25話「動き」
体育祭午後の部が始まる。初っ端の競技は男女で並んで、前後から来る竹をジャンプで避ける。それを時間内に何往復出来るかという謎競技である。
いやそれ大縄跳びでいいじゃんって思ったのだが、大縄跳びは二年生の競技らしい。スペースの問題で、同時に全生徒は出来ないという事情があるのだろう。そこまでグラウンド狭くないだろって思うけどね。
「お、冬浦ちゃん」
「どうも」
このジャンプリレーという競技は男一列、女一列の二つの列を作りそこを竹が行き来する形となる。俺の隣の男子は先程俺の髪を触ろうとした陽キャ君であった。
「さっきはごめんな」
「いいって。私こそごめん、手ぇ痛くない?」
「平気」
「ふーん」
「……冬浦ちゃんってさ、彼氏とかおんの?」
「いないよ。作る気もない」
「そっか」
「……」
「……」
ふぅー、暑っつい。こうも人が何人も密着しているととんでもない暑さだ。蒸れる〜。
てか鉄骨搬出作業の時にブラがズレたままだった。ブラポジ直してもバレないかな? チラッと横の陽キャ君を見る。
「あ、あのさ、冬浦ちゃん」
めっちゃ目合った。ダメだ、ブラポジ諦めました。
「なに?」
「冬浦ちゃんってモテるよな?」
「は? ……あはは、何の話?」
「可愛いし、よく告られてんじゃん?」
「よくは告られてないけど。それに、別に可愛くもないし」
「はいはい。とにかくモテるよな」
「だからモテないって」
「いいからそういう謙遜とか!」
なんか怒られた。なんで? 怖ぁ……。
てか待機時間中に何をコソコソ話し始めるのかと思いきやまじで何の話? 他人のモテるモテないに興味を湧かせる事なんてある? 無いだろ。普通興味ねえよ、他人がモテるかどうかなんて。
「私、彼氏作った事ないよ? 処っ…………独り身イコール年齢だよ? 非モテでしょ」
まあ一応彼氏っぽいのを作った事はあるけど、あれもダミーだしな。女ロールプレイをする為に頼み込んだハリボテ彼氏というか。二人きりになった瞬間なんて累計して一時間もないだろうし。
「非モテって。それは冬浦ちゃんが断るからだろ」
「告られただけでモテてるって言えんの?」
「言えるだろ」
「じゃあ田中くんもモテるじゃん。よっ、モテ男」
「茶化さないで……?」
なんだよ、俺が仮にモテるんだとしたら同じ理論だろ。あ、この陽キャ君の名前は田中くんです。全然気だるげでは無いけど、田中くんです。
「顔整い筆頭である田中くん、TikTokで引く再生回数を誇る田中くん、YouTubeショート見てたら急にイケメンがどーたらって切り抜きで現れる田中くん。そんな田中くんが私なんかになんの用?」
「え、俺晒されてんの!? 初耳なんだけど!?」
「知らなかったんだ。壁ドンごっこしてるやつあげられてたよ」
「心当たりありすぎて誰が晒したのか特定出来ない……」
「何人もの女子に壁ドン頼まれてんの? 相当だな……?」
納得の顔面ではあるけど引いた。いいな〜、俺もそんなイケメンになりたいわ。
「で? 要件はなに」
「……冬浦ちゃんと仲良い女子いるだろ」
「?」
仲良い女子、大方桃果と結乃の事だろうな。それ以外の女子とも話すには話すが、大体三人一緒にいるし。
しかし、このイケメン田中くんが用があると言ったら、やっぱり対象者は結乃だろうな。AV女優って揶揄される、てか自分でそう周りに吹聴してるけど、普通にスタイル良いし美形だし。少々下品な所はあるけど、巨乳だしな。
「それが? ……もしかして!」
田中くんの顔を見る。彼は端正な顔に照れの表情を浮かべながら、笑顔のような困り顔のような曖昧な顔をしていた。
「……分かる、分かるよ田中くん。可愛いもんな、アイツ」
「あぁ、まあ……言わなくてもやっぱわかるよね、女子だし」
「女とか男とか関係なく察するよ。それに、普段からよく目線も向いてるしね」
「そこも気付いてたか。本人にはバレてないかな……」
本人には、か。結乃の方からそんな話は聞いたことないな、結乃は田中くんの事が好きみたいでよく話題に出しはするが。
そういえば、結乃ではなく桃果が「なんかチラチラ目が合う気がする」って言っていたような。
その時彼女は腕を組み「あたしが田中くん総受けハード本描いてるのバレたのかな」と神妙な面持ちで語っていた。あれって、結局その事に気付いていたのかな。
「田中くんの目線は本人には気付かれてないと思うよ。もっとアプローチしてみた方がいいかも」
「アプローチ、か。例えば、どんなのがいいと思う?」
「え? ……一緒にジム行こうって誘ったり?」
「ジム? スポーツジムか」
「うんん。ボクシングジム」
「ボクシングジム!?」
「あれ、知らなかった? あの子、ダイエットの一環で隣町のジムでボクシングに打ち込んでんだよ」
「へ、へぇ〜! 意外だったな……」
「そう? やりそうじゃない、キャラ的に」
「いいや全く」
「マジか」
金髪ボブの長身女子だぞ? 運動神経抜群の結乃だぞ? やるって言われても違和感無いだろ。女子プロボクサーに居そうな容姿してんじゃん結乃って。
「なるほど。能ある鷹は爪を隠すって事か……」
「隠してるかなぁ、割と剥き出しの爪してると思うけどな」
「身内だからそう感じるだけさ。普段は物静かで、話すと鈴のような綺麗な声がして、こう、雅って感じじゃん? 彼女」
「え?」
「えっ」
「雅……?」
「うん。なんていうかさ、清楚って感じじゃない?」
「え?」
「えっ」
「清楚……?」
「えっ」
結乃が、清楚……?
