表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
51/61

51話「準備期間」

 文化祭の季節がやってまいりました。やったー。学校のどこもかしこも後に控えた年一のお祭りに期待を膨らませ、これまでの鬱屈とした学校生活とは打って変わった浮ついた雰囲気に包まれております。気温は徐々に下がりつつあるのにまるで反比例だ。



「はぁ〜……」

「一段と大きなため息が出たね。小依」

「そりゃ出るよ……」



 教室中が出し物である『メイドカフェ』なるものの衣装を合わせたりメニューを考えている中、教室の隅で体育座りをしていたらメイド服姿の桃果が近付いて話しかけてきた。


 なーにがメイドカフェだよ。いつの時代だよ、高校の文化祭でメイドカフェって。昔のアニメかよって話である。お化け屋敷とか人間モグラ叩きとか他にも案は出ていたのにほぼ即決でメイドカフェになった事、決定からしばらく経った今ですら納得できん。



「なんでそんなに鬱々しい感じ出してるのさ? 可愛くない? メイド服」

「んー」

「安物コスプレじゃなくてちゃーんと仕立てたんだよ! すごかろ!!」

「すごいと思う。素直に」

「じゃあなんでそんな隅っこにいるのさ」

「隅っこにも行きたくなるだろ。なんでメイドカフェになるって決定した時、ノータイムで私がメイド組に選出されたんだよ。おかしいだろどう考えても」

「おかしいかな?」

「おかしいよ。裏方希望だったんですけど」

「勿体ないじゃん?」

「なにが。皆可愛いじゃん、私は裏方でもいいだろ別に」

「小依って、自分の容姿に自信あるのかないのか分からないよね」

「馬鹿みたいに可愛い可愛い言われたらそりゃ、じゃあ私って可愛いんや〜ってなるでしょ。自信の有る無しに関わらずさ」

「毎日のようにポンポン可愛いって言われてるのに自信がつかなかったらいよいよメンヘラ限界突破してるよね。それもまた解釈一致!」

「別にど〜でもいいし。ただそれは置いといてだ。私の自由意志を無視して強制的にメイドさせるというのは如何なのだろうか」

「いいじゃん! ほら、可愛い服着たくない?」

「……着たくない事もない。けど見世物になるのは違う」

「言い方悪いなぁ」



 実際のコンカフェとかメイドカフェは知らんけど、学生が店員やって学生+αが客としてやってくる文化祭のメイドカフェなんかはほぼほぼ見世物になってるって認識でもいいでしょ。可愛いとされてる人間を半強制的にメイド役に仕立ててる時点でそのレッテルは免れないでしょうよ。


 俺自身、自分の今の肉体を客観視したらメイド服も似合うんじゃないかと思わなくもないし着たい気持ちはあるけれども、人に見られるのはな……なんか恥ずかしいし。



「で、私の方に来たってことは何。私の分の服も用意できたって言いに来たみたいな?」

「ビンゴ! その通り!!」

「……着るの? ここで?」

「もちろん! 皆に出来を見てもらわないとね〜」

「ぐぬぬぬぬ」

「もう決まった事なんだから駄々こねないの〜。おいでおいで!」

「その前にじゃあハグしてくれ」

「おっけ! ぎゅ〜!」

「いい匂い……柔らかい……」

「ちょくちょくキモいんだよな。小依って」

「急なディスやめてね」



 桃果の甘い香りを堪能しつつ、その肉体の柔らかさを阻害することの無いメイド服の柔らかさにうっとりしていたら普通に心を傷つけられた。でもなんだかんだで桃果は気兼ねなく抱き着かせてくれるからまだいいか。




