48話「スマッシュ」
あれから二時間ぶっ続けで小依くんと格闘ゲームをやり続けて時刻は21時を回った。
「よっしゃようやく勝ち負け同数に持ち込んだぞ!」
ようやく僕と戦績が並んだ小依くんはコントローラーを机においてわざわざ僕の正面に顔が見えるように移動し満面の笑みで煽ってきた。口角がこれまでにないくらいつり上がっていて目の形もにやぁってしてる。本当に嬉しいんだなあ。
彼女は確かにゲームが上手いが、段々と僕が勝てなくなっていったのは単に実力差が埋まってきているからではなかった。
小依くんから貸し出されたパーカーとスウェット。サイズはまあ体格差の都合でやや小さめなのは仕方ない。問題はそこに非ず。これらの服はこう、女の子の良い匂いが存分に染み付いていて全然戦いに集中できなかった。
それと、このパーカーは衝動買いしたやつで部屋着として使ってるやつだから別に返さなくてもいいとも言われた。
部屋着。乳首チラ見え事件から推測するに小依くんは家の中ではノーブラ派である可能性が高い。という事は、だ。
『このパーカーを部屋の中で羽織る時、小依くんの生乳がそのまま布に接触していたのではないか?』
という推理が頭の中で展開されるのも致し方ないというものである。
集中出来るわけなかった。小依くんが隣にいなければガッツポーズしていた所である。
そして隣にいる小依くんはやはり胸がチラチラ丸見えになる瞬間があるし、本人は画面に目が釘付けになるものだから無防備すぎて目が吸い付けられるしで最早操作がおぼつかなくなるのは当たり前という話である。
「むー、なんか反応しろよ。悔しがってみろよ水瀬!」
「悔しいけど、今はそれどころじゃないからね」
「? どしたの」
「はいストップ」
「んだよ」
横から覗き見るのはまだこちら主体の行動だから動揺しないが、小依くんの方からこちらに近付いてくると意図しないタイミングで胸が見えるのでそれを予防する為に両手で彼女の接近を制止した。
……おっと? 両手でストップのポーズを取った所に小依くんが手のひらを合わせてきた。
「ハイタッチを求めたわけではないのですが」
「じゃあなんだよこの手、パントマイム?」
「それ以上近付くと胸が見えるよって意味で止まるよう意思表示したつもり」
「……はあ」
「何故そこでため息が出るのかしら」
「お前、バトル中普通に胸の方見てたろ」
「あれっ!? バレてた!?」
「変態野郎が。バレるに決まってんだろ、舐めんなよ」
「女子は男の視線に敏感だって話、本当だったんだ……」
「顕著すぎるんだよ。動きがおかしくなった時に横目で見たら大体ビンゴだもん」
「なるほど……いや、見られてるの分かるなら隠しなよ」
「見たけりゃ見りゃいいやん」
……?
今この人、なんて言った? 見てもいいとお触れを出した?? もう暴走状態から元に戻ってるのにさっきと同じ事を言ってるな。
「……」
「……ガン見はやめてよ。さすがに恥ずい」
「どういう風の吹き回しなん? 露出に目覚めたとか?」
「殺されたいの?」
「違うの?」
「ちげーよ。パンツの時もそうだったけど、もう見えちゃうものはしゃーないし、現に何度も見られてるし、諦めたって話やろ」
「諦め云々の話かなぁそれって。恥ずかしくないの?」
「恥ずいっつってんじゃん。だからあんま見るなって」
「言ってる事違うな〜。てか着替えなさいよって、さっきから僕言ってますけども」
「やだ。めんどくさい」
「ソファに服かかってるじゃん」
「着替えてる間お前とゲーム出来ないんだもん。どうせそろそろ帰らなきゃでしょ?」
「あ、確かに」
バイトの話を通して延ばしてもらった門限を考えてもそろそろ家を出ないといけない時刻なのは間違いない。なるほど、それで少しでも多く対戦したかったからここに居座っていたのか。
「あざといねぇ」
「はぁ? なにが。てか意味わかんな。なんでお前にあざとさなんて見せないといけねぇの、きも。童貞が」
「童貞は関係ないでしょうが!? 一言に対するカウンターでオーバーキル狙うのやめてよ!」
「童貞が」
「シンプル罵倒!! 高校生で童貞なのって別に珍しくないから!」
「分かってるよ。効くから言ってるだけで別に童貞がどうとかどうでもいいし」
「性格さいっあくだな本当……」
