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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
43/61

43話「もやつき」

 爆発するように大病みした後、気持ちが落ち着いた後にくるのは毎度変わらず壮絶な後悔だ。羞恥心も込みで。


 いやはや、水瀬はともかく桃果に対してめちゃくちゃ悪意満点の受け答えをしてしまったことの後悔が凄まじい。わざわざ心配して家まで来てくれたのに……ぐぬわあぁ〜自分の性格の悪さが恨めしい!!


 はあ……。てかなんなんだ、最近の俺。短気とかそんな次元じゃなくなってきてるって。水瀬と桃果が話してたらすーぐ顔真っ赤になって、どうしたんだろ。意味が分からん。


 流石に休みすぎで単位が心配になってくる頃合だから今日学校には行くが、桃果に会うのが怖い。あいつは底抜けに良い奴だから無視したり避けてきたりはしなさそうだけど、気を遣われたらそれはそれでなぁ。



 鏡の前でむむむ、とにらめっこ大会を開く。身支度が全然進まん、髪が長かった頃に戻りたい。髪を前に持ってきて目線を隠したい。



「こんな日でもバナナは美味い……」



 一旦気持ちを落ち着かせるために小腹を満たす。もそもそと食べていたのにあっという間にバナナの実が無くなってしまった。時間稼ぎのために他の物も食べようかなあ。




「お、おはよ」

「あ、小依! おはよう、てか昨日はほんっとにごめん!!」



 何とか身支度を整えいつもの待ち合わせ場所に来るといつも通りの時間に桃果と遭遇した。今日はこの待ち合わせ場所を経由せずに高架下のルートを辿って高校に向かうと思ってたから姿を視認した時は心臓が飛び跳ねるような感覚がした。



「私の方こそ、昨日はごめん。めっちゃ酷いこと」

「いやいやいや!! あれは本っ当にシンプルにあたしがノンデリカシーなだけだったから! まじでごめん〜……!」

「い、いや、でも」

「小依は何も悪くないから〜! そんな髪の毛いじいじしながら謝らられてもこっちが悪い気してくるから! 許しておくれ〜!!」



 桃果が俺に謝りながらしがみついてくる。相変わらずの巨乳が顔面に押し付けられてる、たまらん。


 ……やっぱり、予想した通り桃果は先出しで「ごめん」と俺に謝ってきた。心底反省した素振りを見せている。結乃がこの場にいなかったのが幸いだ、後に続くイベントが1個潰れたようなものだから。


 このまま気まずさを残すと俺と桃果の間に流れる違和感から何があったのかと周りに尋ねられそうなので、ここはいつも通りの空気になるよう会話を誘導する。下らない世間話をふっかけると、段々と桃果はいつも通りの調子に戻っていった。



「ていうか前にも触れたと思うけど夏にカーディガンは暑くない?」



 普段通りの雰囲気に戻ると、桃果は俺の服装について訊いてきた。舵取り成功、は良いんだけど服装の話か……。



「暑いけど、半袖だとリスカ跡見えちゃうもん」

「正直さ、小依がそういう系の女の子なんだって見た目から容易に推測できるし周りも小依の事メンヘラっぽいって言ってるじゃんか。出しても問題ないんじゃない?」

「推測の段階だろ、私がされてるのってシュレディンガーのメンヘラ扱いでしょ。確信持たれたくないよ」

「夏場に長袖着てる時点でほぼ確信持たれてる気するけど」

「長袖着てる男子だっているじゃん」

「桐岡くん前ヴァンパイアを自称してたからね。そりゃ肌なんて出せないよ」

「日中寝とけよそれは。何を普通に全日制で通ってんだよあの人」

「デイウォーカーってやつなんでしょ」

「かっこよ。なにそれ」

「ブレイドって事よ」

「なにそれ……切れ味良さそうですね」



 よく分からないし桃果もそれ以上話を続けなかった。なんですかブレイドって、てか吸血鬼が平然と人間の学校通うなよ怖いな。



「あれ!? こよりんじゃん久しぶり〜!!!」

「むぎゅあ」



 桃果と一緒に廊下を歩いていたら授業で使う国語辞典を運んでいた結乃が俺に存在に気付いた。

 結乃はその場で辞典の入ったカゴを落とし俺の方へ駆け寄って、桃果のしたように俺の顔面を胸に押し付けてきた。身長煽りかこいつら。あと、隣で一緒に残りの辞典を運んでいた先生が絶望顔して「おいぃ……」と嘆いていた。



