてると見方によっては嫌な女になっちゃうかも。こよりん、1回もかちにテンション合わせてみよう」
「何を言っているの?」
「そう! チョコ渡して受け取ってもらった瞬間に告ったのおおぉぉぉ!! ずっと昔から好きでした私と付き合ってくださいってええぇぇぇ!!」
「ぎゃああぁぁぁやめろおおぉぉぉ」
「やめなああぁぁぁい!!」
「だるいだるい。何ここ動物園? 近隣の人に怒られるの私だからやめてほしいかもな」
「まあ、そんな感じ。という訳でこよりんは?」
「聞かれてないから答えないけど」
「例外なわけないでしょ! 小依の話も聞かせなさい!!」
「文化祭の日に告ったー」
「パッション足りてないよ!」
「私もそれに合わせないといけないの!? てかツッコミ出来る程度には余裕なんじゃん。やめなよ、そのカップル妬みムーブ」
「ムーブじゃないもん。真心だよ。心の底から憎くて憎くて仕方ないよ」
「じゃあ人前でエロネタとか言うの辞めたらいいんじゃないかな……」
「猥談を話さないあたしはあたしに非ずでしょ。ミセス純猥談の渾名に恥じぬ生き方をしたいよあたしは」
「どこら辺が純なんだろう」
「純粋にキモい時は多々あるね確かに」
「結乃まであたしに酷い事言う!」
「普段から酷い妄想を口から垂れ流してるのは桃果の方なんだよね」
「うぐぅ……男なんか作りやがって、裏切り者ども〜……」
「もかちも作れば?」
「彼氏なんかいらないもん」
「いらんのかい」
良かった、結乃があまりにも自然にノンデリセリフ吐き出すからネタじゃなくガチの方で険悪な空気が流れるかと思ってたらそんな事もなかったわ。焦ったー、ドッと汗出たわ今。
恋愛関係の話も一段落つき、女三人で適当な映画を流しながらいつも通り駄弁る。
「てか今更聞くんだけどさ。夏休み中に行ったあの田舎ってなんだったの? 特に観光名所って訳でもないし、風景画の資料集めだとしても路線も複雑だったし明らか目的あって向かってたよね」
会話が落ち着いてきたのでずっと気になっていた事を桃果に尋ねる。
夏祭りに行く前、丁度水瀬が寮の男子にスマホ奪われていて返信が無いってヘラっていた期間に俺は桃果の資料集めの旅に同行していた。その1日目に向かったのは隣の県の聞いた事もない辺鄙な田舎だった。
商店街はあるけど賑わっている様子はない、広大な水田と山に囲まれた田舎。言い方は悪いが、割とどこにでもありそうな田舎って感じでわざわざ複雑な路線を経由して行くほどでもないと思っていた。
「あー……」
その時の事を思い出して桃果は遠い目をした。その目はどことなく寂しそうで、そんな憂いの表情をした桃果を今まで1度も見た事がなかった。
「……まあ、ただの観光だよ」
「ただの観光? それだけ?」
「それだけ。ほら、水車とかあったじゃん。珍しくない?」
「そうかなあ?」
「その旅行私も行きたかったなー。来年は私も連れてけよなー!」
「あははっ、勿論強制連行よ! 田中くんとのデートの日に被せて絶対連れてく!」
「それはやめて?」
「辞める気無さそうだよ。見てみ結乃、桃果の目が据わってる」
「その内刺されるんじゃないかな私達」
「身の振り方によっては、ね?」
怖い怖い。冗談に聞こえない声音で言われたって今。極力刺激しないように接さないとな……。
「またねーこよりん! 登校日に会おう!」
「うむ。路面カチコチだから気をつけなよ」
「はーい。じゃあねー小依。避妊しなよー?」
「さっさと帰りなー???」
「あたしにだけ酷い! じゃーねっ!」
「あい。気を付けて帰りなね〜」
翌日25日の夕方。桃果と結乃の後ろ姿を見送り足早に自分の部屋まで上がりスマホを開く。
