50話「ナンパ」
「あれー? フルーリー入ってなーい?」
桃果が、トレーが届いてしばらく経ってからそんな事を言い出した。ポテトでポッキーゲームの真似事をしていたから発見にラグが生じたらしい。
「下に文句言いに行ったら?」
「文句は言わないけどこれ注文は通ってるんだよね? 余分にお金取られたりしないかなー」
「レシート持ってけば?」
「そっか、たしかに。行ってくる!」
「あ、ついでにやっぱ喉乾いからコーラ欲しい〜」
「お金!」
「先週自販機奢った」
「そうだっけ……」
「午後ティー奢った」
「記憶残ってたかぁ〜。じゃあクーポン使っていい?」
「それは好きにしたらいいけど」
「アイスコーヒーになるけどいい?」
「コーラじゃないんかい」
「コーラの場合はポテトとベーコンレタスバーガーというオマケが着いてきます」
「まじでいらんすぎる……じゃあそれでいいよ、アイスコーヒーね」
「了解! 行ってまいります」
「健闘を祈る」
互いに敬礼して階段を降っていく桃果を見届ける。小鳥のようにピーチクパーチク色んな話を振ってくるMC役が居なくなったので静かにポテトを食べる。
今まで自分らが煩い側だったから聴こえていなかったけど、やっぱマクドナルドの店内って人の話し声が多くて落ち着いて飯食べれないよな。一人客は皆耳にイヤホンを挿すかヘッドホンをしているし。
どうせ桃果の事だから折角下まで来たんだし他にもなにか注文しようってなって戻るまでに時間が掛かりそうだ。他校の制服を着た男子集団の喧騒から意識を背ける為、俺は窓から見える外の景色に目を向ける。
学校終わりすぐに来たからうちの高校の制服を着た人が数人歩いている。知り合いとか居ないかな〜。
「こんにちは!」
数分外の眺めを見ていたら近くから声がした。相手は男の声だったから俺に向けて発した言葉では無いだろう。無視して次のポテトを取ろうとしたら指が虚空を掠めた。ポテトは全部食べきっていたらしい。やっぱり戻るの遅いな、桃果のやつ。
「こ、こんにちは〜」
また男の声がした。近いな、他の席とは隣接してないはずなんだけど。
少し気になったので声のした方を向くと、先程馬鹿騒ぎしていた男子連中と同じ制服を着た男が居た。その男は間違いなく俺を見ている。
後ろでこちらをニヤニヤしながら見ている男連中が見える。……罰ゲームかなにかで俺に声掛けてこいって言われた感じか。めんどくさ。
「……なんすか」
「あ、えっと、お姉さん一人なのかな〜って」
「友達と来ました」
「あ、そ、そうなんすね。ははっ」
なんやねん、ははって。こわ。
「で? なんすか」
「えーーっとですね! えーー……っと。……お姉さんの事可愛いな〜って思いまして!」
「はあ。そっすか」
「そっす! それで、えーっと、この後もしよければ」
「友達と遊ぶんで」
「そっすよね!? すいませんなんか知らない奴がこんなでしゃばっちゃって!!」
「いいですけど……罰ゲームですか?」
「罰ゲーム、とかじゃなくて」
「じゃないんだ。だったらなんで声掛けてきたんですか」
「いや、だから、可愛いな〜って……」
「へー」
「いや、まじで……」
「だから?」
「だから!? あー、いや、その、お近付きになりたいな〜、的な?」
「無理でしょ普通に」
「ですよね! すいません本当に!」
「お、ま、た、せ〜って誰?」
「あ、桃果。なんかナンパされてるー」
「ナンパでは無いっす!!」
「違うんだ」
「違うの? なになに、小依の自意識過剰?」
「おいなんか私が恥ずかしい感じになってるじゃんか。素直にナンパって言ってよ」
「え!? じゃあナンパっす!!」
「言わせてんじゃん」
「ちげーから。ちげーよね?」
「いやぁ、まあ言わされてると言えば言わされてる……」
「ほら」
「叩くよ?」
