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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
47/61

47話「イチャイチャ(偽)」

「ひぇー濡れた濡れた」



 公園で小依くんとしばらく水風船を投げ合っていたのだが、僕の目論見通りに事が進みすぎた為今日はここまでにしようと提案し水風船合戦は終息した。


 ワンピースが濡れて肌に張り付くせいで、下着が透けるどころかボディラインがダイレクトに可視化されてるんだよな。駄目だよ駄目、刺激が強すぎた。


 小依くんを家まで送ってそのまま帰ろうと思ったのだが、「濡れたまま帰ったら風邪引くぞ」と言われたので彼女の家に上がる事になった。


 彼女の家に着き、僕より先に玄関に入った小依くんが立ったまま上体を倒して履いていたサンダルを脱ぎ始める。



「んしょっと」

「……」



 立ったまま足元に手を伸ばした事で小依くんの腰が強調される。濡れたワンピースによってくっきりと尻の形が見えてしまう、僕は天井を見上げた。



「先風呂入っていいよ」

「いや、タオルさえ貸してくれたらそれで大丈夫だよ」

「そう?」

「うん」



 分かった、と彼女は頷くと脱衣場から洗い立てのタオルを取ってきて僕にパスしてきた。手元ではなくやや高い位置に投げられたせいで顔にダイレクトにタオルがかかる。



「本当にいいの? 夜冷えるし、風邪引くかもだぞ」

「大丈夫。小依くんこそ濡れてるんだしシャワー浴びてきなよ」

「おう。覗くなよ」

「覗かないわ!」



 反射的に大声でそう返すと、小依くんはほくそ笑みながら「冗談だわ。リアクションが童貞すぎ〜」と小馬鹿にしてきた。生意気なのにどこか憎めない愛嬌のある表情、それを正面から見つめるのは少し照れくさくて彼女から目を逸らした。



「てか、そんな玄関なんかで拭いてないで中に上がって来いよ」

「え? でもすぐ帰るし」

「しっかり乾かさないとまじで風邪引くぞー。しばらく奥でゆっくりしてな」

「奥でって、床とか濡れちゃうんじゃなかろうか」

「別に気にしねーよ。俺も風呂上がりとかあんま拭かずに歩き回ったりするし」

「!」

「あ? なに。言っとくけど裸では歩かねーからね」

「なーんだ」

「……」



 ガッカリした風な態度を見せると小依くんがジトッとした目を僕に向けてきた。

 まあ小依くんが家の中を裸で歩き回ってたとして何かある訳では無いんだけどさ。テンションは上がるよね。



「あ、あとさ」

「うん?」



 一度脱衣場の引き戸を閉めた小依くんが再び顔を出し僕に声を掛けてきた。ワンピースの右の肩紐が下がっていて鎖骨の下辺りの肌の露出が広くなっている。目線が吸い付けられてしまうが僕は悪くないと思う。



「前に俺んち泊まった時にさ。下着置いてったじゃん?」

「え? ……あー! 思い出した! 置いてったね確かに!」

「あれ、後で返すから服が乾いても一応そこで待ってて」

「了解。でも下着を直接ポッケに突っ込んで帰るのか〜」

「使ってないレジ袋あげるからそれに入れてけば?」

「ありがたいけどなんか嫌だな。レジ袋透けるし」

「知らねーよ。あれのせいで桃果結乃の間で彼氏居るんじゃないかって疑惑が立ったんだからまじで持ち帰ってくれ」

「見られたんだ……」

「んー。あいつら勝手に人のタンスとか見てくるし。終わってるまじで」

「あはは。確かにそれは嫌だな〜」

「ね。まぁお前にはエログッズ見られたし触られたわけやけど」

「おっ……と」

「そっちのがキツかったけどね。そっちのがキツかったけど。そっちのが」

「ごめんて!! もう勝手に落ちてる物とか拾わないから!」

「ふふん、俺は学ぶ生き物だからな。しっかり隠したから問題なし!」

「そ、そうですか。どんな話してるんだ僕ら」

「……探したりすんなよ」

「しねぇ〜わ!!」



 小依くんは僕が前屈みになったのを視認すると「きっしょ。ばーか」と言って引き戸を閉めた。理不尽すぎる。


 粗方水分を拭い取り、まだ湿り気は感じるものの水滴が落ちないようにはした。壁に背をもたれかけて小依くんがシャワーを終えるのを待つ。


 1人で女子の部屋で待たせられると、色んな所に意識が向いてしまう。机の上に乱雑に纏められているメイク道具、テレビ台に置かれた小さなぬいぐるみ達、ソファの背もたれにかかっている脱ぎっぱなしの服に壁にかかっている制服。


