46話「デート(ではない)」
小依くんとは小学生の頃からの付き合いだが、最近になって分かった事がある。
現在時刻は昼前の11時15分。待ち合わせに指定された時間は11時半。綺麗な池や整えられた木々に囲まれた遊歩道の途中にあるベンチで彼女の姿が無いことを確認しガッツポーズを取る。
高校生になった小依くんは、待ち合わせに指定された時間より数分早く着いていることが多い。それ自体は良い事なのだが、僕が後から合流した場合に限り、一方的な勝利宣言を織りまぜた煽りを飛ばしてくるのだ。
今日は珍しく先手を取れたので悠々自適にイヤホンを耳にさして余裕を気取っておく。明確な煽りには遠巻きな煽りで返させて頂こう。足を組み、流れる音楽を目を閉じて嗜む。
「何聞いてんの?」
待つこと5分、予想していた程の時間が経った頃に小依くんがやってきて、僕のイヤホンを片方外して話しかけてきた。
「やあ小依くん。待ちくたびれたよははは」
「えっ。待ち合わせって半じゃなかった? ……もしかして、めっちゃ待たせた?」
「ああいや、半で合ってるけど」
「やんな? ……やとしたら来るの早すぎだろ」
小依くんはいつもと変わらぬ調子で僕の隣に座った。なんだ、普段はちょっとイラッとするくらい煽り散らかしてくるから、てっきり先に着いていたら悔しがると思ってたのに。
……てか距離近。ベンチに着けていた手が太ももに踏まれてますが。
「小依くん、手踏んでます」
「ね。ゴツゴツしてんな、お前の手」
「そりゃ男なんで」
……足、退かしてくれないんだ。同い年の女子の体、それも特に柔い部分に触れ続けている。良いのだろうか? 後からセクハラと訴えられないだろうか?
足の位置をズラす事なくそのまま彼女は僕から奪った片イヤホンを耳にはめて「おっ、この曲好き〜」と暢気に感想を述べていた。マイペースだなぁ、今日は機嫌が良さそうだ。
「今日はワンピースなんだね、珍しい」
「んー」
私服の小依くんは、いつもならもっとボーイッシュな感じの服装に身を包んでいたのだが、今日は一風変わって女性らしい水色のワンピースを着ている。日焼けした肌に相まって非常に健康的。すごく少女然とした見た目をしている。
てか、日焼けした所と地肌の白さの対比がすごいな。元の肌色が陶器みたいな白さしてるから、鎖骨辺りの露出が多いワンピースを着られるとその違いがめちゃくちゃ浮き彫りになる。思った感想を正直に述べるなら、エロい。
「なあ」
「はい」
「この服、どう?」
「?」
「……」
「……似合ってるよ?」
「そう?」
「うん。言われて良い気がしないならアレだけど、すごく可愛いと思う」
「あっそ」
相手から訊かれた事なので素直に思った事を答えたら素っ気ない返しをされた。顔背けられてるし、なんか不機嫌そうに髪をいじり始めた。どうやら僕は不正解を引いたらしい。機嫌が良いとはいえ、やはり小依くんの扱いは難しい。
あ、リスカ痕は包帯で隠してるんだな。やっぱりそういうのは人の目に触れさせたくないか。でも、包帯をその位置に巻いてると言われなくてもリスカしてるんだって分かっちゃうと思うんだけどな。
「小依くん」
「っ、なに!」
「顔あっか」「赤くねえよ」
ギロッと睨まれた。さっきまで花が舞うような機嫌の良さだったのに一気に不機嫌になった? 小依くんに睨まれたまま、僕は言葉を続ける。
「頭、熱くない?」
「頭? 熱いやろそりゃ、灼熱だけど」
「だよね。髪、触っても大丈夫?」
「は? ……うん。別にいいけど」
眉間に皺を寄っていた皺が無くなり、どこか恥ずかしがるように目を泳がせながらも小依くんはすごすごと僕に対し俯いて頭を近付けた。僕は被っていたキャップを取り、小依くんの頭に被せる。
「なんだよ」
「直射日光は髪にダメージ行くって言うし、これなら日差し避けられるよね。多少は涼しくなった?」