「え!? だって! ガチでナンパとかそういうつもりじゃなくて単に連絡先とか交換出来たらなみたいな」
「ナンパじゃん」
「まあまあ。その制服、北高の人っしょ?」
「あ、はい。自分は北高っすね」
桃果は北高生男子の横を通って椅子に座ると、彼に隣に座るように椅子を叩いて指示した。困惑しながらも男子はその席に腰を落ち着ける。
「なんで座らせてんの?」
「勇気出してナンパしたのにさ、あっさり失敗してはい残念〜って可哀想じゃない? やけにオドオドしてて初めてっぽいし」
「初めてなの?」
「初めてっす、ね」
「でしょ〜? てかクラスの女子ともあんまり話してなさそうじゃない?」
「いや話しますよクラスの女子くらい! LINEも持ってるし!」
「そりゃ持ってるやろ」
「そういうズレた感じのアピールする所とか特に女の子に慣れてなさそう〜」
「ズレてたっすか!?」
「言う必要なくない? わざわざ」
「な。どうせすぐに女と居るより男といる方が楽しいから女要らん云々言い出すぞ。聞いてもないのに」
「っ、い、言わないっすよ!」
「そりゃよかった。それ言われたら余計困惑するもん。同性の友達と話してた方が話題合うし気安いのは当たり前だろってね」
「言えてる〜。話を盛り上げれない理由に性別持ち出すのよくやるよね男子〜」
「自分がモテない事を女がギャグセン無い、みたいに責任転嫁したりするよな」
「するする〜。そのセンスの違いみたいのを擦り合わせて笑わせてくる人がいたらそりゃモテて当然でしょって話なのにね〜」
「浅いよな〜色々」
「浅いよね〜。話してる中いきなり入ってきて、相槌打ってればいいのに茶々入れてきたりね?」
「白けるよな〜」
「うざいよね〜」
「やばい。優しくないギャルめっちゃ怖い」
意図せずコンボ攻撃になっていたらしく、男子は俺らに対し怯えるような表情を見せた。友達連れの女に話し掛けたらこうなるのは分かっていた事だろうに。運が悪かった、というよりタイミングが悪かったな。
「あっちにいる北高の人達は君の知り合い?」
「えっ? そうすね、いまさっき合流して」
「ほら、聞いてない事言う〜」
「すいませんっ!?」
「いや今のは別にいいでしょ。流石に酷いぞ桃果」
「あははっ、ごめんごめん。で、あの人達が小依にナンパして来いって言われたんでしょ〜? あ、小依ってこの子ね!」
さっきも名前出されてたけど、改めて勝手に他者紹介しないでもらいたい。知らない人なんですけど。
「ナンパして来いって言われた訳では……」
「本当に? 君が自分一人で勇気出して声掛けたの? うっそだ〜」
ナチュラルに酷い事重ねがけるな、桃果のやつ。悪意が無いのが尚扱いに困るわ。もうフォローしないぞ、面倒臭いし。
「じゃあ独断で、自分行ってくるわ! 的なノリで声掛けてきたの?」
「あ、一応がんばれ〜って背中は押してもらったっす。どうせ面白いもの見たさだと思いますけど」
「ひど〜。しっかし小依にナンパか、見る目あるね!」
「ねぇよ」
「あるでしょ! 超超美少女だし! メンヘラ地雷女なのがアレなだけで!」
「褒めたいの? 貶したいの?」
俺にまで悪意のない雑言飛ばしてきた。もしこいつが可愛くなくて体触ったら怒ってきたり一緒に風呂入ってくれなかったりしたら絶対友達になってないわ。節々でムカつかせてくるもん。
「メンヘラでも地雷女でもないから。ねぇ?」
「えっ。俺に聞いてます?」
「他に誰がいるん」
「あっ。まあ、はい。可愛いと思うす!」
「そこは聞いてないから。てか可愛くないし」
「可愛いっすよ!? まじうちのクラスの女子の誰かと交換してほしいくらいですもん!」
「言ってる事終わってない?」
「それくらい可愛いって事です!! 良い意味で!」
「ありがとー。発言終わってる事に変わりはないけどね」
