56話「練り歩こうの回」
「お、こよりんじゃん。今から休憩〜? なら丁度いいし一緒に校内練り歩こ〜!」
「……あ、うん。お疲れ、結乃」
「??? なんか顔赤くない? 風邪?」
更衣室でメイド服から制服に着替えていたら少し遅れて結乃もやってきた。相変わらず迫力のある胸を揺らしながら隣まで歩いてきた結乃は、俺の額に手を置いて熱を測ろうとしてきた。
「うーん……平熱よりは高めなんかな」
「いや、全然平熱だけど。風邪とか引いてないよ私」
「ほーん。じゃあなんでそんな顔赤くしてんの? 今更日焼け?」
「別に、赤くなってないし。気の所為だよ」
「いーや赤くなってるね〜。普段は引きこもりかってくらい肌白いもん、なんか火照ってるよー?」
「気の所為だって」
無遠慮にじろじと顔を覗き込んでくる結乃から顔を背ける。今の今まで水瀬と一緒に居て、意地の悪いからかいを受けていたせいでこんな顔色になっているって伝えられるわけもないし、他の説明も思いつかないので黙秘を貫く。
しばらくすると「まあいいや」と言って結乃は俺から目を離し着替え始めた。背後から衣擦れの音が聴こえてきたのをキチンと確認してから俺も改めて前を向きスカートを履く。ブラウスを着てボタンを留めている最中にまた結乃が話しかけてきた。
「今日、彼氏くんは来てくれた?」
「かれっ!? 彼氏なんて居ないですけど!」
「あーごめんごめんそっかそっか。で? 水瀬くんは来てくれたん?」
「……彼氏って言った後に水瀬の名前を出すのは一体どういう意図がおありで?」
「別に〜? 意図なんてありませんけどね〜。早く告っちゃえよとか全く思ってないですけどね〜」
「ば、馬鹿なんじゃないのっ! てかそういう結乃こそ、いつまで宙ぶらりんな関係でいるべきなのさ。田中くんと!」
「ごめんて、謝るからこの話やめにしない?」
「デートとかいっぱい誘ってるけどそれ本人にはあくまで『付き添い』って言ってんでしょ?」
「こよりん!」
「あたかも友達としての距離感は保って、色恋的な感情は抱いてませんよ〜って思わせてるみたいだけどさ。女の子と話してたりすると視線がずっと田中くんの方に向いてたりするじゃんか」
「こよりー〜〜ん!! 私が悪かった! もうやめよ!? 互いの恋愛進捗をチクチク刺し合うのは不毛だよ!」
「私のは別に恋愛云々じゃないしっ」
「それは無理だろうさすがに。もかちが水瀬くんと仲良くしてただかなんだかでヘラってギャン泣きしてたじゃん」
「してない!? ギャン泣きはしていない!? やめようやめようこの話! 建設的な会話をしよう!」
「こよりんに会いに来たってんで水瀬くんが教室に来て丁度こよりんがトイレに行ってた時さ、帰ってきたこよりん結構強引に私と水瀬くんの間を割って入ってきたよね」
「田中くんにLINEするよ!? いいの!? ある事ない事吹き込んでやってもいいんだけど!?」
「ごめんごめんごめんごめん!! 待ってこよりん、スマホを置いて? ポケットに仕舞おう今すぐ!!!」
互いに武器を保有しているという事実を十二分に理解し合い、俺も結乃も牽制し合いながらも会話は仕切り直しとなった。話し合いが終わった途端に結乃は俺の頬をつまみ「怖いことすんなよー!」と言ってきたが、まあそれは許してやろう。後頭部に巨乳を当ててくれたお礼としてな。
制服に着替え終えて、結乃と揃って更衣室を出る。昼休憩まではしばらく時間があり、休憩時間に入ったタイミング的にこのまま昼休憩まで校内を彷徨いても問題は無いと思うが、そうなると暇な時間が多すぎて時間を潰す選択肢が増えまくりだ。
