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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
35/61

35話「水遊びちゃぷちゃぷ」

 勘違いは禁物だなと思いつつ生きてきた。勝手に好きになられたと勘違いして告白し、玉砕した挙句それを女子の笑いのネタにされるなんて光景を何度も見てきた。


 男子も高校に上がってからやたらと恋人関係の話題に敏感になっていて、彼女が出来る出来ないに関わらず告白したというイベント自体で二週間は弄られる事が確定する。その状況で勘違い玉砕なんてしたら向こう一年は笑い者にされてしまうだろう。


 僕はただでさえ勘違いしやすい自分に都合の良い発想にすぐ転んでしまうタイプだから、そこら辺については特に気を付けなければならないだろう。極力尾を引く黒歴史を作らなず、平穏で何処にも有り触れた高校生活を送ろう。そう思っていたのに。



「おまたせー」

「おせぇよ」

「ごめんごめん」



 少し遅れて小依くんと合流すると、彼女は僕の隣にピタッとくっついてきた。


 好きやろ、僕の事。ともう夏休み始まってから両手両足の指を使い尽くすくらい思ってしまった。異性と濃厚なコミュニケーションを送った事が無い人生だったから。


 小依くんの肩が腕に触れている。柔らかい。こんな距離感有り得るかな? 女子と、地肌むき出しで、ヒタヒタに着くくらい近距離で行動する事なんてあるかなぁ!?


 一緒に居る時はすぐ隣来るし、顔とか髪とか触ってくるし、色んな事に誘ってくれるし。こんなの勘違いしても仕方ないだろう、そう思いつつ自制をし続けている。


 8月が始まるまでの数日間ほとんど小依くんと顔を合わせたし、今日に至っては室内プールに来てしまった。白い肌が見える範囲がいつもよりだいぶ広くなっていて大変だ!


 な、なんとか話題を振って意識を逸らさないと……! なにか無いか、なにか……。



「あ、リストバンドしてるんだね!」

「え? うん。手首グロいから隠さないとでしょ」

「グロいってことも無いと思うけど」

「一緒に歩いてる女がリスカまみれとかキモイだろ」

「キモいとは思わないけど……」

「へぇ」



 やはり近いんだよな。歩きながらガツガツ肩が当たってる。気にならないのかな、スベスベしてるな〜肌……。

 あんまりジロジロ見るのは良くないなと思いつつ、油断すると目が吸い寄せられてしまう。あんまりジロジロ見られるのは小依くんからしても不快だろうし色んな所に視線を向けて目を逸らしておく。


 というか、周囲の視線が小依くんの方へと集まっている。男時代の名残であるぶっきらぼうな口調と所作を除けば美少女だもん、そりゃ集まるよね。喋らなければってやつ?


 なんかナンパとかされそうだし注意深く警戒しておくかな。チャラそうな男は注視しつつ、それ以外の男にも目を配りつつ……。



「……おい」

「はい?」



 周囲の目を気にしつつ歩いていたら隣の小依くんが呼びかけてきた。彼女の方を見ると、小依くんは何故か僕を睨みつけてきていた。



「どうしたの」

「……」

「……あっ! 水着めっちゃ似合ってるよ!」

「っ」



 お、感触あり。水着になんの反応もしなかったことを怒っているのかと思ったらまさしくそんな感じだったのかな? 僕の言葉を聞き、小依くんは一瞬驚いたように目を見開いてすぐに目を逸らしてきた。


 僕が吐いた言葉に対し小依くんは目を逸らして小さな声で「どうも」と言ってきた。



「胸、でかい方が好きなん?」

「え? 胸?」



 聞き返すと、小依くんは目を僕から逸らして大きな胸の女性の方を見ながら言った。



「……お前、さっきから周りの女チラチラ見てるだろ。巨乳の人らの方」

「!? 見てないよ!」

「見てるよ」

「そんな限定的な部分見てないって! 誤解だよ!」

「……別にいいけど。俺には関係ない話だし」



 そんな口を尖らして言われても。絶対気にしてますよって言ってるようにしか思えない感じで言ってくるじゃんか。


 女の人というか、どちらかと言うと男の人の方に気を配ってたんだけどな。というか小依くんの胸だって、平面って訳では無いし気にする程でも……。



「……胸、小さい方が泳ぎやすいし」

「そうなんすか」

「知らんけど」

「ていうか小依くん泳げるの? 授業サボってたからプール掃除してたんでしょ?」

「は? なんでそんな事知ってんのキモ。ストーカー?」

「友達連中が言ってたんだよ」

「お前の友達と知り合いじゃないんだけど」

「有名人だけどね、小依くん」

「なんでだよ」

「可愛いもん」

「かっ!?」

「あっ……ええと、客観的に見て、可愛いじゃないすか」

「そ、そんな事ないでしょ」

「いやあるよ」

「……っ」



 いてて!? なんか指抓られた!? なんで!?