 部屋を見渡していると世紀の大発見をしてしまった。ベランダに下着が干されている。カーテンも閉めず開けっぴろげになってるせいで丸見えだ。小依くんめ、詰めが甘すぎるぞ。下着を干したままなこと絶対に忘れてるな。


 あ。あのパンツ前に事故で見てしまったやつだ。上の方にヒラヒラが付いてたんだなぁ、洗濯したら取れそうな感じなのに意外と丈夫な作りなのかな。



「…………聴こえるな〜」



 することも無くボーッとしていると浴場から響く水音やボトルを置く音などが余計耳に入ってくる。その音のせいで同級生の女子が今この瞬間同じ屋根の下でシャワーを浴びているという事を余計意識してしまって平常心が乱れそうになる。


 無心になれ、水瀬真。そう自分に言い聞かせるが、僕が彼女の事を好きなせいで胸の高まりが収まってくれなかった。


 はぁ。


 こんな事死んでも本人には言えないけど、なんで小依くんって元々男として生まれてきたんだろうか。男同士の友情という枷が無ければ、きっと純粋な女子として見る事が出来れば僕だってあと一歩を踏み出せただろうに。


 この関係性が嫌な訳では無いし、見た目で好きになったという訳でもない。

 多分、僕の彼女に対する好きの根底には、男として接する距離感の付かず離れずな感じも一因としてあるとは思う。女子として接しきれない危うい関係性だからこそ余計気になって、好きになったみたいな。


 相手の気持ちになってみた時、やっぱり彼女視点では僕との関係ってどこまで行っても"男同士"だという感覚は拭えないだろうし。そんな相手に告白なんて出来るわけが無いよなぁ。なんというか、実らない恋だよなあって改めて思った。



「……でも、きっと小依くんが純粋な女子として生まれてきていたら、男に対する拒絶反応も薄まるだろうし別の人と普通に付き合ったりするんだろうな。ていうか、出会い方も接し方も違ったのならそもそも仲良くなれていなかった可能性だってあるし」



 ……独り言にしては長く語ってしまった。まだシャワーの音は止まない、ぶつくさ言っている最中に戻って来なくて良かった。


 視点を固定する為に部屋の中で殺風景な所を探してみた所、本棚に目が止まった。以前来た時は漫画しか置かれていなかった筈の本棚には小綺麗で買ったばかりと思しき薄い本が三冊ほど置かれていた。


 本のタイトルを読むと、三冊とも恋愛に関するハウツー本? みたいな感じだった。好きを自覚する方法とか、気になる人の振り向かせ方とか、そういうの。


 小依くんも恋愛には興味あるんだ? てっきりそういう物は性別の自認識的に、興味無いものだと思い込んでいた。



「……好きな人でも出来たんかな」

「うぉっ。なに、独り言?」

「なんでもないなんでもない!!!」



 いつの間にかシャワーを終えた小依くんが髪をタオルで揉みながら戻ってきた。全部は聞かせていなかったみたいだ、命拾いした。



「またそんな格好して……」

「あ? 喧嘩か?」

「そんな事一言も言ってないでしょうが」



 シャワーを浴びた小依くんはユルユルのTシャツに着替えていた。またしても下半身の露出が激しい、ちゃんと下にズボン履いてるのか分からない格好だ。

 まあ履いてるんだろうけど、だからって堂々と生足見せるのは如何なものか。健全な男子高校生として言わせてもらうと、誘惑にしか見えないですよ。



「小依くん、ジャージとか履かないんですか」

「ジャージ? なんで」

「なんでって、だって足が」

「足? 短パン履いてちゃ悪いのかよ」

「短が過ぎるんだよね。そこをチョイスするんだって感じ」

「はあ。だって今暑いじゃん」

「もう日が落ちてるから涼しいでしょ」

「エアコンしてるからな? エアコン切ったら瞬で蒸し暑くなりますけど」

「それはそうなんだけど……」

「そんな事よりなんでぼったちしてんの? 座れば?」

「流石に座ったら湿ってしまうかなと」

「壁に背中くっつけてんじゃん。それも濡れるべ」

「あっ」

「素なのかよお前、おもろ」



 小依くんはタオルを頭に乗せたまま一度冷蔵庫の方に捌け手に一つ、口に咥えながらもう一つの棒付きアイスを持ってくると僕の服を引っ張った。逆らわず着いていくと、彼女に手でソファに座るように指示されたので腰を下ろす。



