40話「暑い」
『私と、付き合ってほしい……っ』
祭りの日、咲那ちゃんに呼ばれて二人になり、少し談笑を交えた後に彼女に告白をされた。小学生の頃からずっと僕の事を好きで居てくれたらしい。
僕も咲那ちゃんの事は好きだ。でもそれは恋人としてという意味ではなく友達として好きだったという話で。咲那ちゃんには悪いけど、付き合ったりというのは今まで全く考えたことがなかった。
僕の咲那ちゃんに対する好きの度合いは、他の友達に対する好きとほぼ同じくらいだと思う。仲は良いけど特別な間柄とは言えなくて、そんな相手と中途半端な気持ちで付き合うのは相手の時間を無駄にしてしまう気がした。だから僕は咲那ちゃんの告白をお断りした。
彼女は僕の返事を聞いて、少し間を空けて『そうだよね』と言った。前もってなんとなく断られる気はしていたらしい。咲那ちゃんは必死に笑顔を取り繕いながら、小さな声で言葉を続けた。
『……水瀬くんには、お似合いの相手がいるもんね』
『お似合いの人?』
『うん』
『……誰の事?』
僕がそう尋ね、一瞬泣き出しそうな顔になった咲那ちゃんの口が小さく開く。
その瞬間、花火が上がった。咲那ちゃんの言葉は花火の音にかき消された。
何も聞こえないままに言い終えた咲那ちゃんは、僕から逃げるようにその場から立ち去っていった。彼女の背中を目で追っていたら同年代の女子と交流したのが見えた。どうやら友達と来ていたらしい。
その後すぐに小依くんがいなくなったと聞かされて捜索に出たのだが、不思議な事にあまり迷うこと無く小依くんを発見出来たので、彼女と別れるまであまり咲那ちゃんから言われた言葉に思考を割くことが出来なかった。
咲那ちゃんが言った僕とお似合いの人って、一体誰なんだろう? 中学以前の地元の知り合いで仲良い女子の知り合いなんてそれこそ咲那ちゃんとその友達数人程度だし、その中で言ったら一番仲良かったのは間違いなく咲那ちゃんだった。学校外で遊んだりするのも咲那ちゃんくらいだったし、お似合いとされるような関わりのある女子なんていない。
言葉の意味やそれを指す相手の事が分からないまま夏休みが終わった。
あれからも度々咲那ちゃんから通話が飛んできたりしたが、"お似合いの人"というのが誰かを訊いても彼女は答えてくれなかった。というか「そんな事言ったっけ?」と言われた。
「よっ! 久しぶり!」
「っ、びっくりした! 久しぶり〜」
今日は夏休み明け初の登校日。
通学路を歩いていたら小依くんに挨拶された。
いつもは僕が小依くんと間山さんペアを見つけて話しかけに行くのだが、今日は小依くん一人しか居なかったのと道路端に隠れていたので見つけられなかった。先手で声を掛ける事に成功したのが嬉しかったのか、小依くんは「にしし」とにやけている。
お祭りの日以降スマホが壊れてしまったからか小依くんからの連絡が途絶えていた。実際に会うのも祭りの日ぶりだから久しく感じる。
「結構焼けたね、小依くん」
間を空けて再会した小依くんはうっすら健康的な感じに日に焼けしていた。いい感じの小麦色。以前の白い肌色の彼女と比較したら物凄く夏を満喫したんだなって分かる変化だ。