「まあ、見た目は勿論の事さ? 口は悪いけど愛想は良い方では無いし、女なのに女体めっちゃ好きで時々変態みたいになるけど割とすぐ怒ったり泣いたり不機嫌になったり……あれ? 本当に見る目あるかなこれ」
「純粋にディスってんだよな〜」
「でもあたしは小依の事大好きだよ! 隙あればいつでも抱きつきたい!」
「全然抱きついてくれてもいいけど」
「やったー!」
桃果が机の上で手をいっぱいいっぱいに伸ばしてきたので少し顔を出したら両手で頬をぶにゅっとされた。そのまま桃果は俺の頬を揉みしだいて「小依のほっぺむにむにで可愛い〜!」と悶え始めた。
隣の男子に見られているのにお構い無しか。あと抱きつきたいって言ってただろ、なんで頬を揉みしだく方向にシフトしてるんだよ。
「は〜堪能堪能。あのね、この子のほっぺはお餅みたいでめっちゃ揉み心地いいんだよ?」
「言わんでいいそんな事」
「いや、あたしは伝えたいね。より多くの人に小依のもちもちほっぺの魅力が広まればいいと思っている。これは義務だね」
「そんなもん伝えて何になるんだ一体」
「皆が羨むこよほっぺをあたしだけが堪能する。ん〜、優越感!!」
「羨まないでしょそんなの」
「えー? 羨ましいよね〜?」
桃果はにっこり笑顔のまま隣の男子に訊ねた。男子は控えめにこちらの方をチラチラと確認しつつボソッと言う。
「羨ましいす」
「きも」
「でしょ? ほっぺぷるぷるのつやつやなんだよ? 赤ちゃん肌よ!」
「赤ちゃん肌では無い」
「確かにやわっこそうではある」
「きも」
「泣きそうです」
「いじめないの! ごめんね〜、小依口悪いからさ」
「私より! 絶っっ対桃果の方が口悪いから!!」
「えー? なんでよ?」
「無自覚ならいいよ……あ、座らせといて放置は悪いな。サラダいる?」
「え、いや……」
「いらない?」
「……欲しいっす」
「はい」
男子の目の前に未開封のサラダとフォークを置く。男子はもそもそとそれを食べ始めた。
「マックに来てサラダ頼むって意味わかんないよね〜。そう思わない?」
「え」
「うるさいな。バーガー1つじゃ物足りないしセット頼んだら枠余るからしょうがないじゃん。ポテト2つ行ったらゲボ吐きそうだし、ナゲット付けんのもキツいし」
「いつも言ってるけど、なら倍バーガーにすればいいじゃんね。お金浮くし」
「口の周り汚れるの嫌なの。あとシンプル味飽きるし」
「意味わからーん。あ、そろそろ結乃も着くってよ。てかもう来てるや、おーい」
桃果が俺の斜め後ろに向けて声を掛けると遅れて結乃が合流してきた。結乃は空いていた俺の隣に座りカバンを足元に置くと目の前に座る男子に目を向けた。
「おまたせー。で、この人誰? もかちの彼氏?」
「ぶっ!?」
「汚っ!?」
男子が結乃の発言に驚き口に入れていたサラダを吹き出した。桃果は笑いながら男子に紙ナプキンを渡し机を拭かせる。
「あはは、違う違う。小依にナンパしに来たんだってこの人。だから面白くて座らした〜」
「なるほど〜? で、あっちに居るのはお友達?」
「らしいよ」
「は〜ん、じゃあつまりアレか。身内にナンパ行かせて振られるサマを見て笑おうとしてるって訳だ」
「いや、そんな事は……」
「違うの? めっちゃニヤニヤこっち見てるよ? ……なんか私の方見てるの多いな」
「どうせ結乃の胸に興味津々なんだろ。単純な生き物だわほんと」
「あらら、嫉妬しないでよこよりん。大丈夫、これからだから!」
「してねぇわ!? これからってもう高一だし見込みないし……」
「こよりん、まだ第二次性徴来てないじゃん」
「来てます〜!!!」
「嘘だぁ」
「本当だわ!」
人の事をこれみよがしにガキ扱いしやがって。幼児体型で悪かったな! 胸小さいのがそんなに面白いか!!
