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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
4/61

4話「気持ち悪い」

 教室に入ると、俺の姿を見たクラスメート達が一斉に押し黙った。男の制服を着てはいるが、髪は長いし顔面も女になってるしで困惑してるのを感じ取った。


 アイツ、坊主にしたんだ。そういえば野球部だっけ、一年の頃よりずっと大人っぽい顔つきになってるな。


 あの女子は……前まで太ってた子だ。一年間で激ヤセしてなんか可愛い感じになってる。


 俺と同じくらいチビだった奴は今ではこのクラスで一番背が高そうだ。以前とは見違えてガッシリした身体をしている。



「あっ」



 咲那だ。アイツと同じクラスだったのか。


 ……なんか、少しばかり気が強そうな感じになってる?以前は小さなたぬきみたいだったのに、鋭い目つきで俺の事を真っ直ぐ睨んでいる。


 足、長いな。胴体も長い、今はもう咲那の方が背が高いんだろうな。嫌だなあ、咲那を見上げながら話すとか考えるだけで屈辱的だ。


 っとと、いけね。一年ぶりに見る知り合いの姿に一つ一つ感想を胸中で述べていたら時間が経っていた。クラスの人らが奇異の目を向けている。自己紹介しなきゃだ。


 ……自己紹介なんかいるか? 俺、別に転校生でもなんでも無いんだけど。まあアキTにやれって言われたんだし、やるか。



「あー……えっと、まぁ。女になりましたー、冬浦小依でーす」



 緩い感じで言ってみた。なんの反応も返ってこない。え、キツいんですけど、なにこの空気。



「冬浦くん……?」

「! お、おう! 久しぶりー廣田(ひろた)、小六ぶり!」



 一番近くにいた廣田って女子が俺に声を掛けてくれた。小六の時に同じクラスだった女子で、確か委員会が一緒だったんだよな。



「ちょいと失礼」

「あ? ……いっだぁ!?」



 窓側の席に座っていた、中一の頃につるんでいた男が歩いてきて急に俺の髪を引っ張ってきた。抜けるかと思ったー、なんだコイツ!?



「うわ、地毛だ!」

「当たり前だろてめぇ何しやがる!?」

「いやいや、だって、なぁ?」

「あ!?」

「女になったって、どういう……?」

「整形とか?」

「それは意味分からなくね? 小依って性同一なんとかなの?」

「てか性別変えるとか出来んの? ちんこ切ったって事?」

「ちょっ、気持ち悪い話しないでよ!」



 おー。急に黙りこくっていたクラスメート達が喋り始めた。各々自分が思う意見を俺を放って話し合う。アキTが「こらこら、こよりんが置いてけぼり食らってるぞー!」と言ったせいでこちらに目線が集まった。


 ……何か言った方がいいのだろうか? 別に言いたい事とか特に無いんだけど。



「体は女になっちまったんだけど、中身は男のままなんで! 普通に男として接してくれたら嬉しいっすわ」



 当たり障りなくそう言うと、クラスの連中で前から付き合いのあった奴らは俺の言葉を受け入れてくれた。よかった、てっきりオカマ扱いされて孤立すると思っていたのだが、想定よりもずっと皆優しかった。



「じゃあこよりんの席はこの列の一番後ろな! ひとつ空いてる席あるだろ? そこ!」

「了解す」



 アキTに言われた席まで歩く。真面目そうな男子の横だ。



「よろしくね、冬浦さん」

「よろしく。あ、さんって呼ぶのやめてくんね?