「なんでずっと休んでたのさー! コヨリウム足りなくて死にかけてたんだぞ〜!!」

「だから、なんなんですかその物質」

「小依からしてくるなんか甘い匂い。赤ちゃん的な」

「!! やっぱ赤ちゃんの匂いするよなぁ!?」



 以前俺が気付くも共有しようとした水瀬には理解を得られなかった単語が飛び出したので嬉しくなった。そうなんだよ、俺の膝からは謎の赤ちゃん臭がっ……俺からしてくる? 全身からって事?



「待って、私ってもしかして臭いの?」

「全然臭くないよ! いい匂いだよ!」

「でもなんか特有の匂いするんでしょ?」

「赤ちゃんぽい匂いってだけよ」

「赤ちゃんぽいってのは結乃の解釈だね。あたしはエロい匂いだと思っている」

「エロい!?」

「言ってたね〜。こよりんはなんだかエロい匂いするって」

「なんでそんな二極化するんだよ!? 真逆じゃんか赤ちゃんっぽい匂いとエロい匂いって」

「そこに関しては私も違うだろって思ってんだけど、もかちは聞かないからな〜」

「ふっふっふ。あたしがもし男だったら興奮するなあって感想からそう銘打ったからね」

「「キモ」」

「ちなみに寝てる時の小依が1番エロい匂いするよ。何しても中々起きないからやりたい放題だし」

「もう二度と家に入れないからな」

「やだー!」



 くだらない事で桃果が駄々をこね始めた。てかなに、女って同性の友達にそんなエロい匂いするな〜とか思ったりするの? 俺は中身が男だから全然バキバキそういうの思いまくるけど、桃果に関しては生まれた瞬間から生粋の女だろ。よく分からんわ。



「てかこよりん少し痩せた? 抱き心地が変わってるな〜」

「引きこもってる間はあんま食わなかったから痩せてはいるかも」

「なんだって!? どうしよう結乃、小依が消えちゃう!!!」

「消えないわ。むしろ丁度いいだろ、前はちょっと腹が……」

「つまめたよね〜こよりんのお腹」

「やめて?」

「やだ〜小依が痩せこけて死ぬなんてなんか、なんかエグいよ〜!」

「私がってか誰だってエグいだろ」

「元が可愛い女子がかりんちょりんになって死ぬのってなんか補正がかってエグくない? リョナもいけるけど餓死はなぁ……」

「結乃、行こうぜ」

「あい」

「スルーは良くないよ小依。ちゃんとツッコミして」



 桃果のよく分からない話を躱しつつ結乃と教室に入る。俺を見ると恋バナとかアニメやドラマの話をしていた女子のうち数人がこちらに来て挨拶してくれた。家を出るまでは怖くてたまらなかったが、その胸のつかえは何事もなく取れた。優しい人らばっかのクラスでよかった本当に。



「お、久しぶりじゃん冬浦ちゃん」

「久しぶり〜」



 席につくとクラス一の、いや下手したら学校一と言っても過言では無いかもしれない屈指のイケメンである田中くんが声を掛けてきた。なんだコイツ、前髪縛ってちょんまげにしやがって陽キャかよ。