「で? 次の一本で帰る? もう帰るん?」
「んー、もう帰ろっかな。コンビニで夜食買っておきたいし」
「あっそ」
つまらなそうにそう言うと、小依くんはゲーム機の電源を落として僕の隣にドスンと座った。そのまま僕のいる方とは逆側の肘掛に頭を置くと、足を組んで左の足の裏を僕に向けてスマホをいじり始めた。
「無防備だなぁ。他の男友達が来た時もそんな感じなの?」
「お前以外の男なんて家に入れた事ないし」
「入れると想定した場合だよ」
「入れないし」
「分からないよ? 今後もしかしたらそういうきかっ、なぜ蹴る!」
「うるさい」
彼女は急に僕の脇腹を弱い力で蹴ってきた。かなり加減された蹴りではあったけど、その後しばらく足の裏でグリグリしてきたから怒りの感情はあるっぽかった。
グリグリするのに飽きると、小依くんは僕の服を足の指で摘んで遊び始めた。スマホを触りながらよくそんなこと出来る、器用だなあ。
ふくらはぎ、白くて柔らかそうだな〜と思っていたらショートパンツの隙間からまたパンツの布地が見えた。慌てて目を逸らす。
「なあ」
「うん?」
「お前、なんかちょくちょく照れた感じで俺から視線外すよな。なんで?」
「なんでって……見たら悪いかなって所が見えたりするからさ」
「の割に人の胸見てくるよね」
「それは、まあ……男なので……」
「男だから見るの? ただの胸なのに?」
「ただの胸って、普段は隠されてるじゃん」
「んー、隠してるから見たいってこと?」
「多分?」
「じゃあ仮に胸を丸出しにしてる女が居たとして、そういうのには興味向かないわけ?」
「それはもう興味云々置いといて見るんじゃないですか」
「興奮とかしないの?」
「……しないとも言いきれない」
「やんな。なんでなん? ただの脂肪のどこに興奮する要素があるん」
「そーれーは……うーん……」
そう聞かれると返答に困るな。ただの脂肪と言われてしまうと正しくその通りだしなあ。本能? あまりそういう分野に詳しくないから説明が出来ない。
思考に時間を割いていたら小依くんは僕の体から足を一度足を離し、僕の膝の上に足を置いた。
ソファの陣地が狭いからそういう風に身を置くのは至極自然ではあるけども、ここまで不用心に男の体に触れるのは女性として良い事なのだろうか。こちらは少なくともドキドキである。小依くんサイドは……特にドキドキもして無さそうなんだよなぁ。
「お前ってさ」
「うん?」
「……俺の胸にも興奮出来んの?」
「どんな質問だよ」
「だってめっちゃ見てくるし。変じゃんね。俺の胸、ちっちゃいし。男の頃からそこまで大きく変化してないって考えたらさ、興奮する理由が無い」
「興奮してるとは一言も言ってないんですよね」
「しないんだ」
「………………しないとも言ってないけども」
「じゃあおっきいのとちっさいの、どっちが好き?」
「えぐいって。そんな話を女子が男子に振るかね」
「いーじゃん。男同士の下ネタトークやろ」
「そういう見方かぁ。じゃあ男子同士という体で話すけど、僕は正直胸のサイズには頓着しないかな」
「嘘つけ」
「嘘じゃないです」
「じゃあなんで人の胸覗き見てくるわけ?」
「いや……」
「否定出来ないやろ、実際に何度も見てきたし。なんで?」
「なんで、と申されましても」
だって僕、小依くんの事好きだし。胸にあまり関心が無かったとして、好きな人の無防備な姿が隣にあったら見てしまうでしょうよ。
と言えるはずもなく、またしても答えるのに時間を要してしまう。いつまで経っても答える様子のない僕に対し、小依くんも何もすること無く無言を貫いた。
「……なんか言えや」
「ぐふっ」
また小依くんから蹴りを貰う。今度はちょっと強めのやつを足に貰った。
なんかさっきから少しずつ小依くんが不機嫌になっていってる気がする。それにしても人に蹴られるのは良い気分では無い、好きな人相手とはいえこちらも少しだけイラッとしてしまった。
「ねえ、蹴るのやめてよ」
「なんで」
「なんでって、蹴られたら嫌な気持ちになるじゃん」
「だってお前、答えるの遅いんだもん」
「その前にも蹴ってきたよね」
「だって……ムカつくこと言ってきたから」
「ムカつくこと? なんか言ったっけ」
「覚えてないならいい」