「どうする? 次はどこ行く? こよりん」
「んむ〜……」
とりあえず更衣室近くにあった生物部の『自作ビオトープの展示』と外の『もんじゃ焼き屋さん』、2年C組とD組の『教室ぶち抜きストリップバー(全年齢版)』を体験しそこそこ時間を過ごしたものの、まだ40分ほど昼休憩まで時間がある。
「A組は出し物なんだっけー?」
「……TRPG? 体験会場だって」
「なにそれ」
「わかんない。でもさっき覗いたらもう席が満杯で順番待ちっぽい人らも何人か座ってたから多分行っても参加はできないんじゃない」
「そっか〜。水瀬くんが居るなら面白い物が見れそうだなって思ったのにな。残念」
「結乃……田中くん呼んでこよっか?」
「今働いてますから! 執事やってますから! ごめんてこよりん!! くっ、田中との事がこよりんにバレてるのまじで厄介すぎる……!」
「結乃がからかってこなきゃ私だって余計な事はしないっての。まあうちのクラスの出し物にも後でお客さんとして顔出そうよ。田中くんに接客してもらお?」
「からかってなかったよねぇ今!? 能動的に田中の名前出してきたねぇ!?」
「いや、これはいじりとかじゃなくて普通に行こうねって誘いだから。普通に接客受ける分にはいいでしょ」
「ぐぐぐ……」
「まあそれは後に取っとくとして。まずはどこで時間潰そうか」
屋上に通じている階段に腰掛け、膝の上に文化祭パンフレットを広げた状態で置く。友達との写真パシャパシャ巡りは後に控えている体育館での出し物合戦の時間でやるとして、前哨戦に当たる午前中はきっちり目標のルートを決めておきたい。
「自作ゲームとかあるんだって。こよりんゲーム好きっしょ?」
「私は好きだけど結乃が暇じゃない?」
「興味はあるにはあるよ」
「ん〜。でも別棟の……あの教室でしょ? めっちゃ人いない?」
「本当だ。人気だな〜」
「ね。人の群れでごちゃ混ぜにされるのも嫌だし、いい感じに空いてる所行きたくない?」
「となると外の出し物は全滅かなぁ。溢れ返ってるもんね」
「ね〜。こんな人来るんだね、高校の文化祭って。中学と大違いじゃん」
「そもそも出店作ったり教室改造したりって文化は中学の頃は無かったしね。わっ、着ぐるみ着て歩いてる人いる! いいな〜あれ!」
「灼熱地獄でしょ。視界も悪そうだし」
「うわ〜。来年はああいうのしたいな〜私!」
「駄目でしょ」
「えっ。なんでよ?」
「あのタイプの着ぐるみは着る時おっぱいがつっかえるでしょ。着れたとしてもシルエットが女性的すぎてエロいよ。絶対教師に止められる」
「あ〜……ほぼパジャマみたいなもんだもんね、あの服。こよりんも身長ちっこいから着れなさそう」
「悪口かな?」
「違う違う。そうだな〜……あ、美術部の展示は? もかちの絵とか置いてあるんじゃない?」
「出し物合戦後の後半部でも開いてる筈だし、とりあえず午前中だけ開いてる出し物に目標を絞ろうよ」
「確かに。となると、うーん……」
「あっ、塩谷さん達いたー! やっほー!」
結乃と二人で目標経路を考えていたら先に休憩に出ていたクラスメートの女子二人、美山さんと来栖さんがやってきた。二人は制服に着替えずメイド服姿のまま校内を歩いていたらしい。廊下を歩く男性陣の視線を集めながらこちらへやってくる。
「なにしてんのー? 小依ちゃんっ!」
「わっぷ!」
来栖さんが俺の背後に回って腰を下ろしギュッと抱き着いてきた。テンションたっかいな〜。
「行き先を決めかねてんだよねー。まだ結構時間が余ってるからさ」