「とにかく他の女の人の方なんか見てないよ! 女じゃなくて男の方見てるんだよ!」

「男? なんで。ホモなん?」

「違う! 小依くんが、その……客観的に? 可愛い勢だから、悪い男とかチャラい男が声掛けてきそうだなって思って」

「……お前みたいな?」

「僕のどこが悪い男なんですか」

「女相手に簡単に可愛いって言う男は総じてチャラくはあるだろ」

「簡単には言ってないよ!」

「俺には簡単に言いやがるだろお前!!」

「……」

「ほら返答に詰まった! 自覚あり!」

「……思った事を思った通り口に出しちゃうタイプなので」

「生きづらそうな性分ですね」

「心を許してる相手にだけ口が緩くなる的なやつなので生きづらくはないですね」

「……お前口上手いな。ムカつくわ」

「なんでぇ……?」

「なんでも!」



 小依くんがふいっと顔を逸らしてきた。衝動的な行動だった故か勢いが強かったようで、顔を逸らした後目を回したように小依くんがよろけた。



「危なっ」



 ふらついたままプールに落ちそうになった小依くんの手を掴みこちらに引く。


 ドンッと小依くんの体が僕に当たる。小柄な少女の身が密着して心臓が跳ねる。



「な、なにすんだよいきなり」

「コケそうだったから」

「……邪念無し?」

「邪念って?」

「黙れ」



 どういう文脈? 急に軌道が変わって責め口調の言葉を浴びせられたけど。ティアマト彗星も目を丸くするくらいの急カーブ切ってきたけどなんなの???



「人前で抱き合うってマジかよあの人達……」

「浮かれてんな〜」



 近い位置にいる男二人の言葉にハッとし慌てて後ずさった。小依くんと密着したまま数秒間固まってしまっていた。



「ごめん!」

「や、俺の方こそごめん!」



 互いに謝り合い、少し無言で向き合った後静かに着水した。



「プールか……」

「? どうしたの。やっぱり泳げない?」

「泳げるわ」

「じゃあどうしたの。今暗い顔してなかった?」

「んー……ちょっと嫌な思い出があるもんで」

「え!?」

「タンマ。大した話じゃないから過剰に反応しないでな」

「そう?」

「そう」



 そうなのか。小依くんのいじめの件については後から色々聞いたから、彼女が"嫌な思い出"というとそのいじめと紐付けて考えてしまう。それとはまた別の時期の出来事なのだろうか、本人の反応を見てもダメージは大きいようには思えないしいじめとは無関係っぽいな。



「てかこんなに人が居たら泳ぐなんて出来ないよな」

「そもそも遊泳用のプールじゃないしね」

「……高校生になってからプールってどうやって遊ぶんだろ。子供の頃はなんかチャプチャプやってたけどさ」

「鬼滅ごっこしてたよね。水面叩いて水の呼吸がどうたら」

「やってたやってた。何故か冨岡義勇が被るんだよな」

「立候補者多かったよね」

「で使える技が滝壺ばっかなんだよな」

「あとぼっ立ちで凪と言い張るムーブね」

「あっははは!! あれめっちゃ滑稽だったよね! 水中でかっこよくポーズ決めてんのに集中攻撃受けて髪が海藻みたいになってんだもん!」

「実質我慢比べだったよね〜」



 小学生だった頃の思い出を語り笑い合う。あったな〜、教室では善逸か冨岡の二択がごっこ遊びだと多かったんだよな〜。霹靂一閃って叫んで教室のドアに頭から突っ込んで流血しながらドアを破壊した子も居たっけ。


 その事件がきっかけで鬼滅ごっこの禁止令がクラスで発令されたんだけど、そんな学校他にもあるのかな。今となれば笑い話だけどあの時は阿鼻叫喚だったもんな、教室中。なんてったって血まみれだったしね……。



