26話「借り物競争」
男女混合ジャンプリレーを終え、まだ話し足りなさそうな田中くんから逃げるように待機場所に戻った俺は次の種目である借り物競争のスタート地点付近に来ていた。
まさかの二種目連続出場である。まあ、タイミングよく飛ぶだけの競技だったからそこまで体力は削られていないが、にしても頑張り屋さんだよなと我ながら思う。この移動のタイミングでサラッと学校の校舎側に体を向けて、ブラポジ直してっと。
「……っ」
あれ、なんか視線の先に咲那に似てる人がいる。
ここは地元から遠く離れた他県の高校だし、別に進学校を謳ってるわけでも無ければ特別制服が可愛い訳でもない普通の木っ端の一般高校だからわざわざ選ぶ理由もなし。だから確実に違うのは分かるのだが、にしても似てるなぁ。
まあそれを言えば水瀬だって、なんたってこんな高校をわざわざ受験したのかって話になるが。アイツも俺と同じでいじめに遭っていた訳だから地元を離れたかったって理由で納得のしようはある。その点で考えてもやはり咲那がこんな遠い高校を選ぶ理由が無いので、あれはよく似た他人なのだろう。
「ドッペルゲンガー、日本進出……」
「何言ってんの小依」
「わひゃおっ! びびったぁ、急に話しかけないでよ桃果!」
ボーっとしていたら背後から桃果が声を掛けてきた。桃果は両脇にマネキンとサンリオキャラのぬいぐるみを抱え、2002の形したギンギラのサングラスをかけて立っていた。
「……変な人だ」
「失礼な。友達の顔を忘れたかね」
「顔は忘れてないよ。友達だと分かった上で変な人だなぁって」
「なーんだ。褒めてたのか」
「どこをピックアップして褒めたって捉えたんだろう。難しいや」
「ふっふっふ」
不敵な笑みを浮かべる桃果。うーん、一応触れておいた方がいいのかな。
「えっと、なんでそんな格好してんの?」
「ふっふっ。次の種目は借り物競争、そしてその次は部活動対抗リレーでしょ? つまりそういう事だよ」
「どういう事だよ」
「部活動対抗リレー。野球部は野球のユニフォームを着て、バスケ部はゲームシャツを着て、剣道部は道着を着て走るでしょ? 水泳部は水着で走るよね?」
「そうだね。水泳部すごいよな、海パン一丁の男子が仁王立ちして待機してるもんね」
「ね! 思うに、部活動対抗リレーって順位の序列よりも印象に残るかどうかが重要だと思うんだよね」
「はあ」
「という訳で! 我らが美術部の代表選手であるあたしはインパクトを重視したコスプレで走る事にしたんだ」
「コスプレ。何のコスプレなのそれ」
「ポリコレ!」
「風刺??? それともパリコレの言い間違い??? どっち?」
「あ、パリコレか」
パリコレかい。マネキンとぬいぐるみを抱えて何故か2002年のサングラス掛けてるから、その年にポリコレ系の出来事が起きてそれを揶揄してんのかと思ったわ。てか2002年なんて大昔の記念品らしきサングラス、どこで手に入れたんだよ。
「最初はゲルニカの顔ハメパネルを作ってそれ装着して走ろうとしてたんだけどね? 試作品を実行委員会の人らに見せに行ったら却下されたんだよね」
「試作品作ったの!? 行動力すっご。てかゲルニカの顔ハメパネルってどんなんだよ、人の頭蓋の形状で可能なのかそれ」
「縮尺を変えれば顔をすっぽりハメれるパネルに出来るんだよ。3Dプリンターで型を取って立体的にしたんだよ? モデル作りから着色までキチンと一人でやったのに〜!!」
「一人で。一介の女子高生が行使できる技術なのかなそれ」
「あたしは天才だからね! でも、他の走者を物理的に妨害するのはダメとの事で」
「当たり前だろ」
「だから仕方なく、現代美術の観点からパリコレを採用したよね」
「その着地点がまるで分からない。ゲルニカどこ行ったんだよ」
「植木鉢置きにしたよ。庭にゲルニカと一輪のチューリップ」
「発想力やば。あと形態的には実質踏み絵だよね、それ」
「ホログラム設備の設置して、千年女優みたいに色んなコンテンポラリー・アートを全身に投影しながら走るって案もあったんだけどね〜。それも拒否されちゃった」
「なにかしらのMVじゃん。ちょっと見てみたいなそれ」
「という訳なので! あたしはポリコレ戦士として美術部の威信を背負って戦うのさ」
「パリコレな。ポリコレ戦士はちょっと危険なワードすぎるわ、控えような」
桃果は両腕がふさがっている為足の動きだけで俺に敬礼し、ランウェイ歩きで待機場所の水泳部の海パン一丁くんの隣まで歩いて行った。なんだあの絵面、本当に日本か?
