5話「ブラを買う」
『女 ヒステリック 幼馴染』
咲那の豹変が気になったので、学校が終わった後俺は色んなワードで検索をかけて咲那の不可解な精神を理解しようとした。
結果、検索に引っかかるのは幼馴染から恋人になった人の惚気みたいな内容のYahoo知恵袋とか、鬼女がどうとかってネット記事とか雑談掲示板が引っかかるくらいで。それらしい有益な情報を得る事は出来なかった。
「そういえば小依くん、下着とかって男の頃の物を使ってるよね?」
スマホを置いて伸びをしていたら部屋のドアを勝手に開けてきた誠也さんと目が合った。スマホを顔の前に持ってきつつ返答する。
「そうですけど。てか勝手に部屋入んな、ノックしてください」
「買いに行く? 下着」
「は?」
「いや、ほらブラジャーとかさ。ちゃんと着けないと良くないって言うし……」
「必要だと思います?」
誠也さんがじっと俺の胸を見てくる。そうするように誘導したのは俺だけど、なんか気持ち悪いな……まあ理不尽だからそんな文句は言わないけどさ。
「よく分からないんだが、小さくても一応ちゃんと着けた方がいいんじゃないかい?」
「要らないでしょ。別に何も困ってないし」
「本当? 擦れて痛いとかはない?」
「あー……まあ体育の時は、体操服が直に乳首に当たって痛かったっすけど。でもそんな程度のことで」
「乳首、取れるらしいよ」
「えっ…………え?」
取れる? 乳首が?
「まじすか?」
「まじです」
「乳首が?」
「乳首が」
「……痛い?」
「そりゃ激痛だろうね」
「いやいや、いやいやいやいや。男はブラしてないじゃないっすか! その理屈で言えば男なんて乳首ポロポロ落としまくってることになるでしょ!」
「男は胸真っ平らだからね」
「俺も大差無いですよ!」
「いや流石に真っ平らでは無いでしょ。小さいけど膨らんでるじゃないか」
「筋肉ある男ならこれくらいあるし!」
「筋肉ある男の人も乳首に絆創膏貼ってるよ」
「まじすか!?」
「まじです」
そ、そうだったのか……! 知らなかった。絆創膏か……。
「じゃあ俺も絆創膏貼りますよ」
「毎日貼り替えるとなると出費がかさむよ」
「ぐ、ぐぅ……」
「僕は、自分の子供が乳首を落っことして出血多量で病院に運ばれる姿なんて見たくないな……」
「出血、多量……!?」
想像してゾッとした。顔から血の気が引いていく感じがした。そ、そんなに出血するのか。でも確かに、心臓に近いもんな乳首って!
し、しかし、ブラジャーなんてまさしく女しか身に付けない物だろ? それを身につけるとなると、こう、男としてのプライドが……。
「……ブラジャーの代わりになる物ってないんすか!」
「ないね。肌着やタンクトップだと摩擦が強すぎて乳首が飛んでいってしまうよ」
「飛んでいく!?」
「うん。ポロッとね」
「痛い痛い痛い!!!」
胸を抑えて悲鳴を上げる。ちょっと想像しちゃったじゃねえか馬鹿! 鳥肌立つわ……!
「買いに行こう、小依くん。今この瞬間だって君の乳首は千切れ飛ぶリスクを背負いながらその服の圧迫を耐えているんだよ。早く楽にしてやらないと」
「くっ、背に腹はかえられねぇか……その前に誠也さん! 絆創膏!!」
「えっ」
「いや、えっじゃなくて。移動してる間に千切れたら出血多量なんでしょ?」
「絆創膏付けるの? 今から? ブラを買いに行くのに?」
「当たり前でしょ馬鹿なんすか」
服の中に手を入れて胸をすっぽりと手のひらで覆うことで乳首を守りつつ、誠也さんに早く取ってこいよという意思を込めた視線を向ける。
彼は「……まあいっか」と言いながら部屋から出ていった。何がまあいっかなのだ、人が出血多量のリスクを背負っているというのに。コイツ本当に人の親っていう自覚ないのな、終わってるわ。
「はい、絆創膏」
「あざす。そこ置いといてください」
「うん。って、こらこらこら! まだ人が居るでしょうが!!」
絆創膏を机に置いてもらって早速Tシャツをガバッと脱ぐと何故か誠也さんにビビられた。なんだコイツ、銭湯とか入れないタイプ?
