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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
41/62

41話「呼び出し」

「今日は何する?」

「カラオケ行こ!」

「またぁ? なんか最近カラオケの頻度高くない?」

「いい感じにダラダラできるし小依の歌声好きだし、暗いから合法的にセクハラ出来るしで良い事尽くしじゃん!」

「合法的にセクハラかあ。変な所触ったら普通に叩くけど」

「やんやん! あたしが小依の胸を大きくしてあげるんだい!!」

「ここ最近の胸押しなんなん??? 私の胸をなんだと思ってんの?」

「物に例えるならタッチパネル」

「殺す」



 またしても貧乳ネタでいじってくる桃果の胸を後ろから鷲掴みにする。もうこれで今日5回目だ、人のこと貧乳貧乳言いやがって。


 まあ別に俺はあくまで中身は男なんだから、自分の肉体の女性的特徴が仮に他の人より未熟だったとしてそんなの気にする必要も無いのだが。言われすぎたらムカつくってだけで。自分より頭悪い奴に馬鹿って言われても効かないけど何度も言われると鬱陶しく感じるのと同じ理屈だ。別に悔しくは無い、胸のサイズなんかどうでもいいし。



「小依」

「んだよ。小さくねえから」

「うん小さいね「殺す」それは置いといて。なんか山下が用あるって」

「山下?」

「LINE来てた。なんか話す事あるって。どうする?」

「どうでもいいな〜」

「聞こえてますけどぉ!」

「きゃあっ!?」



 桃果と話しながら歩いていたら背後から山下の声がした。突然でかい声を向けられるからビックリして桃果に抱きついてしまった。いい匂いするなぁ……。


 一度舌打ちをしてから気を取り直して山下の方を向く。



「うわっ。出た」

「なんだよその反応!? お前ら俺の事嫌い!? 明らかに俺への態度冷たいよね!!」

「今のは山下が悪いよ。あたしも少しびっくりしたし」

「別にびっくりはしてないし。てか山下くん、喋る時唾飛んでて汚い」

「い、いきなり大声出したのは確かに俺が悪かったけど、冬浦に関しては本格的に嫌いだろ俺の事!」

「で? 山下くんが私に何の用があんの?」

「死ぬほど態度冷たいな、全然フォローせんし……」



 嫌いでは無いけど苦手な部類ではあるからな。というか男という時点で苦手から印象スタートしてるし。だから別に山下が特段嫌だってわけではないんだけど、上手く説明出来る気がしないしする気も起きないのでスルーしておく。



「いいから早く話して? もしかして桃果がいると都合悪い話?」

「いや。じゃあ話すけど、なんかお前に会いたがってる人がいるらしくて」

「へぇ。誰?」

「誰だっけ。なんかその子は冬浦と仲の良い水瀬くんから俺の連絡先を教えてもらったって言ってて、だから俺の直接の知り合いって訳じゃないから名前が分からないんだよ。LINEの名前は『saki』ってなってたんだけど、誰か分かるか?」

