24話「弁当箱」
昼になった。が、昼食を食べる前に三年生と一年生の女子には強制的にやらされるイベントがあった。
応援合戦なる踊りの見せ付け合いである。
嫌だあ〜〜〜〜〜〜〜〜!!! ポンポンなんか持たされて、三年の意向で腹出しのキャピっとした衣装に着替えさせられて!
ここはアメリカンハイスクールじゃないんだよ日本なんだよぉ〜〜〜〜……チアガールなんてしたくなかったのになんでこんな……。
「白組は男装学ランスタイルなんだー。かっこいいね」
「うわっ、私もあっちがいい!!!」
「でもサラシだよ? サラシってすごいな。苦しそう」
「全然サラシでもいいよ! 全体的にこっちのが肌面積高いんだもん!! きちぃ〜!!」
白組のダンスが披露される。服装に合わせて服装も硬派な感じ、そーれそーれそれそーれそーって掛け声が少し面白いが、歌詞は漢の在り方を前面に押し出していてかっこいい。くそー……俺も正拳突きしたかった!!
「行くよ、皆!」
「「「はいっ!」」」
赤組の応援リーダーである生徒会副会長さんが皆に声を掛け、女子のハモったソプラノ返事がグラウンドに響き渡った。
青春映画やん。この高い掛け声の一つに俺の声も混じってるって考えたら熱が出そうになる。はあ……キャラじゃねえなあ。
所定の位置に着く。なんか……何故か先頭に立つ副会長さんの斜め後ろの列の先頭という目立つ位置である。自然と注目が集まりやすい位置で、こんなエロ妄想掻き立てそうな格好して立ってるからもう視線集めまくり。勘弁してほしいぜまじで。
「ほら、冬浦さん。笑顔笑顔」
「……にへへ」
俺の隣、副会長さんの後ろに立つB組の伊藤さんが柔和な顔で俺に笑顔を強制してくる。無理して笑顔を作ると、癒し系の可愛い顔をして「よし」と言ってきた。よくねぇわ、表情筋かなり無理してるの伝わってくれ。
スピーカーから流れる軽快な洋楽に合わせて体を動かす。幸いにもダンスはそこまで難易度が高くないからミスる危険性は無かったが、その心の余裕があるから余計に男子の視線が気になってしまう。
「おー、めっちゃ弾んでるな!」
「前列ほぼバルンバルンだぞ! ……いや、約1名あんまな子もいるか」
うるせぇよ。声が聞こてくるボリュームで話しやがって。お前らこれ終わったら絶対にクラスの女子からハブられるからな。後悔してももう遅いぞ。
「てかあの子レベル高くね?」
「ダンス上手いよな」
「それもなんだけど、めっちゃ可愛くね? アイドルやろあれ」
「誇張しすぎだろ。流石にそんな奴うちの学校に……」
「スマホは教室だぞー」
「そうだった! くそっ、あの子なんて言うん!?」
「冬浦じゃなかったか? C組のメンヘラ美少女」
「あの子がか! 聞いてたイメージよりずっとちゃんと可愛いやん!」
「美少女ってあだ名されてるんだからそれなりに可愛いのは当たり前では」
「メンヘラって付いてたら、なんかちょっと疑うやんか! ネットでメンヘラ自称してる子って、意外と」
「やめとけ。主語のでかい発言は危険だ。括って語るのは良くない」
最前列で観戦してるあの二人か、さっきからガチャガチャ意味の分からない事を言っているのは。人の事指さして喋ってんなよ気持ち悪いな。何言ってんのかあんま分からないからいいけどさ。
「おつかれーっ!」
演目が終わると、グラウンド脇にはけた赤組応援グループの皆でハイタッチをし合っていた。
男子共は性欲に忠実だったようで、歓声はこちらの方がより多かった。踊っていた女子勢はなぜ歓声が多かったのかなんて理由は露知らず、純粋な気持ちで喜んでいるようだった。
この後は生徒は一旦教室に戻り昼食を食べてから時間を置いて午後の競技に移行する。俺は1秒でも服を着替えたかったので、雑談に花を咲かせている桃果と結乃に敢えて声を掛けずにそそくさと女子の輪を離脱した。
てってって〜と一人で木の影を移動しながら更衣室を目指す。目標は保健室の二つ隣の空き教室である!