慌てた様子で誠也さんが出ていったので、絆創膏を1枚取り出す。2個セットになっているやつを剥がし、乳首に装着する。
「よし」
ちゃんと乳首をカバーし、Tシャツを着直して部屋を出て誠也さんを探す。内心は嫌で仕方ないが、肉体に関わる事ならば避けて通れない。妥協して、無難なデザインの物を……女の下着って何日も着回したりはしないよな? 男でもパンツは一日で履き替えるし。
少なくとも7日分は買わないとキツいか? うわぁ……嫌だなぁ。なんで7枚も女物の下着を買わなきゃならねぇんだ……。
「着いたね」
近場のデパートに足を運び、下着屋さんの前で誠也さんと立ち並ぶ。水色やピンク色などの光が内側から漏れている下着姿のマネキンがシュールな、色とりどりの女物下着を並べた店。
「さあ、好きに選んでくるといいよ」
「無理っす」
「え」
「こんなキラキラしてるエロい店に入れるわけないでしょ」
「エロいって、ただの下着屋さんだろ……?」
「じゃあ俺の下着勝手に買ってきてよ。俺ここで待ってるから」
「それは出来ないよ」
「なんで?」
「小依くんの胸のサイズ知らないし……」
「今この場で測ってもいいっすよ」
「いいわけないでしょうが」
誠也さんに怒られた。知らねえよ、いいだろ、家具動かす時に手で大体の大きさを測ってその手のまま移動するやつ、アレやって下着探してきてくれよ。俺の胸に手を当ててそのまま入ってさ。
「どうしても無理なんすか」
「どうしても無理です。お父さんここで待ってるから、自分で探してきなさい」
「無理でしょ。一人でこんな店入るとか絶対無理」
「女の子は皆通ってる道だよ」
「女の子じゃないんで無理」
「小依くん……」
「絶対に一人じゃいかないっすよ。誠也さん俺の保護者なんでしょ、着いてきてくださいよ」
「えぇ……」
渋る誠也さんを強引に引っ張り下着屋に入り、すぐに店員さんを見かけたので誠也さんの背後に隠れた。
「小依くん……お父さん男だから、あまりこの空間に居たくないのだけれども」
「俺だってそうだし」
「君の買い物なんだから自分で買い物しなさい……お金は出すから」
「まず最初にどうすればいいのかさえ分からないのに無茶ぶりやめてくれます? まじ空気読んで」
「君は……はぁ。あの〜、すいません」
「はーい」
誠也さんが店員さんに声を掛ける。呼ばれた20歳くらいのお姉さんは誠也さんの背後にいる俺の存在に気付くと、こっちの正面に来るように移動してきた。
「バストサイズの採寸ですか?」
「え……誠也さん!」
「多分、そうですねはい。その、初めて下着を買いに来たもんで……」
「あ、そうなんですね! かしこまりました!」
店員さんはこちらの意図を汲み、流れるように店の奥に誘導され試着室みたいな所に通された。メジャーを持った店員さんも入ってきた。密室で綺麗なお姉さんと二人。……ドキドキする。
「はーいそれじゃ測りますね〜」
「お、お願いします?」
お姉さんが俺の腕の下にメジャーを通してきて、それを上に持ってきて胸のテッペンに合わせられてメモをされる。なんか恥ずかしい……。
「はい、終わりました〜」
「えっ、もうですか?」
「はい! ではお客様のサイズに合ったブラジャーを持ってきますので、少々お待ちください」
「えっ」
「サイズの確認ですので。確認が取れましたら、お好きなものを手に取って頂けたらと思います」
「は、はぁ」
お好きなものをって。全然なんでもいいんですけど、むしろ店員さんに決めてもらいたい。
……あと、あの店員さん本当に可愛いしいい匂いするからもうちょっと一緒にいたいとか思っちゃったり。彼氏とかいんのかな〜あの人。
「ピッタリですね。お客様のバストサイズはBの70です!」
「Bの70」
Bカップ、ていうのは分かるけど70ってなんだろう。
「え、てか俺ってブラいるんですか? 貧乳なのに」