「え?」



 座ったら急に挨拶されたのでそれに返し、ついでに呼び方に対する指摘も行う。冬浦"さん"って男に呼ばれるくらいなら呼び捨てにされた方がずっとマシだ。



「さん付けって女に対して呼ぶ呼び方だろ。それやめろ、普通に冬浦って呼んでくれ」

「え、女子だよね?」



 あ? なんだこいつ、ピンポイントで人のイラつく琴線を爪弾きやがった。



「体は女だけど! 女子じゃねえから!! 俺は、男なの!」

「え? いやいや、体が女の人なら女子でしょ。何言ってんの?」

「……うっざいなお前。ボコっていいか? てかボコるわ」「おいおい復帰初日に喧嘩するなよこよりん!」



 隣の男子の胸ぐらを掴んでやったらアキTが仲裁にやってきた。何故か俺だけ羽交い締めにされる。



「なんで俺なんだよ! 明らかにこいつが舐めた事言ってるのが悪いだろ離せや!!」

「おいおいそんな……何を言ったんだよ倉坂(くらさか)?」

「普通に挨拶しただけですよ! 宜しく、冬浦さんって」

「だからっ、さん付けすんのは女に対する呼び方だろ! やめろよそれ!!!」

「まあまあ落ち着いて。女に対する呼び方って、呼び方に男も女も無いぞ」

「どう考えてもあるだろ!? 男が男をさん付けで呼ぶか!?」

「同じクラスの仲間だろー? それくらい許してやらないと! 大人になりなよ、こよりん」

「はあ!? なんで俺がおかしいみたいな言い方するんだよ!?」



 納得出来ないのでアキTにも食ってかかったが、結局俺は多数決に負ける形で倉坂とかいう男子にもアキTにも負け、俺がおかしいという烙印をこの場で押された。


 復帰していきなり問題を起こしたせいか、中三という時期もあってかその日は誰も俺に直接話しかけてくることはなかった。


 昔つるんでた奴らも、俺と目が合うと目を逸らしてくる。


 ……入院中に感じていた孤独感は、退院した後も払拭されなかった。



 と、悲観的になっていたのも1週間前までの話である。1週間も経つと段々と昔のツレは俺とも話してくれるようになって、あっという間に俺は男連中の輪に入れるようになった!



「今日どこ遊びに行くよ?」

「ラウワンで良くね? 北中の奴らも近いし呼べば来るっしょ」

「小依〜、ここのコンボの繋げ方教えてや!」

「お〜、貸してみ。操作しながら教えるでさ」



 関係性を回復した中一の頃のツレ達と休み時間中1箇所に固まり、各々が会話を交わす。


 どうやら倉坂は真面目ではあるものの、少々空気を読むのが苦手なタイプらしくこのクラスでは白い目で見られていた奴らしい。

 そんな奴と喧嘩をするから一瞬だけ、同レベルの陰キャという扱いを受けていたという訳だ。雑魚の相手をするのは同レベルの雑魚って理屈だな。めっちゃ心外。



「あ、あの、そこ私の席……」

「あー? ちょっと待ってね、コンボ繋げてっから」



 控えめそうな女子が、俺の隣で身を寄せるようにしてSwitchをガチャガチャやっている男に話し掛ける。俺のツレは全員このクラスでは発言力のある連中らしく、女子は男に口出しする事が出来ずそのままコンボを繋げられるのを黙って待っていた。



「あはは、ごめんねー。コイツ、やるって決めた事終えるまで動けない頑固野郎だからさ。許してやってね」



 後ろでただ待っているのも可哀想だし、しばらく終わりそうにないよって言うのを教える為親切心で女子に話し掛ける。


 女子は俺の顔をじっと見ると、小さな声で何かを吐き捨てて去っていった。なんなんだ? 優しさで話し掛けてやったってのにあの態度、失礼じゃね?