「まあ」
「ならよかった」
「ありがと」
おっ? 今度は嬉しそうな声音で彼女が言った。表情はキャップをしっかり被り直すために上げた手に遮られた為見えなかったが、口角が上がっていた気がする。すごい速度で感情が二転三転してるな、エネルギッシュすぎる。
というか今日の小依くん、やばいな。いつもより分かりやすく女の子な服装をしているせいか、普段掛けている男友達フィルターが外れて真っ当な美少女としか映らなくなってる。
元から顔は整っているなと感じていたし制服を着てる時もよく考えてみれば紛うことなき美少女なんだけど、学校の中では意図して女子として接しているように周りに見せるよう気を遣ってたから逆に意識が逸れていた。
完全オフの日にこんなお嬢様みたいな服装してきて、表情も平常時の不機嫌で無愛想な感じが外れて、照れみたいなのを滲ませてるせいで僕の中の小依くん像にノイズが走って妙に緊張してしまう。
「……」
「……小依くん」
「な、なに」
「どうしたの? 今日」
「なにが? 別にどうもしてない普段通りだきどぅっ」
あ、分かりやすく噛んだな今。
「……噛んでないから」
「いや噛んだよね」
「うざい。てかいつも通りだし。普通だし」
「普通、ねえ。こうして外で待ち合わせて遊ぶ事自体珍しいのに、服までお洒落してさ。普通かね」
「お洒落してないから家にあった服そのまま着ただけだし何言ってんの意味わからんキモ」
「今度は噛まなかったね〜」
痛い。膝を殴られた。
「こんな服着てこなけりゃよかった」
「え!? なんで、めちゃくちゃ似合ってるよ!」
「お前、いつもより割増で女扱いしてるだろ」
「それは確かにそう」
「ほら!」
「まあめちゃくちゃ可愛いやん今日って思ってはいるけどさ「思うな!」無理。めちゃくちゃ、めっちゃくちゃ、誇張なしで人生今まで見てきた中で一番可愛い女の子が隣に「黙れタコ!」隣に座ってるなって思ってるけど、だからといって態度変えたりしないから安心してよ」
「全然黙らんやんお前、なんなんまじで……」
小依くんは照れたように顔を手で覆って隠した。もっと茶化したいなって思うけど、これ以上言うと拳を鼻に食らいそうなのでやめておく。見た目はどうあれ小依くんだからな、すぐに手を出す気の短さを忘れてはいけない。危険だ。
「照れてる所悪いけど質問いいですか」
「照れてねえから!!」
「うむ。でさ、今日は何するの?」
「流してんじゃねえよ! ……昨日、桃果結乃コンビからスイーツ屋さんの割引券貰ったからさ、一緒にどうかなって思って」
「デートの誘いって事?」
「でっ……ぇと」
冗談めかして言ったつもりだったのに、消え入りそうな声で僕の言った単語を繰り返す小依くん。僕は『調子乗ってんじゃねえぞカス』みたいな感じで罵倒されると予想していたが外れか。ムキになる姿が見れなくて残念だ。
「……普通に遊ぶだけだし。何言ってんのお前」
「うーん? 今日、熱でもある?」
そう言いながら額に手をペタっと当てた。ふむ、熱がある感じの体温では無かった。小依くんはその行為に対して僕の腕を両目で凝視し固まっている。またしても予想外れ、『勝手に触ってんなよきっしょ死ね!』と言われると思ったんだけどな。今日の小依くんは大分安全だ。
「……お前、今日いじわる」
「そんなことないでしょ。いつも通りだよ」
「確かにな。いつもいじわる」
「心外だな!? そんな意地悪い事してないと思うけど!」
彼女は頬を膨らませて僕を睨んだ。どうやら彼女の中では僕は意地悪い事を常習的に行っている事になってるらしい。
「というか、そろそろ移動する? ここじゃ暑いしさ」
「ん。あ、ちょっと待って」
「はいよ」
「これあげる」
「?」