「あっ。おーい、小依ちゃん!」
「っ、水瀬?」
「おつかれおつかれ!」
更衣室を目指しスニーキングミッションをしていたら、友達と校舎に向けて歩いている水瀬と遭遇した。水瀬の友達は俺に会釈すると、「ごゆっくり〜」とおどけた声で言ってこの場から離れていった。
「あの馬鹿……あー、ごめんね小依ちゃん。アイツ、友達が異性と話してるだけでくっつけたがる精神年齢小学生野郎だからさ」
「気にしてないよ。てか、お……私の他にも友達居たんだ」
「いるよそりゃ」
「そっか。そうだよねー」
「……不満?」
「は?」
「小依ちゃんの他にも友達がいるの、不満なのかな〜って」
「はあ? なんでそんな事で不満になるんだよ、そりゃいるだろ。別に、なんも気にしてないから。そんなの」
「そうなの?」
「そうなの!」
「そっか。僕は少し気にするけどな〜」
「あ?」
「なんでもないよ」
素で最後なんて言ったのか聞こえなかったから聞き返したら受け流された。
「てか他の連中より動き出し早くね?」
「実行委員の仕事でね、午後の種目で必要な物を運び出したり、片付けたりするんだよ」
「へぇ。手伝おっか?」
「え?」
「いらない?」
「人手は居てくれた方が助かるけど……皆とお昼食べるタイミングズレるよ? 先に友達が食べ終わっちゃうかも」
「そっか。じゃあ一緒に食おうぜ」
「僕と?」
「おう。嫌だ?」
「嫌じゃない嫌じゃない! ただ、なんか……」
「?」
「……なんか今日、やけにグイグイ来るなって」
「は? グイグイ?」
グイグイってなんだ。あんまり会話してないだろ今日。
「えーと、どこら辺がグイグイしてたのか教えてくれん? もしかしたら俺、無自覚の内に恥ずい事してたかもだし」
「……いや、教えない」
「なんでやねん。言えや」
「さっ、仕事仕事!」
言及しようとしたら逃げるようにして水瀬は話を断ち切ってきた。俺は水瀬に一度着替えてくると言い、更衣室で体操服ジャージスタイルに着替えてから水瀬と合流した。
午後からは吹奏楽部演奏と体育祭の目玉種目が連続で実施されるということもあり、待機席を段々にするという伝統があるらしく、学生なのに鉄骨みたいな素材を運んで組み立てるみたいな建築業者みたいなことをさせられた。
高専とか工業高校生とかがやるやつだろコレ。二、三年生の先輩らが普通科高校生とは思えない程の手際で組み立ててるのを見て驚いた。この人ら、鳶職のバイトとかしてる?
「ふぅ〜〜〜……疲れた!」
行った作業量はそこまで多くはなかったが、如何せん力仕事はこの肉体じゃ不向きだった。非力すぎたわ。手足ほっそいからな〜。
「おつかれー。歩ける?」
「無理ぃ。すきっ腹でやる作業じゃ無さすぎ」
「肩貸そうか?」
「……」
膝に手を着いて立ち上がる。
「もうお仕事は終わりだろ。飯食おうぜ」
「そうだね。……どこで食べる?」
「ん?」
「僕らクラス違うでしょ? どっちかのクラスの近くで食べてたらそれこそ変な噂立てられそうじゃない?」
「確かに。それで言ったら中庭もダメだな」
「カップルスポットすぎるな……アニメとかなら屋上とか入れるんだけどなー」
「施錠されてるしその前の階段はダンボール置き場になってるな」
「……あっ! 職員玄関横の自販機の裏は? あそこ人通り少ないよね!」
「あそこか、いいね」
日陰になってるからいい感じに避暑にもなりそうだし悪くない。まあ生徒の通りは少ないけど教師はバンバンに通る道だから、何してるのかと訊ねられる可能性はどちらかと言えば高いのだが。
「それじゃ、弁当を持って自販機前集合ね!」
「ちなみにやっぱ気が変わって行かなかった場合どうする?」
「うんかなりショック受けるね。女性恐怖症患うかも」
「そりゃ大事だ」