 てか、田中くんの方から話しかけてくるとは思わなかった。話したのなんて体育祭の時か夏休みの祭りの日くらいだし、接点全然無いのにどうしたんだろ。



「髪切ったんや。短髪似合うじゃん」

「今更ぁ? 登校日来てましたけど私」

「いや俺1日地球時間ズレてたせいでその日は学校来てないんよね」

「そうなんだ。なに、月にでも行ってたん?」

「ひょんな事で出会った少女の故郷の星を救うために戦ってたもんで」

「ドラえもん映画じゃん。そりゃ時間感覚も狂うか」

「そういう事よ」



 軽口を叩きながらスマホをポチポチしてカメラにして無断で田中くんを撮影する。咄嗟にピースをする辺り撮られることに慣れてるっぽいな、撮った写真目の前で消してやろ。



「なんで髪切ったん?」

「そりゃ人間ですから」

「ちがわい。そういう事じゃなく、ロングからショートにするの思い切ってんなーって」

「はあ。なに、ロングの方が良かった?」

「純粋に気になって。だって振り幅エグくない? パッと見誰か分からなかったもん」

「人の事髪の長さで判断してんの? てか祭りの日に会ったよね、脳に虫でも飼ってるの?」

「結乃ー! お前の友達なんか俺に冷たいんですけどぉー!?」



 田中くんがそう言うと、離れた所から結乃が「なんか変な事したんでしょ、謝れー」と謂れのない野次を飛ばされていた。女の男に対する印象なんてそんなもんだよな、恨んだりしないでやってくれよ田中くん。我々は男女間で何か問題が起きればとりあえず一旦男側がしょうもないことしたんだろって疑ってかかるからな、悪気は無いんだ。



「くそー。変な事なんてしてないっつの。単に髪型が変わったのが気になっただけなのに酷い言われようだわ」

「私は100ぱー無いけど、なんの気もない相手に髪型の変化とかネイルなりメイクなり細かい所が変わった時にそれ指摘するのやめた方がいいんじゃない?」

「なんでだよ」

「そういう所に目が行く男って希少だからね。モテちゃうよ」

「あー……」



 そこで「モテてもいいだろ」的な事を言わない辺り、やはり男女系のいざこざは絶えないらしい。ただでさえイケメンだから余計だよな、呼吸してるだけで告白の嵐だろう。正直羨ましい、俺も女にモテたい。



「でも冬浦ちゃん可愛いし正直アリなんだよな」

「おい。たった今忠告したばかりですけど」

「忠告してくれる辺り、冬浦ちゃんは勘違いとかしないんやろ? なら素直な感想述べても問題なくね?」

「まあ……でも他の子に言うなよ。その子に好きになられたら、フるのもそうだけどその後が面倒臭いでしょ」

「面倒臭いってか、時々怖いよなって感じるよ。フると一気にその周りの女子が敵になるというか」

「だろうねー」

「結乃に嫌われるのはちょっと、な……冬浦ちゃん」

「なんですか」

「一応言っとくけど、俺巨乳派だからね」

「うん喧嘩売られたって解釈でいいのかな。眼球抉られたいの?」

「だから、ごめんな」

「告ってねえよ。告ってないのにフってんじゃねえぞ」

「あっ、もしや失恋して髪を短くしたのか!?」

「ちゃうわい!!! これは単に暑かったから水瀬に……そういえば今日水瀬に会ってないや」

「水瀬なら寝坊したって。ついさっきLINE来てたぜ」

「なーにやってんだあいつ……」

「……ふむ。なるほどね」



 合点がいった、とでも言うかのようにしたり顔になった田中くんが腕を組みニヤつく。



「なんですかその顔、きっしょ」

「初めて言われたぞそんな暴言」

「造形は整っててもキモい顔できるんだなって感動出来たよありがとう。で? 何を思いついたん」

「冬浦ちゃんさ、水瀬の事好きっしょ」

「………………はい?」

「あいつ良い奴だもんなー、割となんでもこなすオールマイティなタイプだし」

「それはどうだろう。てかいきなり何の話。なんで私があいつの事好きってなるのさ」

「だって冬浦ちゃんって男とあんま仲良くしないじゃん?」

「今この瞬間仲良くしてると思うんですけど」

「分厚い壁あるって。冬浦ちゃん俺に全然心開かないやんけ〜」



 壁? そりゃ確かにあるにはある、男に対しては過去の経験から一線を引いているが、話しかけられた時は適度に対応してると思うのだが。少なくとも嫌悪感とか拒絶感とか向けないようにしてるつもりだし。