『バイト上がったよー』
『すぐ行く!』
LINEに返信し玄関脇に隠していた袋を出して手に持ち家を出る。
「はっ、はっ」
最下階までエレベーターまで降りて冬の街を駆ける。所々滑って転びそうになるけど、持ち前の体幹を駆使して何とか姿勢を維持して大通りの小さな古本屋まで一直線に走る。
目的地に着き戸を開ける。すると、中にはヒーターの前で三角座りをして暖を取っている水瀬の姿があった。
「早かったね〜小依ちゃん」
「近くのコンビニで時間潰してたからな。悠々と歩いてきてやったわ、転けると危ないし」
「偉すぎる。今日バイト遅刻しかけて走ったら見事にバク転披露したからね僕。同じ轍を踏まなかったようで何よりだ」
「なーにやってんだばか。怪我とかしてない?」
「してないよ〜。今日の服可愛いね!」
「っ! ……うっせぇタコ。来て早々チャラ男カマしてんじゃねえよ」
「今日もツンツンだな〜」
腹の部分に袋を隠しつつ、暖を取る水瀬の前まで行く。水瀬は何も言わずとも足を少し広げ、空いた空間に腰を下ろす。
「店を締めた後とはいえ、店員用の座敷に彼女を座らせるとか相変わらずアホ高校生バイトやってるねお前」
「あ〜、癒される〜」
俺の小言をガン無視して水瀬が俺をギュッと包み込むように抱きしめる。水瀬の指を握ってやると後ろから「うおっ」という声が上がった。
「指、冷たいやろ」
「氷かと思ったよ。なに、冷水に漬けてた?」
「訳なくない? ねぇ、この指お前の服の中に入れてもいい?」
「温めてからにしてくれるとありがたいかも」
「向き変えてもいい?」
「温めてからにしてくれるとありがたいかも」
こちらも水瀬の要望を無視しその場で向きを変え、水瀬と向き合う姿勢になってから思い切り水瀬にしがみつく。
「……なぁ。本を取り扱ってんのに店内にヒーターあるのって良いん?」
「大丈夫でしょ。設置したのじいちゃんだし」
「これで火災が起きたら俺もお前も丸焦げだな」
「グロ〜」
「その場合はアレだよな。二人の肉くっついて網の上で焦げたホルモンみたいになっちゃうな」
「解像度上げないでよ……流石に火が上がったら小依ちゃんだけは店の外に追い出すし。僕一人分のウェルダン焼きしか出来上がらないでしょ」
「エグ。美味しいかな」
「グロ映画でも見てきたの? 発想やばいなさっきから」
水瀬が少し頭を動かし俺の肩に顎を乗せる。大型犬みたいで可愛いな、この状態で肩をガクって弾いたらどうなるんだろう? 舌とか噛むんかな。
「なんか今日の小依ちゃん、いつもと違う匂いする」
「きもっ。激キモな事言ってるよ? お前」
「香水変えたでしょ? 好きな香りだ」
「……前にお前が良い匂いって言ってたやつ買った。褒めろ」
「なにその嬉しすぎる報告? 可愛すぎるんだけど、僕の事悶え殺したいん?」
「その死因はちょっとおもろすぎるから見てみたいかも」
「心中図ってもいいのなら悶え死んでみよっかな」
「死んでるお前を見てどうやって悶えればいいんだよこっちは」
まあそんな感じでガチで死んだら普通に後追い自殺するが。どんな会話だよ、暗すぎるだろ。
「ちなみに小依ちゃん、服の下に何か入れてない?」
「胸デカくなった」
「胸にしては位置が低すぎるなぁ」
「デブだって言いたいのか殺すぞ」
「言ってないねぇ。重ね着かな? お腹になにか当たってる感触あるんだけど」
「…………はい」
服の下に隠していた袋を出して水瀬に手渡す。
「これは?」
「今日クリスマスやろ」
「ふむ! サンタさんデビューですか小依ちゃん」
「おう。コスプレしてないのはご愛嬌な」