「おー! やっぱ似合うやん冬浦さん!」

「あはは、どうも」

「やっば! 冬浦さんめっちゃ可愛い〜!! 写真撮ってもいい!?」

「えっ。いや〜……」

「一緒に撮ろうよ!」

「あー……SNSに載せないなら」

「てかメイド皆で写真撮ろ〜!!!」

「めっちゃいい! 撮ろ撮ろ〜!」

「小依の真横はあたしの場所だかんね!」

「じゃあウチはその後ろ〜!! 結乃もどうせ隣行くっしょ?」

「いや、後ろは私が行きたい。こよりん抱きしめたい!」

「おーけー!」



 テンションぶち上がりすぎでしょ。本番始まってもないのに熱量たっかいわ、メイド達がわちゃわちゃ集まってきた。女子が波のようにやってきた、たまらん。



「すげ〜。メイド集団やん」

「いいだろ〜!」



 メイド全員が揃ったので記念で集合写真を何枚か撮っていたら、他所の場所で飾り付け等の手伝いに駆り出されていた男子達もウキウキした様子でこちらにやってきた。


 男子と女子の交流が始まる。普段はどことなくいがみ合っているかのような雰囲気のある両派閥が、今回は同じ話題に同じ感想を抱き会話を盛り上げていた。平和じゃな〜。



「冬浦やばくね?」



 男子の内1人が俺の事を話題に出してきた。少し離れた位置にいるし聴こえないとでも思ったのだろう。喧嘩腰な言い方だったのでちょっとムカついて、そちらの方に歩み寄り詰めるつもりで声をかける。



「やばいってなに」

「聴こえたんかよ」

「聴こえるだろ。なに、似合ってないって?」

「逆じゃ、逆!」

「あ?」

「いや……可愛いっつーかなんつーか、そういう意味でやばいだろって」

「……はぁ?」

「に、睨むなや。嘘ついてないって、なぁ?」

「そうそう。まじでそういう感じで言っただけだからさ!」



 背の高い男子、確か西野(にしの)とか言ったっけな。西野が隣にいた少し背の低い男子に同意を求めつつ釈明した。じゃあ冬浦やばいって言い方はないだろ。普通に喧嘩売られてるのかと思ったわ。



「おっ、冬浦ちゃんもメイド服や〜! 目立つな〜、美少女地雷!!」

「なに美少女地雷って。人の形した地雷じゃんそれは」

「冬浦ちゃんはそれやろ」

「爆発しねぇから。てかそっちもやっぱ似合ってんね、執事服」



 少し遅れて田中くん含めた執事服勢も合流してきた。男子の輪の中に居たというのに顔面の強さ故か凄まじい存在感を放つ田中くん。あまり近くに来ないでほしいわ、変に誤解されたら一番ダルいタイプだし。



「田中!」



 田中くんと会話を交わしていたら結乃が田中くんを呼びつけこちらまで小走りでやってきた。褒めてもらい待ちなのが目に見えて分かる、乙女だな。



「お? 結乃のメイド服は新調したんだ。前よりゆったりしてるね」

「そう、前のはキツくて」

「胸辺りがな〜」

「そうそう胸辺りが……変態!!」



 残念、褒められるよりも先に逃げて行ってしまった。他の人にはセクハラされても笑いながらキモがるだけなのに、田中くんを前にしたらそんな余裕もないか。とことん乙女だな、結乃って。