「てか、こんな近くにいても胸が気になるんやね〜」
「あっ。すいませんまじで!」
「いいけどさ。男って、女の胸のどこに惹かれるの? そんな見るほどの事なんかな」
「女慣れしてたら興味薄れそうだよね〜そこら辺」
「なるほど? つまり君って、童貞じゃん?」
「ど、童貞ですけど悪いっすか!」
「悪いとは一言も言ってないけど? てか知り合いじゃないから聞くんだけどさ、私らと同世代の男子ってみんな童貞捨ててるの?」
結乃が自分のポテトをひとつまみし、口に運びながら目の前の男子に質問する。彼は結乃に目が行かないように頑張っているようだけど、机に乗っかった巨乳は男には刺激が強いらしく遠巻きにこちらを伺っている男子の友達連中は皆そこに目が吸い込まれていた。
「すげえ、ギャルが3人に増えたぞ……」
「顔は1番良いのに胸は無いんだな、あの子」
「なんかエロ漫画でそう言うの見たわ、冴えない男がギャル3人とセックスしまくるみたいな。アレじゃん」
……聴こえてるんですけど。胸なくて悪かったな死ね。
窓側の俺にまで声が聴こえてくるという事は桃果と結乃の耳にもバッチリ男連中の声は届いている。2人はチラッと男連中の方を見たのが分かる。そして顔を戻すと明らかに悪さを思いついた顔をしていた。
そんな2人の様子を気にも留めずに男子は話し始めた。もう2人の興味は彼の話題からはそれでいるというのに。彼は彼でこの状況に動揺しているのか、周りが見えてないなあ。
「童貞を捨ててる奴ってのは、実際は分からんすけどそんな居ないんじゃないんすか。アイツらは少なくとも全員童貞っすね、早く捨ててぇ〜とか彼女いる奴を茶化しに行ったりするんで」
「へぇ? 童貞なんだ、あっちの人ら」
「多分。実際は知らんすけど」
「おっけおっけ。こよりん、この人と席交換して!」
「は? なんで」
「いいからいいから!」
結乃が提案し桃果もそれに乗る形で俺に移動するよう言ってくるので気は進まないが席を移動する。はあ、つい今しがたサラダが吐き出された机にトレー置くとかキモすぎるんだが。直接は接触してないからいいんだけどさ……。
「はいどうぞ」
「えっと、失礼します?」
結乃が一度席を退き、俺が元々座っていた席に男子が座りその横にしっかりと結乃が腰を下ろす。にやにやにやにや、悪い顔だな〜。何を企んでるのか何となく察しついたわ。体くっつけてるし。
「あの、近くないですか?」
「近いと困るん?」
「いやー……」
「ねねっ、君名前なんてーの?」
「あっ、笠松っていいます、はい」
「笹松くん? 冴えない名前〜」
また桃果がノンデリカマしてる。結乃とピッタリくっついてるせいでキョドりまくってる笹松くんの代わりに「やば」と言っておく。
少し雑談を混じえた後、笹松くんの緊張が若干ほぐれたのを見定めた結乃が会話の口火を切る。
「笹松くんはなにか食べないの?」
「あ、自分はさっき食ったんで」
「もうお腹いっぱいなん?」
「まだ食べれるっすよ」
「あ、じゃあ私のこれ、半分食べてよ!」
「えっ」
結乃からの提案を受けて笹松くんの動きが固まる。結乃は半分と言うけどもうほぼ一口サイズまで食べ進められたエグチを笹松くんに渡した。
「食べ残しでごめんだけどもうお腹に入らなくてさー」
「あっす、おっけーです……?」
恐る恐るといった手つきで笹松くんは貰ったエグチをそのまま口に運ぶと、今度は正面に座る桃果が「はい」と言って飲み物を取りストローの先を笹松くんに向けた。
「えっ」
「食べたら喉渇くでしょ? 飲んでいいよ」
「いや、でもこれって俗に言う間接では」