「余ってるってかこのまま直で昼休憩っしょ? ウチらはあと1個見て回ったら教室に戻るって所なんだー」
「ほえー」
「二人はどこ見て回ってたん?」
「生物部ん所ともんじゃ焼き屋さん、それとストリップバーだったよね?」
「あー! 2年のやつ! あれすっごいよね!」
「エロかったよね〜! なんで許可が降りたんだろー?」
「かっこ全年齢って記載が功を奏した感じじゃない?」
「それでいいならなんでもありじゃん? 風俗とか出来そう!」
「出来るかぁ。美山さんも結構トんでんね、桃果と同じ事言ってるよ」
「間山ちゃんと一緒に直談判したからね! エロ映画を撮って放映したいって!! 映画研究部の人らとも協力して!!!」
「女子生徒の口から提案されるだなんて、先生方も心底驚いたろうね……」
「即却下されたけどね〜。でもそっか、それならウチらと一緒に行動しない?」
美山さんが提案を出す。俺も結乃も何を見るか決めあぐねていた為、あまり悩むことも無くその提案に乗っかる事にした。
「無理無理無理無理無理無理っ!!!!」
美山さんと来栖さんに先導されて連れて来られた場所は俺達が所属するC組の隣、D組の出し物であるお化け屋敷だった。
俺は情けなくも結乃の背中に隠れ、ブルブルと身を震わせながら二人に抗議する。
「なななんでここなのさ!!!」
「? あれ、小依ちゃんってもしかして意外と怖がり?」
「違う!」
「いや怖がってるよね?」
「怖がってない! 別に怖くは無いけど、ここである必要は無いじゃん!!」
「ここ以外である必要もなくない? その理論だと」
「意味わかんない!!!」
「??? ねえ塩谷さん、冬浦さんって」
「夏休み中にも友達数人で集まって肝試しをしたんだけど、その時は車の音で飛び上がってたね」
「飛び上がってない!!!」
「えぇ……?」
「別に怖くはないけど! 楽しい文化祭で! わざわざ! 怖がらせるのが目的な場所に入る理由が分からない!!!」
「いや、それでも楽しいからお化け屋敷ってこの世にあるんじゃんね?」
「需要がなかったら供給も比例して減ってくもんだしね〜そういうのって」
「頭良さげな事言わないで!!」
「どこが……? そ、そんなに怖いなら無理して着いてこなくてもいいけどさ」
「怖くはない!!!」
「そこは怖いでいいんじゃ……? 入りたくないんでしょ?」
「……っ、っ!!」
「目で訴えられても……」
美山さんは俺からのアイコンタクトを受け取ってくれはしたが、酷く困った様子で顎に手を当て「うーん」と唸っていた。
二人は元よりD組お化け屋敷に入るつもりだったらしいから引き止める理由はない。結乃に対してだって俺から引き止める道理はないし二人に着いて行かせたい所なのだが、当の結乃本人は俺が一人になって暇しないよう行動を共にしているみたいだ。俺がお化け屋敷に入るのを断れば一緒に断る気しかしない。
少し目を離した隙に先にD組の教室前に来て目を輝かせていた結乃の姿を目の当たりにしてしまってるからなぁ。明らかに「楽しみ! 早く入りたい!」って思ってるのを既に受信してしまったし、俺が喚かなければそのまま足を止めることなく受付に名前を記入しようとしていた所まで見えていた。だからこそ、ここで入りたくない! って駄々をこねるわけにはいかないのだが……。
「こよりん、無理しないで大丈夫だよ?」
「む、無理はしてないから。心配してくれなくても、大丈夫だし」
「顔面蒼白なんだよなぁ……」
「そんなに怖いなら別の所行きなって〜。寿命縮むよ〜?」