「桃果と結乃がパリピすぎてな。つるんでたらいつの間にかこんがりよ」
「へぇ。塩谷さんは分かるけど間山さんもそっち系なんだ」
「めちゃくちゃアウトドアだよああ見えて。桃果は単車の免許まで取ってるからね、旅好きが加速してる」
「単車って原付?」
「普通二輪」
「ギャルトリオの中で一番清楚な見た目なのに意外だね」
「ねえ。そのギャルトリオって俗称共有されてたりする? 山下や田中にも言われたんだけどそれ」
「あ〜……まあ、僕らの間ではそう呼んでるかな。大体いつも三人一緒だし」
「そうでも無いだろ。てかギャルなんて結乃しか居ないのになんでギャル三人組扱いなの」
「まあ確かに、小依くんは地雷系だもんね」
「違いますけど」
「客観的に自分を見よう。どう見てもでしょ」
「ひど。どう見ても手首切ってそうって?」
「そこまでは言ってないな!」
「まあ切ってますけどね〜」
「触れずらい〜……」
そんな朗らかな感じでリストカットをネタにされましても。しんどい時につけた傷なのになんでそんな気の抜けた感じでネタに出来るんだって感じだけど、でもこの感じなら今日はメンタルが安定していそうだ。
「いや〜、今年の夏は充実してた! スマホぶっ壊れた事を除いて!」
「青春した?」
「した! お前は青春した?」
「いや〜。僕はバイトばかりで全然遊べなかったな〜。来年こそは遊び尽くしたい」
「どんまーい」
小依くんは上機嫌にそう言った。本当に楽しそうだな、何かあったのだろうか。やたら距離が近くてボディータッチ、というか謎に弱い力で攻撃してきたりする。ウザ絡みであるのは間違いないんだけどなんか可愛い。
「おっはよー小依。お、階段くんもおはよー!」
合流した後も学校の方へは向かわずその場で雑談していたら少し遅れて間山さんがやってきた。
「おそよー桃果!」
「ごめんて。こんな時間に起きるなんて久しぶりだし寝坊してもしょうがないでしょ〜?」
「いつまでも夏休み気分引きずってるからそうなるんだよ。な〜水瀬?」
「えっ? ごめんなんだって? 聞いてなかった」
「お前も寝ぼけてんの? 起きろー」
「? えっ、あの」
小依くんに肩を引っ張られて頭を下げるように指示され、従ったら耳を触られた。両方の耳の上、軟骨を指でつままれてこれまたよわいちからでむにーんと引っ張られる。なにこれ、痛くないけどなにこれ。
「なんでしょうかこれは」
「眠気覚まし?」
「なんでそっちが疑問形なんだ??」
「お前の髪、つんつんだね」
「そりゃ短いからね」
そのままの流れで髪も触られる。腰が痛くなる感じの低姿勢だから手を離してほしいな。……あっ、袖から小依くんの生脇が見える。ラッキースケベってやつだやったー! まあ僕は脇フェチじゃないからそこまで大興奮ってわけじゃないけど。
「もう少し刈り上げて剃りこみとか入れたら寝取り物の竿役とか出来そうだよね〜水瀬くんって」
「なんて?」
「小依ちゃん。聞かなかった事にしよう今のは」
「なんで?」
「……間山さんって、突然とんでもない事言うよね」
「でも鼻はそこまで大きくないからちんちんはちいさそ」「やめれ!!!?!?」
慌てて小依くんの耳を手で塞ぐ。何を言い出すんだこの人本当に!?
