42話「お休み」
『今日は学校来る?』
『ごめん。行かない』
放置していた桃果からのメッセージに返信をしてスマホを閉じる。もう昼間を超えて学校終わりぐらいの時間だ。熟睡してた、完全に昼夜逆転してる。
気持ちだけ起き上がろうとした上体をベッドの上に倒して横になり、視界の半分を毛布に占領されながらもまたスマホを開いた。
体調を崩したと言って学校を休んでもう3日目、土日を挟めば5日間も俺は外に出ていない。
冷蔵庫の中身はあと何日もつのだろう。買い物に行くという選択肢がすっぽ抜けた状態で思考を巡らせながら短い動画を見漁る。無為な時間だ。
こういう時、体感だと時間が止まってるような感覚に陥る。そしてしばらく経ってから時刻を見て何時間も経っていることに気付く。ダイレクトに時間の浪費が感じられる、そんな罪悪感がなんかかえって心地良い。
一昨日は桃果と結乃がお見舞いに来てくれたが、実際の俺は元気ピンピンで人と話す気力がないというだけだったので会わずに帰ってもらった。折角来てくれたのに申し訳ないなと思いつつ、詫びに何を渡そうかな〜って考える。ドーナツでいいかな。
『今日小依ハウス行ってもいい?』
考え事をしていたらピンポイントで桃果から連絡が来た。またお見舞いか? 人が良すぎるだろ、というか重症だと思われてんのかな。まあ流石に週跨いで月曜日も休んだら大丈夫かなとはなるか。でもどうしよう、来てもらってもな……。
「うわっ!?」
返信内容を考えていたら突然通話の呼出音が鳴り出した。焦ってスマホを顔の上に落としてしまった、痛い。額を摩りつつ画面見ると、発信者は桃果だった。
通話ボタンを押してしまった。なんで押したんだろう、無視すりゃいいのに。手癖でポチッとやってしまった。
『繋がった! おはよー!』
「お、おはよ」
『声めっちゃ寝起きじゃん』
「めちゃくちゃ寝起きなんで……なに、今日来るの?」
『行きたい! もう長らくコヨリウム摂取してないから摂取しにゆく!』
「なんですかそれ。てか私そんなに症状重くないし、来てもらわなくても大丈夫なんだけど」
『あっ、そうなんだ。やっぱ仮病?』
「…………まあ」
『知ってたー。どうせ大病みして外出れなくなっちゃってるんだなって思ってた! あんな大泣きした後だしね』
「別に病んでは無いけど、なんか……」
『まあまあまあまあ。みなまで言うこともないさ。今日は鍋でも食べてゆっくり語らおうじゃないか久しぶりに!』
「鍋ぇ……? 結乃も来るの?」
『来ないよ。最近忙しいっぽくてね』
「そう。二人で鍋するん? ……待って、まだまだ全然夏なのに鍋するの?」
『ダメ?』
「うーん……微妙」
と話した所でピンポーんと正面玄関からの呼び鈴が鳴った。どうやら桃果が到着したらしい。インターフォンのカメラ画面を確認せずに鍵を開け、こちらに向かってきている間に一応ジャージだけ着ておく。
「食材とかそっちで買ってるよね。手伝おうか?」
『大丈夫だよー。病人はお部屋で待ってな〜』
「仮病なんですけどね。重くない?」
『全然余裕だけど一応部屋鍵だけ開けといて! 通話一旦切るね』
「はいー」
通話を切る。
あれっ、てか今普通に家に上がることを了承した流れになっちゃった。桃果の話し方が通常運転すぎてペース持ってかれてたわ。
はあ。人とあまり話す気力は無いのだが、まあ言うて相手が桃果ならいいか。結構こっちの事察しながら話してくれるし、そこまで疲れはしないだろう。
言われた通りに部屋の鍵を開け、あちらが来るのをスマホを見ながら待つ。このジャージ、成長を見越して買ったせいか大分オーバーサイズなんだよな。萌え袖とか通り越して昔の格闘ゲームに居た暗器使いのキョンシーみたいなくらいダルダルになってるわ。スマホ扱いづれぇ〜。
「あ、来た」