「愛嬌は現段階で十分すぎ痛いっ。うなじ抓るのはテクニカルすぎるでしょ……開けてもいい?」
「……ん。開ければ?」
「小依ちゃんちで開ける?」
「い、今開けた方がっ、いいかも」
俺の言葉を聞くと、水瀬が後ろに下がり俺との間に空間を作ってから袋を開け始める。
「マフラーだ。モコモコだ!」
「お前ネックウォーマーすら持ってなかったろ。普通に頭イカれてるから。それあげる」
「ありがとうまじで嬉しい! てかこれって小依ちゃんが使ってるコートと同じ所のじゃない?」
「っ!? ち、違いますけど」
「嘘下手になったよね〜小依ちゃん。動揺が顔に出てるよ」
「特に意味とかないから! 偶然やし!」
「お気に入りだもんねそのコート。お揃い嬉しい〜!」
「そ、そりゃ良かったですね!」
「あははっ。そういえばそのコートも一緒に買いに行って決めたやつだっけ? 選んだやつを使ってくれるのめちゃくちゃ嬉しいんだよな〜。ブランド揃えたのってそういう事情もちょっと絡んでたり?」
「黙ればかボケナス!」
本当にうるさいコイツ。分かってていじってるの性根腐りすぎだし。なんでこんなに性格悪いかねこの男は。
「てか、そういう小依ちゃんは今日はマフラーしてないの?」
「あっ……」
「コンビニで待機してたんじゃないっけ? 家に取りに帰らなかったの?」
「え、ええと…………マフラー、なくしてて」
「そうなん!? これから寒くなるのに運悪いなそれは……」
「ま、まあ家の中にあるだろうし次家出る時までには見つけれるだろ。気にするな、あはは」
真っ赤な嘘である。1秒でも早く水瀬に会いたいが為に用意するのを忘れていただけだ。シンプルミス。危ねぇ〜、ダッシュしてきたことバレる所だった。
「それじゃあ一緒に巻こうか」
「え?」
「マフラー。寒いでしょ?」
「寒いけど。……一緒に?」
「うん。ほら、こんな感じで」
店を出る時、水瀬がマフラーを広げ、1つのマフラーを自身の首と俺の首に巻いた。公共の面前だというのに共有のマフラーを使うとか、傍から見たらバカップルにしか思えないだろこんなの。馬鹿なのかこいつ、恥ずかしい奴。
「……水瀬」
「周囲の視線が恥ずかしい?」
「…………ん」
何故か頭を撫でられる。意味分からない、何故今? 気持ちいいから許すけど。
愛でるように俺の頭を撫でた後、水瀬は俺をキュッと抱き寄せるようにして歩き出した。余計に距離が縮まった状態で歩いているが、俺が周囲をあまり見なくても歩けるように考慮したのだろう。口で言えという話だが、黙って水瀬の考えに従いそのまま足を動かす。
「イルミネーション綺麗だね」
「……うん。綺麗」
「口下手になってない? そんなクール系だっけ」
「うっさいな、こんな人前で……こういうの慣れてないんだよ。ほっとけ」
「イルミネーションの前でキスでもする?」
「はあ!? ばっ、馬鹿じゃないの!? 見世物すぎるだろやるかそんな事!」
「あはははっ! よーし外で小依ちゃんの大声を引き出せた、ゲームクリアッ!」
「後で覚えとけよお前。まじで泣かせるからな」
「どうかお許しを。まあゲーム云々は冗談だよ。やりたいってのは僕の素直な願望ではあるし」
「人前でそんなことしたいの? マウント取り野郎じゃんエグ」
「マウントというか、絶世の美少女と綺麗な場所でキスしたいって思うのは普通の事じゃない?」
「ぜっ……!? う、うっさいまじで、浮き足立ちすぎ! 調子コキすぎなお前まじで!」
「これで口が悪いんだからギャップも相まって余計可愛いんだよな〜」
「ほんっと黙れよ! …………水瀬」
「うん?」