「も〜イチャイチャしちゃって!」
「イチャついてるわけではなくて! 反応的に小依ちゃんは意外と性知識無さそうなので守ろうとしただけですが!」
「お、おい。離してよ水瀬、近い……」
「性知識無さそう? どうだろうね〜。基本的な事は知ってるっぽいけどね?」
「そりゃ高校生ならそうでしょ」
「あれ? 聞こえてない? 水瀬〜?」
「保健の授業で習うような事じゃなくて。例えば……キスの味とか?」
「キスの味……」
「あうっ。なんで余計近付けっ……近いって。水瀬……?」
「水瀬くんは知ってる? キスの味」
「……知らないけども」
「どんな味すると思う? 小依の唇」
「小依ちゃんのって……」
「あ、目を逸らした。小依とキスする所でも想像した?」
「しっ、してないしてない! してないから!」
「離せ〜!!!」
急に僕のすぐ近く、胸の近くに顔があった小依くんが暴れてきた。そういえばすっかり意識の外にいたけど、彼女の耳を僕が塞いでいるんだった。道理で胴体の前面がなんとなく暖かったわけだ、もの凄い至近距離に小依くんが居た。もうほぼ体の節々が触れ合っていたような……。
「ごめん小依ちゃんっ!!」
「わっ、なにいきなり」
「これはセクハラしたいみたいな意図があったわけではないと説明しなきゃダメな気がして!」
「……意図してなくても受け取り手が変なことされたと思ったらセクハラじゃね?」
「ですかね!? ごめんなさい本当に、申し訳ない……!!」
「いや、別におっ……私はセクハラとは思ってないからいいけどさ」
「いやでも胸とか」
「あ?」
「ごめんなさい」
「胸? 小依の胸が当たるなんて有り得なくない? ぺったんこでしょ」
「殺されたいの?」
「あれ、改めて見たら案外ぺったんこじゃないんだ。夏服だからか極小の膨らみはあるね」
「誰が極小の膨らみやねん。あのさ、お前と結乃がくそでかなだけで私も胸あるからね? 普通に」
「いや、ないよ。フラットだよ。フラットアース」
「殺されたいの???」
小依くんが怒り僕の目の前で間山さんの背後に周り胸を鷲掴み始めた。間山さんは「痛い方の揉み方されてる! 痛い方の揉み方!! 同人誌の揉み方されてる!!!」と叫んでいる。そんな悲鳴をあげながら学校に向かい始めた。周りの通行人からしたら軽くテロだよね、これ。
「思い知ったか巨乳め」
「流石に乳房ごっそり握って引っ張るのは良くないって小依……」
「詳細説明やめてもらっていいですか」
「お? なになに、こんなやり取りでも男子って興奮できるの〜?」
「してないけども!」
「否定はっや。かえって怪しいよ水瀬く〜ん」
「いやいや、普通ですけども。てかまだ朝っぱらなのにこんな話」
「あ、少し前屈みになった。体は正直だねぇ〜」
「やめてもらっても!?」
間山さんが僕の傍によってきてニヤニヤと意地悪な顔を浮かべながらわざと顔を覗き込むように腰を曲げた。
股間の変化を隠す為に若干前傾姿勢になってるものだから、間山さんの顔が割と近くなって彼女の匂いがふわっと香る。
彼女から少し距離を取ると間山さんはその光景が面白かったのか「あははっ」と楽しそうに笑ってまた近付いてきた。逃げては近付かれ、逃げては近付かれを繰り返した結果僕は道端の壁にまで追い詰められ、体は当たらないまでも結構近い距離にまで間山さんがやってきて挑発するような顔を向けてくる。
「ただの雑談で元気になっちゃうんだ〜。男子って単純だね〜。ていうか水瀬くんが単純なのかな〜?」
「ちょっ、近いです本当に。パーソナルスペース踏み込んできすぎです」
「え〜? これくらい普通でしょ? ……てかさ、あたしの胸がそんなに気になる〜?」
「っ! 気にならないですがそんな脂肪の塊!!!」
こっちに近づいたり俊敏な動きを間山さんが取る度に揺れていた、というかデフォルトで普通に下着が透けてしまっている彼女の大きな胸をチラチラ見ていたら何故かその事がバレてしまっていた。