「山下くんって馬鹿だよね」

「急になんだてめぇ!?」

「いや……話の構成に知性を欠片も感じられなかったというか」

「うるっせえな!? あった事をそのまま思い出しながら話したらこうなるだろ!?」

「知り合いじゃないんだけど、LINE名が『saki』って子なんだ。で済むじゃん今の話」

「そんなもん俺の話を聞いたから言える事だろ!」

「いやいやいやいや……てかさ、そんなん直接話さずにLINE上で連絡先共有してくれれば良くない?」

「その子曰く連絡先は共有してほしくないんだとよ」

「なんでやねん」

「嫌われてんじゃねえの?」

「ねえ桃果、めっちゃ酷いことストレートに言われたんだけど」

「可哀想に。女子にそういう事言うんだね山下、見損なったよ」

「説を一個出しただけだろ!? とにかく、その子は今日18時にドンキん所のカフェに居るって言ってた!」

「は? いや待ってよ今日私桃果と遊ぶんだって」



 俺の話を聞かずに山下をぷりぷりと怒りながら去っていった。声でかいし話が分かりづらいし言いたい事言ったら去ってくし、本格的に苦手な部類だなあの人……。


 山下の彼女やってる埜救は本当にすごいな、一緒にいてイライラしないんだろうか。しないんだろうな、性格良いし。



「行っちゃった。どうする?」

「んー、連絡先を共有したくないけど会いたい。なんか穏やかじゃなくない? 無視はしない方が良さそう」

「えー……」

「てかなんか不穏だしあたしも隠れて小依の事見ておくよ。危ない事に巻き込まれたらアレだしさ」

「したら結乃はどうするん? 後で合流するっしょ?」

「あたしから言っとく、小依の用が長くなりそうなら解散だね」

「まじか。はぁ、誰だよマジで……」

「誰だろうねー。身に覚えとかないの?」

「無いよ。私を取り巻く人間関係まじで極小だからね」

「一方的に知られてる感じかな。相手女性っぽいし、男関係の揉め事とかありそうだな〜……」



 桃果が俺の方を見ながら真剣に腕を組んで言う。



「待ってよ。男関係の揉め事っつっても、私あんまり男子と関わりなくない? 私自身男の人があんまりだし、自分で言うのもなんだけど男に対して素っ気ない感じだと思うし」

「基本そうだけど、一人例外いるじゃん」

「例外?」

「水瀬くん」

「水瀬? あー……」

「めっちゃ仲良いじゃんね、小依と水瀬くん」

「普通だと思うけど」

「あたし目線、水瀬くんの事気になってる女子からしたら目の上のたんこぶだろうなって思うけどな、小依の存在って」

「私がぁ? えー……もし水瀬に彼女が出来たら……邪魔しないタイプだと自分で思うけどなー」

「うんそれは絶対にない。小依メンヘラだし、彼氏のそばにいたら嫌な女すぎるでしょ」

「ねえ。言い過ぎじゃんかどう考えたって。あと私はメンヘラじゃないです」

「フッ」

「鼻で笑うな!」

「ベロ出してみ?」

「嫌だ! 出さん!!」



 桃果結乃相手に出せって言われて出すようにしてたらそれが癖になって水瀬に対しても出してしまうので、この癖を矯正するためにも舌は出さない。てか冷静になって考えてみたら他人に自分の舌を見られるのってなんか恥ずかしいし。見せない!


 桃果は俺の目の前で「メンヘラ。特徴」と口に出しながらスマホを触り始めた。桃果のことをほっといてやろうと思って階段の方に向かったら彼女もスマホをいじりながら着いてきた。前見て歩けよ危ないな……。



「メンヘラってほとんど貧乳なんだってよ」

「絶対ソースないだろその情報。てか私貧乳じゃないし」

「何カップ?」

「え……ふカップ。Fカップ!」

「寄せても谷間出来ないサイズじゃん」

「Fだっつってんだろ」

「てかまだ高校生なのにそんなバチバチピアス開けてる時点で」

「うぐぐ……そんなにメンヘラっぽいの? 私」

「うん」

「即答やめて? 少しくらい悩んで?」



 なんか桃果って俺に対して冷たい……あれ、山下がさっき俺に言ってた言葉も同じ内容だったな。だからといって仲良くする気は無いし優しくもせずいつも通りの態度は変えないけど。そもそもそんなに絡まないしな、山下とは。



「う〜……桃果って、私の事本当は嫌い?」

「んーん。大好きだよ。らぶちゅっちゅ」

「にわかには信じがたい程私に対して辛辣だよねあなた」

「だって最初の内はツッコミとか頑張るのに段々小さくなるの可愛いんだもん。穴の空いた風船みたいだよね、小依って」

「性格」

「ちなみに本気のちゅっちゅもいつか絶対にしたいと思ってるくらい大好きだからね」

「え、全然良いけど」

「えっ?」



 俺の返答が予想外だったのか桃果は目を丸くして俺を見た。


 まあ桃果目線のオレって同性の友達だもんな、そういう事はしないのが当然の間柄って認識だろう。でも俺から見た桃果って男の主観で見るめちゃ可愛い女友達ですからね。ボディタッチもスキンシップも報復のつもりの胸揉みも全部根底には性欲があるからね。キスなんてむしろドンと来いである。