先に立ち上がった僕の手を小依くんが取って何かを握らせてきた。手を開けてみたら、そこには顔が裂けている猫っぽいキャラクターのストラップがあった。
「……率直な感想を述べたら傷付くだろうか」
「ほう。言ってご覧なさい」
「グロいな〜」
「分かる。俺も初見の時キモすぎって言っちゃった」
「アレかな、ガチャガチャで好みじゃないキャラが出たからあげる的なやつかな?」
「いや、ダブったからあげる。桃果が好きなガチャの景品でよ、付き合わされて全種類コンプしよってなったらこれが6つぐらい出たんよ。5つも押し付けられたわ」
「まだ小依くんちに4体もいるのか……」
「そう。部屋の一角がクリーチャーの巣窟になってる」
「見てみてぇ〜。後で写真送ってよ」
「……やだ」
「写真くらいはいいでしょ!?」
「……」
「何も言わなくなっちゃった。まー、じゃあこれで僕らお揃いって事だ」
「ノーコメント」
「いいねー。カバンにでも付けようかな」
「!」
「どしたの?」
「……俺も付けてる、これ」
「そうなんだ。よっしゃ周りに見せつけてやろうお揃いストラップ」
「なんで嬉しそうなんだよ!」
「嬉しいでしょ」
「なんで!」
「えっ、え〜……匂わせというか牽制的な? そういうの出来るの、なんかいいやん?」
「匂わ……? 言われても全然わからん、どういう意味?」
伝わらないか〜。匂わせって概念自体は女の子の友達と話してる時とかに小依くんが口にしていたから知ってるんだろうけど、それでも伝わらないか! 筋金入りの鈍感だなこの人!
「ふぃー疲れた〜」
店に着き席に座ると、小依くんはぐたぁっと背もたれに背中を押し付けて胸元をパタパタし始めた。
「小依くん、それ胸元見えちゃうよ」
「見えないだろ」
「僕からは見えてないけど、通行人がいたら見えちゃうよ」
「人が近く通ったらやめるし」
人が近くを通ったら、小依くんは言ったが彼女はすぐに胸元をパタパタするのをやめてスマホをポケットから出した。そして少しだけスマホの画面に目線を落としたあと、スマホを閉じて机に置いた。
「ねえ。つかぬ事を訊いてもよい?」
「どうぞ」
「あのさ。お前って、何度か俺のパンツ」「ご注文はお決まりでしょうかー?」
すごいタイミングでウェイトレスさんが来た。小依くんは一瞬で無愛想な顔をニッコリ笑顔にしてつらつらと注文していく。
「で、パンツがどうしたの?」
「……何度か俺のパンツ見た事あるでしょ」
「何度もって言い方はアレだけど、まあ。小依くんちでの事とか」
「あの日はいいや、暗かったしよくは見えなかったやろうし」
いや〜、雷とか外からの灯りのせいで結構しっかりと小依くんの下着姿を見ちゃってるんだけどな。
「あの日以外で。例えば学校とか、一緒に行動してる時とかさ。何度か俺のパンツ目撃してるやろ」
「あの日以外で……事故みたいな形でなら何回か、とか言ったら怒られるというトラップじゃないですよね!」
「怒るけど?」
「一回も見たことないです」
「冗談だよ。正直に言ってくれ。見ようとしなくても見えちゃってる時とかあるんだろうな〜ってちゃんと分かってるし」
「分かっててスカート短くしてるの? ……そういう趣味?」
「違うから。人を露出狂みたいに言うな」
そんな事言うつもりはないけども。でも、間山さんと塩谷さんと並んでる時は下半身の肌色面積高いから目のやり場に困るんだよなぁ。
「で? 見たんだよな、俺のパンツ」
「……何度か。でもそんなに頻繁には見てないよ! ちゃんと目逸らしてるし!」
「今後も是非そうしてくれ。でさ、よーくその時の事を思い返してみてほしいんだけど」
「どっち???」
「今後は見ないようにしてほしい。で、今から見ちまった時の事を教えてほしい」
「どのタイミングで見てしまったのかって事?」
「うーむ……」
