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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
29/61

29話「弱ってる時」

 梅雨に入り激しい雷雨が降り注ぐ。窓を叩く雨の音、吹き荒ぶ風の音をBGMに、僕と小依くんは無言で座り込んでいた。



「……っ」

「母親が、こういうの沢山持ってたんだ」



 気まずくなって帰ろうと、立ち上がろうとした瞬間に小さく息を吸って小依くんが口を開いた。


 彼女にはまだ話したいという意思があるように思えた。腰を下ろす。



「だから、どんなもんか興味あったというか。知的好奇心、的な」

「ふむ」

「だ、だから……決して俺がエロ漁りをして見つけた概念という訳ではなくて。その、むしろ、そういう事はあまりしないし……」



 そう説明する小依くんの顔はみるみるうちに紅潮していく。恥ずかしいのなら無理に説明してくれなくてもいいんだけどな……。



「……幻滅した?」

「してないよ。気持ち悪いとも思ってないって」

「そう。……じゃ、何とかして今日見た物の記憶消してね。学校でもし誰かに言いふらしたら」

「殺す?」

「自殺する」

「絶対言いふらさないから安心してね。冗談でも自殺するとか言うのはやめよう」

「冗談じゃないよ」

「尚更良くないな……」



 そこでまた会話は途切れる。小依くんは口元を隠したまま、楽な姿勢でじーっと僕の……足元? 足の先ら辺を見ていた。



「……お見舞いって、具大的に何しに来たの」

「あっ、そうそう。そうだったそうだった」



 僕はスーパーで買ったインスタントの食料と飲み物を袋から出した。



「結構風邪が長引いてるって聞いたから、食べ物と飲み物買ってきた。外に買い物に行けないだろうし、体もしんどいだろうから、作るの楽なインスタントとスポドリね」

「……俺の為に?」

「そりゃそう。当たり前では」

「…………なんで、また、そういう事」



 ? 僕の耳まで届かない程の小声で小依くんが何かを言った。まあ明らかに僕に聞かせる為の言葉ではなく独り言っぽかったので気にはしないでおく。小声の悪口だったら嫌だなあ。



「飲み物は冷蔵庫入れとくよ。食べ物はどこに置いたらいい?」

「どっちもそこでいい。冷蔵庫多分入らないと思うし」

「そう?」

「うん。……ひっ!」



 一際大きな雷が落ちた。ピカっと窓の外が光り薄暗い部屋の中が照らされた瞬間、爆発のような轟音が鳴り響いた。小依くんはその雷に驚いたようで、頭を抱えて震えていた。



「雷怖いの?」

「……怖くない」

「なんか可愛いな」

「……それ、可愛いって軽々しく言わないって前言ってたじゃん」

「素直に思った事だもん」

「……口に出す必要ないだろ」



 拗ねたように口を尖らして言う。元々男だった身からしたら、確かにある意味悪口というか、煽りと受け取ってもおかしくないか。



「ごめんね」

「許さない。謝ればまた言っていいと思ってる。馬鹿にしてる」

「前者は正解、後者は不正解かな」

「ほらな? 口癖みてぇに可愛いって言うのまじで禁止! それされたらまじで絶交する、人の事舐めすぎ」

「気をつけるよ。それより雷怖いなら音楽とか流せば?」

「……イヤホン無くした。てか怖くないって言ってるだろ」

「震えてたじゃん」

「……雷で震えてたわけじゃない。俺がレイプされた日も、雷雨だった」

「! ご、ごめん!」

「ひぅっ!? うっ……」



 僕の謝罪を聞いた瞬間小依くんの体が跳ねて目を見開いた表情で僕を見た後、ガタガタと震え出して涙が零れた。小依くんの表情は恐怖に塗れていた。過去の辛い記憶がフラッシュバックしているのだと分かる。