ガチャッという音がした。桃果が来てドアを開けたらしい。ここまで荷物を運んできて疲れただろうし、机まで俺が運ぼうと思いドアを掴んで僅かに見えたビニール袋に手を伸ばしつつ相手の顔を見上げる。
そこには桃果ではなく、水瀬がいた。
「えっ」
「あ、小依くっ、ちゃん。おはよう」
「あ…………ございます」
「ねぇ〜玄関で詰まってないで中入っちゃってよ〜」
「あ、ごめん間山さん! えっと、お邪魔しても?」
「なんでお前がここにいんの?」
「間山さんに誘われて。あれ、聞いてない?」
「聞いて……ない。絶対聞いてない。だって俺ついさっき」
「ふーたーりーとーもー! 立ち話やめてよ手が痛い〜!!」
扉をひとつ挟んだ向こう側で桃果が悲鳴を上げていたので、ロクに意思の疎通も出来ないまま二人を家の中に入れる。
「ちょっっとまって! 急いで掃除するから!! てかジャージっ、絶対俺っじゃなくて私が許可するまでこっち入ってくんなよ!」
「今自分のこと俺って言ったよね。小依って元俺っ娘?」
「い、いやぁどうだろう。僕にはさっぱり」
もう玄関には入れてしまったが、ここ数日のだらけきった生活により荒れた内装を見せる訳にもいかない。二人にはキッチンとかトイレとか風呂とかと隣接した廊下で待ってもらいその間に急いでリビング? 部分と寝室周りを掃除する。あと着替える、だって水瀬が来るとか聞いてないし!
「お、おまたせっ。疲れたぁ……」
「おつかれー。ヘトヘトなってるねぇ」
「久しぶりの運動だったんでね……」
「てかなんで着替えたの? さっきのジャージでいいじゃん」
「だっさいだろ!!」
「部屋着なんてそんなもんでしょ」
そう言いながら慣れた様子で桃果は綺麗にしたリビングに進んでいく。遅れて水瀬もお邪魔しますと言って入ってきた。……脱衣場の方をチラッと見たのを俺は見逃さなかった、ジト目で見てやる。
全員が荷物を置きそれぞれ腰を落ち着ける。俺と桃果が向かい合うように、そして俺の右側に水瀬が来るような配置に座る。
「で、何メンツ? これ」
皆が座って一息ついた所で早速1発ジャブを入れる。改めてこの3人で集まるのって変だよな、少なくとも桃果と水瀬には直接的な接点が無いはずだし。共通の知り合いが俺ってだけの赤の他人、友達の友達だろこいつら。何度か朝にばったり遭遇して一緒に学校行った仲でしかない。
「何メンツ、かあ。なんだろうね。なんだと思う? 水瀬くん」
「僕に聞くの!? 一緒に行こうよって言い出したのは間山さんだろ!?」
「言い出したけど少しも迷わず着いてきてたよね。てか、誘ってほしそうにしてたし〜?」
「それさっきから言ってくるけど別に誘ってほしそうな態度とかは出してなかったろ! ただ偶然前を通りがかっただけだし!」
「でもめっちゃ乗り気だったじゃん?」
「まあ、僕一人だと小依ちゃんになんて声を掛けたらいいか分からないし、そこは実際ラッキーとは思ったけど……」
「でっしょ〜。ずっと様子を見に行きたかったんでしょ? つまりあたしらの心は一つだったわけだよ水瀬くん」
「おっとなんだ? 急に話題のハンドル切ってきたな」
「あたしらは小依から見てそれぞれ一番仲いい二人なわけですよ。女子部門男子部門。いわば親友グループ的な括りなわけだ」
「大きく出たなあ」
本当だよ。勝手に俺の人間関係断言してくるじゃん。まあ確かに男女それぞれで考えたら一番交流が多い二人ではあるけどさ。
「実際そうじゃん〜。小依と一番一緒にいるのって男女それぞれウチらじゃない?」
「それさっきも声高に言ってたよね。誰かに牽制でもしてるの?」
「してるよ」
「してるんだ。人間関係の誇示が牽制になるのか……」
「ふふふ。詳しく言うとあたしの性格の悪さが露呈するから言わないけど、関わる人間のカースト的価値って結構重要なのさ」
「カースト的価値?」