 さて。記念撮影もしたし、サイズの問題もないと確認出来たしこれ以上メイド服を着続ける意味もないだろう。



「じゃあもう脱いでいい? この服」

「脱ぐの!? やだー!」

「なんかソワソワするし、恥ずいし。桃果、これもう持ち帰ってもいいの? 普通に洗濯で大丈夫?」

「大丈夫だけど、折角なら帰るまで着ようよ〜!」

「嫌だよ! 安物コスプレじゃないって言うけど、どの道コスプレだし……」

「やだ〜ロリータメイド小依もっと見てたい〜!! あわよくば抱き締めたい!!」

「抱き締めるのはいつやってくれても大丈夫なんで。ほら、来いよ」

「まださっきの余韻が残ってるから勿体ない! 余韻が無くなったあたりで抱き締めたい!!」

「知らねぇ〜。じゃあ今日泊まってく?」

「泊まってく! でも学校にいる間も定期的に抱き締めたい! ロリータメイド状態で!」

「一回は流したけどロリータメイドやめて? 他のと見た目変わんないのになんで私だけロリータメイド呼びなんだよ」

「ロリじゃん。小依は」

「同い年だって。もう何人に言ったかもわからんけど同い年なんだって」



 桃果は更衣室まで着いてきて俺がメイド服を脱ごうとするのを阻害してくる。いよいよエプロンのリボンを解こうと手を掛けたらガシッと俺の腕ごと胴回りに手を回し抱いてそれを阻止してきた。必死か。



「こーらこらこら、余韻云々どこいった!」

「脱がないでー!」

「なんで!? 制服に着替えたい!」

「駄目!」

「なんでよ!? いいだろ別に、作業するのにメイド服である意味が無い!」

「予想以上にあたしの癖に刺さったからもっと見てたいのー!」

「まじで知った事ではなさすぎる」

「冷たい事言わないでよー!」



 振りほどこうとしても懸命に抱き着いてくるから全然振り解けない。更衣室にいるのが俺達二人だけでよかった、こんなところ見られたら百合なのかと思われちゃうよ。



「もーかー! 強く締めすぎ! 痛いよ!」

「脱がない?」

「脱ぐ。はい力強まった! 確固たる意思! じゃあ分かった、家来たらまたメイド服着るから!!」

「学校で作業してるロリータメイド小依が見たいの!」

「嫌だ! 他のギャラリーがいるのまじきつい!」

「本番の時は今の比じゃないくらい見られるじゃんか! 慣れとかないと!」

「じゃあ次からは頑張るわ!」

「信用出来ない言葉トップを争うやんそれは!」



 食い下がるな〜! どんだけ粘るんだこの人、もう俺の事好きなんじゃないの? 全然受け入れますけど、女体大好きなんで。



「小依!」

「わあ恋人繋ぎ。びっくりしちゃった」

「水瀬くんにも見せようよ! メイド小依!」

「はぁ!? や、やだ!」

「なんで!」

「なんでもくそもあらへんがな嫌に決まってるでしょーよ!! なんでそんなっ、恥ずかしいやろ!!!」

「顔あっか。言葉とは裏腹に態度が素直すぎるね」

「どういう意味!? 言ってる事まんま真実なんですけど! こんな恥ずかしい姿見られたくない!!」

「ま〜そっか。折角なら本番の日に見せたいか」

「そういうことでは無い! 見られたくないの!」

「え〜? じゃあ当日教室に来たらどうするのさ?」

「隠れるに決まってんじゃん!」

「流石にそれは水瀬くんが可哀想だよ……」

「なんでだよ!?」

「小依がめいっぱい可愛い姿してるのを水瀬くんだけが見られないとか残酷すぎるでしょ」

「あ、あいつはそんなの気にしないし、私のメイド服姿とか、興味無いし……」

「馬鹿じゃん?」

「馬鹿じゃん!?」



 突然攻撃されたので驚いてしまった。なんでそんなストレートに口で攻撃してきたんだ今、馬鹿呼ばわりて。



「小依ってさ、結構馬鹿だったりするの?」

「ねえ。なんでそんな酷いこと言うの? いじめ始まってる感じ?」

「なんだかなぁ。水瀬くんは結構頑張ってるのに、小依ときたら……」

「なんで心底呆れた顔する? ため息吐きたいのはこっちなんですけど」



 桃果は俺から腕を離すと「やれやれ」と言いながら再びため息を吐いた。どうでもいいけどかなり強引に抱き締められたせいで更衣室のロッカーにガンガン頭ぶつけて痛いんですけど。怒っていい立場だと思うんですけど、俺。