「こっちが蹴られることに対して怒ってるんだからちゃんと説明して。僕がなんて言った?」
「……」
「小依くん、無視やめて」
「うっさい」
不貞腐れたように小依くんが言う。なんで僕が悪いみたいな態度を取られなきゃならないんだ、理不尽だろう。
苛立ちが先行して彼女の足を掴む。すると彼女は驚いたような顔をこちらに向けてきた。今まで無抵抗なままでいたから、こちらからアクションを取られた事で動揺しているようだった。
「な、なんだよ」
「人を足蹴にするのはやめなよ。良くないよそれ」
「……分かってるし」
「他の人にもしてるの?」
「してねぇよ」
「僕だけか。ならまだいいけどさ、嫌われるよ?」
「っ、きら……」
小依くんの手からスマホが滑り落ちた。彼女は床に落ちたスマホを拾い机に置くと、僕の体から足を引いて膝を抱くようにして小さく座り直した。
「……嫌いになったん?」
「ん?」
「俺の事」
「小依くんの事? 別に嫌いになったわけじゃないけど」
「でも今怒った。さっきも」
「嫌いだから怒るわけじゃないよ。好きな人にも怒る事はあるでしょ」
「……」
「……」
気まずい静寂が訪れる。小依くんはソファの上で小さく体育座りしながら、チラチラと僕の方を伺っているのが目の端に映る。小依くんの方を向くと、彼女は慌てて自分の足先に目線を置く。拗ねた子供みたいだ。
「……ごめん」
「よくできました」
「……むかつく」
「素直に反省しな〜」
「…………でも、お前が先にむかつくこと言ってきたんだもん。しょうがないじゃん」
「うーん。本当に覚えが無いんだけど、なんて言ったっけ?」
「お前以外の男を入れるかも、みたいな」
「それの事だったん!?」
「お前以外の男とか、入れるわけないのに。そういう意味分からんもしかしての話をふっかけてくるの、普通に腹立つ」
「なんでさ〜。まあ怒らせてしまった事に関しては謝るけど、この先何があるのか分からないのは本当じゃん?」
「……男なんて、家にあげたいって思うわけないやろ。気持ち悪い」
「僕だって男ですけど?」
「……」
「今のは無粋か。ごめんね」
小依くんは本当に小さな声でただ一言、「ん」とだけ発した。
今から帰ろうって話をしていたのに、なんか帰りづらくなってしまった。小依くんは明らかにまだ何か言い足りなさそうな様子だし、ここで帰ったらそれこそ嫌われそうな感じがするのでしばらく腰を落ち着ける事にする。
秒針の音のみが部屋の中に響く。小依くんから僕に話しかけてくることはなく、時折指で皮膚をかく音がするくらいでそれ以外の音はほぼ皆無だった。
「……小依くんって、好きな人とかいないの?」
なにも進展がなくて埒が明かないので、僕から話しかけてみることにした。内容はさっき確認した、本棚の恋愛本に紐付けた話を振る事にした。
「男なんか家に入れないって話したばっかじゃん。なんでそんな事訊いてくるわけ」
「本棚に恋愛系の本が置いてったからさ」
「あれは……別に、明確に誰かを好きになったから買ったわけじゃないし」
「恋愛に興味が湧いた感じ?」
「……分かんない」
「分からない?」
「ん。俺が、ある人に恋してる、みたいな事を何人かに言われて。……俺の価値観的にはその感情は恋ではなかったんだけど、好きって気持ちには色々あるし、無自覚なだけなのかも、みたいなのも言われて。だから……」
「気になる人はいるんだ?」
「………………いる」
「へぇ」
明確に好きな人はいない。そこだけ切り取ればほっとするが、気になる人はいるとの事で心中がざわつき始めた。
小依くんの気になる人、どんな人なんだろう。本音はもっと聞き出したいけど、そんな事をしたら嫌がるに決まってるから僕は喉の奥から出そうになる言葉を飲み込み押し黙った。
「……水瀬は、好きな人とかいるの?」
「僕はいるよ」
「いるの!!!?」
「突然声でか!? どうした!?」
「いやっ、ちがっ、へぇー! ふーん! おるんや! どんな人なのかなぁ!?」
「なのかなぁって。尻上がり方が凄かったね今
「うっさい答えろ!!!」
今度は肩肘をポコスカ殴られた。暴力系ヒロインはもう流行らないですよって小依くんに言ってあげたい。
というか、誰かと問われれば今この瞬間僕に攻撃を加えている張本人なのだが、この場合どう答えたらいいんだ?