ゴリハードなプレイばかりしている、汁塗れの顔面でアヘ顔してる女優のパケを見せてきて「自分と似てない!?」って言ってくる女が、清楚……?
家に呼んだ時にノリでその女優の作品を観ようってなって、女子高生三人でゲオに乗り込もうと提案して実際に一人で実行する結乃が、清楚……??
人んちのリビングで、顔面に水溶き片栗粉をぶっかけて画面に映し出されたAV女優のアヘ顔を再現してバカ笑いしながら自撮りする化け物みたいなあの結乃が、清楚……???
「田中くん」
「?」
「もうちょっと人間観察した方がいいかも」
「えぇ!? 見た感じのイメージだろ!?」
「にしても清楚では無いでしょ。どちらかというと淫乱だよ」
「淫乱!?」
「失礼、暴言が過ぎたな。何にせよ清楚では無いよ」
「そ、そうなのか……」
「うん」
「ま、まあイメージの話は良いや」
俺の言葉を聞いて衝撃を受けたらしい田中くんが力なく話を切った。しまった、女友達の意中の相手なのにネガティブな事言っちゃったわ。フォローしないと!
「ま、まあ結乃って普段の姿見てればわかる通り、性格はめっちゃ良い奴なんだよ。良い女! 前なんて、ちょっと問題が起きて遊びをドタキャンした時も怒らずずっと心配してくれたし……」
「あー、結乃は確かにめっちゃ良い子だよね。俺、同じ中学だったんだけどさ」
おっと知らない話が出てきた。同中だったの? 腐れ縁じゃん、それで片思い? 映画じゃ〜ん。
「俺、実は甘いものそこまで得意じゃなくてさ。バレンタインとか、貰えるのは嬉しいんだけど食べきれなくて困ってたんだよね」
「ほう」
「で、その事を相談してみると」「相談してみると???」
待って今この人グロい事言ってない? 結乃に相談したの? バレンタイン当日に「貰ったチョコレート食べきれないよ〜」って? どんな気持ちなん結乃は???
「俺が甘いの苦手だって、昔から一緒で知っててくれてるからさ。俺が食えない分も食べてくれたりしたんだよね」
「おうふ……」
痛い痛いいたたたた。いつから結乃が田中くんの事を好きなのかは知らないけどさ、結構な昔から好きなんだとしたら心中お察ししてしまうが。どうしよう、隣にいる男に敵意を向けてしまいそうだよ女の本能が。
「で、食べきった後に甘さを控えた手作りのチョコなんかくれたりしてね。日々の感謝って毎年友チョコをくれるんだよ、かれこれもう5年くらいね」
長いっ!! 長い長い片思いっ!! 5年間これまで1度も欠かさずに想い人の貰ったチョコを消化し友チョコ(本命)を本心を隠して渡す恒例行事! く、苦しい〜〜!!
「クリスマスも一緒に祝ったりしたんだけど、中学からは仲良くなった男連中と過ごしたくて。相談してみたら二つ返事でオッケーって言ってくれたんだ。風邪引かないようにって、マフラーとかくれたんだ。手編みってやつ? めっちゃ暖かいんだぜ?」
ああああぁぁぁぁっ!! いやあああぁぁぁっ!! こりゃっ、こりゃーっ苦しいやっ! おっぱいの下がいたたたたっ! 胸がキューっとしちゃうよぉ!
え、てかなんでそこまでされて気付けないの? この人まじ? 告白されすぎて、告白されないと好意に気付けない人になっちゃった?
