38話「おまつり」
「お待たせ〜!」
「やっと来たなギャルトリオ!」
「結乃はまだしもなんであたしと小依もギャル扱いなんだろ」
「なー。親交のある女の事ギャルって呼びたいお年頃なのかもよ」
「なにそれだっさ」
「きしょ〜」
「聴こえてるんだが!? せめて本人のいない場所で言ってくれないかそういう事!」
「というかなんで山下いるの? それにのんのんも一緒なんだ?」
「やっほー三人ともー」
集合場所である信号先の角に来ると、水瀬の他にもクラス一のつよ顔面男子である田中と、クラスで一二を争うお調子者の山下、その山下の隣に結乃と関わりのある女子である笠井埜救って名前の女子がいた。埜救と書いて『ののあ』なんて読めるわけないだろ、といつも思う。
「田中くんと水瀬くんって繋がりあったんだ」
「一応? 実を言うと学校帰り以外で遊ぶのは今回が初なんだけど、さっき結乃が」「わーー!!!! わうわうがぅがうがー!!!」
「結乃が野生化した!? 今すぐワクチンを!!」
「ぐわうわー!!」
桃果と田中の間に割って入り会話をぶった切る結乃に対し、桃果は結乃の背後に周りその大きな胸を思い切り掴んで揉みしだいていた。
割と休み時間とか遊んでる時に見慣れた光景だが、男子勢は慌てた様子で目を逸らしていた。良い奴だなコイツら、俺は全然ガン見しますけどね。
「久しぶり、小依ちゃん」
「久しぶり」
水瀬から声を掛けられたので短い言葉で返す。
そんな事よりもだ。個人的にはさっきからずっと肩が触れるくらい身を寄せ合っている山下と埜救の方が気になった。まあ何となくわかるのだが、一応尋ねてみて俺の推測が正しいかの答え合わせをしようかな。
「てかさ。山下と埜救って付き合ってんの?」
「!? なんで分かった!? まだ何も言ってねえのに!」
「やっぱそうなんだ! 態度に出すぎ〜」
「どっちから告ったん?」
「付き合ってどれくらい経ったのー? てかいつから好きだったとか教えてよ!」
俺の発言をきっかけに桃果と結乃が口々に質問責めを始めた。二人の質問を受けて山下は気恥しそうに「言う程の事でもねえし」等と誤魔化そうとする。それを見て拗ねたように目を細くした埜救が山下の代わりに軽快な口調で質問に答えていく。結構気が強いんだなこの子。
「小依ちゃん」
「……」
「じゃあそろそろ行こうぜ祭り!」
「道すがら聞かせてよ二人の恋物語!!」
「言い方なにそれおもろ」
「リアルお祭りとか小4ぶりだあたし! 高校デビュー出来て良かった〜!」
「自分で言うなよ高校デビューとか」
「中学時代の陰キャはもう人権とかなかったからね。懐かしいなあ……」
遠い目をしてしみじみ語る桃果。絶対ネタで言ってるだろって分かってはいるのだが、一応万が一の場合を考えてそれ以上話の内容には触れないでおいた。
七人全員が程々にバラけながら移動を始める。俺は結乃と共に山下カップルに質問責めをしたかったがために前の方を歩き、後ろには水瀬と田中と桃果が歩く構図となった。
「まずどこ行く〜?」
「たこ焼きの屋台ある!! 食べよ!!」
「いいね! 奢ってよ山下!」
「はい!? なんで俺が冬浦の分を奢らないといけないんだよ!?」
「私にも奢れよ〜」
「嫌だよ! 埜救以外には奢る意味ないだろ!!」
「サラッと惚気けるじゃん」
「んなっ!? 惚気けるとかじゃなくて普通の事だろ!」
「いーや惚気けてるね。私らが居るからって手を離してたのに、いつの間にか小指同士合わせてた時とかあったし」
「やめろよお前!?」
「ちょっ、見てたとしても気付かないフリくらいしてよ冬浦〜……!」
「そんな手繋ぎたいなら恋人繋ぎしたらいいのに。ねえ? 結乃もそう思うよね」
「キスがみたーい」
「「キス!?」」
「いやキスの強要はちょっといじめに掠ってるかもしれないからやめよう。それは覗き見る程度に抑えとこ」
「おっけ!」
「「のぞくな!!」」
息ぴったりだ、芸人みたい。ニヤけた顔で山下と埜救にちょっかいをかける結乃。