「俗に言う間接だけど、そんなの気にする?」
「多少は……」
「あたしは気にしないから飲んでいいよ!」
そういうことでは無い、とでも言いそうな勢いで目を見る笹松くんだったが、桃果はなんの反応も示さない。結局根負けした笹松くんが差し出された飲み物のストローを咥え、中身を少し口に含んだ。
「なんかアイツ、いい感じになってね?」
「食べ物飲み物恵んでもらってるぞ」
「……なんかギャル側、めっちゃ受け入れてね?」
「モテ期やんやばあいつ」
おーおー男連中の様子が穏やかじゃなくなってきたわ。やっぱそういう悪戯を思いつくよな、この2人。どうせ振られると思って茶化す気満々の外野をターゲットに絞ったと。
男の気持ちも若干分かるからこそ残酷だよな、主に笹松くん視点。急にこんなに自分に対して気にかけてきたのに、相手の女子はどっちも自分には微塵も気にかけてないし、気にしてないし。意識の外にいると言っても過言じゃないとかグロすぎる。
さて、じゃあ俺も2人に続いてなにかアクションを起こすべきだよな。どうしようか。
「笹松くん」
「えっ、あ、はい」
「顔ちょっとこっち近付けて」
「? わ、分かったっす」
対角線で距離が開いているため、笹松くんが身を乗り出してこちらに顔を近づける。俺は親指にケチャップソースを少しだけ付け、笹松くんの頬にぐりっと親指を押し込んだ。
「いたたっ!? なんすか!?」
「ゴミついてたからさ」
「にしても力強くないっすか!?」
「ごめん。男に触るのはちょっと……」
「まあ小依は若干男嫌いな感じあるしね〜」
「別に男嫌いではないけども」
あげられる食べ物も飲み物ももう無いからこういう方法しかなかった。力が入ったのはまあ、知らない相手の顔面触るのはそれだけ緊張してしまうということでここは一つ。
「おいまじか。おいまじかあいつ顔触られてたぞ今!」
「確定で脈アリじゃん!?」
「ナンパ成功かよ!」
「うぜぇ〜。後でシメてやろうぜ」
よーし。女全員から行動を起こされたって事で静観に徹していた男連中の声が大きくなり始めたぞ。連絡先は絶対に教えてやらないけどこういう遊びは全力で乗っていくスタイルだ。
で、この後はどうするんだろうか。俺まで周ったしまた結乃から悪戯再スタートなのだろうか。とりあえず何もせずに2人の出方を見る。
「あ、のー……3人ともどうしたっすか? 人の顔をじっと見て……」
「なにが?」
「別に?」
「見てないけど?」
「見てないは無理あるでしょ。いや、3人ともいきなり黙り込むじゃないすか……」
「…………よし」
なにか閃いた結乃が笹松くんの方に体を向ける。ギャラリーからは背中側しか見えないようになっている。
「笹松くん、ちょっと動かないでもらえる?」
「おっけーっす……?」
「さんきゅ」
感謝の言葉を述べると、結乃は笹松くんにグッと近づいた。
「えっ、え、え、え!?」
当然動揺する笹松くん。しかし、結乃は別に笹松くんの方を見ている訳ではなく、斜め後ろの視点から見るに彼女は窓の方に顔を向けていた。
だがしかし、それは近くにいる俺らだから分かる話であり、通路を挟んだ男子連中からしたらそうは思わないだろう。
「キスしてるぞ!?」
「初対面だよな!」
「いや絶対そう! あんな金髪のギャルと知り合いだったら流石に隠せない筈やし!」
「あいつ初対面のギャルとキスしてんの!? いかつ!!!」
という風に映るわけだよな。考えたな結乃。
「近い近い近いっす!!」
「ん、あーごめんね。窓に見慣れない虫が止まってたら気になって」
「そ、そういう……」