小依くんが腕を組み考え込む仕草を見せる。どうやら見えてしまったタイミングを訊きたいわけではなく、別に訊きたい内容があるらしいがそれを口に出すのを躊躇っているらしかった。彼女の中で葛藤しているのが分かる。
「……単刀直入に言うと、俺、パンツ透けてたかもしれんのよ。今まで」
「!!!!」
「めいっぱい目ぇ開くのやめれる?」
「して、訊きたい事とは」
「ん。……こんな事訊いて、その時の事を思い出した時に付随して余計なもんまで思い出されたら嫌なんだけどさ。透けてた? パンツ」
「あっ、そういう……」
なるほど。誰かから、恐らく間山さんか塩谷さん辺りから下着が透けていると指摘され、それじゃあ今まで事故で見てしまった人らは透けたパンツ越しに広がる世界を見てしまったのではないかと心配になったわけか。
その是非を確かめる為に僕に当時の事を思い出してほしいと。なるほどね、ナチュラルボーン童貞キラーかこの人。机があってよかった。
「どうすか。思い出した? 見た時の事」
「思い出したとすんなり言い難い状況……」
「あくまで思い出すのは透けてたか否かだけだからな。もし透けてたとして、その先までは思い出すなよ。寸止めしろ」
「思い出す内容に寸止めとか効くのだろうか」
「……じゃあ別に、見た光景を全部思い出してくれても構わないけど明言すんなよ。透けてたかどうかだけ教えて」
どんな注文だ。流石に強めにツッコミたくなる。
小依くんのパンツが透けてたかどうか。そんなの一々気にしてないし覚えてるはずない、パンツなんて見えた時点でラッキー! ってなるくらいだもん。細部なんて覚えてる筈が……。
パンツ。パンツ。ケース1、階段を登ってる時に見えた小依くんのパンツ。あれはライトグリーンのパンツだった。エロかったなあ。
ケース2、体育座りしてる小依くんと遭遇した時に見たパンツ。あれは黒だったかな。エロかったなあ。
ケース3、学校帰りに直接小依くんの家に寄った時、彼女がベッドの上で寝転がってる時に見たパンツ。あれも黒だったけどフリフリしてたな。あれもエロかった。
「やばい、エロかったなぁって感想が邪魔して透けてたかどうかまで思い出せない」
「ぶっ殺すよ?」
「女子の下着なんて見たら抱く感想なんてそんなもんだろ! 男なんだもん!」
「絶対に見られるとしたらお前が一番頻度多いんだから頼むわまじ」
「自分で言ってて恥ずかしくないのって言おうとしたけど顔真っ赤だし言わずもがなか」
「赤くねえし!! 恥ずかしくねえわ!!」
「恥ずかしがろうよそこは」
つくづく小依くんは嘘が下手というか、思ってる事がすぐ顔に出るなあ。
でも思い出すったって、そんな至近距離でパンツが見えてたら目を逸らしつつ注意するし、遠巻きに見てばかりだから透けてるかどうかなんて判断のしようがない。
「……少なくとも僕視点では透けてるな〜って思ったことは無いかな?」
「まこと? 偽り無き真実?」
「うん。てか透けてたら流石に指摘するし」
「そっか。よかった」
「そんな事を訊くために今日呼び出したん?」
「そうだけど」
「通話で訊けるじゃん」
「……」
あ、黙った。黙って下向いてる。その手があったか! という気付きを得た感じだな。
注文した物を食べ終え店を出る。今日僕を呼び出した目的がパンツ透けてるかどうかを訊く為という話だったが、これからはどうするのだろう? ここで解散かな? と、動き出さない小依くんを観察しながら考えていたら彼女は何も言わずにふらっと歩を進め始めた。何も言わずに横に着いて歩く。
「なあ、水瀬」
「はい」
「男女の友達ってさ、どんな所で遊ぶの?」
「男女の友達?」
「おう。俺、考えてみれば女になってからは殆ど女としか外で遊んだ事ないから分からんくてさ」
「僕だって女子と遊ぶ事なんて滅多にないのですが」
「やーい陰キャ」
「ブーメランお疲れ様です」
「殴っていい?」