この二人は照れ隠しが下手なようで、軽口程度にも一々反応して良い反応を示してくれる。面白いなあ、こりゃ学校再開したら向こう一ヶ月は弄り倒されるぞ〜。
「じゃあ今度は田中にたかろっか! こよりん、渾身の萌え声出してよ!」
「萌え声ってなんですか」
「可愛ぶってる声出して田中にたかろ! ハム太郎の真似すればいける!」
「ハム太郎っていつのアニメだよ。見た事無いんですけど」
「ハムボ知らんの!? まじか〜、じゃあ一旦千と千尋のカエルの声真似してみ?」
「え〜……? んっ、ん゛っ。センハドコダ、センヲダセ。ホベツゴマン」
「カオナシパパ活せんて、してそうだけど! 声はそんな感じ」
「はあ」
「で、そのカエル声のまま高い声出してみ?」
「高い声ぇ? ……あ、あ゛ー。センヲダセ、ウマシカテヨ」
「あっれ全然可愛くない。才能無いね、全然萌えないわ小依の声。デスボ混じりのロリでしかない。20点」
「待って待って? やらせておいて評価鬼厳しいのなんな? 声で萌えるってのがそもそも意味わからねえんだけど? お手本やってみて下さいよ!」
「よろしい。……え〜、それは彼女さんが酷いよー。私だったら君にそんな事言わないけどな〜。そんなに疲れが溜まってるなら、私に甘えてくれもいいんだよ……? 二人だけの秘密ねっ(渾身のハムボ)」
「うっわ」
「うっわて」
キツかった〜。声の感じは何となくわかったけど、言ってる内容との兼ね合いが凄まじかったわ。こんなふにゃついた声音で男掠め取ろうとする女ムーブしてる内容のセリフを結乃が口にするというのがキツすぎる。全ての歯車が綺麗にガッチャンコしてて一気に体調悪くなった。すごいな、二度とやらないで頂きたい。
たこ焼きを買い、食べ歩きながら色んな出店を覗く。
ほとんど食べ物系の出店ばかりで後は射的とか景品釣り上げるやつとかで、高校生にもなって楽しめるものというのはあまり無かった。といってもイマイチ盛り上がれていなかったのは俺と桃果のみで、カップル組と男子二人、結乃は純粋に楽しめていたから単に俺達がこういう場面ではっちゃけられない根暗なだけなのかもしれない。
「狙撃において視力の低さってあまりにも大きすぎるハンデだよね……」
「桃果さん。かれこれ10回目ですよ、並び直すの」
「あたしだけ何一つ落とせてないの悔しいんだもん!」
「そうだよね。他の皆は金魚すくいに移動したって」
「だからなに!」
「金魚すくいも楽しいよ」
「あたしは諦めないよ! 金魚すくいがしたいなら小依もそっち行けばいいよ一人で射的してるから!」
「陰キャの本域発揮すんなて。祭りでぼっちは流石に食らうだろ、一緒にいるよ」
「ありがと!! もお! また外した!!!」
珍しく怒りの感情を押し出している桃果が吠える。彼女の放った弾丸は景品には当たらずに景品が置いてある板の方に命中し、ポトッという音を立てて地面に虚しく落下していた。
男ならそのまま体を前のめりにさせてほぼ接射させて落としたり出来るんだろうけど、女だから身長が足りなくてそんなチート技は使えない。だから自前の視力を使って頑張って狙い撃つしかないのだが、桃果のスナイプ能力は絶望的だ。まともに当たりもしないし、怒りなのか位置を掴むために慎重になっているのか腕が震え過ぎている。アル中みたい。
「くそっ! あたらーん!」
「私の分も代わりに撃っていいよ」
「うううぅぅぅ! でも当たんない!! くそーっ!!」
ここまで来て我慢の限界が来たのか、桃果はめちゃくちゃに目を尖らせて俺に主張をぶつけてきた。俺に怒りをぶつけられても困るんですけど。
このまま皆と合流しても桃果の不機嫌は晴れないだろう。そんな状態で一緒になったら空気を悪くしてしまう恐れがあるし、ここは一つ手を貸す時が来たか。
「協力プレイしよう」
「協力プレイ?」
「あい。まあ協力プレイって言うほどでもないけど。桃果は視力が終わってるから狙えないわけやん? だからそこに関しては私が手を貸そう」