小依くんは他に気になる人がいるって言うし、僕と小依くんの関係性的に恋愛とか一番発展するのが難しい間柄だしで、少なくともこんな事故みたいな流れで想いを伝えるわけにはいかないしな。でも変にテキトーな人を思い浮かべて答えたとしてもしアキネーターされたら、それこそ今後の自分の首を絞める羽目になりそうだし、うーん……。
「俺の知ってる人?」
「え、うん。知ってる人だね確実に」
「絶対桃果や結乃じゃん!!! やっぱ巨乳好きなんじゃん!!!」
「え!? 違う違う違う違う!!! 全然違うから!! その二人ではない!!」
「じゃあうちのクラスの誰かか!!!」
「えー……う、ん。そうですね」
「誰!?」
「言うかあ!?」
「ヒントは!」
「ヒント!? てかなんでそんなにグイグイ来るん!? さっきまでちっこいダンゴムシみたいになってたのに!」
「誰がダンゴムシだてめえこのやろ!!」
「取っ組み合いはっ、リアルでやるのは絵面がちょっとアウトですって! 力強!?」
小依くんが僕の上にまたのしかかってきて攻撃を仕掛けてきたので両手でそれを受け止める。
マウントポジション取られて殴られるのは回避出来たが今度は僕の腹の上に小依くん跨ってるわ。今日はすごいな、大出血サービスデイだな。ショートパンツをチョイスしてくれた過去の小依くんに賛美の拍手を贈りたい。
「で、誰なん」
「降りれます?」
「無理」
「小依くん。女の子がさ、同い年の男の上に跨るのは絵面的にも心情的にもまずいんですわ。こちらの気持ちにもなってください」
「擬似騎乗位だって言いたいんか」
「言ってないやろ!? まあそういうことではあるんだけどなんで口にする!! てかよくそんな体位の名前なんて知ってるね!?」
「桃果のエロ漫画にそういう名前だって書いてあった」
「身内感で性教育してるのすごいな……分かってるなら退いてくださいよ」
「やだ」
「状況が分かってて跨るのは痴女認定されてもおかしくないと自分で思わないんか!?」
「ふん。関節技に持ってこうとしたらガードしたのはお前の方じゃんか。結果的にそういう風に見えたとして、俺は悪くない!」
「暴論すぎる!?」
おいおい、なんでこう強情なのかねこの人は。下からのアングルまじでそれにしか見えなくてやばいですって。一人称視点のAVで見た事ある構図なんですって。またエネルギー充填されるわ勘弁してくれよ本当に。
「じゃあヒントを言ってくれたら退いてやる」
「無限にヒント訊いていくのはなしにしてよ?」
「え? 嫌だけど」
「はいおかしい〜。一方的すぎるでしょうが! 分かるか分からないかが対等の条件下じゃないと提案に乗ることはできませんよ!」
「じゃあヒント10個な」
「多いわ! 3つ!」
「俺が頭悪いの知ってるやろ! 全然対等じゃない!!」
「頭は悪くないだろ別に! 事ある毎にそれ言うけど単に保険かけてるだけでしょうが!!」
「違うし!」
「成績上位なの知ってるぞ!」
「ぐっ、じ、地頭の良さと成績は直結しないから!」
「地頭が悪かったら勉強に着いていけないでしょ! 絶対に折れないからね、ヒントは3つ!」
「ちんこ握るぞ!!」
「どんな脅迫!? それで僕が折れると思ったのか!?」
「ぐぬぬぬ……」
何としても条件を変えない確固たる意志を見せた所、ようやく小依くんの方が折れて話に一端の収拾が着いた。一段落着いたのだから腹の上から退いてほしかったが、小依くんは退いてくれなかったので仕方なしにそのままヒントを出す事になった。
「じゃあまず最初のヒント」
「待って。質問形式にしよう」
「はい却下」
「なんでだよ!」
「どうせ小依くんの事だから『名前は?』とか『名字は?』とか『出席番号は?』とか聞いてくるつもりだろ!」
「なっ!?」
「分かってるんだよそっちの手の内は! 友達舐めんな!」
「くそがぁぁ」
「揺れるのやめてください?」
