55話「楽しい文化祭が始まったよ」
「おかえりなさいませ〜、ご主人さまぁ……」
「お、おぉ〜!」
「やべ、実物メイド可愛いな……」
「うわっ! あの〜、ここってなんかキャバクラ的なサービスあるんすか!? メイドさんが席に着いてくれるみたいな」
「ないですー」
「ないんすか!? でもあそこの席っ」「ないですー」
文化祭当日。俺は桃果が用意してくれたコスプレAVみたいなミニスカメイド服を着用し接客対応を行っている。
数ある出し物の中でもうちのクラスは特に男子人気が高いというか、もう漫画とかアニメとかで擦りに擦られまくってるメイド喫茶という概念が逆に話題性を生んだらしく、開始時点から客足が途切れない勢いを見せていた。
この忙しい中で皆やり甲斐があるぜ! みたいな顔で目を輝かせながら働いている。眩しいな〜。俺だけだもんな、羞恥心に塗れて萎縮してるの。
文化祭の雰囲気で皆ハイになってるのか、それとも俺が群を抜いて根暗なのか。はぁ、誰か係を交代してくれないだろうか。
「おかえりなさいませ〜、ご主人様ー……」
「おー、えっすごいな。ピアス穴すげっすね!」
「ははは……」
あと、なんか桃果の手により強制的に髪型を短めの二つ結びにされたせいで耳のピアス穴が丸見えだ。それを指摘されまくるから余計に注目を集めて困る。校内では隠してる分物珍しさを感じるのは当たり前だと思うけど、わざわざ話題を振らないでほしいわ。
「冬浦さん、そろそろ休憩行くー?」
「んー……」
休憩か。いいな今すぐに行きたい。けど、他のメイド勢が個々人で客の席に着いてお話に付き合ってあげたり、気合入ってる人だと1回だけあーんしてあげるみたいなサービスを展開して頑張ってるから、そういうのを一切せず仏頂面で接客してる俺が休憩を早くに取るというのも違う気がするんだよな。
「私はまだ大丈夫ー。他の人に休憩行かしたげて」
「おっけー。キャパ越える前に休憩行きなねー、この後またビッグウェーブ来そうだからさ」
「まじか」
絶対そのビッグウェーブにまるまる被せて休憩行ってやろ。てかキャパ超える前にって指摘されるってことは周りに気を使わせてるのか。いかんなぁ。
「ふぅ」
にしてもしんどいな〜。教室前で待機して客を席まで案内するってだけの役職なのに、基本立ちっぱなのと同じ導線の反復移動というのが想像以上に足腰に来る。あと客の男性比率が高いから、なんというか、怖いし。気が全然休まらなくてメンタルが余計に疲弊する。
学校内で妙な事される可能性なんてミリも存在しないんだから、気にしなくてもいいってのは理解出来てるんだけどなぁ。
はあ。もう少し身長が高ければ、相手が前を向いていても俺の背格好が視野に入って避けてくれるだろうに。何だこのチビ遺伝子。なんでこんなに母親の遺伝ばっかり受け継いでんだか。
ちょっとだけしゃがんどこ。ふいー、暑っつい……。
「いたいた。小依ちゃん、こんにちは」
「!? 水瀬!? こっち見んなぁ!!」
「裸見られた時のリアクションなんだよなそれは」
耳馴染みがありすぎる声が降ってきた瞬間に声のした方とは逆側に体を向けて両腕で身を抱き叫ぶ。
「なんで来てんだよ! 来んなっつったじゃん!?」
「言われたねえ」
「なんで来た!?」
「そりゃ来るでしょ。見たいもんね、小依ちゃんのメイド服姿」
「やーばお前!? 来ないよって言っときながら平然と!? 終わってら!」
「あの時の小依ちゃん必死すぎて、話が長引きそうだったからさ」
「お前信用なくすぞまじで!?」
気持ちの良い返事をするもんだから安心しきって髪型も弄らせたのに、男だった頃の自分の姿を知ってる相手にメイド服姿を披露しちゃってる。爆発したくなるわ、なんだこれ。全裸を見られるよりキツい……いや普通に全裸のがキツいかそれは。