「こ、小依くん……」

「っ、大声、出さないでよ……っ、今は陰キャになってて」

「分かった。……というか、それなら僕は男だし帰るよ。間山さ」

「待って!」



 部屋から出ようと立ち上がると、物凄い勢いでベッドの上を這ってきた小依くんが僕の腕をガシッと掴んできた。



「い、行かないで。怖いから、お願い」

「いやだから、間山さんと塩た」「行かないで!!!!」



 耳鳴りがしそうなくらい劈くような声で小依くんは叫んだ。小依くんの友達である間山さんと塩谷さんを呼ぶつもりだったのだが、そう伝えるのは困難らしい様子だ。彼女はしきりに小さな声で「やだ、やだ、やだやだやだやだ」と繰り返していた。



「一人にしないで……お願い……お願いだから……」



 僕を掴み震えている小依くんを見たら、下着姿の彼女の姿が目に映ってしまった。


 大声を出すとまた怖がってしまうと思って声は抑えたが、毛布の下が下着姿なのはツッコミどころが過ぎる。あのドタバタしてたのは体を拭いて下着を着けて毛布に包まる音だったんだ。服着なさいよ。


 ……少しくらい仕方ないよね。


 下着姿の小依くんの背面が再び視界に移るが、あくまで意識は毛布に向けつつ手を伸ばす。毛布を掴み、引っ張って小依くんに被せて、毛布の上から彼女の背中を弱い力で何度か叩く。



「大丈夫、怖くないからね。大丈夫だから」

「……ゔぅっ、ううぅぅぅぅ……」



 くぐもった泣き声が聴こえる。毛布の下で小依くんが泣いている。


 精神的な病気の事は何も分からない。だけど素人の僕でもわかる、小依くんは重症だ。取り返しのつかない程に彼女の精神は摩耗していて、その影響は日常生活に支障を来すレベルだと思う。


 現にただの雷で体を震わせて驚き、怖がり、泣いている。学校や会社、外で同じような事が起きれば周りは彼女に困惑し白い目を向けるだろう。


 放っておけない。どうにか小依くんのメンタルを治し、健全な精神力を培ってほしい。そう心から思うけど、僕は彼女の為に何か出来ることはあるのだろうか。


 ただの一介の高校生が、深い心の傷を負った女の子の支えや力になれるだろうか。そんな弱気な事本人には言えないけど、こうして小さくなり震えている小依くんを見ているとやるせない気分になる。



「ごめんなさい、ごめんなさい」



 泣いていた小依くんはしばらくすると、子供のような口調で親に言うように謝罪の言葉を何度も口にする。電車の時もそうだった気がする、小さな子が親に許しを乞う時のような言い方だ。


 毛布からはみ出ている小依くんの頭を、そっと撫でる。



「小依くんは悪くないでしょ。謝らなくていいんだよ」

「……迷惑かけてごめんなさい」

「迷惑だなんて思ってないよ」

「嘘だ」

「嘘じゃないよ。小依くんに頼られるのは嬉しいし」

「……」

「言ったろ、僕は小依くんの友達なんだよ。悲しい時とか辛い時は頼っていいんだよ」

「……」



 小依くんからの返事はなく、ただ鼻をすする音と雨音のみが部屋に響いた。


 しばらく頭を撫でていると小依くんは泣き止み、頭を撫でていた僕の手を掴んで撫でるのを辞めさせた。

 怒っている感じや嫌悪は見受けられない。彼女は毛布で自分の体を隠しつつ、身を起こして僕を見た。



「……今日、何時までいれるの」

「えっ」

「……何時までいれる?」

「えーと……門限は基本は20時。バイト関係で遅れるって嘘ついても22時かな」

「……本当に申し訳ないんだけど、雷が収まるまで、居てくれん?」

「えーーと……明日の朝まで雷雨だよ、天気予報を見た感じ」

「……」

「……」



 雷がまた落ちる。先程に比べたら全然小さな雷で、小依くんは悲鳴を上げずに目をギュッと瞑り身を跳ねさせていた。



「む、無理を承知で聞くんだけど、泊まってくってのは」

「それは駄目だよ小依くん。僕、男なんだよ?」

「…………水瀬は俺に乱暴したりしないだろ」

「例えそうだとしても、男と女である事は変わりないだろ。信用のし過ぎは良くないよ、もしそれで裏切られたら」「水瀬はそういう事しない」



 小依くんは僕の言葉に被せて強い口調でそう言った。



「そういう事しないって、なんで言い切れるの? 小依くんは小依くんで、僕では無いんだよ?」

「……お前はホモじゃない」

「あのね。心は男でも、君の肉体は女の子なんだよ? ……男同士の友情は確かに感じてるけど、それ以外の感情だって抱いてないとも言えない。所詮男と女なんだから、綺麗な関係性だけを都合良く続けられる保証はない。それが普通の感覚だと思うよ」