「ありがと」

「ん」



 手に持っていたアイスを渡されたので厚意に預かり袋を開けて口に運ぶ。僕がアイスを舐める横で小依くんは床に置いてある座椅子に座り、アイスを食べ進めドライヤーで髪を乾かす。


 なんとなく家の中に居座っている。小依くん的に気にしないっぽいし良いんだけど、完全に帰るタイミング失っちゃったな……。



「なあ水瀬」

「うん?」

「お前ってもう髭とか生えてんの?」

「髭? 生えてるよ」

「見して」

「生えてると言っても目立ってきたら剃るし、そもそもそんなにボーボーじゃないから見せれる物は無いかな」

「そうなん? ボーボーじゃないんだ」

「まだ若いしね」

「若いのにガッツリ生えてる奴うちのクラスにいるんよ」

「成長早いね」

「ね。剃っても青くなるからって悩んでたわ。不思議だよな」

「不思議かな。割と青くなる人はいると思うよ」

「へー。いつかはお前もあんな感じになるんかな」

「さあ。でも身長ある分僕も成長早いタイプだと思うし、最終的に髭が濃くなりそうな予感はしてる。嫌だけどね」

「嫌なんや」

「嫌でしょ。絶対脱毛するよ」

「ふーん」



 聞いてきたのは小依くんの方からなのにあまり興味のなさそうな返事をされた。



「……髭が生えて、筋肉が付いて、身長が伸びて。お前の変化を見る度に、自分が女になった自覚が強まるわ」



 ドライヤーを終えるとボソボソした声で小依くんがそう言う。ドライヤーを仕舞う彼女の背中はどことなく寂しさを感じる程に小さく感じた。


 こういう時、どんな言葉を掛けたらいいのか分からない。


 小依くんは男として普通に過ごしてきた中で、急に望まない性転換をする事となり嫌々女として生きている。そんな彼女にとって、男だったらの話を振るのは明らかな地雷だしその話を広げるのも良くない事だから、僕に出来る事は無言でいることしか無かった。



「少しずつだけど胸は膨らんできてるし、体はちっこいままだし、でも体の形はぶくぶく丸くて男からどんどん離れてくし。いつか、男とセックスしたりして、ガキを作ったりすんのかな。……嫌だなぁ」



 僕に話しているような口ぶりだけど、それは自分の中の思いを吐露してるだけでリアクションを求めてるわけではない感じだった。アイスを最後まで食べ終えると、彼女はゴミ箱に残った棒を落とした。


 なにかするでもなく、彼女はそのままの姿勢で居続けた。どんな表情をしているのかは髪に阻害して分からないけど、雰囲気的に暗い表情をしているんだろうなというのは確認せずとも感じ取れた。



「お前も、普通に誰かを好きになって家庭を築くんだろうな」



 こちらもアイスを食べ終えたのでゴミ箱に棒を捨てようと身を起こす。床に座っている小さな小依くんの頭の上を経由する形でゴミ箱に向けて手を伸ばし、中に収まったのを確認して元の姿勢に戻す。



「ねえ!」

「はいっ!? なんでしょうかいきなり!」

「なんでさっきからシカトしてんの!」

「話は聞いてたけど、なんて言えばいいのか分からんでしょ!?」

「へーとかほーとか相槌打てよ! 一方的に話してるみたいで馬鹿みたいじゃん!!」

「その前に小依くん!!!」

「んだよ!」

「ちくっ」



 あっぶないギリギリでブレーキをかける事が出来た、何言おうとしてるんだ僕は馬鹿か!?