「こ、怖くないって!」
「最初に無理って言ってたじゃない。それに冬浦さん、ちょっと涙出てるよ?」
「出てない!!」
「全部否定するじゃん。かわい〜」
中から悲鳴が聞こえる度に心臓がキュウっと締め付けられる。教室の外観からして大分アレンジが入っていて、教室の中は黒いカーテンがかけられてて見えないように細工されて赤いペンキやマネキンを使っておどろおどろしい雰囲気を醸し出している。D組の人らの本気度が垣間見える、こりゃ入ったら心停止するぞまじで……。
「やっぱしさっきのメイドさん達だ! こんちは〜!」
足が震えまくってその場で立ち止まっている中、聞き馴染みのない男の声がこちらにかかる。
声のした方を見てみると、つい先程まで接客していた男子と水瀬、それに執事服を着た田中がこちらに向かって歩いてきていた。
「田中? なんでここに居んの? サボり〜?」
「おーサボりサボり! 丁度お客さん少なくなってきたからさ、水瀬とアツヤと一緒にどっかぶらつこうぜってなってな〜。結乃達はなにしてんの?」
「私らは今からここに入るか入らないかってやってる所〜」
「こんな真ん前まで来て入らない選択肢が存在すんの?」
「あー……なんとなく流れが分かったかも」
「? 水瀬的に心当たりあり? なになに、冬浦ちゃん絡みの話?」
「まあ……」
「み、水瀬ぇ〜……」
「わお」
力なく水瀬の名を呼んでふらつく足を動かして彼の方に歩み寄ると、水瀬は優しく俺の身をキャッチしてくれた。背後から黄色い声が聞こえる気がしなくもない。
「皆もこのお化け屋敷入るん?」
「そ〜。そのつもりだったんだけど、こっちの子が怖がりでね〜」
「こ、怖がりじゃないし!」
「あはは、僕のいない所でもそのスタンスなんだね」
「黙れボケ」
「いつもの猫被りは何処へ……?」
「あ、よかったら3人も一緒にここ入らない? 人が増えればこよりんの恐怖も薄れるかもしれないし」
「俺らもここ入るつもりだったから全然いいけど、多くね? いち、に……全員で7人だろ? 同時に入れんの?」
「てかそもそもここ、同時に入れるの最大で2人って書いてあるべ?」
「え゛っ」
我ながら汚ったない声が漏れた。2人……2人? 終わってない? 一方しかガード出来ないやん、三方向が開きっぱなしじゃん。なにそれ、終わりすぎてない?
「2人ずつって、1人余らない?」
「! それならわたっ」「じゃあ俺は1抜けしようかな。さっき別の友達から呼び出し食らっててよ」
「まじか。行ってら〜」
俺が言い切る前に田中がアツヤと呼んでいた人物が離れていく。なんて事だ、折角の逃げ道が秒で取り上げられてしまった。
「なーんだ、2人か。それならウチと来栖はそのまま入れるや。行く?」
「そうね。じゃあ皆、お先〜」
絶望している間に美山さんと来栖さんがさっさと受付に名前を記入し、教室の中へと案内されて行った。取り残された俺と結乃、田中、水瀬が互いを見合う。
……結乃、絶対にこれ田中と入りたがってるよな。田中は水瀬と来たから勿論水瀬と共に入るつもりだったろうけど、俺と水瀬を交互に見ると「ったく、仕方ないな」と小声でカッコつけて結乃の手を取った。
「俺らも入ろうぜ。結乃」
「えっ、いや私はこよりんと……」
「怖がりなんやろ? 無理して入れる必要も無いだろ。それに、さっきからお化け屋敷に興味津々なのも透けてるって。ほら、行くぞ」
「ちょっ、無理やりすぎだし! ごめんねこよりん、すぐ出てくるから!」
「あ、あー……うん」
言葉の割に物凄い嬉しそうな顔をしつつ、俺に声を掛けてから結乃も田中と共に教室に入っていった。