 辛い言い方になってしまったかもしれない。心が男だからって体が女なら間違いは起こりかねない、それが普通だ。なんて、彼女の境遇を知った上で言うのはあまりにも酷だったし胸が痛かった。


 でも、伝えずに小依くんと一緒に居るのは良くないと思った。これを伝えないことによって、いつか彼女の信頼を裏切る形になったり、新たなトラウマを植え付けてしまうことだってあるかもしれない。だから、ここでちゃんと言っておく必要があった。



「……なんでそんな事言うの。友達なんだろ、俺ら」

「大切な友達だよ。僕にとっては一番の」

「一番の友達なのに、もしかしたら間違いが起こるかもとか、そんな事を考えてんの……?」

「……考えてないって言うのは、多分卑怯だと思う」

「意味わかんない」

「わからなくていいよ」

「嫌だ。説明しろ」

「いや、それを言ったら君はきっと」

「いいから説明しろ。なんなの、なんでそんな事急に言い出すんだよ。なんでっ!?」



 小依くんが僕の背中にもたれ掛かるようにしてきて、浅くベッドに座っていた僕は彼女の体重でベッドの脇に滑り落ちた。


 小依くんも僕の上に落ちてきた。完全にベタっと密着することは無かったが、毛布の前の部分が押さえを失った事で彼女の下着姿の前身が目の前に展開されていた。


 部屋は薄暗くて良くは見えない。影になっているから彼女の肉体の細部までは見えない。けれど、僅かな光からその白い肌や、控えめとはいっても確かに膨らんでいる胸や、腰から足に掛けての美しい流線型のシルエットまでしっかり見えてしまう。


 そんなのが目の前に現れてしまえば、男なら反応しないわけがなかった。そして、彼女は僕の腹の上に跨るようになっていて、だから反応して大きくなると彼女の尻に丁度膨らみが接触する形となる。



「……それが答えだよ。男と女が、みだりに一緒に居ちゃいけない理由」



 小依くんは何も口にしなかったけれど、尻に当たる膨らみの存在を悟っていた。だから僕は、この際正直に彼女にこちら側の言い分の本質をぶつけた。



「女の子は、自分の体を大切にするべきだ。だから、仲良い友達だからといって二人きりで寝泊まりしたりするべきじゃない。と、僕は思うよ」

「……立派な家族に育てられたんだな」

「え?」



 忌々しそうに小依くんが呟いた。彼女は僕の上に股がったまま、毛布を押える手を退けてそのまま身を起こした。


 毛布が落ちて、窓の外からの灯りに彼女の肉体が照らされる。青白い光の元で、まるで光を放っているかのような雪の肌に黒い髪がかかる。


 憂鬱そうな、鬱屈した表情でしばらく視線をテキトーな所に落としため息を吐いた後、改めて彼女は僕を真っ直ぐ見下ろした。彼女は下着姿を見られているというのに恥ずかしがる様子がない。