 小依くんがこちらを向くと、僕はソファに座っているため大きな高低差が生まれて彼女を上から覗き込む形になってしまう。


 上の視点から見る小依くんのちょっと不機嫌そうな顔の下に、重力に引かれて大きく開いたTシャツの胸元がある。そして、その布の向こうに隠されている筈の彼女の胸元が、僕からはその先端までしっかり見えてしまっていた。


 あまり胸が大きくない故の悲劇である。ハリのある肌色の楕円が彼女の動きに合わせ僅かに揺れている。その光景があまりにも唐突に飛び込んでくるものだから、普通に『乳首見えてるよ!』等と言ってしまうところだった。言い方が悪すぎる。指摘するにしても全容までは見えていなかったと解釈できる言い方をしなければ!



「ちくってなに。蜂でもおったん?」

「そうじゃなくて……胸が」

「胸? 貧乳煽りか殺すぞ。別に小さいのは気にしてないからな」

「気にしてないなら殺さないでくれよ……じゃなくてですね。あの〜……」

「?」

「胸がですね。Tシャツの防御力が低くて、その」

「……透けてた!?」

「透けてない透けてない!! そうじゃなくて上から見えっ、見えて、ましたね」

「っ!?」


 小依くんの顔が一気に赤くなる。目を大きく見開き、少しだけ身を引くと、震える手で胸元を押さえて僕を睨みつけてくる。



「……変態くそちんこ」

「別にこっちから見ようとした訳じゃないんですけど!?」

「うるさい黙れ。見るなよ」

「見るなよと言われても、事故で見えてしまったというか」

「ていうかお前さっきちくって言ったよな!? 見えたんか!?」

「見てない見てない!!」

「じゃあおかしいだろちくって口にしないだろ!! 最悪最あっ、くぅぅうううあああ〜っ!!」



 動揺した小依くんが更に後退しようとして腰を思い切り机の角に打ち付けた。痛そうに呻きながら前のめりになる。



「うぅ…………水瀬」

「自分で忘れるから殴るのだけはご勘弁を」

「殴らないし! ……こ、こういうのでさ、恥ずかしがるのも多分、女特有だよな」

「え? あー、まあ上半身なら、男は見られてもそこまで気にしない……のかな? 人によるだろうけど」

「脱げ」

「はいおかしい。何言ってるん? 小依くん」

「脱げっつった」

「聴こえてはいるよ。意味が分からなくて聞き返したんだよ」

「恥ずかしくねぇんだろ。ならお前も脱げよ」

「お前"も"ってなに!? 裸を見たわけじゃないよ!!」

「……俺だけ見られっぱなしはずりぃだろ。パンツ然り胸然り」

「事故だからしょうがないだろ!?」

「知らんし。ずるいもん」

「そんな事言われましても」

「知らんし」



 一歩も退く様子を見せず、目を尖らせたまま小依くんは僕を睨む。ってか、だから胸元を押さえずに見上げられると見えちゃうんだって。見えてるって。怒りに意識向きすぎてさっきの失敗を繰り返してるじゃないか。



「とりあえず小依くん、胸元が広くない服に着替えてきた方がいいんじゃないかな」

「話逸らそうと「見えてますよ」……なんで見るんだよ」

「見えちゃうんだって」



 今度は大人しく胸元を押さえ、しかし依然として顔は赤いまま小依くんは僕に抗議してくる。目尻に涙が溜まっているのが見える。そんなに恥ずかしいのなら経験を活かして着替えてきてくれよ……。



「じゃあ着替えてくるから、その間にお前服脱げよ」

「脱がないって」

「なんで!」

「なんで!? なんで素直に分かったって言うと思った!?」

「不公平じゃん!」

「そちらだって男の体を目に焼き付ける事になるんやが!? 目に毒でしょ!!」

「プールの時に見てるし! それより前にも見たし!」

「ならもう十分じゃん!」

「やだ!」

「やだ!?」



 や、やだ!? なんだその無敵のカード。もう理論が存在しないじゃん。今この場で裸体を見なきゃ気が収まらないらしい、AVみたいなやり取りになっている事に本人は気付いていないのだろうか。