「どういう意味?」
「そのおもちゃスナイパーを持つ係と撃つ係は桃果にやってもらって、桃果の代わりに私が狙いをつけてあげる。エイムだけ私が担当するって事」
「代行じゃん」
「代行では無いだろ」
「オートエイムはちょっと……」
「チート扱いまじ? それなら最初に私が全部景品落とせば良かった話すぎる」
「そうしてよ」
「数秒前までのハングリー精神どこ飛んでったんだよ」
桃果に構えるよう促し、ちゃんと銃が持ち上がったので目が良くない桃果の代わりに俺が銃身に顔をくっつけて狙いを定める。
「わ、小依の頭だ」
「なにその発見。人の形知らん人?」
「嗅いでいい?」
「いいわけないね」
「近いんだもん。一旦気になるじゃんね」
「犬? 頭の匂いなんか嗅がれたく無さすぎるから本気で抵抗するけど」
「具体的にどうするの?」
「桃果の鼻に指突っ込んでネイルの先で粘膜削り落とす」
「嗅がないでおくね」
「そりゃよかった」
人が狙いを定めてやってんのに顔を近づけてくる桃果に踵で軽く足を蹴る。三発連続で放たれた弾丸が全弾ヒットしたぬいぐるみが落ちる。何度も何度も列を並び直したというのに、取れるってなったら一瞬だった。
「ほい、取れたよ。よかったね桃果」
「う、うぐううぅ。嬉しいけど嬉しくない……!!!」
「てかこんな可愛いぬいぐるみを欲しがるなんて意外だよね。まるであたかも女の子じゃん」
「どこからどう見ても女の子なんですけど? あたしの事なんだと思ってんの」
「ボンボン変態絵描きマんぎゅっ」
桃果は俺の顔にぬいぐるみの腹の部分を思い切り押し付けてきた。桃果でも女扱いされなかったら怒るんだな、意外だ。
そのまま人の多い方から外れて俺と桃果のじゃれあいが始まる。二人でいる時の桃果は頻繁にくっついてくる、男のままだったらなぁ……と擦り寄られる度に思う。まあ男だったらそもそも仲良くなる事も無かったんだろうが。
「お、射的チャレンジ終わったん?」
しつこくじゃれてくる桃果に気付かれないように胸や腰周りに手を当てて桃果の肉体を堪能していたら離れていた結乃達がこちらに合流してきた。それとな〜く桃果の体から手を離し皆の方へ体を向ける。
「そろそろ移動しよう。花火がよく見える場所探さないと。冬浦さん」
「? はい」
「どこかいい所知らないかい?」
「いい所? なんで私にそんなん聞くん?」
「この公園というか緑道? って冬浦さんちの近所なんだよね?」
「あー……まあ近所だけど、あんまり通らないから分からないかな」
「そっか」
「まあまだ人で溢れかえってはいないわけだし、花火が上がるまでまだ時間はありそうだしゆっくり探そ」
そうは言ってももう結構な人が行き来していて大分視界が遮られてるのだが。男子勢や結乃は身長が高いからまだマシだろうが、こちとら動く人で出来た壁の隙間を縫いながら移動しているんだ。ゆっくりとか言ってますけどこちらは結構大変な思いしてますよ〜。
「その前に、あたしこれから用事だからもう帰るね」
「あ、そっか。お疲れ〜」
「ばいばい桃果、帰ったら連絡するね」
「はいはーい」
鑑賞場所探しを始めるとなったタイミングで桃果が輪から外れ帰宅していった。俺も着いて行きたかったな、てか一人でこの人混みの中を進むのか? 大丈夫かな、ちょっぴり心配である。
「間山さんは帰宅か。それじゃ改めて、良い感じのスポットを探しましょう!」
「「「おー!」」」
田中の発言に対し何故だか熱狂的なレスポンスで返す俺と水瀬以外の皆々様。まあ結乃と埜救は浴衣着てきてる時点で結構気合い入ってるしやる気も満ち溢れるか。俺ん家に泊まるってのに持ってきてるんだもんな、結乃に関しては。そりゃノリノリなわけである。
桃果が帰った後、自然と俺らは二人ずつのペアとなり三組ずつ並ぶようにして行動する形となった。
先頭はずんずん進みがちな山下とその彼女の埜救。次に結乃と田中のペアが続き最後に消去法というか、半ばそうせざるを得ない形で水瀬と俺のペアで歩く事となった。