「なんでだよ。先に狼煙上げたのそっちでしょうが」
歩きながら淡々と悪口を言ってきやがって。僕も大概だけど小依くんって本当に性格悪いよな〜。慣れてるからいいけどさ。
「おっ。昭和スポット発見」
目的もなく歩いていたらとある老舗の駄菓子屋? おもちゃ屋? の前で小依くんが立ち止まった。ここら辺は都会だと思っていたけど、まさか店前に大きな招き猫が置いてある店に出くわすとは。
小依くんは興味深そうにその店の方へと歩いていく。
「すげぇ〜、絶対消費期限切れてる菓子で溢れてるぞ水瀬!」
「店の前で言う事ではないかもな〜。店員さんは居ないのかな?」
店の中は物で溢れかえっている為、そもそもレジに辿り着けない。迷路じみた店内をカンを頼りに歩いてやっと見つけたレジには、店主さんと思しきおばあさんが目を瞑って座っているのが見えた。
「水瀬」
「うわっ!?」
「っ!? 脅かすなよ!?」
「驚いたのはこっちだよ! びっくりした……」
「普通に声掛けただけだろ!」
「ちっこいから妖怪か何かだと思った……」
「はあ!? 誰がチビじゃこのやろ!」
「狭いから暴れるの厳禁で!」
不穏な空気を感じ先んじて釘をさしたら小依くんはムッとした顔で僕を睨むだけに留めてくれた。危ない危ない。
「それでどうしたの?」
「水風船見つけた! 投げ合おうぜ!」
小依くんは嬉しそうに500個入りの水風船を掲げてきた。目がキラッキラしてる、見つけた時はさぞ感動したんだろうな。多分ダイソーとかでも売ってますけどね、この手のもの。
「しかし大容量だね〜。全部使うん?」
「んにゃ、後日桃果と結乃にも提供しようと思う。奴らにこれぶつけまくって水で服透けさせてやるんだ天才やろ!」
「天才だ! 是非とも僕も呼んでくれ!」
「呼ぶかぁ。変態め」
小依くんは僕にツッコミを入れながら水風船を持ってウキウキでレジまで歩いていく。よーし狙い通り、意識を間山さん達に向けさせる事で『自分がこれから水風船をぶつけられてしまう事』を頭からすっぽ抜く事に成功した。我ながら頭が良すぎる。
「よっしゃどこで投げ合うよ!」
「小依くんちの近くに小さい公園あったよね。そこでやろう」
「おっけー!」
僕の提案に乗った小依くんは珍しく駆け足で道路を横断しようとする。
「あっ」
そしてそのまま思い切り道路沿いの盛り上がった部分に足を引っ掛けた。車は来ていないから大丈夫かって思ってたのに、ギャグ漫画かってくらい見事な大転倒をしそうになった小依くんの手を掴み強引に引っ張る。
「あっぶね……」
「小依くん、目ェ悪いんだよね。眼鏡しないの?」
「しない! 買い方わからんし」
「今度一緒に買いに行く?」
「一緒に? 一緒に……」
長考する唸り声が下から聞こえてくる。流れでそれとな〜く次のデート(仮名)の予定を取り付けようとしたんだけど失敗かな? 小依くんって男に対しての警戒心強いしな〜。
「……水瀬」
「うむ。何を言われても大丈夫、心の準備は出来たよ」
「いつまでそうしてるつもりなん」
「いつまでとは?」
「…………俺、お前に抱きしめられてんだけど」
「うぉあああっそうだったわ!」
言われて長尺で抱きしめていた小依くんから離れる。
「無意識だから! 変な意図は無いのでそこは誤解なきよう!!」
「……有り得る? 現実でそんな事」
「抱き心地が抱き枕すぎてつい!」
「抱き枕使ってんだ。可愛いなお前」
「男が抱き枕使ってもいいでしょうが!」
「別に悪いとは言ってねえし。てか、抱き枕と人とじゃ諸々違うでしょ。それもまた無理あると思いますけど」
「いや、あの」
「そう言えば合法的に女を抱き締めてもいいと。そう言いたいわけだ、水瀬は」
「決してそんな訳では無い!」
「どうだろうな〜。お前結構女好きだもんな〜」
「女好き!? 全然身に覚え無いんだが!」