「あ、あとパンツも見せろ!」

「女子の部屋でパンイチになれと!?」

「そっ……そこまでは、言ってないし。ズボン、少し下げれば見えるし……っ!」

「一旦冷静になってくれ小依くん。自分の吐いた言葉を今一度確認してみてくれ」

「うるさい」

「一回怒るととことん暴走するな君は……」

「だって……だって、み……見られ」

「ごめん泣かないで!? 分かったから!」



 ついに感情がピークに達したのか、それとも事故発生時の記憶を思い出して急激に頭が冷えたのか。小依くんは僕を睨んだまま、目に溜まった涙の量が増えて声が震え始める。



「はぁ……もうやだぁ……恥ずかしい……なんなんまじで。こんな事で、頭ん中ぐちゃぐちゃだし……」

「一回落ち着こう? どんどん悲しみに飲まれていってるよ。深呼吸して」

「………………脱いで」



 まだ脱がせる気なのか。悲しみに押し潰されて消えて欲しい要望だったなぁ。



「分かったから。脱ぐから、一度着替えてこよう? ね?」

「……今脱いで」

「おかしいじゃん」

「…………今、脱げ」

「あのー……もしまた見えてしまったらどうするんですか」

「別に、いいし」

「いいわけないよね!? 今自分がなんで泣きそうになってるか理解してる!?」

「……もうこの際、お前ならいい。2回も見られたから。でもお前クソだから、ここで脱がさないと逃げそうだから、今すぐここで脱げ」

「色々すごい事言い始めたぞこの人」

「……」



 無言の圧力。一度涙をぐしっと手で拭うと、小依くんは僕の事をかなり強めに睨みつけてきた。獲物を前にしたライオンみたいだ、今にも獣の唸り声を上げそう。恐ろしすぎる。



「どうしても脱がないと駄目ですか」

「当たり前だろ」

「えぇ……」



 相手は小依くんだ。これが恋人同士のそういう行為をする前だったならもっとプラスの方でドキドキして嬉しさとかもあったんだろうけど、今はもう恐ろしさに対するドキドキと羞恥心しか感じない。



「じゃあ、脱ぐんで後ろ向いててくれると」

「意味分からん。どうせ見るのになんで一度後ろ向かなきゃなんだよ」

「恥ずいんだよ! 見られながら服脱ぐの!」

「……俺の方が恥ずかったし」

「それを言われると強く出れないな……」



 相手は女性だしな。羞恥心という点ではイコールじゃないと言われても納得は出来る。


 これ以上ゴネても許してくれなさそうなので覚悟を決めてシャツのボタンを一つずつ外していく。全部外し終え、一呼吸吐こうとしたら小依くんがずいっと身を動かしこちらに近付いてきた。



「小依くん、近いよ」

「さっきはこれくらいの距離感で俺の胸見てきただろお前」

「語弊があるな!? 見てきたんじゃなくて見えたの!」

「同じやし」

「全然ちゃうわ!」

「うざい。……勿体ぶらないではよ脱げや」

「まじで変態っぽくなってるよ……?」

「死ね」



 まだまだ不機嫌さの減らない声で抗議しつつも、彼女の目線は完全に僕の胸元に固定されていた。恥ずいって、顔が熱くなってきた。



「一瞬だけだからね?」

「2回見られたから2秒は見る」

「えぇー……もういいや。じゃあどうぞ!」



 と、威勢よく言いはしたが本音は爆発しそうなくらい恥ずかしいので動きは緩慢になった。シャツの両側を掴み、控えめに前面を開けた。



「これでいい……?」

「胸筋触ってもいい?」

「いいわけないでしょ」

「なんで」

「あのね小依くん。もう何度目か分からないけど、恋人でもないのにみだりにそういう所を触れるのはあまりよくなっ、なんで勝手に触る???」



 小依くんの指が僕の胸に当たる。以前にも筋肉を触らせるみたいな流れがあったけど、あの時は今ほど小依くんの事を恋愛的に見ていた訳ではなかった。

 好きな女の子に自分の体を見られ、筋肉を触られている。これは拷問だ。絶対に手を出してはいけないのに欲望だけ掻き立てられる、生殺し状態である。



「小依くん、2秒経ってるよ」

「経ってないから」

「時間が歪んでるのかな」

「うん、そう」

「そっかぁ。じゃあそれは一旦置いとくとして。小依くん、近いよ」

「近くないから」

「触ってるよね? 顔も近付けすぎだって、目の前に小依くんのつむじが見えるよ」

「……」

「なにしようとしてる?」

「別に」



 無愛想なんだよなあ、口ぶり。微塵も興味ない人を相手にしてるような冷たい声音で話しているのに、行動として興味津々すぎるんだよな。なんだろうこのチグハグ感。


 小依くんは結構長い間僕の筋肉を指で撫でたりなぞったりすると、一度身を起こしてこちらに目を向ける。目を合わせに行くとすぐに顔を逸らされた、照れるのなら初めから触らなければいいのに。というか、照れるのは普通僕の方でしょ。