「別に普通だと思うけど? 他の人と話す時と変わらないでしょ」

「それは確かに変わらないけどさ。水瀬といる時の冬浦ちゃんはもっと自然体だと思うわ」

「はあ」

「それこそ体育祭の時とか如実じゃね? ほら、髪触った下りとかさ」

「あれはどう考えてもいきなり触ったそちら側に落ち度がありますけども」

「まじでごめんて。まあそこ以外でも、前々からなんとな〜く男に対しては壁を作ってる感じがしてたんだよ」

「んー……まあ、女子なんで」

「いや、そういう系の壁とはまた違うというか」



 ふむ。言わんとしていることは分かる、ていうかこちら側の内面を見透かされてるみたいだ、この人メンタリストにでもなろうとしてるのだろうか。顔が良い分悪用出来そうで怖いな、心の底から善人であることを願いたい所だ。



「でも水瀬といる時は冬浦ちゃんのそういう壁みたいなものが無いというか、リラックスしてる感じするんだよね」

「言いがかってるなあ」

「いや実際差がすっげぇ分かるよ? 前々から知り合いだったってあいつから聞いてたから単に慣れかなって思ってたんだけどさ」

「じゃあ普通に慣れなんじゃないですか」

「どうかな〜どうだろ〜。慣れとかじゃなくてそこにはもしや秘めたる思いが」

「女子かて。少し慣れた相手と話してたらすぐ恋愛を紐付けようとするの女子すぎるでしょて。別にあいつとは何も無いし、好きとかもないよ」

「本当か〜?」

「ないって」



 否定し続けるも、田中くんは俺の言葉を信じてない感じでニヨニヨしたまま自分の席に戻った。なんだあいつカプ厨かよ、人の相関図頭ん中に浮かべる前に自分が抱えてる矢印向けまくり女子軍団への対応を考えろって話だ。脳天気な奴め、女の執念舐めてるのかこいつ。刺されるぞマジで。




 4時限目が終わり昼の時間になる。水瀬は一応学校には来ているとの事なので、いつもの自販機の所にいるかもしれないと思い立った。が、なんだか今日は椅子から尻を上げられない。



「あれ? こよりん今日は教室でご飯食べるの?」



 飯を持って桃果の席の方へと移動しようとしていた結乃が話を振ってきた。



「なんだか珍しいね〜、夏休み前なんかは昼に入った瞬間に教室を出ていってたのに」

「そ、そうだったっけ」

「そうだったよ。なんか嬉しそうに教室出てくじゃんか」

「嬉しそうにはしてないよ!? 普通の感じだから!!」

「いんや、嬉しそうだったよ。なんかあったん?」

「なんかって、なんでさ……?」

「教室で食べるなら食べるで、変にモジモジしてるのが気になったからさ」

「モジモジなんかしてないが!?」

「自覚無し?」

「自覚云々ではなく! 事実無根なんじゃい!」

「そ、そう。じゃあ今日は私らで食べる?」

「食べらぁ!」

「何故に江戸っ子」



 結乃にツッコミを受ける日が来るだなんて思わなかった、明日は雪だろうか。季節外れの真夏の雪か、天変地異の前触れかな。



「あれ? 今日は教室で食べるんだ、小依」

「なんで君らは全く同じ言葉を私に吐きかけてくるんだよ。いいだろ、教室で食べたって」



 結乃について桃果の席の隣を借りようとしたら桃果にまで疑惑の顔を向けられてしまった。教室を離れないだけでそんなに気になるか? はぐれメタルか何かだと思われてるのか俺は。