「…………お前だって、お前だって家族が終わってた、俺の同類だろ。人ご……終わってる、家庭で育った筈だろ。俺と同じ、最悪なお……っ」

「小依くん……?」



 小依くんは言葉の節々を詰まらせながらも、必死に僕に何かを伝えようとしている。



「……ゴミみたいな親の腹から生まれてきた泥の塊だろ、俺達は。なのに……なのに、なのに、なんでお前だけそんな普通みたいな顔してっ、生きていられるんだよ」



 小依くんの顔が、悔しそうに歪む。彼女の細い指が顔にかかり、小依くんは自らの表情を隠して続ける。



「まるで普通の家庭で育った奴みたいに、あたかも自分にとっての普通を押し付けてきやがる。自分はそれで上手くやってきたのだからと、皆がそれに賛同してくれるからと、自分の考え方や感覚が普通だからって……普通を押し付けてきやがる。自分と合わない価値観や感覚を持つ人間を異常扱いして、異物として非難して、説教したつもりで上に立った気になりやがって。……普通なんて、そんなの知るかよっ」

「小依くん、落ち着いて」

「俺だって、俺……だって、普通の奴らみたいに……っ、ゔっ、ぅ……なんぇ……お前までっ……見下し…………っ」



 泣く、というよりは怒りだった。苛立ちだった。彼女は泣く時は抑えもせずに感情を吐き出すが、怒りを僕にぶつける事には必死で抵抗しようとしていたのが伝わった。


 荒い息でしばらく深呼吸していた小依くんは、落ち着いてくるとそのまま僕に懇願するように胸板に頭を下ろしてきた。



「お願い。帰らないで。一緒に居て」

「……怖くないの?」

「……お前の事は怖くない。水瀬は何もしない」

「するよ」

「しない」

「する」

「……」

「小依くんは自分の事がちゃんと分かってない。し、僕の事を一人の人間として、男として認識した方がいいよ」

「……っ」



 再び雷が落ちた。雷鳴の音に合わせ彼女の体が震える。


 本当なら彼女の肩を手で押して、彼女を突き放すべき場面なんだろう。それが僕の為でもあり、彼女の為でもあるのだから。


 けど、僕は小依くんを突き放す事は出来なかった。縋り付くように僕に乗っている小依くんが何か言い出すまで、黙っているのみだった。



「……意味分かんない」



 ぽたた、と涙が床に落ちる。小依くんがどんな顔をしているのかは下を向いているから分からない。



「……絶対に、犯されるの?」

「おかっ……そういう心持ちでいないとダメだよって話だよ」

「…………それは嫌だ」

「でしょ。だから離して。僕がここにいるのは良くない事だよ」

「それも嫌だ」

「わがままだな……」

「わがままじゃない」

「いやいや。わがままだよ」

「………………じゃあ、分かった」

「え?」



 小依くんは僕から離れて立ち上がると、襖を閉めて僕の方を向いた。



「……していいから。だから帰らないで」

「………………えっ!?!?!?」



 衝撃の言葉に耳を疑った。小依くんは恥ずかしそうに若干俯きながらも、身を抱きつつ僕を見ながら言った。



「……レ、レイプされた日しかヤった事ないから避妊具は持ってない。お前だって持ち歩いてないよね。だから出そうになったら外で出して。……母親と同じような歳で子供は産みたくない」

「待って。まずは毛布を羽織ろう、話はそれからだ!」



 下着姿のまま暴走し始めた小依くんに急いで毛布を被せる。よーし! やっとこれでちゃんと小依くんに対して視線を真っ直ぐ向けられるぞ!



「……暑い」

「出ちゃダメだよ、下着姿で男の前に出るのは良くないからね!」

「そんなの分かってるよ」

「分かってるなら僕の前でも隠そうか! なんでちゃんと服着なかったのさっき!」

「風邪で関節痛いんだもん。汗もかくし、服なんか着てられない」

「そうだった風邪だった。とにかく、僕はもうここら辺で帰るからね」

「……なんでそんなに帰りたがるの。俺の事嫌いなのかよ」

「嫌いじゃないけど、散々説明したけど男と女は」「ぎゃんっ!?」



 再び、かなり近くで落雷が発生し凄まじい光と音が鳴って小依くんは飛び跳ねて毛布のまま僕にしがみついてきた。ガタガタガタと激しく震えている。


 ……この様子じゃ、帰ったら本当に一晩中パニックを起こしてしまうそうだった。



「あのさ……もし僕が来なかったらどうするつもりだったのさ」

「雷雨は夕方から夜の予報だっただろ。朝までずっと寝てるつもりだったんだよ、だから薬飲んでシャワー浴びてたの……!」

「薬飲んだ後にシャワー浴びていいの……?」

「良くないだろうけど一瞬で寝れるんだよ。気絶みたいな」

「あぶな」

「だから、お前さえ来なければ平和に過ごせたんだよ。お前が来たからこんな事になってるんだろ……!!」



 無茶苦茶な理論だが、でも起きてしまうキッカケになったのは確かに僕なのかもしれない。そう考えたらある意味、残るといった形で責任を取るというのもおかしな話では……?