「……小依ってちょくちょくそういうのウェルカムな感じ出すけどさ。やっぱ百合百合ちゃんなの?」

「まあ女体の方が興味はあるね。エロいし」

「分かる。女体エロいよね〜」

「女でも女の体をエロいって思うんや」

「あんたも女でしょーが」

「……確かに!」

「なーんじゃそりゃ」



 呆れたように桃果が笑う。あっぶな、男の感性がまろびでる所だった。何年女やっててもまだナチュラルな部分が男だからか性自認がバグってるみたいになったわ。


 とりあえず無視したら後が怖そうということで18時前、指示されたドン・キホーテ4階の飲食店階層に桃果と共にやってきた。



「じゃあ私はカフェ行くけど、桃果はどうする?」

「隠し事だらけ、継ぎ接ぎだらけのハウダニットするよ」

「ほーむゆーのうやろ。なんで急に推理し始めたんだよ」

「これからあたしは潜入捜査官になるわけだから、小依のすぐ後ろの席に隠れていようかな」

「バレるやろ」

「バレるか。でも内容気になるし、少し離れてるけど後で何言われたか聞かせてね」

「なんやったら通話繋げとく?」

「や、重くなるしそれはいいや。ゲームしたい」

「ゲーム了解」



 俺と謎の人物Xとの対話内容への関心はゲームに負けると。穏やかじゃなさそうとか言いながらあんま興味無いだろこいつ。


 そういえば、来たはいいものの相手が誰かを知らないから店員さんに「あの席の人のツレです」ってやつが出来ないんだよな。待ち合わせって話だけどもう18時過ぎてるから先方はもう席に着いてるだろうしどうしたものか。店の中に入れば相手から気付いて声掛けてくれるのかな?


 カフェの扉を開けて、少しだけチラチラと店内を見渡す。奥の方の分煙ルームの前の席に桃果が座っているのを確認。それ以外に俺を呼び出しそうな、恐らく同年代の人間がいないか観察する。


 咲那がいる。咲那がこっちに来る。……『saki』、さき、咲……。



「ちょっと小依、遅いんですけど」

「帰る」

「帰るな」

「勘弁して」

「帰るなー!」



 咲那に腕を掴まれる。

 もう!!! 本当になんなんだ、なんで最近やたらとこいつ関連のイベントに巻き込まれるんだよ俺!? 地元の人間全員地雷だっつってんだろ!!!!!!!



「離せよ!」

「話があるの!」

「俺には無い!!」

「あんたに無くてもこっちにはあんの!! いいから来て!」

「離せこのっ、ゴリラ女……!」



 力勝負で咲那の全力に全く歯が立たず席まで引きずられる。この怪力女め、ガキの頃と何も変わらねえじゃじゃ馬女め!!!



「水瀬くんにフラれた」

「あっっっそ」



 結局席に着き話を聞く事となり、第一声で既にげんなりする内容をぶつけられた。咲那は俯いたまま、暗い声音で言葉を続ける。



「そういう目で見られないとか、付き合うってのがよく分からない、みたいな風に言われてフラれた。……そんなの、皆最初はそうじゃんね。よく分からない所から始めるべきじゃんね」

「知らんけど」

「ちょっと。真面目に聞いてよ」

「なんで嫌いな相手の恋愛相談に乗らなきゃいけないんだよ」

「水瀬くん、口を開けばすぐあんたの話を出すんだよ? つまり一番彼と近い位置にいる人間って小依って事になるじゃん」

「違うと思います」

「なんでよ」

「アレだろ。病気で男から女に性転換した人間なんて間違いなくレア物じゃん。その物珍しさに興味があるだけで俺自体に特別視してるわけじゃないだろ」

「本気で言ってんの?」

「言ってますけど?」

「はあ。はああぁぁぁぁ……」



 汽笛みたいな長いため息を吐く咲那、どうやら今俺は呆れられているらしい。そんな、若干責めるような目で見ないでほしい。そういう目で見られても全然平気で目を逸らせるからね、俺。