やけにしつこく可愛い可愛い言ってくる水瀬に強めの語気で叱りつけた後、クリスマスツリーを模した色とりどりの装飾がなされたイルミネーションを通過する時に立ち止まる。水瀬は俺が急に足を止めた物だから、何事かと一緒に立ち止まり俺の方を向く。
「少し、前屈みになって」
「分かった」
彼はそう言うと、頼んでもないのに俺の顔に掛かっていた髪を指でズラす。こっちの意図を汲まれてるのはムカつくけど、その感情は置いといて俺は水瀬の服の袖を掴み、つま先立ちになって彼の唇に自分の唇を当てた。
「……っ。はい、これで満足?」
「抱きしめてもいいですか」
「駄目に決まってるだろ! さっさと帰るぞ」
「はいギュー」
「っ!? ねぇ! もう……ばか」
「小依ちゃんのその『ばか』の言い方、拗ねてるみたいで好きなんだよね」
「拗ねてんだよ! だ、抱き締めすぎだから! 帰るぞ!」
「あははっ、顔が真っ赤だ」
「黙れマジで!!」
延々と調子乗ってくる水瀬の拘束を解き、彼の腕を掴んで強引に帰路を歩く。沢山ギャラリーが居るってのにこいつと来たら! 学校だと節度守って過ごしてくれるのになんで学校外だとこんなに大胆になるかね本当に!!!
家に着き、コートを脱いで水瀬と共にソファーに座る。座るポジションは古本屋と同じ、水瀬の目の前にスポッと収まりそれを水瀬が後ろから抱く形だ。
「さっきまで誰かいた?」
「桃果結乃コンビが居た。女子会してた」
「あ〜、いつものギャルズか。いいね〜クリスマス女子会、楽しそう」
「お前も女になるか?」
「許可を得られたらなれるってものでは無いでしょ。てかそれだとこの丁度いい体格差が失われるから嫌かも」
「そうな。筋肉を失ったら以前の雑魚水瀬に逆戻りだもんな」
「あんまりな言いようだ……」
軽口を叩き合いつつ少しの時間水瀬とくっついて談笑し、時刻が9時を回った辺りで俺は台所に立つ。水瀬は明日休みなので今日は泊まっていくとの事なので、久しぶりに手料理を振る舞う流れになった。
まあ普通クリスマスと言ったらお店で買ったチキンやらなんやらを食うのが一般的だろうが、生憎高校生にそんな財力は存在しないので大人しく自炊を出すことになった。お菓子は女子会の残りがあるしな、軽く食べれるものが良いだろう。
「小依ちゃん」
「なに?」
「辛いです。このカレー」
「そりゃ辛いやろ。カレーだぞ」
「いや、あの。想像を絶してます」
「そりゃ想像も絶するだろ。俺の作る料理だぞ」
「水は」
「コーラなら」
「水がいいかもなぁ! 刺激物と刺激物の掛け算はベロいじめでしかないかもなぁ!」
「水道水飲む?」
「致し方ない……」
特性激辛カレーにヒーヒー言いながら完食してくれた水瀬から皿を預かり、洗うのは面倒なので明日の俺に任せてそのままシャワーを浴びる流れになる。どっちが先にシャワーを浴びるかを協議した結果、「好きな女の子のシャワー音を聴いてドキドキしたいので先にどうぞ」という中々にキモい事を言われたのでお望み通り先にシャワーを浴びた。
「ふう。上がったぞー」
「おかえり、小依ちゃん。はいこれ」
「?」
部屋に戻ると、今度は水瀬が飾りのついた袋を俺に手渡してきた。
「お前もサンタデビューしたの?」
「いかにも!」
「何が入ってんの?」
「それは開けてからのお楽しみでしょ! じゃあ僕もシャワー借りるね」
「おう。分かった。着替えは洗濯機の上に置いてあるから」
「はーい。シャワー浴びてる間に開けちゃっていいからね!」
「わ、分かった」
水瀬が脱衣所に入って行くのを確認し、袋を開ける。自分がした事と同じ事をされた状況なのに、やけにやかましく胸が高鳴ってくる。こういう予測してなかったサプライズをしてくるの心臓に悪いわ本当。嬉しいけどさ!