「はあ。ま、じゃあとりあえず今日は1日中メイド服ね」

「……ん? あれあれ、何の話だろ。そんな話したっけな、私ら」

「したじゃん今。言ったじゃんか小依。しゃーないな、じゃあ今日だけ特別にずっとメイド服着てあげるって」

「言ってないな。私の記憶が正しければ一言も発してないぞそんな事」

「正しくないね。その記憶は」

「過去改編されてるやん。ほんで、なんで今胸触った?」

「多少胸の形盛れるように作ったのに小さいままだな〜って」

「ぶっ叩くよ???」

「睨まないでよ〜。てかさ、実際胸なんて大きくても良い事ないよ? 肩こるし汗かくし、時々階段踏み外しそうになるしさ」

「そんなのどうでもいいし!」

「あら。へそ曲げちゃった」



 へそなんか曲げてないわ。胸が大きい人の困り事とか知ったこっちゃないし興味無いだけだし。なんで俺がそんな事気にしてるみたいになるんだよ。気にするわけないだろ、馬鹿馬鹿しい。



「……もう着替えるから」

「え〜」



 嫌がる桃果を無視してさっさと制服に着替えると、桃果もしょぼくれた顔で何故か俺に合わせて制服に着替えた。どうやら一緒に写真撮りたかったらしい、先に言っておきなさいよ。

 まっ、写真なんて後でいくらでも撮れるし。更衣室に来るまでの廊下で既に物珍しさに視線集めてたからな、着直す選択肢は無しということで。


 こちらの背中に胸を押し付けるようにして体重を乗せてくる桃果を引きずりながら、俺は教室へと戻った。



 *



「西野〜。マッキー書けんくなったからどこかから貰ってきてくれない?」

「分かった」



 メニュー表に絵を描いていた間山が俺に頼み込んできた。教室には俺と間山、冬浦とその他の女子二人しかおらず、唯一の男子という事で俺は専らお使い要員となっている。



「あー……あとなんか、飲み物とか買ってくるか?」

「いいのー?」

「おう。ついでに行った方が効率的だろ」

「ありがとー! じゃああたしはモンスターね!」

「コンビニ行けってか。……冬浦は?」

「? 私?」



 急に名前を呼ばれて冬浦がキョトンとした顔で俺をみあげる。その間に他の女子も俺に注文を済まし、少し悩んだ末に冬浦は「じゃあ、お茶で」と言った。



「じゃあお金渡すね」

「いいよ、奢るわ」

「え、いいの!? やったー!」



 元気に喜ぶ間山の後ろで、今のやり取りがあったにも関わらず財布から小銭を出そうとする冬浦。このままだと無理やり小銭を持たせてきそうだったので、俺は相手の出方を待たずに教室を出た。



「はぁ……」



 ため息が漏れる。今日も、冬浦とあまり会話出来なかった。


 一年の初めの頃、可愛い女子が居るってクラス中の人間に囲まれていた冬浦に、俺みたいな日陰者が接触出来るわけがなく。何となく遠い存在として意識しないように過ごしていた。


 住む世界が違うと勝手に敬遠していた過程があったからこそ、何度か冬浦と会話する機会があっただけで軽率に冬浦の事を好きになった。


 ただ、ギャルグループに属していてクラスの連中から明確な一線を引いてコミュニケーションを取る冬浦に、何人も何人も告っては振っている冬浦に対し告白しに行けるわけがなかった。だから、今より少しでも冬浦との関係を好くしようと考えているのに、その第一歩が中々踏み出せなかった。



「見て見て! 広瀬先生の似顔絵!」

「ぷっ、ぎゃはははっ!! 髪型誇張しすぎ!! ブロッコリーじゃん!」



 教室から出る直前、間山と冬浦の歓談の声が聴こえてきた。普段は声を荒らげて笑う事なんてないのに、特に仲のいい間山や塩谷といる時の冬浦は声を上げて、お世辞にも綺麗とは言えない愉快な声で笑う。その笑いを引き出せるのは俺が知ってる中ではあの二人と、別クラスの男子一人だけである。