「美人とか美少女の親友ポジは生きやすいって話さ! ほら、小依ってまさしくじゃん? ちゃんと美少女だから男子からの人気的なさ」
「あー……本人を前にそんな話するのはどうかと思うけど、確かに」
「女子人気はまあ、メンヘラっぽいみたいな感じでまちまちだけど仲良い子は皆小依の事好きだしさ! そんな人間の傍に引っ付いてたらあたしの印象も良くなるわけよ!」
「性格の悪さ云々言ってたのに内容赤裸々に語ってるな。……小依ちゃん?」
急に水瀬が俺に声を掛けてきた。楽しそうに桃果と話していたのに、なんで中断してこっちに意識を向けたのだろう。
「小依ちゃん、大丈夫?」
「なにが」
「いや、いつもならつっこむような所を軒並みスルーしてたからさ、ずっと静かだし」
「……まあ、そっか。私はメンヘラじゃねえ」
「それはないね。小依はヘラだよ」
「道具やんけ。メンを付けろちゃんと」
「あはは。あ、そういえばずっと学校休んでるって聞いたしさ。それも併せて大丈夫かなって」
「それは仮病らしいよー」
「仮病なんだ!? 初耳だ。てか知ってたならさっき教えてよ」
「あたしもさっき知ったんだよ〜。まあ薄々そうだろうなとは思ってたけどね」
「仮病か、何かあったのかと思ったよ……」
「ふっ、理解度が浅いね水瀬くん。あたしの方がより小依を理解していたみたいだ」
「何を自慢げに。どう考えても僕の方が」
なんか、この二人相性良いな。会話し始めるとすぐに俺の存在忘れて言葉を投げ合い始めるんだけど。なんか会話のテンポも加速してくし。俺、この場に必要なのかね。もう二人だけの世界広がってるって、疎外感やば。
「そういえば小依って部活とか入ってないよね。なんで?」
「えっ? ……ごめん、ボーッとしてた、何の話?」
「部活の話。水瀬くんに、いつも一緒にいる金髪の子は結乃だよって説明して、運動部で引っ張りだこなんだって話してから色々あって小依の部活の話になったのよ」
「掻い摘んだなあ。私は別に、単にやりたい部活ないから入ってないってだけだよ」
「無気力だねぇ」
「うるさい」
「あれっ? でも前までダンス部に入ってたって」
「入ってたけどすぐ抜けた」
「へぇ。間山さんは部活入ってるの?」
「入ってるよ〜。当ててみて、クイズ! 小依は答え言っちゃダメだよ!」
「んー」
なんかクイズが始まった。この人らまじで雑談絶えないな。配信者でもやれよ、天職だろ。
「……茶道部?」
「ほうほうほう。その理由は?」
「理由、かぁ。率直に言って見た目が清楚で着物とか似合いそうだからかな」
「照れちゃうな〜てれてれ。そんなっ、清楚だなんて」
「心にも思ってないだろうに……正解?」
「不正解! 5点減点!」
「減点!? 何点スタートで減点されたんだ今の」
「10点スタート」
「減点の数字が痛すぎるでしょ! 実質二回しか解答権ないじゃん!」
「シビアな方が楽しめるでしょ? さ、残り1回。当てたら小依の1番もちもちしてる部分教えてあげる!」「おい」
「1番もちもち……?」
水瀬の視線がこちらに向く。俺の足に目が行き、控えめに視線が上にのぼり、胸の辺りで目を離された。
「……おい」
「ごめん!」
「何がごめんか言ってみろ」
「ついそちらの方を見てしまったゆえ謝罪の意を」
「なんで胸まで行かずに目を離す。おかしいだろ」
「えっ」
「そりゃ貧乳はカチンコチンだし? ねぇ、水瀬くん」
「殺すぞ。貧乳だって柔けえわ。……本当に!」
「うっそだぁ。触って確かめてもいいかな小依!」
「やだ。お前には触らせない、てかそもそも私貧乳じゃないし」
「やだー! 触りたい!! 胸乗せて!」
桃果がこちらまで手を伸ばし手のひらを上に向けた。なに? 乗せてって。乗せるものなんてありませんけど。
「ここに胸からダイブして!」
「人間一人分の体重を果たして片手で、手先だけで支えられるかなぁ。私怪我するよねダイブなんてしたら」