「あんた、友達いないでしょ」

「何を異な事を。いますけど」

「女友達いないでしょ」

「いるっつっとるやろがい」

「まじ? 女視点、いっちばん嫌われるタイプだと思うんだけど」

「人と会話したいなら相手の気分を害する発言するのやめようよ」



 こちらも負けじと目を尖らせて非難する。その必死な抵抗に対して咲那は「ふんっ」と鼻を鳴らし、特に効いてもない感じで飲み物を口に含んだ。



「もしあんたと水瀬くんの関係値に特別性がないとしたら、やっぱり顔の差って事なんだろうね」



 拗ねたような口調で言う。ただその口ぶり自体は軽かったから本心でないのは分かる。会話の展開を考えて、こっちにわざと突っ込ませる為に極端な言い方をした感じなんだろうな。


 しーらね。知ったこっちゃねえ。ガン無視カマしてカフェモカを頼み、注文し終えたらスマホを出して視線を落とす。



「……いいよね、元の顔が可愛い奴は。テキトーに過ごしてても引く手数多だもんね」

「……」

「恋愛の悩みとか皆無なんだろうな。もし誰かを好きになったとして、その顔を使って誘惑すればイチコロだもんね男なんて」

「…………ねえ。その、ただしイケメンに限る、みたいなだっさい価値観ひけらかすのやめてくんね?」

「事実でしょ」

「じゃあ顔が良い奴は全員絶対に結婚出来るんか? 例外なく皆離婚しないんかって話やん。見てくれだけで人の価値が決まるんなら絶対もっと今の美形人類が多くなると思うんすけど」

「昔に比べたら美人多いでしょ。平安時代の美人の価値観なんて色白肥満体型だったんでしょ? そもそも時代が古くなるほど猿顔に近付いてくわけだし」

「じゃあメンタル的な話しようや。好かれてる側から見てさ、顔がなんだのとウジウジ言い訳ばっかしてる奴を見て好きってなるかよ。あっけらかんとしてる方が絶対良くない?」

「それはあんたの価値観でしょ」

「じゃあもう帰らせてようっぜぇな」

「分かった。恋愛相談、というか愚痴はこれまでにするから」



 まだ言い足りない、と目が語ってるわ。どうせこの後も色んな話に派生して下らん理論ふりかざしてくるだろ。


 こいつと対面の席に座った時点で諦めてはいたけど、話の終着点が見当たらない。そもそも何を話したいのかも分からない。

 俺を呼んだ理由はなんなんだろう、ただオチのない愚痴をグチグチとぶつける為だけに呼んだのだろうか。



「ねぇ小依」

「なに」



 返事をすると少しの間咲那は黙った。自分でも驚くくらい低く、嫌気が差してそうな声が出ていた。


 俺は咲那の事が嫌いだし、彼女もそれを理解している筈。だからこうして拒絶されることも想定していたとは思うけど、徹底して嫌な態度を取られるのはやはり気分が良くないのだろう。


 ……別に、可哀想だとかは思わないけど。話が円滑に進まなくなるので「ごめん」と謝り、話の続きを促す。



「冷たくしすぎた。ちゃんと聞くから、話せよ。何が言いたいわけ」

「……あの。怒らないで聞いてほしいんだけど」

「内容によりますね」

「…………私と、また友達になってほしいというか」

「はあ。誰と? 水瀬?」

「や、あんたと」

「俺と? 誰が」

「私」

「ふむ」



 俺と友達になりたい。咲那が。ふむ?



「何がどう巡り巡ってそうなるん」

「駄目?」

「嫌すぎるけど」

「なんでよ!」

「あんまり過去を気にしない人? ノンデリレベルカンストしてんやん」

「い、いじめに関しては、本当に私の友達を虐めてたと思ってたから……」

「女連中は……相手側がどう思うかによるけど別にいじめてないし。まあ良くは思われてなかっただろうけどさ」

「じゃあ……違う、こんな話がしたいんじゃなくて」

「俺とお前がどうやって友達になるんだよ。言っとくけど、今は薬で落ち着いてるけど結構なパニック持ちだからね俺。お前と一緒にいたらいつBAD入るか分かんねえよ」



 そう説明すると咲那の口が止まった。少し前に会った時はこっちに高圧的だったのに今日は妙に控えめに見える。日によって性格が違うのだろうか?