「ところで小依ちゃん、案内とかはしてくれない感じですか?」
「おれっ……私の! 私に言った約束平然とぶった切った件がまだ終わっていませんが!?」
「マック奢りで許される?」
「ギリ許されない!」
「何をしたら許される?」
「……この服着て町内一周したら許す」
「確実に人生終わらしに来てんじゃん。取り返しつかないところまで行くじゃんね急に」
「約束反故にしたらそれくらいするべきだろ」
「だとしたら予め契約書の用意はしてほしい所ではあるか」
「んなもんなくても有罪判決直行極刑便だから! 人が必死に隠そうとするものをなんでもない顔で覗きに来やがって……!」
「まあまあ、それについては後からちゃんと制裁受けるからさ。とりあえず立ちっぱなしはしんどいから中まで案内して欲しいな〜って。そういう日だもんね? 今日は」
「ぐ……今お客さんパン詰まりだから、ちょっとしてからの案内になる」
「待ち時間どれくらいかわかる?」
「多分、5分もしないうちに前の客は捌けると思うけど……」
「ならここで待とうかな」
「勘弁してください」
「なんで?」
「なんでって質問出てくるんや。すごいなお前」
「それほどでも〜」
褒めてないのよ。野原しんのすけみたいなボケカマしやがって。
「冬浦さん? と仲良いんだな〜お前」
む。どうやら水瀬の奴、おひとり様で来た訳ではなかったらしい。友達を引き連れてるのか、声がした瞬間に体を隠しに行ったから気付かなかった。
「全然仲良くない、私と水瀬はただの」「昔馴染みだしね、ニコイチレベルで仲良いよ」
「黙れよお前」
「幼馴染って事か!? うわっ、それって……そういう事か!? アツいの!?」
「いやいやそんなわけ」「と言っても過言ではないね。激アツだね!」
「黙れよお前」
めちゃくちゃ友達に関係性アピールするじゃん。今までそういう茶化しを受けた時は否定してたのになんでスタンス変更してんの。怖いって、多重人格者?
「わ〜水瀬くん来てくれたんだおかえりなさーい! あれ? どしたの小依、生理?」
「やばいな、この状況で脳にデリカシー積んでない人来ちゃった」
「しょうがないな〜」
「しれっと忍ばせなくていいから! 生理じゃないし!」
「じゃあなんでしゃがんでるの?」
「……」
「水瀬くんにそのお洋服見せるの恥ずかしいんだ? 乙女〜」
「言ってないやろそんな事!!!」
「目は口ほどに物を言うんだよ?」
「目を見てから言ってもらっていいですか?」
俺の言葉を受けると桃果は笑い混じりのため息を吐いた。俺の頭に手を置きつつ言葉を続ける、噛み付いてやりたい。
「ごめんね〜3人とも。水瀬くんは分かってると思うけど、この子恥ずかしがり屋だからさ〜。特に、水瀬くんにメイド服見られるのがはずか」「言ってないから!」
「言ってるようなもんでしょ。今までは普通に接客できてたじゃん?」
「……」
「ほら反論出来ない〜」
「……べ、つに。水瀬に見られるくらいどうって事ないし。思い込み激しすぎ、また勝手に脳内の相関図に囚われた発言してるって、辞めた方がいいぞお前そういう」「じゃあ見せれんの? 水瀬くんに、メイド服姿」
「…………むり」
「ほら恥ずかしがってる」
「恥ずかしがってない! こ、滑稽だから見られたくないだけだし!」
「どこがどう違う……?」
「に、似合ってないから見せたくないし! キモいって思われる!!」
「思わないでしょ。めちゃくちゃ似合ってるし。ねぇ? 水瀬くん」
「うん。間違いなく可愛いよ、自信持とう小依ちゃん」
「だっ!? だから、てか、見てもないのに何意気揚々とかわ、いぃとか……意味わかんねえし!」
「わ、小依が顔赤くしてる。珍しい〜」
「っ!!」
反射的に水瀬の方を向いて反論したら俺の顔を見た桃果から指摘を受けた。なんなんだこいつら、人を見下ろしてニヤニヤニヤニヤと! 性格悪っ!