 待て、納得してはいけないだろ。実際どうであれ、僕の意識的にはこの状況にノーと言い続けるべきだろ。納得したらもうそれ、あわよくばと思っていると言っても過言じゃない感じになるじゃないか。


 ………………実際、そう思わなくもない部分もあるし。僕、普通に男だし。絶対に一線は超えないけど、超えないよう努めるけどさ!!



「……はぁ。分かった、今夜だけは一緒にいるよ」

「!! ありがと! あ、でも本当に子供は……嫌だから」

「しないよ。さっきのは例え話というか警告みたいなものだから」

「警告。言ってみただけって事か?」

「そう。友達にそんな事出来るはずないだろ……」

「お前が自分でするっつったんじゃん」

「少しでも恐怖を煽る為だよ」

「お前相手に恐怖なんかするわけないだろ」

「さっき大声出したら泣き始めたよね」

「黙れ」



 帰らないと言った瞬間にいつもの小依くんに戻った。……いや、でもまだ震えているか。過去の記憶に抗って普段の自分を演じているように感じた。



「……シャワーのお湯、止めない? 水道代とガス代大変なことになるよ」

「一緒に来て」

「いやいやいやいや。下着のカゴあるだろ、行かないよ」

「また雷落ちたら、一人だとパニックなる」

「えぇ……じゃあ下着は見られても仕方ないの?」

「……ずっと上向いてて」

「拷問かな」

「じゃあ目隠し渡す」

「ドッキリかな」

「うるさいな! と、とにかく見ないで! 視界に移ったらすぐに目を逸らして」

「ガン見するよ」

「なんでだよ!? 見んな!」

「あと多分だけど何枚か盗むかもしれない」

「本当に変態じゃん!? 盗むなよ!」

「冗談だよ」

「そんな冗談言うタイプだっけ……」



 小依くんってなんだか男に対してどう警戒するべきか分かっていないような気がしたから、意図的に彼女の性に関連する要素をネタにして会話に織り込む。

 意味があるのかは分からない。もしかしたら単に僕が性犯罪者になっているだけかもしれない。そうだったら悲しみを湛えて自首します。


 シャワーを止め、再び部屋に戻りベッドの上で座る小依くんと背中合わせになって腰を下ろす。女の子って小さいんだなあって、背中に当たる感触から思った。



「あ、そうだ小依くん」

「なに?」

「お風呂借りたいんだけど」

「……」

「雷が怖いから離れたらダメ?」

「うん。じゃねえわ、雷は怖くない」

「はいはい。で、離れたらダメ?」

「……俺も風呂行く」

「なに? さっきからサービス精神旺盛過ぎない? 明日死ぬのかな僕」

「サービス精神ってなんの話」

「混浴って事でしょ? しないけどさ」

「馬鹿なんか。一緒に入るわけないだろ。扉の近くでゲームしてる」

「それならいいけど……いいのかな? 普通の基準が分からなくなってきた」

「風呂場から出る時は脱衣所の外に出るから問題無いだろ」

「まあ……」



 小依くんは言った通り風呂に向かう僕に着いてきた。下着の入ったカゴは、もう観念したのか普通に洗濯機の横に移動された。



「シャツと肌着は洗濯しとく。着替えはこっちで用意するから」

「え? いやいいよ、普通にシャワー浴びたら着てきた服着るし」

「雨で濡れて死ぬほど臭かった」

「っ(身を仰け反らせる)」

「服はごめんけど俺の着て。デカめのやつ探しとく、多分パーカーとかスウェットになると思うけど」



 !!!!