「じゃあ次パンツな」

「来ました問題発言」

「お前は、何度も、俺の下着を、見やがった」

「分かってますって。そんな細かく言葉を区切って強調しないで……」

「じゃあうだうだ言わないで見せろよ」

「……全脱ぎはしないよ?」

「ん。ちょっとでいいから」

「なら見せなくてもいいんじゃあないか!?」



 またしても無言の圧力。でも今回は小依くんは目を尖らせて睨んでいなかった。逆に目を存分に開けて『分かるよな?』と静かに訴えかけるかのような顔を向けてきた。睨まれるよりもこっちの方が怖いな。


 意見を許さない威圧感に逆らえずベルトを弛め、少しだけズボンを下げた。トランクスのゴムが見える所で手を止めると、小依くんが「お前それ、制服の時普通に見えてる部分やん」と言ってきた。どうやら普段見えない範囲を見せてほしいらしい。

 更にズボンを指の第二関節くらいまで下げる。



「ただの布じゃん」

「ただの布でしょ」

「つまらん」

「これ以上は下げられないからね?」

「……人のパンツ見といて」

「スカート短くしてるからでしょ」

「…………」

「なんでっ! 勝手に下げっ、やめろぉ!!!」

「抵抗すんな!」

「するわ!」

「お前っ、俺のエログッズにも触った!」

「それもまた事故! ちゃんと片してないからだろ!?」

「下着姿もっ、見たやろ……っ!」

「全部事故! 意図してない所で起きてるやつだから!」

「ざけんなっ!! お前だけ甘い蜜啜ってんじゃねえぞエロ猿野郎!!!」

「僕のパンツなんか見ても甘い蜜にならんでしょうが!! やってる事で言ったらそっちのがエロ猿だよ!?」

「うっっっざい!!!」

「ふがっ!?」



 痺れを切らした小依くんは一度立ち上がり、力ずくで僕をソファの上に寝かせるとなんと顔面の上に腰を下ろしてきた。


 やばいやばいやばいやばい。ショートパンツは履いてるけどほぼそのまま尻!!! てか隙間から普通にパンツらしき布も見えてるし!!! ド直球ストレートに不純異性交友のラインに片足突っ込んでるって!!!



「小依くんっ! これはやばい流石にやばすぎる!!!」

「知るか!」

「知れ! ちゃんと考えて!? あんた今男の顔の上に跨ってるんよ!!!?!?」



 必死に叫ぶも小依くんは僕の意見など無視してズボンを下げてきた。幸いにもトランクスごと行くという悲劇は避けられたが、僕の下半身があられも無い姿にされてしまった事には変わりない。



「なっ……これ、お前」

「降りなさい!」

「ちんこが、エネルギーちんこになってる」

「なるやろそりゃ!? 少し考えたら分かるでしょうがあぁ!!!」



 当たり前だけど、こんな事されたものだから血液が股間に集中していた。それをズボン無しのトランクスのみの状態で見られてるわけだから、つまりほぼそのままの状態を見られている事になる。


 なーんでこうなるのかな。胸チラを指摘したのがきっかけだとして、パンツ越しのエネルギー何某を見せるなんて着地には行き着かないでしょ。AVでしか見ないってこんな流れ。