擬似騎乗位状態で腰を動かし呻く小依くん。わざとなのかな? 股間に血液を集中させることで思考力を奪う作戦か? 狙ってやってるのだとしたら本当に姑息だし、天然でやってるのだったら今後も定期的にやってほしい所だが、一応注意しておかないと脳に血が行き渡らなくなるので注意はする。
「それでは最初のヒント。ででん。その人は……身長が低いですです」
「広いなあ。まあでも、ヒントとしては妥当か?」
「うむ。妥当であろう」
「低身長かぁ。ロリコンなの? お前」
「違うわ! 相手は同い年だから、ロリでは無いから!」
「ふーん。でもうちのクラス、桃果結乃が高身長勢なだけで平均値で考えるとメスゴブリンの群れみたいな所あるしな……」
「なーんてこと言うんだ君は。メスゴブリンて」
「いやいやまじで。多分ほかのクラスよりアベレージ低いもん。だからお前がどのくらいのロリを好むかによるんだよな」
「ロリコンじゃないと言ってるでしょうが」
「まずヒントが幅広いんだよ。もっと突きつめなきゃわかるはずもない。お前の性癖を教えてくれ。どんくらいの身長が好きなん?」
「教えるかぁ」
「じゃあ好みのタイプでもいいや。どんな子がタイプ?」
「ストレートすぎでしょ。ヒントを消費する事になりますがよろしいかな?」
「いや、雑談としてタイプ語り合おうぜ」
「なら先に小依くんからどうぞ。好きなタイプは?」
「人間」
「喧嘩売ってるの?」
「いつもと立場逆転してる!?」
どうにかこうにか近道して答えにたどり着こうとする小依くんのスタンスには呆れを通り越して感動すら覚える。なんでそこまでして僕の好きな人を聞き出したいのかもよく分からないが、まあそこは友人間なんだし共有してほしい的な思いがあるのだろう。
「じゃあ次のヒントは?」
「一緒にいるとドキドキします」
「お前こそ喧嘩売ってんの? 好きな人なんだからドキドキしなきゃおかしいだろ殺すぞまじで」
「じゃあ今のはナシにして。次のヒントかぁ、うーん……声が好きです」
「なあ。なあなあなあ、なあ! もっとさ、どういう声してるとか特徴で言ってくれないかなぁ!? お前の感想はヒントにならないんだわ!」
「ちなみにこれは人によって好み分かれるね。人によっては大笑いした時の声がゴブリンみたいって言ってる人いたし、声自体は高いけど落ち着きのある声で若干ハスキーボイスっぽさもあるし」
「声自体は高いけど落ち着きのあるハスキーボイス、笑い声がゴブリン……んー、それっぽいのは何人か該当したけども」
あなたの事なんですけどね。その何名かの該当者に自分は含まれているのだろうか、含まれてないだろうなぁ。反応的に。
「じゃあ最後のヒントは?」
「最後のヒント……うーん」
どんなヒントを出そうか。正直、この場で小依くんに好きバレするのは僕としては望ましくないことだ。とはいえ明らかな嘘を言うのはやはり違うと思うし、小依くんも当てはまりはするものの、正解にはたどり着かないだろうなってラインのヒントとなると中々……。
「……その人はめちゃくちゃ可愛いです」
「お前の主観でしか無いじゃねえか!!!」
「いーや、このヒントは個人の趣味趣向に見えて実に的を射たヒントだと僕は自負してるよ。間山さんや塩谷さんに答えを教えてからこのヒントを出したとしたら絶対納得するもん」
「逆にそのヒントに難色示したら失礼すぎるだろ」
「や、まじでそういう感じじゃなくて、扱われ方的にも妥当なヒントだと思うんだよ」
「扱われ方的に……って事は、その子は周りから可愛い可愛いってチヤホヤされてるってこと?」
「どうだろうね。ヒントはもう出し尽くしたからノーコメントだよ」
「ぜんっぜん分からん……」
「ふっふっふ。さ、ヒントも全部出し終えたし……ってか時間やば! もう門限過ぎてるって!!」
「えっ? あ、本当だ! すまん水瀬!! 今退くわ!」
二人で時計を確認したらとっくに22時を過ぎていた。やーばいな!!!