「……」
「……」
俺からは何も言わない、水瀬からも何も言ってこない。なにかこちらに対して探りを入れるような視線は感じるのだが、それだけ。つまらん。
山下カップルがすぐ目の前でイチャコライチャコラしている。その惚気けた生暖かい空気がこっちまで流れてくる。鬱陶しい〜、なんで他人のラブな会話を耳に詰め込まれながら歩かなきゃならんのだ。気付けば周りもカップルばかりだし。はぁ。
「うわそれ美味そ〜! 一口くれよ」
「やーだね。あげない〜」
「なんでだよ!」
「田中の一口大きいんだもん。私に対して遠慮しないじゃんお前」
「まあ結乃だしな」
「そんな態度だから絶対あげない、お腹空かせてろばーか」
「あ! UFO」
「アホ? 誰がそんなのに引っかかるん」
「……」
「……」
「……」
「……え? あっ、こらー!! やっぱり一口でかすぎー!!!」
結乃と田中もなんかいい感じになってるし。そこまで強くもないだろう力で田中の腕をポンポン叩いてるわ。
付き合ってはないって公言してるけど、どこがだよって感じだ。結乃側はまだしも、田中も自覚してないだけで絶対結乃の事好きじゃん。桃果の事気になってるみたいなこと言ってたけど今日ほとんど喋ってなかったし。
「小依ちゃん」
水瀬が話しかけてきた。彼の顔は見ず、スマホを取り出してこれみよがしにSNSを弄り始めてから返事する。
「なに」
「なんか今日不機嫌?」
「別に普通だけど」
「……でもなんか今日口数少ないよね」
「話しかけられてないからね」
「話しかけてたんだけどな」
「あっそ」
……。会話が終了した。なんだ今の、ゴミみたいなコミュニケーションを交わしてしまった。あれ、会話ってこんなに難しかったっけ?
水瀬の顔をチラッとだけ見る。困惑しているようだ。俺の態度が素っ気なかったからだろうな。
……でもなんか、なんか普通にいつも通り話す気分にはなれない。胸というか腹というか、よく分からないところが靄がかっているみたいで不快だ。だからつい冷たい態度で当たってしまう。
なんでこんな気分になっているんだろう? きっかけはなんだ? 思い当たるのは……数日間連絡を無視されていた件についてだ。それに対する理由が『人にスマホを奪われていた』だなんてあまりにも無理筋な、そんな事ある? って理由だったからどうにも信じられなくて、それに対して無性に腹を立てているんだと思う。
腹を立てるという点において意味不明なのは自分自身分かっている。だからこそ分からない、なぜ俺はそんな程度の事でここまでへそを曲げているのだろう。
「はあ」
でもこうやって一方的に嫌な態度を貫くのも水瀬に悪いし、いつまでも無視をカマしてないでいい加減水瀬と会話するべきか。思えば今日一度もマトモなラリー返せてないし。
「……ごめん、水瀬。私……あれ?」
スマホから目を離して見上げると、そこには水瀬の姿は無かった。
前を行くカップル組も、結乃も田中も居なかった。周りには知らない人が行き来している。
「……はぐれた」
冬浦小依、齢十五にして迷子になってしまった。もう高校生にもなったのに。
「終わってんな〜、俺」
一人寂しく呟き、通行人の邪魔にならないよう道の端に避難する。スマホを取りだし、結乃に連絡しようとして、送信を押したタイミングで電話がかかってきた。
『もしもし、今どこにいるの!?』
「ごめーん、まじ迷子った。鳩サブレー屋さんの横にいるー」
『あそこか! おっけー、そっちに山下が向かうから待ってて!』
「了解〜。ほいじゃ、田中くんと楽しんで〜」
『はっ? ちょっ、これスピ』
通話を切ってやった。なるほどスピーカーにして話してたんだ、その場にいる皆に聴かれちゃったかな今の。
これでカップルがもう一組出来たら俺はさながらキューピットやね! うーん、結乃との友情を壊さない為にも頼むから付き合ってやってくれ〜田中くん〜!!!