袋の中には更に小さな黒い袋が入っており、中にはピアスが入っていた。花がモチーフの可愛らしいピアスだ。俺が着けているピアスはぶっちゃけ穴を開けられたら良かったからってあまり考えずに選んだものばかりだから、こんなちゃんとしてるピアスを付けたら浮いてしまうかもしれない。
けど、そのプレゼントを見て俺は自分でも想像つかないくらい嬉しい感情に全身を包み込まれた。高校1年生でピアスを空けてるような子なんてあまり居ないだろうし、だからこそ特別感を感じられた。ちゃんと俺だからっていうのを考えて選んだんだろうなって、勝手な想像だけどそういう風に捉えられたから。
耳が熱くなるくらい嬉しい。変なにやけ顔になってる自分の姿が黒い液晶に反射して映っている。
「ただいまー小依ちゃん」
「水瀬っ!」
「おっと!? んむっ!?」
風呂から上がって顔を出した水瀬に抱き着き、勢い余って思い切りキスをした。もう何度かしてきたのに今更前歯と前歯が当たって痛みを感じたが、そんなの気にしないくらい好きって感情が溢れてきて、もう制御出来なかった。
「水瀬っ、水瀬っ!」
「子犬モードだ! おーよしよしよし!」
人を獣扱いしてじゃらすように頭を撫でてくるがそれすらも嬉しくて愛おしかった。その場で水瀬を押し倒し、彼に頭を擦り付けて再びキスをせがむ。水瀬はこちらの要求に応じキスをした後、口を離して「プレゼント気に入った?」と質問をしてきた。
「気に入った! 付けた! 見て!」
「めっちゃ似合うじゃん! よかったー! 買った後にネット見たら嬉しくなかったプレゼントみたいに言われてたから心配してたんだよね」
「本当に嬉しいっ! 大好きっ!」
「あれ〜珍しくデレに極振ってる。喜んでくれるのは嬉しいけどスプタンでベロを挟むのはエロすぎるから控えてほしいな〜」
「ベッド行こ!」
「…………行きましょう!」
欲望のメーターを振り切らせた水瀬を伴って寝室に行き、1日遅れの聖夜を迎えた。
幼少期から中学時代にかけて、数々の失敗と愚行を重ねて俺の精神は疲弊した。他人を傷つけていたという自責の念から俺は一生誰とも結ばれず、何者にもなれずに1人で生きて独りで死んでいくものだと自分に言い聞かせてきた。
生まれてから今まで、何度も何度も死のうとしたが上手くいかず、不幸のどん底を這いつくばって、生きる価値もなく意味もなく、ただ死んでいないだけの無駄な延命を続けていていた俺は水瀬と再会し、いつの間にか『この人の傍にいたい』と思うようになり、見ていた世界が色付き、恋をした。
性格が捻れ、拗れた俺を見捨てる事をせず寄り添ってくれた水瀬は、今でも俺を受け入れて好いてくれる。
これから先、何が起きるのかは分からない。けれど、どんな困難が立ち塞がろうともきっと俺は幸福だったこの時の記憶を思い出し、心を折らずに前に進めるだろう。
『どうかずっと、水瀬と一緒にいられますように』
幼い頃に願ったおまじないを思い出し、心の中で新たな願いを口にする。隣で眠る好きな人との距離を縮め、目を閉じる。
今度の願いはどうか叶いますように、そう祈りながら。俺は水瀬の温もりに包まれたまま、彼を手放さないように強く抱き締めて眠りに入った。