取り残されたのは俺と水瀬の2人。水瀬は少し考えた後に「小依ちゃん」と俺に声をかけてきた。
「……入らないから」
「だよね。それは分かってた。この後どうするの?」
「この後って?」
「塩谷さんを待つ? 田中はきっと僕らに気を使って塩谷さんを中に連れて行ってたよね」
「なに、気を使ってって。意味わかんない」
「2人きりでもそのスタンスなん……?」
「……」
「あー……えっとさ。先に田中が気を使ってくれたんだし、僕らもさ。塩谷さんに気を使って、ここを離れるのも悪くはないかと思うんだけど」
「結乃に? ……あっ、そういう事?」
俺らがこの場から離れれば、とりあえず結乃は田中と行動を共にするしかなくなるって事か。水瀬も知ってるんだな、結乃が田中の事を好きって話。
「友達の恋模様にいい感じにいっちょ噛みしたいと。田中くんにとって頼れる男友達ポジなんだな、お前」
「ギャルゲーで例えるなら主人公の親友ポジであると自負してるよ」
「ギャルゲーってなに。ギャルを操作するゲーム?」
「知らんのかい。ま、あんまり人のそういう事情に首を突っ込む気は無いけどさ。どのみち小依ちゃんはお化け屋敷には入れないし「入"ら"ないだから」入れないし。怖くて「死ね」だしさ、ここに居てもしょうがないなって思わない?」
「水瀬はここに入りたいんじゃないのかよ」
「実を言うとそんなに。田中に着いてきただけだからね」
「そうなんだ」
「ん。それに、文化祭の日に時間空けてほしいって言ってたじゃん」
「うん。……え、待って」
「なに?」
「それ、今?」
「うん? 今からだと都合悪かったりする?」
「い、いや……」
都合が悪いというか、確かにそんな事言ったし、そういえば今日……水瀬に告白しようって思ってたんだった。忘れてたわけじゃないけど、出来るだけ意識しないようにしてたから気付くのに遅れてしまった。そうか、今日か……。
いや待って? 意識から外してたせいで全然心の整理着いてないんだけど? 水瀬の口ぶり的に、そのイベントを起こそうとしてるのってそれこそ今から、直近の今からの話ではあるんだよね? やばい、お化け屋敷なんかよりもずっと心臓がギューッと痛くなってきた。そんな急に話って進むものなの? また顔面熱くなってきた。
「で、どこ行く? 人気を避けたいって話だったし、この時間帯の屋上なら人はいないんじゃないかな。ロケーション的にも」
「お、お化け屋敷入らん!?」
「え?」
「入ろうぜ水瀬!!!」
「えっ。いや、怖いの苦手でしょうがあなた」
「ぜんっぜん!!! 控えめに言って余裕ではあるかな! 行こう水瀬!!!」
「全然余裕じゃないでしょ。なんなら失禁する可能性すら、記入までが早い!!?」
受付の方に向かいササッと2人分の名前を書いて案内の人に渡す。遅れてやってきた水瀬が俺の隣に立つ。受付の人は「どうぞ〜」と言って教室の入り口を手で示した後、ようやく俺は正気に戻り水瀬の顔を見上げる。
「……か、書いちゃった」
「書いちゃったね」
「水瀬、どうしよ……」
「……書いちゃった以上、入らないとだね」
「嫌だぁ……」
「無理だよ。受付の人も困ってるし、行こう」
「うえぇ……」
水瀬に手を引かれ、渋々教室と外と内を分ける黒いカーテンを押して中に入る。
中に入って少し進むと、2つ目の扉があった。そこを開けて中に入ると急に廊下から聴こえていた音が遮断され、不気味な風の音とカラスの鳴き声が定期的に聴こえるBGMが聴覚を支配する。