「……お」



 その、冬浦のぎゃは笑いを引き出せると俺の中で噂になっていた男子とすれ違った。A組の水瀬だ。


 水瀬は書類の束が入ったでかいダンボール箱を3つも重ねて歩いている。結構筋肉ある体型だけど、前方があまり見えないだろうしバランス悪いだろうしで足取りが怪しく見える。


 ……手を貸す義理はないか。俺だって飲み物5本持ってるから手が空いてるとも言えないし。


 そんな事よりさっさと教室に戻ろう。水瀬は教室とは別の方向に歩いていく。まあ俺以外に誰かとすれ違えば流石に助けてくれる奴いるだろうし、悪いとは思わないでくれ。


 ……。覚束無いなぁ。足取り。



「おい」

「? あー、ごめん。ちょっと今後ろ振り向けなくて」

「それ一回下ろせばいいだろ」

「前に人いない? 通行の邪魔になるかも」

「いないから。いいから下ろせって」



 俺の返答を聞くと水瀬は持っていたダンボールの山を下ろしこちらを向く。俺の事をすぐには思い出せなかったようで、顔をじっと見た後しばらく黙りこくり数秒した所で「あー!」と声を上げた。



「西野だっけ? アツヤの友達の!」

「おう。それ、どこまで運ぶん」

「下の、なんて言えばいいんやろ。階段裏の開かずの間あるじゃん? 今そこ空いてて」

「あー了解了解」



 一番重いであろう土台のダンボールを残し、上の二つを持ち上げる。……おっも。ただの紙束しか入ってないのにこんなに重いのかよ。だる。



「手伝ってくれんの? 神ー!」

「うっせ」



 素っ気なく言葉を返し先を歩くと、先程の足取りの悪さが嘘だったかのように軽やかにダンボールを持った水瀬が隣に並んできた。一つだと余裕なのかよ。



「お前、なんで三つ同時に持ってんだよ。かえって非効率やろ、馬鹿なん?」

「他にも結構タスクが重なっててね〜。運んでた先生が腰やっちゃったから、早く切り上げるためにね」

「なにお前、実行委員でもしてるん? こんな雑用やらされてさ」

「そうなんよー。生徒会入る為の媚び売り雑用ジョブ中なんですよ」

「へぇー」



 生徒会入ろうとしてんだ、殊勝なヤツ。冬浦と喋ってる時のこいつはそういうのしなさそうなくらいアホそうなキャラしてんのにな。



「西野は何中? そんな飲み物沢山持ち歩いて」

「クラスの連中のパシリ中」

「まじ? いじめられてんの?」

「ちっげーわ。俺以外女しかおらんかったのと、やる事ないからってんで飲み物買いに行ってたの」

「ハーレムじゃん。いいね〜」

「はっ。じきに男連中も買い出しから戻ってくるし、全然ハーレム出来んかったわ」

「そりゃ残念。ま〜女子に囲まれてのアウェー状態だとなんか居づらいしな。むしろ教室に居ない方が気が楽か」

「そうな〜」



 上辺の会話で程々に笑いつつ、下の階までダンボールを運搬し終える。ここで終えても良かったが、折角着いてきたんだし他にやる事ないので後二回ほど手伝ってやる事にした。


 別棟に移動し図書準備室まで足を運び、またダンボールを二つ、水瀬も二つ持って運搬を始める。


 はあ、なんだかなぁ。こいつと仲良く会話する気なんかサラサラないけど、結局手を貸しちまった。しんどそうな歩き方されるのホント良くないわ、こいつ。


 テキトーにゲームの話をし、アニメの話をし、話題が尽きてしばらくしたらまたゲームの話をし。会話が途切れる度、なんでこいつが……なんて考えが浮かんでくる。


 冬浦もゲームとかするのだろうか。あいつの事ほとんど何も知らないけど、水瀬と仲良くやってるんだからやっぱこいつと似たような趣味趣向を持ってるんだろうな。



「……お前さ」

「あいよ、どした」

「冬浦の事好きやろ」



 水瀬は破顔した。なんか、別に趣味の話をする分にはどうとも思わないし素直に楽しくはあるけど、興味が惹かれる話かと言われればそうでは無いし。俺は自分の興味に付き従い、真っ直ぐな質問を水瀬に投げかけた。