 じょ、女子の服を合法で着れるのか……!? いいのかなそれは!? でも着るもの無いから仕方ない、か?



 シャワーを浴び終え、本人からシャンプーとかコンディショナーとかボディーソープとかは勝手に使ってもいいと許しを得たのでちゃんと体を洗う。

 歯ブラシは流石に使う訳にはいかないので歯は磨けていないが、フロスとかマウスウォッシュはあったのでそっちで口内を洗浄した。マウスウォッシュを空中飲みの容量で口に入れるなんて体験ができるとはね。



「小依くん、そろそろ風呂出たいんだけど」

『分かった』



 僕が呼び掛けに小依くんが返事をし、毛布を引きずりながら脱衣所を出ていった。カラカラカラ、ドンッという音が聴こえたので浴室の扉を開ける。

 用意されたバスタオルで体を拭き、ドライヤーを使おうとしたが無かったのでしっかりとタオルドライして化粧水と乳液だけ使わせてもらった。



「小依くん、ドライヤーってある?」

「あ、部屋にある。着いてきて」

「え、うん」



 小依くんの服を着て彼女に着いていく。……てか、小依くんの服を着ているせいか全身から甘い女の子匂いがする。エロすぎる。


 なにこれ、理性を破壊しにかかってきてない? そういう目的があるのかといい加減勘繰ってしまうんだけど、そうでは無いんだよね……?



「あった。座って」

「え?」



 ベッドに腰かける小依くん。その前の床には座椅子が置いてあり、小依くんは座椅子の背面の方に体を向けていた。ドライヤーを持ったまま。



「乾かしたるよ。ほら」

「な、なぜぇ?」

「嫌だ?」

「嫌ではないけど目的が不明瞭すぎて」

「暇つぶし」

「暇つぶしかあ」



 目的というか、動機としては丁度いいなあ暇つぶしって。そっか、暇つぶしかあ。動画でも見なよ。


 髪にドライヤーを当てられる。性格的にがしがししてくるタイプなのかと思いきや、意外にも小依くんの手つきは繊細で優しい、ちゃんと髪束を指で作ってしっかり熱を当てて乾かしてくれている。丁寧だ。


 まあでも、インナーカラーとはいえ染めているのにこんなにツヤツヤで綺麗な髪をしているのだからしっかりケアしてるのは当たり前か。小依くんの髪、本当にサラサラすぎて指が当たったりしたら抵抗が全くなくて流体みたいだもんな。ちゃんと気を使ってるのは明確だ。



「小依くんってさ」

「聴こえねえよ、ドライヤー中なんですけど」

「ですよね」



 つい意見を聞きたくて話しかけてみたが、ドライヤー中に相手に聴こえるわけないよね。

 美容師の人はドライヤー中でも結構話しかけてくるけど。アレなんなんだろうね、絶対ちゃんと言葉聴こえてないんだよな。こっちも相手もドライヤー中は曖昧な返しになるもん、雰囲気で相槌打ってるし。なのになんで話しかけてくるんだろう。