密室のはずなのに冷たい風が頬を撫でる。エアコンからの風だろう。即座に足を動かし水瀬にしがみつく。
「み、水瀬、水瀬水瀬っ」
「隣に居ますよー」
「もっとくっつけ!!!」
「痛い痛い!」
水瀬の手を引き前に出させ、水瀬の背中にピタッとくっつく。前の方が見えなくなってしまったが、そもそも人を脅かすために作られた物なんて見たくもないので好都合だ。
「歩くの早いよ! もっとゆっく、ひあぁっ!!」
大分先の方から結乃の悲鳴らしきものが聞こえてこちらも悲鳴を上げてしまう。水瀬の胴に腕を回し力強く締め上げる。
「小依ちゃん、動きにくいです。てかこの体勢、今絶対がに股だよね」
「そんなズンズン進まなくていいだろ!」
「いや〜、これってE組の教室も利用して作ってるんでしょ? 結構広い空間だろうから、そこそこのペースで進まないと経路見失うかもだよ」
「で、でも」
「ヴワアアァァ」
「きゃあああぁぁっなになになになに!!?!?」
急に低いゾンビみたいな声が近くで鳴ったので威勢の良い咆哮を上げてしまった。水瀬は「イルカボイス……」と何故か俺の悲鳴についての感想を述べるのみで何が起こったかの状況説明はせず淡々としている。
「ギャギャギャギャッ」
「いやあぁぁぁああっうしろっ、うしろぉ!!!?!?!?」
ある程度進んだところで背後から奇妙な声が聞こえてきて咄嗟の背中に頭を押し付ける。ほぼ頭突きだったからか水瀬の体が大きく仰け反り、彼の口から「ごほぁっ!?」という音が漏れていた。
前や横からだけじゃなく背後も襲われるのか!? 少人数で入るようになっているのも納得だ、客が広がりすぎると背後から忍び寄れないもんな!!! 驚かすのに知恵を使いすぎてるだろ、性格悪っ!!!
やばっ。腰が抜けた!? 倒れそうになるも既のところで水瀬が俺の脇の下を掴んで転倒を防いでくれた。俺はそのまま変わらず強い力で水瀬にしがみつく。
「小依ちゃん」
「やだやだっ、腰抜けたっ、助けて水瀬! 助けてぇ!!」
「腰抜けてる所悪いんだけど、そこ股間なんですよ」
「こかっ」
「うん。人の股間に顔を押し付けるのは、ちょっと」
「しっ、したくてしてるわけじゃなくて! きゃあぁ目が合った! 目が合った!! 動けないっ、足に力入んないよおぉぉ!!?!?」
「満点のリアクションだな、D組の人ら大喜びでしょこれ」
「言ってる場合か!? あ、歩けないんですけど! 見てあひ、がくがくくすぎてっ」
「落ち着こう。テンパりすぎてギリなんて言ってるか分からないから深呼吸をしよう」
「はっ、ははっ、ふはっ、ほふぁっ!」
「聞いた事ない深呼吸だ。たこ焼きでも頬張ってるのかな」
「足が言う事聞かないの!!!! やばい、苦しいっ、呪われた!!! 取り憑かれたぁ!!!?!? お゛ぇーっ! ひゃあああっ、げふっげふんっ!!! ピャアアーーーッ!!?」
「ちょっと面白すぎるかも。リアクション芸人目指せるよ小依ちゃん」
「言ってる場合かー!!?!? まじでっ、死ぬ!! 殺されるぅううっ!! 早く出たい!!!」
「はいはい。しょうがないなー」
水瀬は、テンパりまくっている俺の肩の下に腕を通し、背中の方で手と手を掴み俺を抱き上げた。
「えっ? あの……」
「足が震えて動けないんでしょ? 緊急処置ということで大目に見てね」
俺の背中に手を添えたまま、水瀬の片腕が腰から尻の方へ移動し、やがて膝裏の部分で止まる。
病気してた時にもされた状態である、お姫様抱っこと形容される抱かれ方だ。
「待っ、これはちょっと、恥ずい……」
「暗いしセーフでしょ」