「別にどこで食べたって私の勝手でしょうが。二人は私と飯食いたくないのかよ」

「そういう訳じゃないけどさ。……小依?」

「なんだい」

「なんか悩みとかあったら、相談してよ?」

「なんで!? なんでそういう話になるのさ今!! 意味分からん!!!」

「いやー、だって。ねえ? 結乃」

「ねーもかち」

「二人だけで通じ合うなよ! 私にも分かるように言って!」



 桃果と結乃は二人で顔を見合い、俺の方をちらっと見て肩を竦めた。なんでそんな呆れられてるみたいな感じで見られなきゃならないんだ。俺が何をした、単に教室でご飯を食べようとしてるだけだろ。悪いかよ。



「小依ちゃんいるー?」

「げひふっ!?」

「今日一汚い声出たね小依」



 突如水瀬が、うちの教室の戸を開けて結構な大声で俺の名を呼んできたので反射で変な声を出してしまった。汚い声って言うな。咄嗟に俺は水瀬のいる方から身を背ける。



「ありがと。おーい、小依ちゃん」

「わー! た、他クラスに勝手に入るなー!」

「小学校……? いいだろ別に、それより今日は一緒に食べ」「黙れぼけあほたこかす!!!」

「今日一の声が出たねもかち」

「ねー。なんとなく察しが着いたわ」



 廊下側の際の席に座っていた男子に俺の存在を訪ね、居場所を特定した水瀬がズケズケと教室の敷居を跨ぎ俺の所まで歩いてきた。余計な事を言われそうになったので大声でかき消す。



「もう体調は大丈夫なの?」

「だ、大丈夫だから学校来たんだろ!」

「本当? 昨日の事があったから心配だよ」

「ちょっ、お前余計な事」



 止めようとしても時すでに遅し。水瀬の言葉を聞いたクラスメートのうち数名が「昨日の事?」とか「あの男子と何かあったのかな」といった噂話をし始めたのが耳に入ってきた。


 俺は水瀬の手を掴み、強引に教室外まで引っ張る。後ろで二人が「いってら〜」と呑気な事を言っていたが、その声には顔を見なくても分かるぐらいのニヤけのニュアンスが含まれていた。


 二人は勿論、数名のクラスメートに誤解されてる気がするのでそれを1秒でも早く解く必要があるのだが、水瀬が居たままだとまた余計な事を言われそうなので今だけは好き勝手言わせる事にして、俺は廊下の角まで水瀬の事を連行する。



「お前っ、お前なぁ! 余計な事するなってまじで!」

「余計な事? というのは」

「いきなり教室来るなよ!」

「駄目なん?」

「駄目! い、いらぬ噂を立てられる!」

「噂なら事実とは異なりますって説明すればいいだけなのでは」

「ウィルス感染はあっという間なの! なんで分からないかなぁ! 高校生なんて皆カプ厨みたいなもんだろ!!」

「カプ厨とは」

「そんなネット用語も知らないのかよ世間知らず!! で、何しに来たの!! てかなんで俺が学校来たの知ってんだよ!」

「田中から聞いた」

「あいつ〜……!!」



 本人のあずかり知らぬところでなんて事やってくれてんだよ田中の野郎〜!!! 後で絶対詰めてやる!!



「で、何しに来たの!」

「いや、お昼だし一緒にご飯でもって誘いに来たんだよ」

「来るなよ!」

「駄目なん!?」

「だっ、駄目っていうか……」



 そこで言い淀む。

 いや、俺としては、まあ、ミリ単位のほんのちょっぴりな感情ではあるが、まあ一緒に食べたくも、なくもなくもなかった訳だが。それでもだ、直接来られるとは思ってなかったしいきなりは心臓に悪いっての。