「突然すぎるやろ」

「答えにくいか?」

「いや……まぁ、好きではあるか」

「だよな」

「なに、僕のそういうの結構バレバレな感じ?」

「分かりやすいと思うぞ。お前、冬浦に話す時だけ気安いし」

「まじ? 一線引いてバレないように接してたつもりなんだけどなー」

「どこがだよ。呼び方からもうバレバレだろ。他の女子は名字にさん付けなのに、一人だけ名前にちゃん付けやし」

「それはこじつけやろ。結構付き合い長いからそういう呼び方してるだけやし」

「それ以外も諸々滲んでんだよ」

「まじかー。てか、そんな質問してくるとかそっちはどうなん? って言いたくもなるんだけど」

「どうなんとは」

「西野も小依ちゃんの事好きなんかな〜って。だから探り入れてきたんかなと」

「……まあ。好きじゃなかったら別に聞かんわな。二人っきりで、特に仲良くもないのにそんな話」

「仲良くはあるだろ。何回かカラオケ行ったやんけ」

「二回しか言っとらんわ。てか最初名前思い出せてなかったやんお前」

「あははっ、確かに」



 水瀬は笑いながら俺の言う事に肯定した。前方から別のクラスの集団が歩いてきたのでそれを黙って避けつつ、人が居なくなったのを確認した上でまた話し始める。



「で? 告るん?」

「小依ちゃんに?」

「しかないだろ」

「んー。そっちは?」

「俺は……まだ告らねぇ」

「いつかは告るんだ」

「そりゃ、好きやし」

「でも今は告らないと。なんでや?」

「お前こそなんでだよ。仲良いだろ」

「仲はそりゃ良いけど、ぜんっぜん男として意識されてないし。今告っても玉砕するに決まってるからまだ地盤固めの時期ですわ」

「って、水瀬が言ってたって冬浦に伝えていいか? 直で」

「いいわけないやろ! んな事したら僕も小依ちゃんにチクるからな西野の事!」

「ははは、停戦協定」

「はい冷戦突入」



 軽口を叩き合いながらまた下まで着き、ダンボールを置いて図書準備室まで戻る。残りの数的に、今三つずつ運べばこの一回で運搬作業は終わりそうだ。重いダンボール二つを水瀬に持たせ、こっちは少し軽めのやつを三つ持つ。……いや全然軽くないわ、指ちぎれそうなくらい重かった。選択ミスったか。



「しっかしそうか〜、西野もライバルか。敵が多いなぁ」

「冬浦の話か?」

「勿論。なーんか、定期的に男に告られるって話聞くしさ。やっぱ皆気になるよな〜って」

「嫌味かよ」

「なんでだよ」

「そういう話をあいつから聞かされるとか明らかに関係値深すぎるだろ。俺なんかあいつと直で会話する機会そうそうねぇし」

「なんであまり話さない相手の事なんか好きになるんだよ」

「色々あったんだよ」

「含みある言い方するやん」

「話さねぇぞ。好きになった理由とか」

「さして興味無いってぇーの」



 軽い口ぶりだがしっかりとした牽制を互いに小出しつつ歩く。



「てかさ、毎回その飲み物下まで運んでってるけど先に置きに行ったら? 重いやろ」

「ルートが全然違うやろが」

「じゃあ今回は遠回りしてそっちのクラス前を通るルートにしようか」

「いいよ、一人で運ぶわ。お前は先に下に置きに行けよ、もう話す事もないし」

「なんか当たり強くね?」

「逆に仲良しこよしムーブカマしたらキモすぎだろ。好きな相手被ってんのに」

「そういう事? そんなんで不仲とかみみっちい〜」

「うわっ。そういうの抜きにしてもシンプルに嫌いかもしれんわ、お前」

「アツヤの友達やってんだから僕とも仲良くしろよ〜」

「近い近い、肩ぶつけてくんなや暑苦しい」



 渡り廊下との分かれ道に着くと水瀬は「じゃーなー」と言って離れていった。悪い奴ではないんだが、合わないなぁ。さっきは冗談のつもりで言ったが、割とマジでノリが合わないから冬浦の件が無かったとして仲良くはなれない人種だな。アレ。