「お、見つけたぞ冬浦〜。このチビ女め」
「ぶん殴るよ?」
「なんで迎えに来たのに殴られなきゃいけないんだよ……」
「チビ女って普通に悪口やろ。皆ん所に戻る時腕に組み付いてやろうか?」
「本当にやめてください」
「まじあんま舐めた事言ってっと埜救の目の前でしがみつくからね。肝に銘じるように」
「こいつヤバすぎだろ」
俺を探しに来てくれた山下の服の袖を掴み歩く。山下からは「おいマジでやめろって。浮気疑われるだろ!」と言われたのだが、こうでもしないとまたすぐにはぐれそうなので仕方ないだろう。服にしか触ってないのだから大目に見てくれるだろ埜救も。
「で、山下くんと埜救はいつ頃から付き合い始めたの?」
「またそういう……なんでそんなの知りたいんだよ」
「気になるもん」
「だる〜……」
俺が一人で考え事している間に結構皆と距離が空いてしまったらしく、戻るまで時間が掛かりそうなので山下と話をしながら歩く。思えばこいつと二人で話した事無かったから新鮮だ。
「で? いつから?」
「……夏休み前の、ってか明日から夏休みって日に告った。それから付き合ってる」
「へぇ〜。もうキスした?」
「し……まあ、したけど」
「セックスは?」
「デリカシー無いんかお前!?」
「男子高校生なんて頭ん中そういうのばっかでしょ? 私ら女も似たようなもんだし気にしなくていいよ」
「ド偏見すぎるだろ! 発情期の猿じゃないんだからそんな事ばっか考えてねえよ! てか、その理論で言ったら女子ヤバすぎるだろ!」
「え〜? なんか恋バナの話になると毎回そっち方面の話になるじゃんか〜」
「ならねっ………………いやなるかもしれん」
「でしょ?」
「だからといって答えられるかぁ!」
「ここだけの話ここだけの話! 大丈夫だって誰にも言いふらさないから!」
「そういう問題じゃなく、クラスメートの女子に性事情なんか話せるか!!」
「あははっ、冗談だよ。やっぱ山下くんって反応おもしれ〜」
「おまっ、このチビ……!」
「おいまたチビ呼ばわり。まじ彼女の目の前で抱き着いてやろうか? あ? 生殺与奪握ってんの私なの理解してる?」
「性格最悪すぎるだろお前マジで……!」
嫌がるような素振りで山下がそう呟いた。叩けばよく鳴るなぁ山下は、桃果や結乃が弄りに行くだけはあるわ。全部のネタに対して良いリアクションで返してくれるから気持ちがいいな。埜救が告白を受け入れた気持ちも分かる気がするわ。
「……ん?」
「どうした? 冬浦」
「いや、今なんか水瀬っぽい奴が……」
「あー。なんか水瀬君、友達から連絡が来ただかで輪から抜けてったんだよな」
「へぇ。……山下くん」
「どうした?」
「ごめん、お腹冷やしたみたいで。ちょっとトイレ探すから皆と先に合流してて」
「まじか。トイレの近くまで一応着いていこうか?」
「変態ですか?」
「違うわ! この人混みじゃ動くの困難だろ!」
「大丈夫だよ。てか先に鑑賞場所探してていいよ、決まったらLINE送って? 一応ここら辺の地理は頭に入ってるから、場所さえ分かれば向かえるからさ」
「そうなん?」
「うむ」
「分かった。でも一応もう遅いし、変な奴に声掛けられたりやっぱ迷子になったりしたらすぐ呼べよ。お前みたいなチビ女が一番危ないんだからな」