「なんにせよ折角来てくれたお客さんなんだからちゃんと対応しなきゃダメだよ〜? 公私混同バツですよ!」
「桃果が対応したらよくないですか」
「あたしは今から休憩だもーん」
「くっ」
「ほらほら、退路は絶たれたよ〜。見られても減るもんでもないんだから、女たるもの覚悟を決めな〜?」
減るもんは無い? 自尊心はゴリゴリに削られまくるんだよな、水瀬にこういう姿見せるの。まあそれを言ったら女子制服を見せてる時点でって言う話ではあるけど、そっちは慣れてるからまだしもメイド服はなぁ……。
「はぁ……うぅ……」
顔面が熱い、皮膚の裏にカイロでも入れてるみたいだ。
「めっちゃ美少女やん……」
「あ?」
「こわっ!?」
「やっぱ似合ってる。可愛いじゃんか、なんでコソコソ隠れるのさ小依ちゃん」
「っ、だから! 可愛いとか、言わないでって……あほ」
「えっ。水瀬と俺とで温度差すご」
水瀬の友達がなにか呟いていたが耳には入ってこなかった。平気な顔を取り繕うので精一杯だから他人の話に耳を傾ける余裕などあるはずがなかった。
「……あ、席空いたみたい。接客するんで、私に着いてきて」
ここに来られたのは心底ムカつくし、せめて来るなら俺がいない間に来いよって文句を言いたい所ではあるが、一応人にサービスを提供する側ではあるしぶつくさ文句を垂れるのも良くない。どうせもう見られちゃったし、ここは腹を決めて誠心誠意無心で他の客にしたように水瀬を対応して、早急にして丁重にお帰り頂くよう努めるか。
「じゃあこちらの席でお願いします〜」
「「「はーい」」」
水瀬率いる男3人が揃って返事をする、仲良いな。3人に手書きのメニュー表を見せると、女子の丸文字統一なメニュー表にテンションが上がったのか謎に歓声をあげていた。
「はえ〜、チェキとかないんすか?」
「私の場合は無いです」
「他の人ならあるんだ?」
「多分」
「多分なんだ」
「知り合いとか居たら頼めるんちゃう? お前このクラスに知り合いとか居ないの?」
「階が違うし関わる事ないんやから居るわけなくね」
「つかここ女子のレベル高くない?」
「んな! マジでそれ! 水瀬、誰か紹介しろよ〜」
「僕だってそんな知り合い居ないっての。小依ちゃんとその他2人くらいしか知り合い居ないよ」
「その他2人も紹介してくれよ」
「アテンドチャンスあるか今日」
「ねぇーわ。ナンパするなら1人でしなね〜」
男子3人が楽しく談笑を始める。やべ、会話に入れねえ。男友達3人で水入らずの会話してるわ。
……ま、3人だけで上手く場が回ってるみたいだし俺が近くにいる必要も無さそうで幸いだ。元いた位置に戻ってまた客呼びの作業に戻るとしよう。
「あっ。てかさっきトイレ行き忘れたんだよな」
「僕も。実はかなり耐久チャレンジしてたというこぼれ話があるんだよね」
「はあ〜? まじかよ」
「わりっ、すぐ戻ってくるで!」
「えっ、いやいやそこ同時に行くか!? こんなキャピった場所に1人は気まずすぎるだろ!?」
「マジですぐに戻るって! もう限界なのよ俺!」
「僕もそろそろ決壊寸前! すまん!」
「おぉ〜い!!!」
水瀬と男子1が慌てた様子で教室から出ていく。取り残された男子2は2人に向けて伸ばした手を情けなく開閉した後、その手を下ろして小声で「まじかぁ」と呟いた。
……ここでこの場を離れるのはちょっとサービス業的にゴミ対応か? 別にお給料が出るわけではないけど、折角の文化祭の日に遊び来てくれた人に退屈な思いをさせるのも悪いしな……。
「……えっと」
「? うす。どうしたっすか?」
「いや、1人で待つの退屈、だよね。……2人が戻ってくるまで話し相手になりましょうか?」
「おー! あざす、まじ助かる!」