「あ、灯りはあるじゃんか。それに、お化け役の人達に見られて……」
「怖いんでしょ?」
「怖いけど、でも」
「初めて怖いってちゃんと認めたね」
「はっ!? な、うざっ!? わざわざ笑うようなこっ」
煽られたのでそれまで強く瞑っていた目を開けて抗議しようとしたら、すぐ目の前に水瀬の顔があって閉口した。すぐ近くに顔があるせいで、俺を持ち上げている水瀬の息遣いが伝わってきて恥ずかしさが更に増す。
「み、水瀬っ、重いでしょ。もう足、大丈夫だから降ろしても」
「全然軽いよー。ちゃんとご飯食べてるか心配なくらいだよ、痩せてるし」
「チビガリが大食いだったら矛盾してるだろ、じゃなくてっ! 恥ずいから降ろせって!」
「どうせまたビビって腰抜かしちゃうだろうし、このまま出口まで行こうか」
「!? 出口まではまずくないかなぁ!? 他の人に見られちゃうなあ!?」
「じゃあ出口直前まで行こう」
「もう何人に見られたかなぁこれ! だ、だから、降ろして……!」
「大丈夫だって、この暗さなら顔までは見られないよ」
「そうかぁ!?」
「そうでしょ。それに、こうして持ち上げられてたら僕が傍に居るっていやでも分かるから安心するでしょ?」
「それはそうだけどっ」
「大丈夫。何が来ても守ってあげるから、とりあえずビビりの小依ちゃんは安心して抱かれてればいいよ。その方が早く出れるしね」
「は、はぁっ!? なんか言い方……鼻にかけた言い方してる!」
「そう? ナルシスト感じた?」
「かなり感じた! 口調との相性悪いわそのセリフ! ゾワゾワってした!」
「置いてこっかな」
「ごめんなさい!」
「謝れて偉い! よし、出口まで行くぞー」
「いやちょっ、今! 今見られた! 貞子みたいな女の子に見られっ、ぎゃああああっ!!!?」
水瀬の言う通り、歩行スピードの点では円滑に前に進めているから解決しているものの、抱き上げられて身動きが取れないせいで恐怖イベントを逃れられない状況で目の当たりにさせられている。プラスマイナスで言えば全然マイナスである。これさ、乗り物に乗るタイプのお化け屋敷と何ら変わりないよね。
「水瀬、プラン変更だ! 1回降ろして! 話が変わってきた!」
「どうしたの?」
「この仕組みの重大な欠陥を見つけてしまった! だから早く降ろして!!」
「欠陥? おっけ、じゃあ次の角曲がったら1度降ろそうか」
「あ、あぁ。頼っ、きゅふっ」
「きゅふっ? 小依ちゃん?」
「ぴぎゃああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!?!?」
角を曲がった瞬間上からなにか冷たい、柔らかいものがペチっと俺の顔に落ちてきた。恐らくスライムの入った袋か何かだろう。通路の端の方に落ちてきたから人の頭に落とす想定ではなく、恐らく本来は肩とか足元に落とす想定の仕掛けだったんだと推測出来る。それがお姫様抱っこなんてされてるものだから、想定と違って俺の顔の上に降ってきたというわけだ。
急な出来事にビビり散らかして目眩がしてくる。胸が苦しくなるくらいの動悸に襲われて、視野が狭くなっていく。この感覚、アレだ。風邪を引いた時に薬を飲んでシャワーを浴びた時に感じるあの感覚。つまり、気絶する直前の……。
「耳潰れるかと思った……小依ちゃん? あれ、おーい。……小依くん!? 死んだ!? 嘘でしょっ、心臓っ、胸……胸じゃなくて手首か! えっと…………脈はある? じゃあ、気絶しちゃったのか。良かった……のか? とりあえず、どうしよう……?」