どんな麻痺だよ、幸せすぎるだろ。本人は幸せなのに周りが傷付いていくんだよな。太陽やん。焼き焦がされてるって、君に惚れた女の子達。
いや、でもそれは過去の話で今は結乃に矢印が向いてるんだよな? 結乃とのきっかけが欲しくて俺に話しかけたんだろうし。
「ただ、最近はあまり絡んでくれなくなったんだよな。遊びに誘ったら割と乗り気になってくれるんだけど、結乃の方からは何も無いというか」
なるほどね。そういう事か、わかりました。全てを理解しました。
中学までは結乃の気持ちに気付けなくて結乃の一方通行だったけど、高校になって田中くんも結乃に対しそういう気持ちが芽生え、疎遠になってしまった現状を憂いていると。
結乃は結乃で、過去の田中くんの鈍感エピソードが足を引っ張ってアタック出来ずにいると。つまりそういう事か、ふむふむ! いいね、青春だねぇ〜!!
「なるほど。つまり俺に、じゃなかった。私に結乃との仲を取り持つキューピットになると」
「え? いやいや。なんでそうなる?」
「あれれれれれ。あれー。あーれー」
違かったらしい。難しいや、今の解釈で間違う事あるんだ。
「結乃は元々大人しめの子だったからさ、明るくなって友達が増えたから俺ともある程度距離が出来るのは仕方がないさ。女子には女子の友達を、だろ?」
「えぇ……それでいいの?」
「なにが?」
「結乃の事、好きなんでしょ?」
「うん? そりゃあ好きだけど」
好きなんかい! 薄々、何か勘違いしてたか俺って思えてきたのに、結局好きなんかい!! 意味がわからーん! アタックせぇや好きならよ!
「た、田中くんってさ、あの子のどんな所が好きなん?」
「えっ、どんな所が好きって、なんで?」
「直で関わらないにしても、何らかのアプローチはするんでしょ? ならさ、その少ない機会を有効に使うのが攻略の鍵だと私は思う訳だよ」
「攻略」
「うん。田中くんが『アイツのここが好きだな〜』って感じた所は、言わば彼女の利点になる訳だ。すごいな、かっこいいな、可愛いな、そう思った事はその子の長所なんだよ。そこを褒めていこう」
「なるほど……」
「どんな所に惚れたん?」
他のクラスの人らも徐々に列が形成される。そろそろ競技が始まるな、と言った所で田中くんが口を開いた。
「……少し前、放課後に学校残ってって言われてさ」
「うん」
「美術室で、上裸になるように言われて」
「うん? 上裸? 待ってね、生々しい性事情を語ろうとしてる? もしかして」
「違う違う。そうじゃなくて、あくまで上だけ裸にさせられて」
「う、うん」
「リンゴを持たされて」
「リンゴを持たされる」
「絵のモデルにされたんだよね」
「絵のモデルに。え、待って待って」
「あれは刺激的な体験だった。女子の前で服を脱いだのもあれが初だったし、あんなに鼻息荒く、舐めるように全身を」
「まーってまってまって。止まって、ブレーキかけて」
「冬浦ちゃんも彼女の絵のモデルをしてるって聞いたよ? 俺ら、同業者だね!」
「待ってって。ねぇ、もしかして田中くんが気になってるのって……」
「うん? 間山さんだよ、間山桃果さん。仲良いだろ?」
「………………そっち!?」
結乃じゃないんかい!!! 確かに見た目は清楚だな、桃果は! 確かにボクシングはしないな、桃果は! 桃果の話だったんかーい!!!
「いいよね、彼女……抱き心地良さそう」
「キモッ!?」
「キモッて。まあいいけどさ。ほら、間山さんって俺らみたいな人種の事苦手っぽいじゃん。前にモデルをした時も、描き終えると途端に冷たくされたし。だから話しかけるきっかけが欲しいんだけど、俺彼女の事全然知らないからさ〜」
「……はあ」
やーば、なんだよそれ。結乃は田中くんの事が好きで? 田中くんは桃果の事が好き? 桃果は田中くんのような人種は実際苦手と。
楽器の方のトライアングルみたいになってんじゃん。三角関係なのに始点と終点が存在するのバグだろ。
その三竦みに俺を入れないでよ、バミューダトライアングルに巻き込まないでよ。
「なんて話しかけたらいいと思う?」
「……まぁ……あれだ。絵のモデルならなんでも請け負うよって言えばいいんじゃない?」
「いつ言ってもいけるものなのかな?」
「いけるでしょ。今丁度BL本描こうとしてるらしいし」
「BL……? って、男同士でエロい事するやつだよね」
「話すきっかけになるよ」
「……なら、仕方ない。分かったよ冬浦ちゃん、ありがとう!」
仕方ないのか。分かるのか、モデルにされるって事はイラスト内で自分がぶち犯されるってことだぞ。桃果曰く君は総受けらしいぞ、尻の穴開きっぱなしにされちゃうイケメンくんらしいぞ。いいのかそれで。
と、一応忠告をしようとしたが声を掛けようと思った瞬間号令が走り競技が始まった。
結乃の恋愛にノイズを生じせてしまった気がするが、不可抗力だよね。だから俺は悪くない。
……でも一応、ごめんねと思っておいた。結乃の未来に幸あれと強く願った。