それじゃ裏切るわけにはいかないな。
「あ、小依くん」
教室に戻ろうとした時、水瀬に声をかけられた。
「なに?」
「さっきの衣装、めっちゃ似合ってて可愛かったよ」
「!!!?!?!? お前っ、なんなんっ!? 一々髪型とかっ、服とかっ!! …………どうも!!!」
続けて何か言いかけた水瀬から離れ、弁当だけ回収しに教室に戻る。
「おっ、小依だ〜。……なんか顔赤くない?」
「赤くない」
「赤いよ。耳まで」
「日焼けだわ死ね」
「え!? 小依に死ねって言われたぁ〜!? えーん結乃〜!!!」
「どうしたどうした。おかえりこよりん、彼氏とイチャイチャしてきた〜?」
「彼氏じゃねえっつってるでしょ!? お前らダルすぎ!!」
二人をガン無視して弁当を取って教室を後にした。桃果と結乃は廊下に出てまで俺に向けて「旦那と仲良くしなよ〜!」等と言ってくる。性格終わりすぎだろあいつら、周りの人に見られてるし!!!
「やや、お待たせ〜」
「……待ってない」
「あれ、なんか機嫌悪くなってる? どうしたの?」
先に集合場所に着き、角の後ろに座り込んで小さくなっていたら水瀬に発見された。彼はわざわざ俺の正面に来て腰を下ろした。
「どうしたのさ。何か変なこと言われた?」
「……なんでもない」
「なんでもないって感じには見えないけど」
「だからなんでもなっ」「これ食べる?」
水瀬は俺の顔のすぐ前に果物ゼリーを出してきた。コンビニで売ってるやつだ。
「……餌付けして黙らせようとするな」
「いらないの?」
「……全部はいらない。それ、途中で飽きる」
「そっか。じゃあ……」
提案をしようとした水瀬が目を逸らす。スプーン、一つしかないもんな。
「俺が先に食べて、いらない分をお前に渡す。ってのが、妥当な着地点なんじゃね」
「!? い、いいんすか」
「いいんすかってなんすか」
「いやだって、そんなんもう確定じゃん。……確定じゃないっすか」
「キモ」
「キモくないだろ!! 仕方ないだろあんまり人と回し飲みしたり同じ箸使った経験無いんだから!! 意識くらいするだろ!?」
「意識してんの?」
「してるよっ!」
「……」
「あっ……違う、そういう意識じゃなくて、もっとこう、行為そのものに対する意識というか」
「俺の事は意識してねぇわけだ」
「いや、それも違う……待って? 何そのキラーパス。意図的に変な空気にしようとしてる???」
「してないです」
「じゃあいらない質問だったよね。小依くんを意識してるかどうかはこの際関係無かったよね」
「……」
「なんか今日やけにグイグイ来るし、なんか様子が、あっ!」
一人で喋り続ける水瀬の手からゼリーを奪いさっさと中身を食い進め、半分くらい残して水瀬に返してやった。
「おら、食えよ」
「……ウッス」
「んだそれ。はぁ、飯の前にデザート食っちゃった〜」
「間接キス……」
「黙れ死ね」
軽口を叩きつつ弁当箱を空け食べ始める。周りに合わせて具材シェアハピするつもりだったからわざわざ弁当箱に入れては来たものの、ほとんどファミチキとか輪切りにしたフルーツとかコンビニで売ってるサラダである。美味し、いつもの味だ。
俺が食べ始めたのを見て、水瀬もスプーンを取りそっとゼリーを食べようとした。
「……あの、あまり見ないでいただけると」
「は? 見てないけど」
「ガン見してるよね今」
「正面にいるからしょうがないじゃん」
「……間接キス」
「うっさいはよ食え」
「……」
「くーえーよ!!!」
声を荒らげると水瀬はゼリーを食い始めた。目がしどろもどろ、どこを見ていいのか分からず泳いでいる。
「美味しい?」
「美味しい……」
「こっち見て言えよ」
「なんで!? そ、そういうの良くないと思うぞ小依くん! 男同士の接し方を越えてるだろ!」