てか、バトンどうやって持つつもりなんだろ。両腕塞がってんじゃん。……桃果だったら咥えて走るとかやりそうだなぁ。
パリコレ女、海パン男、ノーパソを開いた状態で肩紐で下げてずっとカタカタしてるメガネ、パチモンのプーさんみたいな着ぐるみを着た人、といったコスプレ集団の間を縫ってスタート位置に着く。
借り物競争はお題通りの物や人を探し、それと共にゴールする競技だ。そんなに本気で走る必要も無いし注目度も低い競技だろうと思っていたのだが、なんか予想に反してめちゃくちゃ盛り上がりを見せていた。
先輩が話している内容を小耳に挟んだところ、この学校は『今気になってる人』とか『かっこいい/可愛いと思う人』といった本人のプライベートな部分に踏み込むようなお題が平然と出てくるらしい。そういうゴシップが好きな学生達からしてみたら待望のコーナーだったというわけだ。
二年生から上は借り物競争の選手はクラス内投票で出場者を決めるって流れが自然と出来るくらいに毎年注目されている競技らしい。全然当たり種目じゃなかった、だりぃ〜……。
「位置について、よーい!」
パァンと空砲が鳴ると、皆一斉にお題の書かれた紙のある机の方へと走っていく。周りからの声援……援ではないか。別の意図を孕んだ期待の歓声があがる。他の走者より少し遅れて俺もお題の書かれた紙を一つ取り出し広げる。
『好きな人』
いねぇよ。
居ない確率もまあまあ高いであろうお題を忍ばせるなよ。引いた人が誰もが恋してると思うなよ。面白そうという感情だけでペンを走らせるならゲームバランスが成立してないじゃん。このお題、絶対サイゼとかマクドとかで書いたやつだろ。
「あの、お題の引き直しって出来ます?」
「1回だけおっけーですよー!」
「あ、じゃあ引き直しで」
机の後ろに立ってた三年生に頼んで改めてお題の紙を引き広げる。
『気になってる人』
だからいないって。同じだろ1個目のお題と。頭ん中スイーツパラダイスかよ。
いや、まあでも"気になってる"って言葉自体は必ずしも恋愛系とセットというわけではないか。その人独自の癖が気になってる、その人の使ってる香水が気になってる、みたいに使い方の幅はあるもんな。よし。
「と、考察してはみたものの。結局結乃にしか頼れないんだよな、こういうの」
俺って交友関係広くは無いからな。人系のお題が来たら俺が話しかけて連れて行ける奴なんて結乃か桃果の二人しかいない。桃果は部活動対抗リレーの人らとコスプレ談義してるみたいだし、クラスの待機場所にいるであろう結乃を連れていくとしよう。
「おーい、結乃〜……」
「結乃ー?」
「ん、なに? どうかしたー? 田中」
「次出る種目まで時間あるだろ? 久しぶりに話そうぜ」
「え!? な、なんで!? 急に何!?」
「兄ちゃん腹下して今日休んでるから弁当一個余ってんだよね。捨てるのも勿体ないし、一緒に消化してくれん?」
「えー……」
「駄目か?」
「……ま、まあ? 駄目ってわけじゃないけど。でも人前は嫌だ、絶対変な噂立つ」
「分かってるよ。周りに見えないとこで二人っきりんなって食おうぜ」
「ふっ……!? ……いいけど?」
「さんきゅ。ほら、手ぇ貸すよ。コケんなよ?」
「う、うん。ありがとう……」
話しかけられるかーい。タイミング悪すぎるだろー。
目の前で男性アイドル系のラブソング流れてたわ。炭酸の弾けるような爽やかな音聴こえてきたわ。何今のやり取り、邪魔したら馬に蹴られる感じだったじゃん。
ふざけんなよー……『気になる人』ってお題に知らない人を連れてくのは流石に動機の辻褄合わせが高難易度すぎるし、どうしたものか。