「勿論! ブラを付けずに生活していると靭帯が切れてしまったり形が悪くなったりしますからね! それに、お客様くらいの年齢でしたら普通くらいのサイズですし、今の内に彼氏が出来た時の為に可愛いブラを探すのもアリだと思いますよ!」
「彼氏!?」
とんでもない言葉が飛んできた。彼氏なんか作るわけないだろ気持ち悪い! 俺はホモじゃないの、ノーマルなの! ったく、鳥肌立つわ……。
「でも……まあ、着けないとなのはやっぱりそうですよね。乳首も取れちゃいますし」
「えっ?」
「え?」
「えっ。乳首、取れちゃったんですか?」
「いや、なんか誠也さ……父親が、ブラをしないと乳首が取れるって言い出して。だから今日来たんですけど」
「えぇ……?」
何故か微妙な反応された。なんなんだろ、この人乳首取れちゃった側の人なのかな? 恐ろしいな、靭帯ってのも切れるって聞いたしやっぱりちゃんと着けなきゃ駄目か。怖いなー、足つった時みたいな痛みが胸に迸るのだろうか、恐怖すぎる。
胸の採寸を終えて、テキトーにパンツとセットになっているブラジャーを何枚か購入し店を出る。
まあパンツに関しては男の頃に使っていたトランクスを使っていくから日の目を見ることは無いのだが。ブラジャー単品よりかは同じ値段でパンツもあった方がお得と、誠也さんが言い出したので仕方なくである。
「……あ、そうだ。小依くん、生理用品とかってもう買ってある?」
「なんすかそれ」
「学校で習っただろ? 女の子には生理っていうのがあるって」
「生理……一年の頃に習った気しますね。保健体育で」
「そうそれだよ」
「股から血が出るってやつですよね。でも俺、それまだこの体になってから一度も来てないんだけど」
「そうなの? イライラしてる時生理なのかと思ってた……」
「キモ」
反射的に言葉が出てしまった。生理の時ってイライラするもんなのか? よく分からんが、勝手に人の事股から血ぃ出してると思い込んでるのキモすぎて引いた。シンプルにお前がムカつくんだよって言ってやりたい。
てか、そういえばそんなのあったな、生理とかいうの。病院の人にも「これからやってくると思うから」って変な商品をいくつか渡されたような気がする。
「まあ一応持ってはいるんで、生理用品。買い物は大丈夫」
「買ってたんだ?」
「病院の人に渡されたんすよ。なんか、最初はどれ買えばいいか迷うだろうからって色々」
「親切だねぇ」
「こんな歳になってから女の体になるってんで色々気にしてたみたいな事言ってましたね。まじでどうでもいいからカウンセリングとか全部蹴ったけど。時間の無駄だし」
「それは良くないな」
「知らねえっすよ。女になるからって、別に女も男も変わんねえでしょ。俺は俺だし。体が女になったからって心まで女になるとか有り得ねえっつの。気持ち悪い」
「あはは、そうだね。小依くんは小依くんだ」
うわ、なんか理解してますよ俺みたいな感じで言葉で寄り添われた。気持ち悪。こういう所が母親のハートを撃ち抜いたんだろうなって分かって鳥肌立つわ〜、女相手に使うテクニックを俺に使ってくんなよクソ援交男が。
「今後も別に今までと変わらないんで、余計な気ぃ回したりしないでください。そういうの迷惑なんで」
「手厳しいな……でも、そうだね。小依くんはしっかりしてるみたいだし、気を遣いすぎるのも良くないか」
ストレートに干渉して来んなって言わないと伝わらないか? すぎるじゃなくて不干渉の完全放任スタイルでいてくれって意味なんだけど。
「今夜は何食べたい? 久しぶりに外食行こうか」
「……なんでもいい」
「そっか。それじゃ、寿司でも食べに行く?」
「行く」
誠也さんの会話を短く切らせて家まで車を走らせる。それ以上は何も会話をしたくないのでヘッドホンをし、窓の外を眺めた。
すっかり夜になり雨が降ってきた。明日は雨かな、傘持って学校行くの面倒臭ぇ〜……。てか数学の課題やってないや、クラスライン動いてるかな。誰かに写真撮らせて丸パクリしよ。