流石に至近距離に女子の顔が近付いたのが効いたのか、笹松くんは結乃の方を直視出来ずに目線だけ机の方にズラして会話していた。もうここら辺が潮時と思ったのか、桃果は「さて」と話に一段落をつけた。
「笹松くんそろそろあっち戻ったら?」
「だね。なんかあっちで賑わってるし」
「あ、あぁ。わかりました……あ、あの連絡先交換とかは」
「「しない」」
「あー、ナンパだったんだっけ? いいよ、私とする?」
「あざす! ほんまにあざす!!!」
結乃だけが笹松くんと連絡きを交換した。優しい奴、結果的にナンパはある意味成功に落ち着きましたと。
友達の輪に戻った笹松くんが肩パン受けているのを横目に、俺達はさっさとトレーを片してマクドナルドから退散した。
「交換してよかったん? 結乃」
「私? 別にLINEくらいならいいっしょ。どうせ交換するだけ交換してそんなに話さないだろうし」
「分からんよー。飯とか誘われたりして」
「したらこよりんにパスするね」
「なーんで私なのさ」
「元々こよりんが受けてたナンパなんでしょ? 私が相手してたら変じゃない?」
「いや知らんし。興味無いしパスされても困るわ」
「水瀬くん以外興味無いもんねーこよりんは」
「……は? それは意味分からん」
「あれ?」
このまま帰宅ルートで駅の方まで歩いていたら桃果が俺の顔を見て足を止めた。
「? どうしたん、もかち」
「今みたいな流れでまくし立てずに赤くなったの、初めてじゃない? 小依」
「お? 本当だ」
「なになに、進展あった感じ〜? 小依と水瀬くんの間で変化とかあった感じ!?」
「……」
「……小依?」
何も言えずに黙っていたら桃果が顔を逸らした俺の顔を正面から見ようとしてきた。
「……別に、変化とか無いし」
俺がそう言うと桃果が何故か「おぉ……!」と感動したような声を出して俺の肩に手を乗せてきた。そのまま彼女はグッと親指を立てて俺に「応援してるよっ!」と言い放った。
「もかち。どうしようね。とりあえず薬局行く?」
「薬局? なんで?」
「一応こよりんの為に」
「あー! コンドームか!」
「いらんわ!!!! 勝手に頭ん中で物語書きなぐってんじゃねえよ!!? もういい、私ここで帰るから! じゃーね!」
踵を返して二人からは背を向け、自分の家方面に進行方向を変える。
こっちだって結乃のそういう話が聞きたかったのに、先手を切られたせいで立ち行かなくなったわ。クソッ、邪魔くせぇ〜この感情!! 一体なんなん、全然制御出来ないし!
「じゃーねぇ小依ー! 今度ゆっくり話聞かせてねぇー!」
「聞かせない! てか話ってなんの事!!」
「シラ切ったら水瀬くんに聞くのでそのつもりでー!」
「余計な事すんなよまじで!!!」
桃果と結乃はケラケラ笑いながら駅の方へと歩いて行った。悪魔なのかあいつら、人の事嘲笑いやがって。
はぁ……。いつかはああいう事を言われてもシラフを貫いたままでいれるようになるのだろうか。感情を自覚した上でこれだもん。全然前と変わらない、というか余計酷くなってるというかより大きく動揺するようになってる。意味分からん。
やっぱりそういういじりを受けても動揺しないようにするには、絶対無理な話なんやろうけど、水瀬と…………いや、無理なのは無理なんだけど、仮に万が一そういう可能性があったら、という話で。……付き合えたりしたら、平気になったりするのだろうか。
「いや、無いか。あいつホモじゃないし。…………はぁ」
2人が変な事言ったせいで何故か落ち込んでしまった。なんだかなぁ。
……どうせこうなるんだったら、最初から女として産まれて来れればよかったのに。あーあ、憂鬱だ。