桃果は……なんかけん玉でジャグリングしてるんだけど。なんで? なんなのあの人、なんでそんな曲芸をコスプレ集団に披露してんの? サーカス団みたいになってるじゃんあの集団。
「参った。気になる人、気になる人……」
周りを見ながらウロウロしていたら水瀬と目が合った。
「気になってる人……」
…………男を連れて行ったら流石に恋愛的な意味合いで取られるよな。それは水瀬に迷惑をかけかねない。でも、水瀬の他に話すような人間はもういないし……。
「……よし。これで行こう」
俺は意を決して水瀬の方まで歩く。
「え、なんか美少女来たぞ!」
「借り物競争で並んでた子だ」
「人のお題なのか? ……彼氏とか!?」
A組の待機場所に入ってくると、そこにいた生徒たちが何やらガヤガヤと騒ぎ始めた。衆目を集めてもいい気はしないのでそれらは無視しつつ、ただ一直線に水瀬の所まで行く。
「小依ちゃん、どうしたの?」
「来て」
「えっ?」
「やっぱり借り物競争のお題かー! てか水瀬、お前こんな可愛い子と付き合ってたん!?」
「つ、付き合ってないわ! やめろよそういう事言うの、小依ちゃん困ってるだろ!!」
「またまたそんな事言って〜。羨ましいなこの野郎! ねえねえ、君って水瀬の彼女なん」「邪魔」
グイグイ近付いてくる男子を思い切り睨むと彼は怯んだ。声は大きい割に小心者だったらしい。
別に睨む必要なんかないし"邪魔"なんて酷い言い方しなくても別によかった場面なのだが、なんか中三の頃の担任にどことなく似ていたからイラついてしまった。
「小依ちゃん?」
「なに?」
「手、よかったの?」
「……っ」
水瀬に指摘されて気付いた、人前で思い切り彼の手を握り引っ張っていた。沢山の人に、特にA組の人に見られてしまったな……。
「で、でも借り物競争だから……手で持っていかないと、お題としては無効らしいし……」
「? 借り物競争? そのお題に書かれてたのが僕だったの?」
「あ、えっと……一応、そう」
「なんて書いてあったの?」
「教えない」
「なんで?」
「教えない! ……水瀬、体操服反対にして着てよ」
「なんで???」
「いいから!」
「えぇ。分かりましたよ。反対にしますよー」
「めめっ、目の前で脱ぐなよバカ! 変態かお前は!?」
「えぇ……?」
急にグイッと水瀬が体操服を脱ぎかけたので慌てて背中を向けた。ガッツリ腹を見てしまった。腹筋割れてたわ、キャラ違いすぎるだろこいつ……。
「反対にして着たよ。前後逆にして欲しいってことだよね?」
「うん。じゃ、着いてきて」
「分かった」
俺は再び水瀬の手を掴もうとしたが、やはりそれはやめて体操服の袖を摘んで引っ張った。
色々ともたついてはいたが、他の生徒もお題を見つけるのに苦労していたらしく意外にも二着という好成績でゴール出来た。
それと、ゴールしたらてっきりマイクかなんかでお題を発表される下りが思っていたから敢えて水瀬の体操服を前後逆向きに着せたのに、そのマイクパフォーマンスがあるのは一着のみということで徒労に終わった。ったく、時間制限がある中で必死に考えた天才的作戦だと思ったのによ。
「なんとかなった。助かったよ水瀬」
「僕からしたら何が何だかだけど……」
「気にしない気にしない。水瀬はこの後の騎馬戦を置いたらクラス対抗リレーっしょ? 頑張ってね、まじ応援してる」
「小依くんも騎馬戦頑張ってね。怪我しないでよ?」
「しないよ。てかよく人前でちゃん呼びくん呼び使い分けられるな」
「気を付けてるからねー」
「すごいよな、俺なんか咄嗟によくお前以外に"俺"って言っちゃう時とかあるのに」