「てか山下に俺の連絡先共有しないでって頼んだんじゃなかったっけ」

「あんたのってか、私の。LINE名で私って気付かれたら来ないと思ってたから」

「来たくなかったなあ。山下のやつ、恨んでやろ」



 そう言って飲み物を飲み終えたので1000円札を出し机に置く。このまま帰ってやるつもりなのだが、咲那からのアクションはなし。友達作戦に希望は無いと悟ったのだろうか、それなら都合がいい。このまま帰ろう。


 席を立ち鞄を持ったら咲那に名を呼ばれた。一応足を止め彼女の方をチラッと見ると目が合った。



「なんだよ。まだ用あんの」

「……約束、破ったよね」

「約束?」

「水瀬くんから身を引いてってやつ。祭りの日に見たから、鬼LINEしてたの」

「人のLINE平気で覗ける人なんだ。お前こそ人に嫌われるタイプだと思うぞ」

「うっさい。ねえ、私言ったよね。告るから水瀬くんに近付かないでって」

「近付いてないし。文字送っただけだろ」

「意図を汲めよ、女でしょ」

「だーかーら。脳みそは男だっつってんだろ。てかさ、お前の方から勝手に取り決めを押し付けてきて何が約束だよ。一方的すぎるわ」

「ならあの時その場で嫌だって言えばよかったじゃん。あんた、私に対して分かったって発言したよね」

「……」



 そんな事言ったっけ。言ったな、確かに。でもあんなん、あの時のメンタル的に咲那の話なんか聞いてられないくらいマイナス面に傾いてたからした相槌みたいなもので、別に咲那の発言を了承して言ったわけじゃないし……。



「あんたが何を言おうと、あんたは自分で「わかった」って了承した取り決めを破ってる側だから。それを忘れないで」

「……何が言いたいん」

「何も言わない。後に取っといた方がそういうのって有効に使えるし」

「別にそんなの弱みにもなんないし」

「小依」



 店を出ようとしたら腕を掴まれる。嫌な汗が滲み出てくる、咲那の顔は見れない。



「私、あんたの知り合いの連絡先持ってんだからね。その事も含めて、ちゃんと考えてね」

「……脅しかよ」

「人聞き悪。単にそっちが先に約束を反故にした事を忘れないでって、お願いしてるだけだよ」



 咲那の手が離れる。拘束が解けると俺は小走りで店の外に出て、まだ店の中にいる桃果のことも考えずエスカレーターを駆け下ってドン・キホーテを出る。


 工事中の建物の壁に沿って移動し、ブランドショップ横の僅かな通路に入ってしゃがむ。


 咲那に言われた脅しの言葉。あいつは、言うことを聞かなければ俺の知り合いに過去の話をするつもりだ。いじめに加担していた人間だし、スマホの中にその証拠となる写真や動画も残ってるのかもしれない。



「なんっ、で、まだ……っ」



 地元から離れて、人間関係を全部リセットして、過去とは決別出来たと思ったのに。この期に及んでまだまだ俺の背中には陰惨な過去が付き纏ってくる。ここまで来たら本格的な呪いだ。関わりたくなくて離れたのにあっちから近づいてきやがる。


 やばい、精神的に負の方に傾いてきてる。背中あたりが盛り上がりそうなくらいゾワゾワとした不快感が登ってきて全身の末端から痙攣が起こる。


 怖い、嫌だ、またあの感じだ。耳を押えて何も聞こえないようにして目を強くギュッと瞑る。悪い考えが頭の中でグルグルと周回し、その度に自分を律しようと、爪を立てて自らの耳後ろの頭皮をガリッと引っ掻いてしまう。