「お前すぐ人に可愛いだの言ってくるし、女の誘いに二つ返事でケツ振って着いてくるし完全に女好きでしょ」
「それは小依くんだからそうしてる訳で! 他の女子に対しては言わないし軽い感じ出さないから!」
「……」
「あっ」
失言か? 今のは。小依くんが固まっている。
少し間を置いた後に小依くんは自らのスカートをつまみながら、僕を睨みながら言う。
「俺限定で、そういう事してくるんや」
「や、あの……まぁ、そっすね」
「………………おっけー了解」
おや? 女扱いしやがっててめぇいい加減にしろよぶっ殺す! みたいな感じで殴りかかられると思い身構えていたのだが、小依くんは暴れることなく身を翻して道路を渡り始めた。少し後ろを着いて歩く。
「怒りました?」
「……怒ってはない。別に」
「誠に申し訳ございませんでした。本当に」
「怒ってないって。びっくりしただけだし」
「ですよね。……でもなんかリアクションに時差あったくない?」
「いいよその話は! 忘れよ!」
「知り合いに見られてたら一大スクープだよなぁ」
いやはや、まさか公衆の面前で女子を抱き締めてしまうとは。知り合いには見られていなかったことを願いたい、今後も平穏な学校生活を送る為に。
「水瀬はさ、俺とそういう風に見られるのってしんどいの?」
道路を渡り切り、歩道を歩いていたら右斜め下からそんな質問が飛んできた。小依くんの方を見たらバッと顔を背けられた。という事は今まで僕の顔を見上げていたのだろうか? それくらい勢いのある挙動だった。
「そういう風にって?」
「……人前で抱きしめ合うような関係? に、見られるのはしんどいわけ?」
つまり、恋人のように見られるのがキツいかどうかという話か。
「逆に小依くんは?」
「質問を質問で返してくるやつ嫌い」
「ごめんなさいね。じゃあ……僕としては、しんどくは無いけど」
「しんどくないの? 勘違いなのに?」
「あながち勘違いでもないし。片道だけどね」
「は?」
小依くんが足を止めて僕を見上げてきた。やっべ、今の流れをちゃんとキャッチしてもらえるとは思わなかったから恥ずい。いつもなら流しそうなのに。
そのまま逃げるように歩き続けようとしたら「おい」と言われて腕をガシッと掴まれた。
「痛い痛い」
「痛くねぇだろ。なんでそのままテクテクすんの、おかしいでしょ」
「まさか深掘りされるとは思わなくて」
「うん。深掘りするから立ち止まれ」
「えっと……」
え、こんな所で、話の流れで告白するの? 急すぎない? ていうかよく考えなくても、この状態の小依くんにそんな事言ったとして玉砕するの確定演出では?
いつかは言うつもりだったけど、小依くんは女扱いされるのが嫌いだからまだ様子を見ようとしていた。現段階で言うのは……でも相手はしっかりと話を聞くつもりらしいし、そこで変に誤魔化すのは不誠実に当たる、よなぁ。
「ねえ。なに黙ってんだよ」
「……先に小依くんの意見を尋ねてもよいでしょうか?」
「なに?」
「周りから、僕と恋人のように見られるのは小依くん的にはどう? それこそ、しんどいのかなって」
「ノーコメ」「ノーコメントは無しでお願いしたいかな」
「っ」
僕の返しを受けて驚いた反応を見せる小依くん。彼女は困惑した表情に変わり、目線を泳がせつつ口を動かす。
「なんで、ノーコメント駄目なん」
「しっかり聞いておきたい事だから」
「……困るんですけど」
ただ彼女の言葉を待つ。しばらく無言の時間が続いた後、彼女は弱々しい小さな声音でボソッと一言口から零した。
「……別に、しんどくは無い」
「そっか」
その答えを受けて、変に煽りもせずに受け止める。
……え!? しんどくないんだ! 恋人同士って思われても構わないと!? あれっ、待て待て分からなくなってきたぞ。それは一体どういう……?