「じゃあ、今日はご飯別々で食べる?」

「…………いや、折角来たんなら一緒に食べるけどさ。それでも直で来るのは困るというか!」

「だってLINE送ったのに返信来ないし」

「それは文章考えててっ……違う、見てなかった。へぇLINE送ったんだ初知り」

「既読ついてますけど」

「ついてないよ?」

「僕の画面見る?」

「いいです」

「ほら」



 いいですって言ってるのに水瀬は自分のスマホの画面を見せてきた。知ってるわ、既読が付いていることぐらい。知った上でとぼけたんだよ、分かるだろ流石にそこは。



「やっぱり、昨日の事まだ怒ってる感じ?」



 一度教室にトンボ返りして飯だけ回収しつついつもの場所に水瀬と移動して一息つくと、水瀬の方から会話を切り出してきた。昨日の事、俺が謎ギレをして桃果と水瀬を追い返してしまった話か。



「別に怒ってない」

「あ、その口ぶり。まだ怒ってるね」

「怒ってないって。てか、怒る理由なんかないし」

「でも怒ってる」

「怒ってないっちゅーに!」

「本当?」

「……本当」



 水瀬の問いに返しつつ食料を口に運ぶ。コンビニのメロンパンうまし。腹も膨れるし満足度高め、☆5です。



「……なんか、ごめんね小依くん」

「なにが」

「自分でもよく分かってないけど、なんか無意識にうちに小依くんの事傷つけてたみたいだしさ」

「別に傷つけられてないです」

「そうかなぁ」

「何も傷ついてないし、何も気にする必要なんかないし。いいからご飯食べちゃいなよ」

「んー……」



 釈然としない様子で水瀬も箸を進める。素直に傷つけられたって認めればもっとスムーズに食事もできるのだろうが、結局の所俺自身が何故キレてしまったのかについて分かっていないのだからこちらから「傷ついた」と言えるはずもない。だから気にしなくてもいいのだ、その日は運悪く何故か俺が不機嫌だった、それでいいだろ。