「チビ女云々がなかったら良かったのになんで余計な一言付け加えるかな……ありがとね。埜救とイチャコラしてきな」
「うるせえ」
軽口を言い合った後に山下と別れ、俺は移動して行った水瀬らしき人物を追った。あまり位置関係は離れていなかったのだが、こちらは背が低いからか相手から認識されていなかったようで、すぐに水瀬の背中は発見出来た。
「……っ」
そのまま声を掛けようとしていたのだが、足を止めてしまった。慌てて隠れる、水瀬ともう一人から見つからないように。
水瀬の正面には、落ち着いた色の浴衣を着て綺麗なメイクをした咲那が立っていた。
髪も纏めあげて、恋する乙女の表情を浮かべた咲那は緊張した表情のまま何かを口にした後、水瀬からの返答を受け楽しそうに笑った。
水瀬の表情はこちらからは見えない、完全に俺からは背を向けた形となっている。声も聴こえない。けれど、どんな話をしているのかは容易に想像がついた。
(……成就したんだ。めでたいな、咲那)
咲那は水瀬に告白をすると言っていた。そして、緊張した表情から意を決した様子で何かを言い、次の瞬間には笑顔を浮かべた咲那。普通に考えれば、咲那が水瀬に対して告白をし、OKを貰った事で嬉しくなって笑ったのだとすぐに理解出来る。
今この瞬間、咲那と水瀬は恋人になったのだ。それはとてもおめでたい事だ。俺は咲那の事がずっと昔から好きで、少し前からは嫌いだったけど、それでも、幼馴染の恋が成就したのならそれは祝うべきなのだろう。
水瀬だって、あんな可愛い彼女が出来たのなら俺は友達として祝うべきだ。友達として、俺にとっても嬉しい事、の筈なのに。
「…………………………やだ」
慌てて自分の口を抑えた。自分の口から漏れた言葉に対し急激な嫌悪感を抱き、背中や腕がゾワッとして鳥肌が立った。
その場から逃げた。少しでも水瀬から遠のく為に走って、緑道を抜けて橋の下のレンガ道に降りた。階段の横にあるベンチに腰かけ、膝に肘をつけて手のひらで顔を覆う。
「嫌ってなんだよ、馬鹿じゃねえの」
誰に言うでもなく、自分に向けて言葉を吐き出した。走ったのと生理的な気持ち悪さで苦しくなるくらいにバクバク鳴っている心臓を黙らせる為に頭の中を空にしようとする。しかし、いつまで経っても頭の中から数分前の映像が消えてくれなかった。
何故かは分からないけど涙が出てきた。本当に意味が分からない事に手が震えている、口も。発作かな。何がトラウマ発作の発動要因になったんだろ、分からんすぎる。
そうこうしているうちに、一発目の花火が上がった。スマホが震えていて通話を知らせてくるが、俺はそれを切ることも出来ず放置していた。
「…………気色悪いな、俺って」
そのまま泣き出しそうになる自分に対する嫌悪感を押さえ込む事が出来なくなり、勝手に口がそう言葉を発した。自分に対して「うるさい、黙れ、死ね、消えろ」と小さな声で繰り返す。
怨嗟にも似た俺の呟きは、耳障りな花火の音がかき消してくれる。このまま泣いてしまっても、皆空を見上げていて大きな音が鳴っているのだから俺の存在には気付かないだろう。
なんかこの感覚久しぶりだ。冬以来だった、こんな気分になったのは。