とりあえず水瀬が座っていた席に腰を下ろし、机の方を見て相手からの出方を待つ。
……会話が始まらない。まあ互いに初対面だしな、なに話したらいいのは分からないか。でも、こちらからしたい話も特にないしなぁ……。
「……メイク超上手いっすね!」
「はあ。そうかな」
「うん! 他の派手目な女子のメイクはもっとケバいから、自然に見えるし!」
「……でもテキトーに終わらせてるから、そんな力入れてないよ」
「そ、そうなんだ」
「うん」
「……」
「……」
終わりかい。なんだ今の会話、広がり無さすぎだろ。待ち時間の先が見えないのに広げた風呂敷が小さすぎるだろ、もっと間が保つ会話を展開してくれよ。
「……冬浦さんって、なんか部活入ってたりする?」
「入ってない。ダンス部に入って一瞬で辞めた」
「そ、そうなんだ。なんで辞めたの?」
「そんな時間を割くほど楽しくなかったから」
「へ、へぇ〜」
「うん」
「……」
「……」
「……他に入りたい部活ないの?」
「ないからずっと帰宅部なんじゃん」
「それはそうか……」
「うん」
「……あ、ピアス穴すごいね! 自分で開けたん?」
「うん」
「そっかぁ。痛かった?」
「うん」
「そ、そっかぁ……結構オシャレとか好きな感じ?」
「別に」
「別に、か………………好きな人とかいるの?」
「……」
「……」
「……それ、答えなきゃいけないやつ?」
「あ、いえ。すいません」
「なんで謝るの?」
「え、なんか怒ってるかなって」
「怒ってないでしょ」
「怒ってないすか?」
「怒ってない」
「あ、はは……」
「……」
いや空気。気まず。やべ〜、知り合いでもなんでもない男の人と話すのがこんなにムズいとは思わなかった。陰キャレベルカンストしてないか? 今の俺。
「……えーっと、冬浦さんってガチで可愛いですよね」
「はあ。ありがとうございます」
「あれっ……可愛いって言われるのは嫌とかじゃないん?」
「嫌じゃない。それなりに嬉しい、君だってかっこいいって言われたらそれなりに嬉しくない?」
「言われる機会ないんで分かんないす」
「そうなんだ。普通に顔かっこいいと思うけど」
「そんなそんなっ、お世辞言っても何も出ないっすよ?」
「お世辞じゃないけど。てか、お世辞なんか言う理由ないし」
「そ、そう?」
「うん」
「いやー、でも冬浦さんの美形には絶対足元及ばないっすわ! まじで芸能活動してそうだもん、してないの?」
「してないよ。てか考えたことも無いし」
「まじ? アイドルのオーディションとか受けてみなよ!」
「なんで?」
「えっ。……可愛いから?」
「へえ」
「…………受けない?」
「受けない」
「そっすか……」
萎れた声を出して男子2が項垂れる。なんだその反応? 俺がアイドルとかにならないかどうかにそんな一喜一憂する? 可愛いってのもこの人の主観での話ってだけで、世間的に考えれば特筆して可愛い方って訳じゃないしな絶対。
「すまん! 今戻ったわ!」
「おっっっせぇよ2人とも!!!」
「結構人いてさ〜、急ごうにも急げなかったんだよね〜」
しばらく無言が続いた所で水瀬と男子1が戻ってきた。俺と会話をしていた男子2は一気に緊張がほぐれたような仕草で脱力し大きな安堵のため息を吐いた。相手も初対面の人と会話するのは緊張してたのか、もっと上手く会話するべきだったなーと反省。
「小依ちゃんが会話の相手してくれたのかな? ありがとね!」
「ん。……あんま見ないで」
「ごめんごめん、見慣れない服装だからつい目線がさ」
「馬鹿にしてる」
「馬鹿にはしてないって!? 純粋に可愛くて見惚れてたんだよ」
「はあ!? ばっ、馬鹿じゃねえの!? 見惚れて、とかっ……ばか!!」