「……小依くん」

「うん」

「小依くんは、人を好きになった事はある?」

「は? なに急に」

「ただの雑談だよ」

「雑談の一歩目が恋愛系かよ」

「話したくない?」

「話したくないわけじゃないけど……」

「なら話してよ」



 何故か水瀬は真剣な面持ちでそう訊いてきた。なんだよ急に、変な奴。



「そりゃ、あるよ。人を好きになった事ぐらいは」

「へぇ。いつぐらいの時?」

「えぇー……んー、小学生の時とか?」

「そうなんだ!」

「あ、ちなみに勿論女子だからな。当時は今以上にバリバリ男だったんで」

「分かってるよ。それが初恋?」

「うーん、そうだね。それが初恋」

「そっか」



 少し間が空く、水瀬が何を考えているのか全く分からないので、構わず食事を進める。男女で恋愛話ってのも妙な話だよなー、女子としか話した事ないぞそんな話題。



「水瀬はどうなのさ。誰かを好きになった事あるの?」

「無かった、だから誰とも付き合わなかったんだし」

「急にモテ自慢ですか。嫌な奴」

「モテる訳では無いよ!?」

「どうだか。田中くんはお前の事好物件って言ってたし」

「男の言うモテるモテないはそんな信用出来ないって」

「そうなん? あ、でもつい先日告白イベントあったやんけ」

「あれは……」

「他にも告られたエピ何回か聞いた事あったし、モテるわけではないってセリフには整合性がありませんなぁ」

「それを言ったら小依くんこそ告られまくりじゃんか」

「まくってはないな!? てか俺はモテないと言ったつもりはないし。……何の話だっけ?」

「人を好きになった事あるのかって話だよ」

「あー、それな。水瀬、無かったって言ってたよね。今は誰か好きな人いるの?」

「……多分」

「Maybeな事ある? 自分の気持ちだろ」

「前例が無いから確証が持てないんだよ」

「なんだそりゃ。どんな風に思ってるのさ、その相手の事」

「……うーん」



 水瀬は深く考える仕草を見せる。長い長い思考、そうこうしている内にもうじき5限目が始まるチャイムが鳴る。



「そろそろ教室戻らないとだ、早く答えろよ」

「うーん……小依くんには言えないかな」

「は? 俺には言えない? なんで」

「なんで、か。それを説明すると本末転倒というか」

「は??? ……謎かけ?」

「ある意味そうかも。小依くん視点では」

「何言ってんのお前?」

「本当だ、何言ってんだろ僕。なんていうか、まだ気持ちがまとまらないから言い方も定まってないんだよな……」

「そうですか。大変だねー。ま、男のその葛藤は俺も一応分かるから助言しとくわ。好きかもしれないって思ったらとりあえずアタックはしておいた方がいいと思うぞー」

「分かった」



 水瀬はそう言うと立ち上がり、俺に手を差し伸べてきた。別にいらないのだが、折角だからその手を取って立ち上がる。

 しばらく水瀬と手を繋いだまま立ち尽くす。いつまで経っても水瀬は手を離してくれない。セミの鳴く声と校舎内の声がいい感じのBGMを奏でている。平和だ。



「思考が長引きそうなら話の続きはまた今度にしようぜ。あっ、でもその相手が誰なのかは気になるな。それだけ聞かせろよ」

「……小依くん」

「はい」

「そうじゃなくて。小依くん」

「はい? ……はい、小依ですけども」

「そうじゃなくて! うーむ……果てしないなこれ!」

「なにが???」

「これ以上下手なのと言うのは泥沼になりそうなので今日はやめにしよう! この話はやめだ!」

「次回への扇動が上手すぎるだろ。何も重要な情報得られなかったんだけどこっち」

「得てはいるんだけどね!」

「うん何言ってんのお前。ちょっと今日日本語の組み立て方が不思議すぎるぞ」

「僕というか、そっちが鈍感のレベル相当高水準なせいなのも一因としてあるのですが!!」

「鈍感!? 俺が!? 有益なヒントとか出てたかなぁ!? お前の言葉から得られる情報量まじでごく少数だったと思うけどな!?」

「その少数の中に決定的なヒントがあるんだよ!」

「えぇ……?」

「もういいから! とりあえず校舎入ろ、5限目遅刻はちょっとやばいよ、ダブルスコア持ちになってしまう」

「ワールドレコード更新していけ」

「退学という金メッキのメダルを獲得してしまうので嫌です!」

「輝かしいなあ。ほら、急いで教室戻るぞー」



 水瀬を引っ張り廊下を走りながら言う。次は体育なのでこちらには着替え時間が必要だ。時間を無駄に過ごすような余裕は無いのでな、ゆとりを持って行動するぞ。



「それじゃ、また後でなー」

「……うん」



 別れ際、やはり歯切れの悪そうな様子を見せる水瀬を尻目に走る速度を上げる。この時間なら教室に誰もいなさそうだし教室で着替えちゃうか? それはでも事故起きたらえらいこっちゃか、でも更衣室まで距離があるからなぁ……。



「小依ちゃん!」

「っ、なにー?」



 背後から水瀬に名を大声で呼ばれたので立ち止まり水瀬の方を向く。



「小依ちゃんだからな!」

「なにがー?」

「なんでも!」

「殺すぞー? 名前だけ呼んで要件無しはっ、逃げやがったかあいつ」



 俺の言葉を待たずに水瀬は教室に入っていった。なんなんだ一体、意味が分からん。

 コミュニケーションらしいコミュニケーションを取ることが出来ずに昼休憩の時間は終わった。全くもって水瀬の伝えたい事は何も分からなかった、恋愛相談するならもっと筋道立てて喋ってほしい所だ。



「……好きな人、いるんだな。あいつにも」



 ふと、誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟くと何故か胸の辺りが痛くなった。物理的な意味でなく、もっと奥底の小さな何かが締め付けられるような痛さだった。これについてもなんなのかはわからないからスルーし、俺は体操服を持って更衣室へ走るのであった。

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