「がー!!! 繋がんねーっ!! んだよこれクソゲー! つぅかクソキャラじゃん!!」

「そりゃ他のキャラよりリーチ短ぇし当てれるフレームの調整もムズいだろ。なんでこのキャラ極めたいんだよ」

「可愛いだろうが!!!」

「かわ、いい……?」



 可愛いのか? こんなピンク色の風船みたいなキャラが? 感性わっかんね〜。



「それよかこっちのキャラ使えよ。同系統のコンボ組めて尚且つティアだぜ」

「あー? 今の操作で繋がんの?」

「おう。間合いも広いから初撃で相手を拾いやすいし」

「おっし、やってみるわ!!」



 操作キャラを変えてまた部屋に潜る友達の横でスマホを弄る。そろそろ先生が来る時間か。でも次は国語の気弱なおばさん教師だから気にする必要も無さそうだな。



「おい香坂(こうさか)、そのパン一口寄越せよ」

「は? 食いかけだけど」

「男同士だろうが、気にしねえよ」

「いやいや。お前ちんこ無いじゃん」

「ぶん殴るぞ?」

「だはははっ! お前小依と間接キスする事気にしてんの〜? ホモじゃん!」

「なっ!?」

「な〜? コイツホモだよな? 気持ちわりぃ〜」

「ホモじゃねえわ! ったく、じゃあ一口やるけど、まじで一口だけな? お前毎回全部食いやがるじゃん!」

「いっただっきま〜す!!!」

「ほら全部食った!!! 死ねよてめぇまんこ野郎がよ〜!!! それ朝並ばないと買えないやつなんだぞ!!」

「もぐもぐぐ。ん〜! 並ばないと食えない美味みがぎっしり詰まってたわ。でも二個目以降はいらん味だな。星3」

「うざすぎるなあ!!?」



 ツレの香坂が毎朝並んで買ってくる数量限定の蒸しパンを全部食し笑ってやると香坂が癇癪を起こした。怒る香坂の背後にいる神崎(かんざき)って奴に香坂を羽交い締めにさせる。



「うぇーいホモチンは去勢しま〜す」

「てめっ、やめろや小依!!!」

「やれやれ! 潰しちまえ〜!」

「操作ブレるから暴れんなよ小依!!!」



 香坂の股間を電気あんましてやる。やっぱり三年になってもコイツらの馬鹿さ加減は変わらないな! いや〜、最初は問題児が集められたクラスとか絶対地雷だろって思ってたけど、かえって気が楽だぜ。コイツらは俺を女扱いしないしな〜。



「キモ。ビッチじゃん」

「あ?」



 今、教室のどこかから俺らに向けて、というか明らかに俺個人に向けて"ビッチ"って単語を言ってきた女がいた。


 香坂に電気アンマするのをやめ、声がした方を見る。複数人の女子が固まっているのが見えた。そこにはさっき俺が声をかけた女子も、咲那も居る。



「ごめん、聞き間違いかもしんないけど。今誰か俺の事、ビッチっつった?」

「……」



 女達は何も言わず黙って俺に冷たい目を向けている。さっきの女も、咲那ですら。



「どうしたー? 小依」

「いや。今コイツらの誰かが俺の事ビッチって言いやがったんだよ」

「はあ? ビッチ? なんで」

「脳みそ入ってねぇ愚鈍女が、俺とお前らがやってるって勝手に思い込んでるって事だろ」

「俺らがお前と? たった今ホモだなんだって騒いでたのに?」

「おかしいよな。男が男相手に欲情するわけねえのにさ。ましてや小依相手に……オエッ、気持ち悪」

「俺だって願い下げじゃ死ねや。って、俺ら同士はそんな感じなのに、俺がお前らと一緒にいるってだけでビッチらしい」

「アホやん」

「アホって人間に言う言葉やから違うな。頭蓋骨に下痢便でも積んでんじゃねえの」

「生き物ですらないやんけ」

「まあロクな思考回路はしてねえよな。頭イってるわシンプルに。まあ女って馬鹿やししゃーない」

「それ男尊女卑ってやつだ! 良くないぜ〜、ネットで炎上するぞ」

「ぎゃははっ! それで家とか特定されたら煽ったアカウントのスクショ晒して自殺するわ! したら連鎖してソイツらも炎上するっしょ!」



 勝手に男連中が盛り上がって笑い合う。その会話内容を聞いて余計に女連中が呆れ返っていた。だがそんなのはどうでもいい、俺はさっき話し掛けた女子の肩に手を置く。


 その女子はビクって体を揺らして、睨んでいた俺への目付きを怯えに変えた。


 自分のが背が高いのに、中身男ってだけでここまで怯えるもんなんだな。ダセェ女、コソコソ陰口言う奴って、面と向かって何か言われると萎縮するよな。怖がるなら最初から調子乗らなけりゃいいのに、何がしたいんだろうなこいつ。