「動揺した時のリアクションもまた可愛いんだよなぁ」
「うっさいわ!? 可愛いって言うなって言ってんの!! ばかあほドブまぬけ!!!!」
「言い過ぎなんだよなぁ」
「あれ〜さっきとリアクションが雲泥の差〜?」
水瀬が馬鹿げた事を言ってくるのでそそくさと逃げようとしたら、彼は俺の肩に手を置いて「折角だし同席しようよ」とか言い出した。ふざけんなと言う前に既に水瀬は空いていた席に腰を下ろしていた。隣に座る水瀬からは体を隠すように傾ける。
それからしばらく水瀬も含めた男子3人の会話が展開されるが、やはりその会話には付け入る隙がないというか、なんかノリ的に俺が参入できる雰囲気じゃなくて時々相槌を打つだけのbotと化してしまった。
まあ座ってる分今までの仕事よりかは楽ではあるけど、でもなんかなぁ。俺がここにいる意味ってぶっちゃけなくないか? 必要も無いのに同じ場所に留まり続けるのはちょっと、退屈だしある種の苦痛なのかもしれない。
「あははっ! 本っ当に馬鹿だよねーお前! そんなんだから元カノに愛想つかされるんじゃねえの〜?」
「まーたそのネタ擦るの!? まじ性格悪いよな水瀬! 人のゴシップをしゃぶり尽くしやがって!!」
「これでつつくのが1番効くんだもん。嫌だったら一々反応するのやめろって〜の」
「言えてるわ。まあ水瀬に関しては万年彼女無しの童貞野郎だからランクは1個下がるやろって話なんだけどな」
「おーい急な裏切りやめろー斎藤〜?」
「裏切りじゃないさ。俺がいるやろって、お前の隣には、さ」
「ガチきしょいわホモネタ。こいつ僕が寝そうな時わざわざ尻叩いてくるんだよな。もうネタじゃなくてガチでそっちの人なんじゃないかって思うわー」
「うわっ、ケツ守っとこ」
「だーれがお前らのケツなんか掘るかよ。てかホモじゃねーっつの」
「「嘘つけ!」」
水瀬と男子2が声を揃えて男子1にツッコミを入れた。呼吸ぴったしだなこの人ら。水瀬に関しては他の集団といた時も完全に阿吽の呼吸でボケやらツッコミやらしてたし、純粋にコミュニケーション能力が高いんだろうな。だから、誰とでも仲良くなれると、なんかそういう所は素直に羨ましいな。
……俺とも心地良いリズムで会話出来てるのって、そういう水瀬側の会話テクニックがあってこその技術なのだろうか。きっとそうなんだろうな、引き出しが多いんだろうな。俺と話してる時の水瀬は、この人らと話してる時とか話題の方向性がまるっきり違うもん。
なんか、なんかな。うーん……自分と同じような温度感で、自分の入れない話題で盛り上がってる水瀬を見ると、なんか胸がモヤモヤする。
俺は水瀬の事が好きだ。水瀬も俺の事を好きなんじゃないかなって漠然と思ってはいるけど、でもそれが実の所一方通行で、水瀬にとっての俺は仲の良い一括りの中の1人に過ぎないんじゃないかって思ってしまった。
もしそうでなくても、水瀬が俺の入れない話題で盛り上がって楽しそうにしていると、なんだか謎に胸がチクチクしてくる。いや、チクチクって表現するほど鋭利な痛みじゃないんだけれども、なんというか……こっちにも気にかけてほしいというか。
やばい、言い方を改めると本当に気持ち悪い束縛女みたいな言い方になってしまう。やめようこの話は。考えたくない。
「じゃ、じゃあ私はこの辺で」
「ん? 行っちゃうの? 小依ちゃん」
「んー……話す事ないし、元の仕事に戻る」
「あー、ごめん! そっか共通の話題じゃなかったもんね!」
「いい。3人でゆっくり楽しんで」
「そう?」
水瀬は何故かそこで一瞬だけ心配するかのような表情を作ったが、すぐにその表情を誤魔化すように柔和な笑顔に直したあと、友達2人に対して「わり! ここで僕戦線離脱します!」と宣言した。