 ドライヤーが終わると、小依くんは「そろそろ眠い」と言い出した。僕は漫画でも読んでいようと思い腰を上げベッドから離れようとしたら、やはり腕を掴まれた。



「大丈夫、帰らないよ。座椅子に移動するだけ」

「……今日どこで寝るん?」

「え。床とか?」

「寝にくいだろ」

「じゃあダイニングのソファーとか」

「この部屋から出るな」



 まだ外はゴロゴロ鳴っている。でも本当に同じ部屋で一晩を共に過ごすのか……本当に、普通の女の子なら有り得ない事ですよねこれ。

 心の病気があるせいでそこら辺の危機感が薄れてるのはわかるけど、でももうちょっと男として意識しようよ。なんか今後を考えてヒヤヒヤするな……。



「じゃあ一体どこで寝ればいいのさ?」

「……」



 小依くんは無言で、掛け布団を掴んで自分の寝ている横のスペースを空けた。



「……本気なの?」

「以外場所ないもん」

「もう一度聞くね。本気で、そこに寝ろと僕に言ってる?」

「背中合わせで寝ればいいだろ」

「関係無いよね。同じ布団は色々やばいでしょ」

「やばくない」

「やばいよ」

「……そんなに嫌かよ」

「違う違う、それ使うの卑怯だからやめようか。年頃の男女が、一晩、添い寝するのはやばくないかな」

「一々意識しすぎ」

「小依くんが意識し無さすぎなんだよ……」

「うるさい。入れ」

「やばいって……」

「……」

「………………分かったよ! あっ、大声出しちゃったごめん」

「……いい。早く入れ」



 観念して、小依くんの隣に失礼する。ベッドは大きめのサイズではあるがあくまで一人用である。背中に小依くんの体が当たるのは当たり前で、髪のひんやりした感じが首筋に触れるし足同士や腰なんかも当たって……やばい。



「……待って、てか寝る流れになってるけど別に僕は今から寝なきゃいけないわけではないよ」

「……話し相手になって」

「一緒に布団に入る必要性はないねそれ」

「ある。傍に居てくれないと、怖くて寝れない」

「子供かな」

「うざい黙れ死ねゴミクソハゲノンデリチンコ」

「効きすぎでしょ。ごめんて」



 びっくりしたあ、怒涛の暴言ラッシュ。子供扱いされるの嫌なんだなぁ、子供扱いさせてくれた方がまだ精神的に楽だけどね。

 普通に考えて、同級生の女の子の服を着て同じ布団に入ってるこの状況どう考えてもエロい展開の直前だもんな。これで何も無かったらそれは詐欺でしょってくらいのお膳立てとしか思えないもん……。そんな邪念を排す為にも、今だけは子供扱いさせてほしい。



「水瀬」



 布団に入り、電気を消し、しばらく経った頃に背後の小依くんが話しかけてきた。んー、と応える。



「……電車の時、ありがとね。あの時くれた言葉、本当に嬉しかった」

「……どういたしまして」



 背後の小依くんの体温を感じながらそう返した。というか小依くん風邪引いてるんだよね。

 これ、僕にも移らない? 馬鹿は風邪をひかない理論で回避出来るかな、感染。



「そういえば、カウンセリングとか受けなきゃって言ってたよね。あれから行ってるの?」

「……行ってない」

「そっか。……それで心が回復するのなら、行った方がいいと思うよ」

「面倒くさい」

「えぇ……」

「それに、最近気付いたんだけど水瀬と居るとだいぶ症状軽くなるし」

「え? なんで」

「分かんない。でも、水瀬と話すようになって以降リスカする事ほぼ無くなったし、前より調子いいし。だから多分平気」

「……僕が居なくなったらどうするのさ」

「そんな話しないでよ。今は絶対に居なくならないんだから、どうもしないよ」

「もしも話を空想しようよ〜」



 なんて、雑談を交わしているうちに小依くんの受け答えは淡白なものとなっていき、やがて返事が返ってこなくなった。

 等間隔で背中に小依くんの肉体が当たるようになり、すー、すーと寝息が耳に入ってきた。小依くんはようやく眠りに落ちたようだった。


 ……さて、どうしようかな。


 間山さんか塩谷さんに連絡……いやさっきもしようとしたけど、そういえば交換してたっけ? 多分してないよね、じゃあどの道お仲間召喚は出来なかったのか……。


 今の精神状態の小依くんを一人にするのも忍びないし、仕方ないので僕は脱出するという案は捨てて、枕の上にさらに腕枕を作り頭を置いて目を閉じた。


 ……目を閉じると、余計に小依くんの体温と匂いの感覚が強くなって欲望が増幅していった。悟りを目指す修行僧の如く必死に欲を抑え込んでいるうちに、意識が沈んでいく感じがした。よし、間違いを犯す事は回避出来た。後は夢精をしないように祈るのみである。

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[良い点] 最高。 星5つしか付けてあげられないのがつらい。 50個は付けたい。
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