「おっぱいがあれば乗せれるんだけどね……」
「脱げば乗せれますけど?」
「じゃあ脱いで?」
「え!?」
「脱げるか!!! 男が居るでしょうがここに!! あと脱ぐわけないんだから反応するなよ水瀬!!!」
なにを驚いた顔してこちらを見てるんだこいつ馬鹿じゃないのか。大体……見てるやんお前、俺の裸体。何を今更、前回看病しに来た日の事があるのに初心な感じ出してるんだよ。白々しいっつの。
「まあいつものおっぱいじりはここら辺にしまして。さあ当てられるかな、あたしの部活!」
「あ、まだ解答権あるのか」
「あるよ〜。あれ、もしかして正解報酬、水瀬くん的には需要ない?」
「成功報酬」
「小依の1番もちもちな部位。需要なし?」
「おいおいおーい」
なんて事聞いてるんだこいつ。せめて俺のいない所で聞けよそういう事は。
「……………………ある」
「おいてめえこっちから顔逸らすなよ変態」
「なんで聴こえてるんだよボソッと言ったのに!?」
聴こえるだろそりゃ、ここは屋内だぞ。そんな漫画とかみたいに都合よく聴こえなかったみたいな展開起こり得ないだろ。聴かれたくないなら言う瞬間に屁でもこいてかき消せよ。
「よし頑張ろう。ささ、あたしは何部でしょ〜うか」
「ヒントなどは貰えたりしないでしょうか」
当てに行く気やんけ。どこ触る気なんだよこいつ。
「ヒントか〜。じゃあヒントね。あたしはエロ漫画が大好きです」
「なんのヒントだろう」
「あたしの部活のヒントだよ」
「エロ漫画部なんてうちの学校にあったかな」
「うわっ、作りた〜い。毎年夏コミ冬コミやその他の頒布イベントに向けて部員皆で真剣に製本するんだよね。青春だなぁ〜!!」
「高校生は多分出品しちゃダメだよねそういうの」
「全年齢本を出せば問題ないでしょ? それにね、18歳未満は買っちゃダメ見ちゃダメって言うけど、バレなきゃそんなの関係ないのさ」
「コミケで出品は1億パーバレるだろ」
スマホでエロコンテンツを見るのとは訳が違うんだぞ。出品の流れとかまじで知らないけど、多分身分証明とかするだろ。そこでアウトだわ。
「ヒントはエロ漫画……えぇ〜? 青少年育成条例を鑑みてエロの部分は切り話して考えるべきだよね」
「当たり前だろ。エロを前面に推してる部活があるような学校、終わってるだろ。色々と」
「だよね。じゃあ……漫画部とかあったっけ」
「あるけど違う。あたしの好みとは毛色が異なるからな〜あそこ。あたしはあくまでエロが好きなだけですから」
「男子相手に平然とそういうこと言えるの素直にすごいな……」
「えっへん!」
「褒めてはないんだけどね」
「胸でかぁ」
「小依ちゃん……」
呆れたような声で名前を言われたけども、いやだって実際桃果が胸を張る時の迫力と張った後のボリューム凄かったんだもん。そうなるんだ……って感じ。ボンッ! って。そりゃ感動するしつい呟きもするだろ。男なら共感しろよ。
「間山さん、運動部か文化部なのかだけ教えてよ」
「文化部だよ〜」
「だよね」
「だよねってなにさ! 陰キャだって言いたいのか〜!?」
「言う気ないよそんなこと! 文化部、文化部ね……」
「ふっふっふ、当てられるかなぁ〜?」
「楽器系?」
「そこを教えたら分かっちゃうでしょ〜?」
「他で考えるなら……美術部とか?」
「どうかな〜? ファイナルアンサー?」
「むっ、その反応は……むむむ」
「美術部だろ。パッと答えろよ」
ボソッと呟いたつもりだった。二人に聞こえないくらいの、会話を妨げないつもりの呟きのつもりだった。
それまで和気あいあいとしていた会話が途切れた。視線を上げると、二人が俺の方を見ていた。片や驚いたような顔を、片や心配するような顔をしている。
「あー……ごめん。今日ちょっと機嫌よくない日か」
「は? なんで」