「どしたー? またトイレか?」
「や。別の席が空いたし、この激カワメイドを独占しようかなと思いまして」
「は?」「おぉい言ってる事ヤリチンレベル100やんけお前! やってんなぁ!?」
「お前らも他のメイドさんに話しかけて席に着いてもらえばいいじゃん? 丁度二席空くし、合コンできるじゃん」
「そういう趣旨じゃないだろこのお店」
「ちなみに下の方にうっすら『暇そうなメイドいたらガンガン話しかけてください! 暇つぶしになります!』って書いてあるよ?」
「どんな店? 過疎る想定をしてるの後ろ向きすぎん??? 独特なセンスだなおい」
「教室の隅にいる子らとか絶対暇してるじゃん! 話しかけてみなよー。僕は今まさに退屈してそうなメイドさん捕まえたから。これにてっ!」
そう言って元気よく席を立った水瀬が俺に向けて「行こ?」と笑顔で言ってきた。小っ恥ずかしくて目を逸らしたら勝手に俺の腕を掴んできて、そのまま水瀬は空いた他の席まで俺を引っ張ってきた。
教室の端の席に対面に座る。
「……なんのつもりだよ」
「なんのつもりって……ナンパ?」
「さっきの人の言葉借りるけど、ヤリチンレベル100かお前」
「そういう意図で答えてないから」
「にしてもナンパは無いだろ今の質問で。ったく、てかお前まじでさっきの発言頭からつま先まで終わってたからね? そういうキャラなん? 俺がいる所以外では」
「まさか。こんな形で誘うのは小依ちゃんぐらいだよ」
「別の席に聴こえないくらいの声量で話してんだからちゃん付けやめろよ。ゾワゾワする」
「校内だからなあ。一応ね?」
「……で? なんで私なんかと2人っきりになろうとしたわけ。絶対男子で固まった方が楽しいやろ」
「小依ちゃんの今の姿、まだちゃんと見てなかったからさ」
「はあっ!? 馬鹿じゃねえの!」
「完全に忘れてたよね。手で顔なんか隠しても、赤くなってる耳の方までは隠せてないよ?」
「あ、赤くなんかなってねぇわぼけ!」
「小依ちゃん」
俺の手首に水瀬の手が触れ、優しく握りこんでくる。その力の入り方的に俺の顔から手を引き剥がそうとしてるのは分かった、がその力はあまり強くない。こちらが抵抗するならそれには逆らわない、といった気持ちが伝わる力加減だった。
「恥ずかしい?」
「…………別に」
「じゃあ隠さなくてもいいじゃんか」
「黙れ死ね」
「約束を破ったことは謝るよ。けどさ? 僕だってこう……まだ言っちゃダメらしいから明言はしないけど、1人だけ仲間外れというか、見れないってのは嫌だからさ」
「主語抜けすぎ。意味分かんない」
「考えてる事、今ここで全部言ってもいいの?」
「…………だめ」
「じゃあ察してって言う他ないな」
「……笑わない?」
「変顔してたら笑うかな」
「……笑ったら殺すからな」
水瀬の力に抗うのをやめて、自分から少しずつ顔を隠す手を退ける。自分が今どんな表情をしているのかは想像に容易い。
自信なさげに相手を窺う様な弱々しい上目遣いで、涙すら浮かべながら唇を震わせて。顔面全部が真っ赤に彩られてるんだろうな。なんとも滑稽で、無力なガキ臭い顔をしてるに違いない。
水瀬は俺の顔を正面から見て、少しだけ言葉を失った後に小さく「やっぱちゃんと女の子なんだな」と呟いた。
「……てめぇ、人の病気に関する悪口はまじでライン超えてるからな」
「悪口じゃないよ。なんていうか……初めて、女の人の顔を見ただけで胸が高鳴ったというか」
「黙れ」
「皆言ってるだろうから薄い言葉になるかもだけどさ。本当に、可愛いなって」
「だ、かっ、ら! もう、まじで、もぉ…………本気でぶっ殺すよ?」
「舐めた事言ってるかな、僕」
「舐めてしかないだろ。人の事おちょくりやがって」