必死に否定する。なんなら興味が無い事をアピールするために脂肪の塊なんて言い方をしてみるが、間山さんは尚も笑みを浮かべさらに顔をこっちに近付けた。
「小依と一緒にいるからまさかって思ったけど、やっぱ水瀬くんってMでしょ?」
「!? いやMでは無い、というかなんの話!?」
「反応がMっぽいもん。あたしがよく読んだり見たり聴いたりするドM作品の主人公っぽいな〜って」
「勝手に人をエロ本のキャラクターに重ねないでもらえます!?」
「次は水瀬くんを題材にしたM男責め同人誌描こー」
「待って待ってグロい事言ってますよ間山さん。現実の人間を題材にするのもやばいしジャンルもやばすぎるって」
「でも水瀬くん、こんな朝方に女子の雑談聞いて公衆の面前で勃ったんでしょ? 雑魚じゃん」
「雑魚じゃん!? 急にストレートな罵倒!」
「あ、いや。これ罵倒じゃなくて悦ばせる言葉なんだけど」
「いや意味分からないですよ!! なんで雑魚呼ばわりされてよろこ……小依ちゃん?」
間山さんに追い詰められた状態でMのレッテル貼りを必死に受け流していたら小依くんが僕ら二人を無視してズンズンと学校の方へ歩いていくのが見えた。
「やばい。調子乗っちゃった!」
「え?」
「ごめん水瀬くん! 余計な事しちゃった! 小依の事追いかけて!」
「えっ。間山さんは?」
「あたし今日生理だから走れない!」
「そ、そうですか」
走れなくなる程の痛みに耐えてここまで来て僕をからかってたんだ、気合いすごいな。安静にしてたらいいのに……。
「あ、タンマ。カムバック階段くん!」
「わっつ?」
「あたしは急げないけど、だからと言って小依に『間山さんの事待たないの?』とか言わないでよ! 二人で先に学校行ってて!」
「流石にそれは」
「てかあたし今日学校休むわ! バイバイ!」
僕の言葉に被せてそう言うと、すぐさま間山さんは体の向きを変えて横の細道を思い切り走っていった。走れるじゃん。
間山さんに言われた通りに先を行っていた小依くんの横まで走り合流する。彼女は僕が来るや否や顔を僕のいる方とは逆側に傾けた。
「どうしたの。なんで先に行くのさ?」
「……遅刻しそうだから」
「まだ全然時間あるよ」
「じゃあ二人だけで話してて私要らないと思ったから」
「二人で話してはいたけども。小依ちゃんが要らないとかそんなの思うわけないでしょ」
「……桃果は?」
「帰ったよ。今日は体調が優れないんだって」
「そうなんだ。で、一人になって暇になったから私の方に走ってきたと。暇つぶしの為に」
? なんか卑屈な言い回しをする小依くん。まあ、三人居て一人だけ話に入れないと寂しい思いはするか。でもそんなの、会話なんてローテーションだから仕方ないだろうと思えなくもないんだけど……。
「……やっぱり巨乳の方が好きなん?」
「おっとまたフェチ系の話ですか」
「話逸らした。男ってやっぱ皆巨乳好きなんだな」
「逸らしてないよ!? というか別に全ての男が巨乳好きな訳でもないと思うけど……」
「じゃあお前は巨乳好きだ」
「何がじゃあなんだろう」
「桃果の胸でぼっ…………興奮してたろ。さっき」
「してないよ!!」
「嘘。してた」
「してないって!! あれは、その……間山さんがどうこうという話でなく、なんていうか、もっと抽象的な話でして」
「……は? 意味分からん」
「だから。あのー……誰々がどうとかじゃなく、単純に女子が女子にイタズラをしてるのが、こう……生理現象を催させたと言うか。なに言わせるのさ」
「勝手に話したんだろ」
「話さないと間山さんに興奮したみたいになるだろ!?」
「じゃあ正直に答えて。巨乳とひ……普通の大きさどっちが好き?」
「えぇ……」
どんな二択だよ。立ち止まってしっかりこっち見て聞く姿勢取ってるし。なんなら袖掴まれてるし。なんでこんな質問で真剣な雰囲気を醸し出せるのだろう。もう校門前ですよ?