「またする? 鬼滅ごっこ」

「滝壺!」

「ぐわぁ!?」



 冗談半分で訊いてみたら突然小依くんが水面を思い切り叩いて僕に水をかけてきた。相変わらず飛ばし方が上手い、めちゃくちゃ顔に水が飛んできた。



「いててっ!」



 水を飛ばしたあと小依くんが痛そうに手を抑え唸っていた。



「加減せずに叩くから〜……」

「昔よりも痛く感じるのはなんで!? 子供の頃は平気だったのに!」

「思い出補正で痛くなかったと錯覚してるだけでしょ。どうせ痩せ我慢だよ」

「水瀬も思い切り水叩いて!」

「なんでやねーん」

「俺だけ痛い思いしてるの悔しい」

「最高に良い性格してるね」



 と、手を擦りながら唸っている小依くんが油断した瞬間を狙い思い切り手を振りあげて水面を叩いた。




「ぶわぁーっ!? ぺふっ!! ぶぇっ!」

「あれ? そんなに痛くない」

「なんでじゃ! くそーっ!!!」



 平気そうに手を眺める僕を見て小依くんは悔しそうな音を出していた。面白い反応が見れて良かった、痩せ我慢した甲斐があった。あ〜……手の中がビリビリして気持ち悪い、もう二度としたくないなこれ。




 プールで時間を潰した後、夕方になったので帰る準備を整えて更衣室から出てベンチまで歩くと、日焼け止めを手足に塗っている小依くんが居た。



「またしても遅かったな。なんで男のが出てくるの遅いんだよ」

「小依くんこそ出てくるの早すぎるよ」

「いや絶対俺は普通だよ? 急いでもないし。てかこっち来なよ」

「え?」

「そこ暑いやろ、日陰こよ」

「分かった」



 言葉に甘えて小依くんの座るベンチの横に立ったら、小依くんは不思議そうな顔をして僕を見て「座れよ」と言ってきた。



「し、失礼します」

「あい」



 小依くんの隣に座ったら、急に小依くんが僕の腕に触れてきた。ひんやりとした手触りに驚いた。なにか塗り込まれた!?



「日焼け止め余ったから貰って」

「そ、そういう事か。びっくりした……」



 びっくりした、と過去形な言い回しにしたが今もずっと驚いている。小依くんの小さな両手で腕にローション状の日焼け止めを丹念に練り込まれている。

 なんか、エロくないか? そう感じる僕が変態なだけなのだろうか。



「というかもう暗くなるのに日焼け止めっているの?」

「一応ね。日焼けしたくないし」

「そういえば小依くんって全然日焼けしてないよね」

「綺麗に焼けないんだよ。肌がクソ雑魚なんで日焼けに至る前に火傷ダメージで死ぬ」

「舌は切れるのに日焼けは耐えられないの?」

「痛みのベクトルが全然違うから」

「絶対舌切る方が耐え難いでしょ……」

「いんや? まじで想像するより全然だよ。カサブタ剥がす方が痛いぜ普通に」

「そうなの!?」

「冗談抜きのガチ。喩えとして絶妙かつ的確だと思う。我ながら」

「にわかには信じられない……」

「手伝ってやろうか? ハサミで行けば一瞬だし」

「痛い痛いやめて!? 痛すぎるって!」

「やる? ハサミでちょっきん」

「やんないわ!!」



 大声でそう言うと小依くんは愉快そうに腹に手を当ててケラケラと笑っている。笑う様は可愛いんだけど内容がグロすぎるんだよな、今僕この子に舌を切られかけたんだもん。流石に事件です。