「黙らせる?」
「当たり前だろ、それ以上言ったらまじで黙らせるわ」
「ここで?」
「あ? なに」
「ほら、小依くんの黙らせるってさ、キスの事でしょ?」
「っ!!? う、あ……えと」
「ここで黙らせるの?」
「いや、それは」
「可愛い」
「!?」
「前々から小依くんは誰よりも可愛いって思ってたけど、今回それが大袈裟じゃないなって改めて思った。本当に可愛いよ」
「だまれっ、まじで!」
「黙らないっ」
「死にたいの!?」
「いやでも本当に。猫みたいな形の大きな目で、瞳を潤わせて見つめてくるの本気で胸に来るんだよな。視線を釘付けにされるよこれは」
「だまっ」
「必死に怖い顔を作ろうとしてるけど元が整ってて美形だから怖い顔になりきれなくて、牙を見せるみたいに歯を閉じて片方の唇を引き開くのも小動物の威嚇みたいで愛くるしいね」
「!? ちょっ、もうやめ」
「正直人の顔にそこまで強く頓着したことがないというか、意識することは無かったんだけどさ。小依くんだけはなんか特別だなって思ってたんだけど、今日その想いがさらに強まったというか。僕、素直に小依くんの顔大好きかもしれない」
「やめて!? もうやめよ、本当に!」
「勿論性格も好きだけど、てか好きで言えばそれこそぜん」「ねえ!!!!」
机に身を乗り出し、水瀬の口に手を当てて無理やり黙らせる。周りが何事かとこちらを見てきたのですぐにその手は水瀬から離したが、彼は懲りずにまた何か言い出そうとしたので俺は席を離れてテキトーな飲み物を持って席に戻った。
「おかえり、小依ちゃん」
「……後で覚えとけよ」
「忘れる可能性は高いかな」
「ほざくなまじで。絶対許さないから」
「あはは、怖いなあ。……おっと、本当に怖い顔してるな。流石に冗談、ではないか。小依ちゃんは本当に可愛いとおも」「後で、覚えとけよ」
「……これキスされる流れじゃないな。先に命乞いだけしてもいい?」
「しろ。した所で何も変わんねえから」
「調子に乗りすぎましたごめんなさい」
「いいよ。それはそれとしてまじで今やった事後悔させるからな」
「駄目だこれ何言っても詰んでるやつだ」
ようやくこちらの殺意を察知した水瀬が震え始めるがもう遅い。火蓋を切ったのはそっちなのだ、今更何を言われようと取り返しなど着くはずがない。
人がバラけた辺りで水瀬を連れ出して、絶対に今の事を後悔させてやる。胸の中に灯っていた小さな火が業火になる。人前で恥を、人が取り乱れるようなことをわざと連発して動揺させやがって。許さねえ。
「絶対この服着せてやる。校内で」
「校内で!? 待って、本格的に学生生活終わっちゃうなそれは!?」
「それだけじゃねえからな」
「それだけで十分オーバーキルなのに!?」
「序章に過ぎねえから。先に引き金引いたのはお前だからな」
「引いてない引いてない、全体的にジャムってたって!」
「ほざけ」
「ごめんってば! やばあゴミを見るような目で見てくる。こわぁ……」
絶対に、絶対に俺が今受けた屈辱なんか霞むくらいの復讐をしてやることを目力で訴える。最近舐められっぱなしだったからな、再教育していかないと。この馬鹿男にはまず、すぐ調子に乗る傲慢さを捨てさせる必要があるからな。
と、恐怖に震え上がる水瀬を見て幾らか精神が回復した俺だったが、脅している最中に水瀬が当然のように口にした飲み物が俺が用意し俺が口付けたものだという事に気付いてから、脅しをヒートアップさせる事が出来なくなってしまった。
相手は無自覚、なんだよなぁ。はぁ、こんなので動揺してドキドキしてしまうの、本当に子供みたいだから辞めたい。なんでこんなにちょろいんやろな、自分の事ながら不思議でならないわ……。