「……どうしても答えなきゃ駄目ですか?」
「当たり前だろ」
「当たり前じゃないって、男女一対一対面でフェチを語り合うのは当たり前ではないって」
「なんで?」
「なんでって……」
「ただ嗜好を話し合ってるだけだろ」
「いやいやいやいや。性癖の話だよ?」
「それがなんだよ」
「性癖ってさ。…………主にさ、性的に興奮する対象なわけじゃん?」
「うん」
「つまりじゃん」
「会話検定5級落ちなの? お前」
「ないから、そんな検定。日本語下手って直接言ってよ」
「おう。お前の伝えたいことがまるでわかんない。就学してんだからせめて人間の言語プロセスで喋って?」
「言い方の棘すごくない? だからつまり……性癖って、例えば自慰行為する時とかの、趣向を指すわけじゃん?」
「……」
「つまりそれを訊くっていうのは、その相手がそういう事をする時の趣味嗜好を」「うん。そうだよ」
「最後まで言い切ってないよ!!」
「だから、お前が抜く時のオカズとして巨乳と貧乳どっちが好きかって聞いてんだよ」
「本当かな!? 本当に初めからそれを意図して訊いてたのかな!? 物凄く顔が赤いよ!?」
「……日焼けだから」
「短時間で重点的に焼けすぎだよ……あと、さっきは巨乳と普通の大きさって言ってなかったっけ」
「〜〜〜!!! うっさいばーか!! 早く答えろよ!!!」
「どうしてそんなに知りたがる……?」
流石にこんな話通行の多い校門前でする訳には行かないので早足で校舎に入り靴を履き替え、人の少ない方の廊下から教室に向かう。
「……ごめん、さっきは極論出した。別にそういう事をする時に限った話じゃないよね、フェチって」
「んーん。そういう事をする時のフェチを教えて」
「やばいって! 年頃の男女!」
「いいじゃん。俺、男みたいなもんでしょ」
「もうそろそろ無理がある! 確かに友達として遠慮なく接しはするけど、もう男扱いは無理あるよ!」
「……」
「あっ、ごめ」
「別にいいよ、今更女扱いされても。それはそれとしてオカズは教えて」
「ねえ。気まずくなって話終わる流れだったじゃん」
「いいから早く」
小依くんに回答を急かされる。何故こんなにもグイグイと訊かれるんだ? 困ったな、ここは正直に答えるべきなのかな……。
「……まあ、巨乳過ぎるのは実際あまり好きじゃないかな」
「うん。どれくらいが好きなの?」
「待って。閃いたわこの地獄の突破口」
「あ? 地獄の突破口?」
「僕が一つなにか答える度、小依くんも一つ答えてよ。じゃなきゃ不公平だよね!」
「……なに、急に」
「僕だけ性癖開示するのはなんか損してるじゃん。だからここは公平に、小依くんからもフェチを開示してもらわないと」
「俺の性癖なんか気になるの?」
「気にならないことも無い!」
「どっちだよ」
危ない、正直に「気になる!」って答えそうになった。それはそれでキモイというか、セクハラになりそうだもんな。あくまでこちらの目的はリスクをチラつかせて小依くんの質問ラッシュを止めたいだけだ、下手な事を言うのは止そう。
「俺も性癖を言えばいいの?」
「そうだよ。でも相手に自分のそういう趣味を語るのって気が引けるよね。だから止めよう?」
「俺は結構匂いフェチかも」
「答えるんかい!」
「ほれ。答えろよ。具体的にどれくらいの乳が好きなん」
「なんで微塵も迷ってくれないんだよ……」
目論見失敗。意外と小依くんの性癖暴露耐性は高かった。匂いフェチか……ちょっと分かる気がする。
「で?」
「ぐぬぬ……具体的に……まあ、実際のサイズ感とは違うかもだけど、イメージでのCカップ辺りは好きかも」
「……あっそ」
あれ? ちゃんと正直に答えたのに小依くんからの反応は薄かった。というかなんか、歩行スピードが上がった?