いや、余計な事は考えないでおこう。相手の言葉も聞けたし、内容的にも想いを伝えてキモがられる心配は……いやー、全然あるな小依くんの場合。一旦勇気折れそうだ、余計な事は考えるな〜!
「……で? さっきの発言、どういう意味。俺、頭悪いし察する事も出来ないから分かりやすく言って」
「分かった。その前に深呼吸させて」
「深呼吸? どうぞ?」
小依くんと正面から向き合う。小依くんは僕が自分の正面に立った事に驚いてそっぽを向いた。本当はちゃんと目を見て言いたかったが、生憎こっちに向かせる程の心の余裕はなかったので僕はそのまま深呼吸をして意を決する。
「小依くん」
「……ん」
背後でトラックのエンジンがかかる音がした。風が吹いて木々が揺れる音もする。緊張感が高まってるせいか環境音が煩く感じる。
「えっとですね」
「……」
「……その、今まで散々釘を刺されておいてアレなんだけどさ。なんというか、こういう感情って理性ではどうにも出来ないと最近自覚したと言いますか」
「長い。何が言いたいん」
「僕は同性愛者では無いです」
「何の話だよ」
「というのも念頭に置いて欲しくてですね。つまり、そのー……」
小依くんは控えめな感じで僕を見上げて言葉を待つ。
自分の心音がさっきから喧しく鳴り響いている。呼吸が苦しくなりそうなのを抑え、改めて息を吸って頭の中で言う言葉をちゃんと組み立ててから口を開く。
「僕と、付きあ」
僕の言葉に被せるように後ろでトラックが発進し、ぶろろろろ〜という呑気な音が僕の言葉を飲み込んでいった。小依くんに聴こえていただろうか? 僕の言葉。
「……僕と、ツーブロ?」
「えっ」
「なに、ツーブロにしたいの? 俺と一緒に」
そんなわけないだろう。どう考えてもそうはならないでしょう。ブロロロって言うのはあくまでトラックが発進する時の擬音を自分なりに文字にした物だし、僕の口から出た音ではないんだからそう錯覚されるのはどう考えてもおかしいでしょうよ。
「俺はツーブロはちょっと。悪いけど、したいなら水瀬だけで頼むわ」
「いや違くて。絶対違うじゃんそうじゃなくてですね」
「いや? 俺にツーブロとか似合わないって」
「ツーブロとは言ってないのよそもそも!」
「言ったよ?」
「言ったかなぁ!?」
「絶対言った。それでいいだろ」
それでいいだろて……。何故かここに来て強情モードに入ってしまった。
まあ、これ以上は心臓が保ちそうになかったので逆に有難いか。今日みたいな事故った流れで告白するよりもっと段階踏んで様子を見ていきたいし。
何も言う事が無くなると小依くんがジーッと僕の目を見続けてくる。なんか気恥ずかしくて目を逸らすと、彼女は僕の手に手をぶつけてきて、そのままズボンのベルトループに指を掛けて引っ張ってきた。
「水風船しに行こうぜ」
「いいけどそこを引っ張られると歩きにくいです」
「ならはよ歩けや」
「早歩きしたら歩幅的に小依くんを置いていってしまうがよろしいか」
「早く歩き出せやって意味だわ。てか俺の事短足扱いした? 今」
小依くんはベルトループから指を離すと、少し迷った後に僕の手首をガシッと掴んで歩き出した。
迷うんだったら普通に手を繋げばいいのではと思ったんだけど、それは流石に恥ずかしいか。てか、目的地は分かりきっているんだから手を繋ぐ必要も厳密は無いと思うんだけど、それを言うのは野暮なのかな。
……距離、近いなあ。また心臓が痛くなってきた。あと本人には絶対に言わないけど、隣にくっつかれると上から胸がチラチラ見えそうで気が気でないんだよな。もうちょい前屈みになって歩いてくれないかな〜。