「お揃いにしよーよ」

「まだ言う!? 切らないって!」

「えー。じゃあピアスは?」

「ピアスは……ピアスも痛そうだなあ」

「痛くないよ。デコピンの方が痛いよ」

「なら耐えられるかあって思えなくもないけど、人体に穴を開けてるのは間違いないから遠慮したいかな」

「こちとら穴ぼこなんですけど?」

「ちがっ、トラップかなぁ!? 誘導されたよね僕今!」

「あははっ! すぐ動揺するやんおもろ〜」



 小依くんは僕が困る姿を見てまた気持ちよさそうに笑った。膝に手を当ててグーッと背筋を伸ばしながら一息吐いた小依くんがスマホを出した。


 カシャっという音がした。無許可で突然写真を撮られたようだ。



「堂々とした盗撮だね」

「隠れて撮ってないから盗撮じゃない」

「僕はフリー素材なん?」

「うん」

「やばすぎ。次からは使用料をいただきます」

「いくら?」

「100万」

「ジンバブエドル?」

「日本円でいくらなのそれ」

「分かんない。1万円くらい?」

「全然貰うけど」

「じゃーもう撮らなーい」



 半笑いでそう言うと小依くんはスマホをしまった。



「小依くんの肖像権はいくら?」

「肖像権いくらはやばすぎ。慰謝料と同額は貰いますけど」

「一枚だけ撮っていい?」

「なんで?」

「無許可で写真を撮られたので」

「…………今日は無理」

「今日は?」

「メイクしてないし髪もヘンテコだろ。プール後だし」

「そのままでも可愛いと思うけど」

「なっ!?」

「って言うのはダメなんだっけ! 今のナシ、ノーカン!! 僕の言葉じゃないということで!」

「……それはそれでムカつく。だから写真は無しね」

「すみませぬ……」

「傷つきましたー。絶対許しませーん」

「ぐはっ!?」



 小依くんが怒った顔のまま間延びした口調で責めてくる。密かに僕の悲しい非リアマンスマホに女友達の画像という陽キャアイテムを封入できると思って期待したのに。ガックリ、その機会は遠のいてしまった。




「水瀬、顔上げて」

「え?」



 項垂れていたら急に小依くんが身を寄せてきて、彼女の頭や肩が体に押し付けられる。彼女の体温がダイレクトに伝わってきて驚いていたら顔を上げるよう言われ、言葉に従って顔を上げた瞬間にシャッター音がした。


 小依くんが自分のスマホを使って、僕とのツーショットを撮ったのだった。小依くんは一度僕から離れると、すぐにスマホを弄って僕に今撮ったばかりの画像を送り付けてきた。



「これは……」

「ピン写真は恥ずいから無理。だからこれで妥協ね」

「……皆に見せびらかしてもいい?」

「一切の加減なしでビンタするけど、それでもいいならご自由に」

「やめておくよ」



 というやり取りをすると、すぐに小依くんは立ち上がり「帰ろうぜ」と僕に提案してきた。どういう風の吹き回しなのか聞きたくて彼女の目を見たら、彼女はすぐに僕に背を向け歩き始めた。


 隣に並んで立つと、彼女は僕に表情が見えないように僅かに顔を傾けた。髪の隙間から出ている彼女の耳は夕日のせいか僅かに朱色に染まっていて、そこから別れるまで一言も彼女は言葉を発さなかった。



「じゃあね、小依くん。また遊ぼう!」

「……うん」



 別れ際、やはり僕の目を見ないままそう答えた小依くんに対し背を向ける。すると、背後からドタドタ近付いてくる音がして、振り向く前に背中にバチン! と平手打ちを受ける感触を味わった。



「いった!?」

「油断したなバカめ! じゃあな!!」



 僕の背中を叩いた小依くんはそう吐き捨てて逃げるように帰っていった。小学生か……? そう呆れつつ、逃げていく小依くんの背中が面白くって笑いがこぼれた。



「……ツーショット入手! いいぃぃぃやったー!!!!」



 完全に小依くんの姿が消えたのを確認して大声で喜んだ。人生初の女子とのツーショット!!! よっしゃ! よっしゃあ!! 僕のスマホに潤いが、オアシスとなる一雫が宿ったぞ!!! やったあああぁぁぁ!!!


 さて。この事実は同じ寮の連中にバレてはならないな。

 女に飢えたあのハイエナ共から今日の出来事を秘匿しなければ命は無い。女子と一緒にプールに行って女子に日焼け止めを分けてもらってツーショットを撮った、これはもう完全に粛清対象である。


 小依くんとの平和な水遊びが終わり、新たなミッションが開始された。誰にも捕まらず、今日の出来事もバレること無く自室に戻り、何事もなく夏を満喫するのだ。このひと夏を、僕は必ず生き抜いてみせる……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人間、突然の砂糖の雪崩に飲み込まれると、「アビャビャビャビャ……ギャピッ」って声が出るんですね……。
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