……これはあれか? 控えめな胸が好き、みたいな言い方をした方がよかったのか? 小依くんの胸って小さい(絶対本人には言えない)し、そういう身体的特徴に対する承認欲求みたいなものを求めての会話だったのかな。
む、先を歩いている小依くんがスマホをいじり始めた。このままにしておくと次会う時の期間がまた空きそうな気がするし、ここは無理にでも別の話題を持ちかけて会話をして機嫌を取っておくべきか。
「スマホ直したんだ。教えてよ!」
「……」
無視。やばいな、泣きそうかも。物の見事に何も聞こえてなかったみたいな感じだ。そんな、フェチの会話一つでここまで人ってドライになれるものなのか? 小依くん、性格が見た目に若干引っ張られてるよ……。
「……夏休み中はずっと人と遊んでた。連絡する内容もないし放置してた」
「連絡する内容もないって、直したよって報告は欲しかったよー」
「なんで? 遊べもしないから約束取り付けることもないのに」
「なんでって。寝る前とか暇な時間に話せるじゃん」
「……別に話す事ないし」
「いつも適当な雑談してたじゃん?」
「なにそれ。お前四六時中俺と中身のない会話してたいわけ?」
「え? うん」
「えっ」
「え? ……どうしました? 僕、変な事言った?」
「言った」
「言った? えー、いつだろ」
「今。四六時中俺と話したいのってのに、うんって言った」
「え、話したいけど。小依くんとダラダラ話してるの好きだし」
「えっ」
「はい」
「……」
小依くんの動きがフリーズした。丁度次の階段で小依くんの教室のある階だぞって所で立ち止まった。虫でも居たのかと思って彼女に寄り前の方を確認するも、なにもいない。どうしたんだろ? 体調悪いのかな。
「まあ人とダラダラ喋るの楽しいよな」
「あー。どうだろ、ダラダラするのは好きだけどそれなら一人の時間の方が欲しいかも?」
「そうなんだ。じゃあ俺ともダラダラせず、だるくなったら会話ちぎってくれてもいいよ。壊れる前は毎日話してたし」
「や、小依くんのは別だよ、割とずっと出来る。てかだるくなったりしたら朝まで通話とか出来ないでしょ」
「なんじゃそりゃ、俺だけ別枠なん?」
「別枠だね。気を遣う事もないし、面白いからずっと話してたいし」
「へぇえ〜〜。そんなに俺と一緒に居たいと」
「それはそう」
「え」
「え?」
普通に答えたら小依くんが目を丸くした。そしてすぐに眉を困らせた表情に変わった。
「……どういう。なに?」
「なにが?」
「待って。意味分かんない。何が言いたいのお前」
「え、いや別に。言われた事に対して正直に答えてるだけだけど」
「気を遣って回答してない?」
「してない」
「……ばか」
消え入りそうな声で馬鹿と言われた。そんな馬鹿げた答え方をしたつもりは無いんだけども。
なんか気まずい間が空く。なんだこれ、なんで再び小依くんは顔を赤らめてるの? 赤らめてるというか発熱してる? いやでも本人は健康だって言うしな……。
「……日焼けさ」
「はい?」
「日焼け。エロい?」
「……? ごめん、ちょっと発言の意図が汲めなかった」
「なんかジロジロこっち見るから。腕とか」
「それでなんでエロってワードに繋がるんだ……?」
「見当違いだったならいい。なんでもない」
「うん、ごめんけど流石に見当違いだよ。友達の肌を見てそんな、エロいとか思うわけないだろ」
「……もし日焼けフェチだったんなら、制服捲って日焼け跡とか見せてやらんことも無かった」
「それはまこと?」
「冗談だわ変態」
「ですよね」
「はい平静なフリしても無駄ですー。今確実に言質取ったわ、お前は日焼けフェチと! よっしゃこれ桃果とかに共有しとこ〜!!!」
「違う違う違うそうじゃないんだそうじゃなくてこよっ……ああもう!! 違うって!!!」
やられた! 隙を突いて僕から余計な情報を引き出した小依くんはそのまま教室の方へ走っていった。しっとりとした空気感を出すからそのまま気まずい感じで終わるかと思いきやレッテル貼りで終わらせてしまった!!!
くっそ〜……。正直に言えば小依くんの日焼けした所、普通にエロかったんだよな。
今まではそういうフェチだったとは思わないけど、なんか小依くんのは違ったんだよな……。本人には絶対に言わないけど。だから、服を捲って日焼け跡見せるなんて言われたら冗談でも反応しちゃうだろそんなの……。