慌てた様子で僕の上から小依くんが退こうとして、左足から床に着ける。と、その瞬間、足の下敷きになっていた寄れたカーペットがずるっと動き、足を伸ばした状態の小依くんの体が大きく揺れた。
「危ないっ!」
咄嗟に手を伸ばして転びかける小依くんを支えようとした。
……そして、奇跡が起こった。
僕が伸ばした手は小依くんの腰を一度掴むが、大きく体が揺れた小依くんの服は僅かにめくれ上がっており、僕の右手は服の上からではなく服の下の地肌を掴んでしまう事となった。
それだけには留まらず、僕に地肌を直接触られた小依くんがビックリして短い悲鳴を上げた瞬間、またしても前によろけて僕の頭上、頭より後ろの位置に手を置くようにして倒れ込んできた。
その際腕の位置も腰から上の方に移動しており、気付けば僕の右手は、小依くんの胸部にある小さくて柔らかな膨らみを思い切り包み込む形になってしまっていた。
「あ、えっと……」
「………………な、にしやがる」
「いや、あの」
「…………なんで揉んだ」
「ごめんなさい! いやあの最初何が起きたか分からなくてっ、急に手の中に柔らかいものが現れたものだからこの感触はなんだ? マシュマロ? もっと柔らかい、じゃあこれは……生八つ橋か! みたいな感じで頭の中で考察した後に状況把握が終わったというかなんというか!!!」
「生、八つ橋……」
「命だけはどうか……!」
小依くんは生乳に手が添えられているというのに怒りの感情は見せず、ただ顔を赤くして目を揺らしているのみに収まっていた。
「……まず、手ぇ離せやダボカス」
「はいその通りですねごめんなさい」
淡々と言われた事に従い胸から手を離し服から手を引き抜く。まだこの手には、小依くんの胸の感触が残っていた。すごい柔らかかったな、あと暖かかった……。
「……うぅ」
小依くんは胸を押えその場にしゃがみ込んだ。耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに目をぎゅっと瞑ってその目の端からは溜まっていた涙が溢れる。
「あ、ご、ごめん! 本当にごめんなさい!! 傷つけるつもりはなかったんだけどまさかこんなことになるとは!?」
「分かってるけどぉ……っ」
「本っ当にごめんなさい!!! き、気の済むまで殴ってくれて構わないから!」
「水瀬は悪くないだろぉ、事故だしっ……でも、生八つ橋って言われたぁ!!」
「生八つ橋美味しいから! ね!? 悪い意味では勿論言ってないからさ!」
「俺の胸が美味しいって言いたいのかぁ!」
「そうは言ってないでしょ!? どうしてそこでカニバリズムに直結する!? 柔らかさの話だから!」
「人のおっぱいの柔らかさを食い物で例えるなよぉ……っ」
「いや全くもってその通りですねすいませんでした! どうか泣き止んで……」
「うぅ……パンツ見られて、乳首見られて、胸を直に触られて……っ」
小依くんの口から僕が犯した罪状が一つ一つ開示されていく。内容的に完全に有罪判決じゃないか。やばいなーこれ、セクハラで全然訴えられるぞ。終わったか、僕の人生。
「こ、小依くん……?」
「…………今度、ちんこ握る」
「……はい?」
「今度、ちんこ」
「小依くん、落ち着いて」
「……握る」
「やばいから。それはもうさ、やばいじゃんか」
「……」
「…………いやあの、そこを握られるのは本当に取り返しつかなくなってしまう可能性が大いになるので、代わりに胸なら、触ってくれても……」
「男の胸なんか触ってなんの意味があるん……?」
「それは股間でも同じなのよ」
「お前が胸触られたところで、恥ずかしくないしショックも受けないだろ!」
「普通に恥ずかしいが!? ショックは……女の子の方が大きいとは思うけどさ」
「じゃあお前の胸板殴りまくる!」
「バイオレンス」
「それでお咎めなしになるんなら別にいいだろ!」
「まあ、それはそう……」
転ぼうとしたのを庇ったら胸に触れてしまった、言ってしまえば避けようのない事故なのだがそれはそれとして、女子の胸を無断で触ってお咎めなしという訳にもいかないし、罰として提示されたのなら飲むしかないか。