「う、ぐ……っ、うぅぅぅっ!!!」



 喉の奥からゲボを吐き出すような感覚で嗚咽が漏れる。歯を食いしばって我慢しているのに、得体の知れない感情がそのまま質量を持って口から漏れ出していく。


 深呼吸をして気持ちを落ち着けたいのに上手く呼吸が出来ない。最悪だ、外でこうなってしまうと中々元に戻れないのに。ボタボタと涙が溢れてきて、もう何も見えなくなる。



「っ、きゃあああああぁぁぁ!!!」

「わわっ!? どうしたの小依!?」



 急に肩を叩かれて悲鳴を上げてしまった。背後には桃果が居た、とこの時は気付けなかった。


 涙で滲んだ俺の目にはそれは制服を着た女のシルエットである事しか分からなくて。それが勝手に咲那の姿に変換されて、俺は思い切り身を丸めて頭を押えて泣き喚いていた。



「やだっ、やだやだっ、やめてやめてやだごめんなさいごめんなさいいやあぁぁぁっ!!!」

「え、あの、小依? どうしたの……パンツ丸見えだよ」

「触んないでっ、やだああぁぁぁぁあっ!!!!」



 ひたすらに嫌だ嫌だ、と駄々をこね泣き喚くことしか出来なかった。こうなったら長い事このまま、落ち着くまで待つしかない。トラウマから自分を守るために一部幼児退行も起こしているかもしれない、と医師は言っていた。自分ではどうすることも出来ない。



「大丈夫? 落ち着いた?」



 俺が泣き止むまでずっと桃果は隣に居てくれた。彼女は俺が落ち着くのを見計らうと、駆け足で飲み物を買ってきてくれた。



「……うん。ごめんなさい」

「まだ落ち着いてないか。いいよ〜、ゆっくり元気になってこ」

「落ち着いてるよ」

「小依はあたしにごめんなさい、なんて言わないでしょ」

「……」

「ほら元気ない。深呼吸しな〜。血中酸素濃度を上げてこ上げてこ」



 桃果は軽い感じで俺の背中を優しくトントンしながら言う。情けない限りだ、同い年の友達にこんな事されて。



「……ごめんね、桃果」

「なにがよ」

「世話かけた。泣き止むまで待ってくれてありがと」

「本当だよ。パンツ丸出しで泣き喚くから周りの人に見えないようにしてあげてたんだからね?」

「パンツ……」

「そう、パンツ。駄目だって小依、可愛いんだからそういう事しちゃ。ここ都会だよ? レイプされるって」

「されないだろ……」

「とにかく、泣くにしてもスカート履いてごろーんって転がっちゃダメだよ。パンツの布が引っ張られて左側のお肉見えてたからね」

「お肉……?」

「うん。あそこの肉。いわゆる恥丘」

「地球……?」

「水瀬くんの言った通りだな、案外無知なんだね小依って」

「え、なんで。アースの事だろ地球って。肉……?」

「無知小依騙されシチュ本もそのうち描くかあ」

「描くな!」



 地球ってのが果たしてどこの部位の肉を指すのかは分からないが、それよりも桃果のエロ本構想を止めないとまた竿役は知り合いの誰かにされる可能性が高いので全力で止めに行く。


 妄想するのは勝手だけど! ナマモノを題材にしたものをちゃんと物質化して見せてくるからタチが悪いんだよ!!! 自分一人で楽しんでくれ……!



「落ち着いたみたいだし、そろそろ帰る?」

「え、うん。ごめんな、夜遅くまで付き合わせて。結乃にも謝っとかないと……」

「今日泊めてよ」

「え? いいけど、明日の授業の教科書とかノートとかどうするん」

「ノートはまあコンビニで新しいの買ってく。教科書もどうにかするわ。なんか今の小依はほっといたらダメな気するから泊まる!」

「いや、もう元気なったって」

「本音を言えば久しぶりに小依を抱き枕にして寝たいなって」

「一週間前に散々抱き枕にされたばかりなんですけど」

「さっき恥丘を見たせいで触りたくなっちゃって」

「だから地球ってなにぃ……?」

「触らせてくれる?」

「えぇ……よく分かんないけど、まあいいんじゃない?」

「録音したからね」

「あっ。これ許しちゃダメなやつだったか。今のナシ!」

「録音したからね」

「怖すぎるって。変な事すんなよ!」

「するよ?」

「じゃあ帰って!? あ、待って! おい!!」



 こちらの制止を無視して桃果はフォームの良い全力疾走で俺の家へと向かう。一切の迷いのない最短ルートを通り、時折パルクールを駆使して街を疾駆する。


 こいつ、体育とかだとそんなになのにちょけてる時の基礎体力がオリンピック選手すぎる、全然追いつけない! 正面玄関で出待ちするつもりかよ……っ!!

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