「……痛いの? これ」

「なにが!」

「エネルギーちんこ」

「痛くはないけど観察やめれる!?」

「……俺にも、昔はあったんだよな。これ」

「退いてくれますか!? しんみりするのは後にしてもらって!」

「動いたらもっと体重かけるからな」

「そうなると余計エネルギーを分散できなくなるからやめて欲しいかな!」

「へー、自分で大きくするか小さくするかってある程度コントロール出来るんや。まあそうよな、力こぶ作るみたいな感じ?」

「いや、そこまで融通は効かないけど……」

「てかめちゃでかくね? 俺のと全然違うんだけど」

「そりゃ小学生と高校生じゃ違うでしょ……」

「胸みたいなもんか。これを挿れるのか……? 入るわけなくないか」

「いたたたっ!? わざとなん!? なーんでそういう事言うの!!」

「痛いんじゃん。なー、指でつついていい?」

「それは本当にやめよう!? ガチめに取り返しつかなくなる自信があるので!」

「……もしつついたら、お前に襲われるって事?」

「うーーーーん、そう! そういう事! だからストップ!」



 つんっ、と弱い力でデコピンされた。



「どういう事!? 襲われるぞって警告したよね!?」

「うん、された」

「じゃあどういう事!?」

「襲うの?」

「襲わんわ!」

「……やんな。ビビりにそんな事出来ねーよな、知ってた」

「知っててもそんな所触っちゃいけません!」

「握るのは?」



 !!!?!?!?!?!?!?!?


 ここまで来るともう握られたいしなんなら押し倒したいけども! 絶対その後の関係に亀裂が入るから駄目だ!


 正直、小依くんに顔を跨がれるのは普通に最高だったのでされるがままになっていたが、シャレにならなくなる分岐点を感じたので彼女の腰を掴み降ろさせる。それまで抵抗していなかったからか小依くんはその行動に驚き逆らってきたが、小依くんは体重軽いしこっちは鍛えているので簡単に降ろすことが出来た。



「変な事しないって」

「小依くん」

「な、なんだよ。顔怖いって……」

「小依くん」



 ラッキースケベからの能動スケベでテンションがうなぎ登りになっていたけど、それはそれとして危機感の無さが大問題なので結構しっかりめに説教した。

 ただ、僕は父親とか教師とかでは無いのでしっかりとお説教出来ていなかったらしく、途中から小依くんが泣いてしまい謝る方にシフトしてしまった。



「ごめんなさい……」

「怒ってないって。元気出してよ」

「……怒ったもん、今」

「怒りじゃなく心配なんだって……」



 泣き止んでも全然元気にならず、ずっと俯いて指遊びをする小依くん。なんか悪い事した気分になるな……。


 しばらく元気づけようとするも言葉じゃ小依くんの気は張れなかったので、ゲームに誘ってみたらようやく小依くんが顔を上げてくれた。


 ソファに並んで座り、共にコントローラーを持ち1戦。泣き止んだばかりの相手だし手を抜くか考えたが、普通に全力でやって圧勝した。



「うざ! 強すぎやってお前!」

「もう1戦やる?」

「当たり前だろ!! ……や、その前にお前、やっぱシャワー浴びて」

「シャワー? もう服乾いてるから冷えてないよ?」

「生乾きがまじでくっさい」

「うん入るわ。ごめんね臭くて」

「いいけど。ついでに服洗濯する」

「えっ。あーでも、服が臭いならそうなるか……」

「ん。着替えはこっちで用意するわ」

「メンズ服とか持ってないでしょ。それに下着も」

「下着はお前が置いてったやつ履けばいいだろ。服はまあ、それっぽいの探すよ」

「分かった。……いや、ていうかもういい時間だし帰っても」

「無理。お前を負かすまで帰さねぇから」

「今日は泊まりか〜」

「舐めてんじゃねぇぞ変態エロガッパ!」



 よし。泣いた事で下がったテンションを挑発によって無理やり引き上げることに成功したようだ。いつもの調子を取り戻した小依くんが後ろからやいのやいの言ってくる、可愛い。


 でも良かった、僕なんかにあんな行動を取るなら他に好きな男が出来た訳でも無さそうだ。恋愛にまつわる本があったからもしやと思ったけど、杞憂だったらしい。


 ……ん? でもそうなると、何故そういう本を? 興味も無いのに買えるような値段はしてないよね、ああいう本って。いつも一緒にいる二人に勧められたとか?


 まあ僕には関係の無い話か。それよりも、折角ゲームによって冷静になれたのに、一人になってから勝手に想起される小依くんの尻の弾力やさっきの光景のせいでまた高鳴ってきた。

 浴場から出られなくなってしまった。早く血液を他所に分散しないとなぁ……。

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[良い点] 読んでるだけで糖尿病になりそう(称賛) これはもう精神的パティシエ
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