「じゃ、じゃあ僕は、この辺で……」
「…………あ、待って」
「ん?」
「待って。分かった。今さっきの話なし」
「今さっきの話って?」
「胸板殴るってやつ」
「あー、それなしにするの? ……いいの? 胸、触ってしまったんだし、何かしら罰はあるべきなのでは」
「うん。今日泊まってって」
「はい?」
「泊まってって」
小依くんは乱れた服を直しながら言う。泊まれって、この家にという事だよね? え、なんで。
「えーと……また、男女論についてのお説教をされたいと?」
「説教なしで黙って泊まってって」
「おかしいでしょ。好きでもない男を家に泊めてはなりません!」
「いや罰ゲームって話やろ?」
「うん僕にとっての罰になってないのよ。それはどちらかと言うと小依くんにとっての罰じゃんか」
「は? なんで?」
「なんでって、普通嫌でしょ。好きでもない男を家に泊めるのは」
「水瀬だったら嫌じゃないけど」
さも当然といった口調でそんな事言い始めたので、小依くんの目を見ようとしたら彼女はまたすぐ顔を赤くして舌打ちをした後に背中を向けてきた。僕と一緒にいるのは嫌、と言っているようにしか見えないんだけど気のせいかな。
「嫌じゃないけどって、僕からしても当然嫌じゃない訳だし罰にならないじゃん? むしろ小依くんがリスクを負ってるだけの構図になってますけど」
「リスクってなに」
「……襲われるリスク?」
「でもお前は俺の事襲わないでしょ?」
「なんでそう言い切れるかね。性欲が絡んだ時の男のやばさは身に染みて理解してるでしょ」
「……あいつらとお前は違う」
「まだそういう事言う〜。駄目だよ小依くん、その考え方。絶対ろくでもない男に引っかかるよ」
「じゃあ、罰として絶対に俺を襲わないって命令するわ」
「全然破るけど?」
「なんでだよ! 守れよ変態!!」
「守るって嘘ついて破られたらどうするのってお話ですよ。小依くん、より一層病みが深まっちゃうでしょ」
「……」
小依くんはゆっくりと僕の方を向く。彼女の顔は赤よりも薄い朱色に染めた状態であり、恥ずかしさと共に勇気? を出しているような健気さの垣間見える表情をしていた。
「まだまだ一緒にゲームしたい。し、お前もう門限過ぎてるからクソ怒られるじゃん。だったら、帰らないでそのまま泊まってった方が、都合いいじゃん?」
「言ってる事は分かるけども」
「……どうしても、駄目なん?」
えっ。なにその朱色に染った顔で下から頼み込んでくる感じ。ちょっと可愛すぎて普段とは逆に見蕩れてしまった。ずっと目を合わせていたせいか僕ではなく小依くんの方が恥ずかしそうに目線を斜め下にずらす。奥ゆかしいな……。
なるほど、本来ならもっとわがままを言ってこの家に居残らせて一緒に遊びたかったんだな。けど、あまり夜遅くになったら悪いしってので遊びたい欲を我慢していたと。そんな時に僕が胸を触るなんて粗相を起こしてしまったから、それを弱みにしてわがままを突き通そうって事ね。
男女ならではの駆け引きだなあ。同性の友達だったら迷うこと無く泊まっていくもんね。そういう所で女扱いとも取れる対応されるの、小依くん的にモヤモヤしていたんだろう。
「……お風呂も入っちゃったし、服も洗濯してるしなぁ」
「そうだよ。だから泊まってった方がいいだろって」
「分かったよ。けど、流石に今回は同じベッドでは寝ないからね」
「あ、当たり前だろ! ばか! 前は、その、体調が悪かったから……」
「雷が怖いんだもんね」
「怖くねえわ!! 雷なんて怖くないし!!!」
「普通は風邪ひいてる人と一緒の部屋で寝るとか有り得ないからね。移るでしょうが」
「う。……それはそう」
「それなのに小依くんがどうしても一緒に寝たいって言うから」
「うっさい黙れ死ねくそばかあほノンデリばか間抜け!!!」
「熱量すご……」
結局、今度は僕の方が折れて小依くんの家に泊まる事となり、本能との戦いは激しさを増す事となった。
翌朝、理性軍の勝利によって僕と小依くんの関係性はギリギリの所を保つ事が出来たが、寝起きの同級生美少女という破壊力抜群の存在に起こされたせいで一日悶々とする羽目になった。