「悪い、ちょっと道草食ってたわ」

「ありがとー!」



 教室前の壁にダンボールを下ろし、先に中に入って飲み物を女子達に渡す。



「あれ? 間山はどこ行った?」

「間山さんはー、どこだっけ?」

「桃果なら田中くんと結乃と一緒にどっか行ったよ。ストーリーが進む気配がどうたら言ってたわ」

「なんじゃそりゃ。じゃあアイツの分は机にでも置いとくか」



 飲み物を全部渡し終え、そのまま教室を出ようとした。残った女子達は特にやることも無いのか、固まって動画撮りながらダンスを踊っていた。平和そのものって感じだ、一方その頃俺は力仕事。これが格差社会か。



「よいしょ」



 床に放置した三段重ねダンボールを持ち上げようと腰に力を入れると、凄まじい負荷が膝にかかった。そしてまたもや指がちぎれそうになる、てかさっきより痛みが鋭い。癖になって麻痺していた感覚が過敏になっているみたいだ。



「いてー……」

「西野くん、それ運ぶん?」

「え? おう、そうだけど……」

「手伝おっか?」

「……まじ?」



 流石に指で支えながら運ぶのは無理だったので、なんとか前腕に底を乗せるように奮闘していたら教室の中で暇していた冬浦が手伝うと言ってきた。


 彼女は俺が手伝ってくれってお願いをする前に勝手にダンボールを一つ取り、それを抱えて俺の横に並んだ。



「どこに持ってくの?」

「あー……1番下の階の、階段裏の所まで」

「おっけー」



 冬浦が歩き出したので合わせて俺も足を動かす。


 えっ? 女子達に混じって踊ってたやん今まで。途中じゃないの? 普通にこっち来るやん。


 変なタイミングで二人きりになるタイミングが来て困惑を抑えられない。普段はあれだけ二人きりで何かを話したいと思ったのに、いざ二人きりになると何を話せばいいのか分からなくて無言になってしまう。


 冬浦も特に俺に話題を振ってくる事がなく、互いに何も発さないまま階段に差し掛かった。



「西野くん」

「お、おう」

「足下見える?」

「足下? 見えないな」

「だよね。ちょっと横失礼するね」

「横?」



 そう言って俺のすぐ横に冬浦がやってくると、彼女は小さなダンボールを片手で持ってもう片方の手で俺の制服の二の腕辺りの布を指でつまんだ。



「転けたら危ないから私を支えにしていいよ」

「支えに?」

「うん。ガッツリ体重掛けてきたら怒るけど、ちょっとなら寄りかかってきてもいいよって事」

「あー……なるほど」

「余計なお世話だった?」

「いや! 助かる」



 若干体を引き離しているような姿勢ではあるものの、親切心で冬浦は自身の体を支えにしてくれたらしい。本音を言えば、冬浦が手伝ってくれた時点でダンボールの個数が先程と同じになったからそれだけで十分なのだが、こんな近くに冬浦が来る事なんてなかったから俺は彼女の気遣いに甘える事にした。


 結果、体重を掛けすぎないように変に背中を曲げた姿勢で階段を降りる事となり、余計に体が凝りまくった。ダンボールを運び終えた時の疲労感はそれまでとは二倍近く溜まっていた。冬浦も運び終わると水瀬の背中を見つけてさっさとそちらに話に行くし。


 なんかもう、プラスマイナスで言えば無の境地に達しそうな気分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