「一人称は難しそうだよね」
「まじ難しい。ねえ、試しに水瀬も自分の事俺って言ってみてよ」
「うーん、そのうちね」
「僕って一人称に思い入れでもあんの?」
「あるよ。……でも、小依くんが言うなら俺に変えても別にいいんだけどね」
「なんだそりゃ」
A組の待機場所が見えてきた辺りで飲み物が飲みたくなったので軌道を変更し、自販機で小さな飲み物を買う。
「体育祭、楽しかったね」
「恐らくそのセリフはまだ早いなぁ。騎馬戦とクラス対抗リレーっていう本番競技が残ってますよー」
「その二つが目玉なのは分かるけどさ、なんか消化試合って感じがする。ここに至るまでが本当に楽しかったからさ」
「ふーん」
「中学までは、こんな風に楽しく学校行事に取り組めたこと無かったからさ」
「……ごめん」
「違う違う、いじめとかが無かったにせよだよ。僕、学校行事そのものにあまり興味がなかったというか。でも、今年はなんか楽しかったんだよな」
高校の体育祭だから楽しかった? 規模の違いの問題なのだろうか、俺も中学の頃は一年生時しか体育祭を経験した事なかったが、中学と高校ではやってる種目の数も規模も段違いだもんな。
「小依くんは体育祭、楽しかった?」
水瀬は飲み物を飲み切ると俺にそう訊ねてきた。別に俺はそこまでこの体育祭に感動を覚えたりしなかった、言ってしまえば別にフツーって感じだった。が、学校行事としてではなく、桃果や結乃、水瀬や一応田中くんとか、こういう行事の時に人と話す感覚というのは普段とは違った新鮮さがあって楽しかったと思う。
「……楽しかった。このままいけば、闇の高校生活を送らずに済みそうって思えたし」
「既に下限突っ切って病んでるもんね」
「病んでないから。病んでないです」
「舌見せてよ」
「あー」
「っ!? 見せてくれるんだ!?」
「あっ!? つ、つい……」
なんだ今の、恥ずかし。話の流れで舌見せてとか言われたからべローンって舌を伸ばしちゃったじゃないか。
「忘れろビームしてもいいですか……」
「いや〜……今のはちょっと刺激強すぎてしばらく記憶に残りそうですね」
「忘れろ! 忘れろ! 忘れろ!」
「痛い痛い! 叩かないでよ小依くんっ! ビームとは!?」
ビームなんて出せるわけないだろ。二の腕を叩く、ビームの代わりだ。
叩いている内にどちらからともなく自然と笑えてきて二人して笑った。なんか、今の俺らって普通の友達みたいで、やり取りの全部がアホらしく思えておかしくて笑ってしまう。
「あははっ。あ、そろそろ騎馬戦の時間だから、俺行くわ」
「うん。あ、そういえば結局借り物競争のお題ってなんだったの?」
「あん? 気になってる人だよ」
「気になってる人?」
「うん」
「えっ?」
「え? ……あっ」
やべ、また自然な流れだったから自然に、普通に答えてしまった。
「あー、えっと、気になってるってのは」
「僕だけじゃなかったんだ。よかった」
「えっ」
ここで焦ってはいけないと思って理路整然とちゃんと成り行きから直地点を説明しようと回転した頭が一気に停止する。
僕だけじゃなかった、ってどういう意味だ?
水瀬の顔を見上げると、彼は「やってしまった」とでも言うかのような顔をして俺の目から逃げるように視線を逸らした。
「……水瀬?」
「騎馬戦、始まるんでしょ?」
「騎馬……そうだった。それじゃ、また」
「うん、またね」
互いに"またね"と言ったのにしばらくその場から動かず、ようやく動いた足で踵を返すとそれまでとは打って変わった早足で俺はC組の所まで戻って行った。