「ご、ごめんて。睨まないでよ小依、怖いって」
「睨んでないよ」
「バチバチに睨んでるよ? えっと、あたしは別に水瀬くんを狙ってるとかそういうのではないから、さ」
「何の話してんだよきっしょいな」
こんな乱暴な言葉、桃果に吐きかけるつもり無かった。言ってからハッとする。謝罪するべきなのに、"ごめん"という短い音が口から出ない。
「小依ちゃん?」
「……きもい」
何がきもいのか、自分でも分からない。いきなりそんな事を言われたら水瀬が困るのなんて分かりきってるのに、罪悪感だってちゃんと今抱いてるのになにも言い直すことが出来ない。
なんだこれ、胸の上の方がグルグルして気持ち悪い。内側からなにかが胸を引っ張ってくるような感覚がする。胸糞が悪いって言葉を感覚で表してるような感じがする。
「小依、あたし」「帰って」
「え、小依ちゃん」
「帰ってって。仮病使って学校休んでる理由なんか察しつくだろ」
「理由、って」
「帰ってよ!!!!」
急に叫んだせいで喉が痛くなる。二人ともビクッと体を揺らしていたがそんなの気にならなかった。叫んでからずっと黙っていたら二人とも何故か俺に謝りながら退散して行った。
惨めで最悪な気分だ。なんであんなにイライラしたのか分からない。なんであんなに二人の会話を耳障りに思ったのか検討もつかない。
二人が居なくなったあとも何もする気が起きず床ばかり眺めている。
「なんなんまじで」
誰に言うでもなく一人でに呟く。
きっと今日の出来事の気まずさを覚えながら学校に行ったら桃果は俺にごめんねって言ってくるんだろうな。桃果はなにも悪いことしてないけど、桃果視点だときっと俺に悪いことをしたって認識だろうから。そういう性格だし。水瀬も底抜けに良い奴だから俺に謝ってきそう、そんでもって何かあったのかとか相談に乗るとか言ってくれるんだろうな。結乃は桃果と仲良いから、そんなやり取りを見て話を聞きにこっちに来て、俺の前では桃果は言わないけど裏で何があったのかを説明して、結乃なりにこっちの気持ちを勝手に代弁したり俺に向けてフォローの言葉を投げてきたりするんだろうな。そんなやり取りをしていたらいつの間にか結乃と仲良い友達連中にトラブった事が広まって、同じように心配してくれる人達が声を掛けてくれるんだろうな。
それで、皆の善意を受けて俺は、めんどくさいって感情しか抱かないんだろうな。
考えれば考えるほど、俺って嫌な奴だなって思った。桃果がもっと性格悪い奴だったら、もっと気が強い奴だったら、さっきの時点で俺に「なんで急にムカついてんの?」みたいに言ってくれたと思う。そう言ってくれた方が気が楽だった、ちょっと口喧嘩して泣いて疎遠になるだけで済んだんだから。
……なんだそれ、まるで自分から疎遠になる事を望んでるみたいじゃないか。
でもそうなったら、俺が気を回す必要のある人間関係なんて水瀬だけになる訳で。……あいつは俺の事情を知ってるし、病気で頭がおかしいことも知ってるから気を使わなくて良くて、だから楽に過ごせるのかもしれない。
変に相手の目とか気にしなくて済むし、無理に女のフリをする必要も無いし、その方が……。
「高校入る前と変わんないじゃん、それ」
自分で自分の脳内につっこむ。今までの自分と決別したくてわざわざ遠くまで来たのに、これじゃなんの意味も無いじゃないか。何考えてんだろ、まじで。
手先が震えてきた。ダメなやつだ。もう切らないようにと仕舞っていたカッターナイフを取り出す。
心配して家に来てくれた人を追い出して自分の腕を切るとか、まじで救いない行動だなと情けなくなるけどこうするしか無かった。
フローリングに血がこぼれる。後処理も考えず、その場に座り込んで気が済むまで切った後そのまま横になった。冷たい床に沈むような気分のまま目を閉じる。
学校、行きたくないなあ……。