「俺に舐めた事言ったの、お前?」

「ち、ちがう」

「じゃあさっき小声でなんて言ったの? よく聞こえなかったけど、アレ口の動き的に"ビッチ"って言ったように思えるんだけど?」

「……」

「おーい。お口付いてるよねー? ちんこしゃぶる機能以外アプデしてないのかなー?」



 挑発をカマしたら背後で男達がギャハハハッと笑い出した。俺も釣られて笑う。

 その女の顎を掴んで揺らすと、怯えが限界に達したのか女は泣き出した。背後にいる男連中は「あーあ、泣かした」とか言っている。



「どうすんの、教師が来るまでに泣き止ました方が良くね?」

「だりぃな。いいや、次の授業はサボろうぜー。国語なんか勉強しなくても赤点取らねえだろ」

「俺かなりしんどいが! 国語自信無し!!」

「じゃあ香坂だけ残ってお勉強な。俺ら三人はテキトーにどっかでタバコ吸ってるわ」

「ざっけんな仲間はずれとかいじめじゃん! 俺も混ぜろ!」

「お勉強しとけ」

「嫌だ!」

「じゃあ中卒人生がんばろーな」

「あ、つぅかお前卒業したら親父の会社で働くんやろ? 勉強要らんくない?」

「確かにな」

「てか学校来る意味あんま無いよな」

「そうだな。なんでお前ここにいんの?」

「本格的にいじめやろ!? 寂しい事言うなよお前ら〜!!!」



 泣き出した女を放ってゾロゾロと教室から出て行こうとする。



「邪魔」

「うわっ!?」



 途中、動きがトロくて中々退こうとしない倉坂を神崎が蹴飛ばして退かした。香坂も、ゲームをやっていた山本(やまもと)も倉坂の机を蹴って散らばった文房具を踏んでいく。俺は可哀想なので踏まないでおいた、隣の席のよしみでな。



「ビッチ!!!」

「……殺すぞ、誰だか知らねえけ、ど」



 背中に向けて大きな声でビッチと言い放たれたので、振り向いて言った相手を確認した。


 椅子から立って俺に向けて強い敵意の目線を向け睨んできていたのは、咲那だった。



「咲那……?」

「ずっと、男のフリして、女である事を隠せなくなったから病気にかかったって嘘吐いて、男の格好して、男に擦り寄って!!」

「は、は? 何言ってんのお前」

「男が女になる? そんな病気、あるわけないじゃん!」



 咲那の口からハッキリと、俺の事情を嘘と断じ糾弾する言葉が飛ぶ。



「今思えば小依って随分女々しい奴だったよね。いっつも群れて強い気になって、中一の時とか小学生の時もそうだったし! 水瀬くんが気に食わないからって、仲良い人を使って皆で水瀬くんをいじめたりね!」

「あ? なんで水瀬の話が出てくるんだよ。お前何言って」

「ただの一例だし。昔っからいっつも声が大きい人や怖い人を味方につけてふんぞり返って!! 一人では何も出来ない癖に仲間を作って弱い立場の人をいじめて!!! 女バレした後は男の格好して男を味方につけてボス女気取り? そういう所、昔っから大っ嫌いだった!!」



 生まれて初めて受けた、咲那からの敵意が籠った言葉。それを食らって、急激に頭の方に熱が登っていくのを感じた。



「……そこで泣いてる馬鹿女と同じようにお前も脳みそ腐ってるん? 思い込みでガチャガチャほざいてんじゃねえぞゴミ女。……つぅか、俺の方こそお前なんて嫌いだったし! 昔からずっと!!」

「あっそ! そんなのずっと分かってたっての!! 嫌いだから私の事わざとその気にさせるような態度取って、仲良しごっこしてんでしょ!」

「は? その気にって」

「もうなんにも聞きたくない! あんたなんかそこの不良共と一生くだらない付き合い続けてればいいじゃん! 気持ち悪いオカマ野郎!!!」



 それを言われた瞬間、俺は倉坂の椅子を持って咲那にぶん投げそうになった。それにいち早く気付いた香坂が慌てて椅子を掴んできて、投げずに済んだ。


 だが、明らかに咲那を加害してしまおうと強い意識が働いた事に罪悪感が湧いた。咲那は、まるで俺に殺されそうになったかのような表情で俺を見ていた。怯えていた。


 俺は逃げるように教室を出て行った。

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