「はー? お前が過剰反応してるだけだから。味の感想を聞いて何が悪いんだよ?」
「……っ」
水瀬は俺の未開封のスムージーを奪い、勝手にシェイクしてキャップを開けて中身を少し飲んだ。
「はい返す!」
「おまっ」
「"男"友達なんだし飲み物の回し飲みくらいはするよね? 何もおかしいことは無いね」
男って部分を強調しながら水瀬は挑発するように言った。こいつヤバい人じゃん。
「相手の許可なく勝手に飲むのは如何なものかと!」
「そんな水臭いこと言わないでよ〜。"男"同士でそんなこと気にしないでしょ。少し飲むくらい、味のシェアするくらいどうって事ないじゃん。"男"友達なんだからさ〜」
「男男うるせぇよ!」
「飲みなよ」
「の、飲まない! 喉乾いてない!」
「こんな夏日に喉乾いてないなんて事あるかなぁ〜?」
「ぐ……」
「あ、てかさ。先日あげたお茶どうしたの? 飲んだ?」
「っ……の、飲ん」
「飲んだんだ?」
「飲んで……ない! 飲んでない!」
「美味しかった?」
「飲んでないって! キモ!」
「まあ少し口をつけたぐらいで味なんか変わるわけないよね〜。って事で、ほら。飲みなよ、それ」
水瀬がスムージーを指して言う。人を小馬鹿にするような、ニタ〜っとした薄ら笑みを浮かべながら。
「あれれ、あれ。飲めないのかな? 僕と小依くんは"男"同士の"男"友達なのになにか意識しちゃってるのかな? もしかして、ソッチ系の趣味があったり? いいと思うよ僕は、多様性の時代だからね!」
「……俺はホモじゃねえ」
「なら飲んでみな〜? 言うは易しだよ〜」
図に乗りやがって、コイツ……!!
俺はスムージーを手に取り、こっちを観察する水瀬に見せつけるようにキャップを開けてボトルに口を付ける。
喉の動きがしっかり見えるように少し上を向いてコクコクと飲んでやる。ざまあみやがれ、なーにが間接キスだアホらしい。こんなの余裕だっての!
「今の飲み方、結構エロいな……」
「っ!? っぶねぇ、なに言い出すんだよお前は!」
「いや、人の喉の動きなんて見る事ないのにさ。女の子が自分から見せつけてくるとか、なんか扇情的だよなー」
「キモすぎだろ!!! お前もゼリー食えよ!」
「あははっ、そうだね。なんかもう、変に強情になるのやめようかな」
「あ? なんだよ」
「いや、そりゃ普通に意識するよって。小依くんは大切な友達だけど、同時に可愛い女の子なんだからさ」
「は、はぁ!? そういうのいいから!」
動揺する俺を軽く笑いながら水瀬はパクパクとゼリーを食べ進めた。そんなアッサリいけるの……? こっちだけ心臓爆発しそうになりながら飲んでたのに、馬鹿みたいじゃん。
可愛い、女の子。つまり水瀬は、水瀬も、俺の事を異性として見てるのか? 過去を知ってるのに……?
「……! どうしたの、小依くん」
俺の視線に気付いた水瀬は優しそうな顔で何事か聞いてきた。……男が女にがっつく時の様子では無い、水瀬の姿は自然体だ。
「お前モテそうだよな」
「急に褒められて草」
「前言撤回。なんかキモいからやっぱモテないだろ」
「なんでなんで?? 今の受け答えだけでひっくり返ったのなんで???」
「ネットのノリを現実に持ってくるようなやつ、嫌われはしないけどモテもしないだろ」
「的確にそうっぽい事言われた……! モテないよ、少なくとも告白をされたのは今まで一回しかないしね」
「一回はあるんだ」
中学時代は不登校気味だったって聞くし、高校生なってから告白されたのかな。……まだ高校入って三ヶ月だけど、それで一回告られてるなら男子としてはモテる側じゃね?
「なんでそんな事聞くの?」
「別に。ただ聞いてみただけ」
「へぇ。……弁当、なにか交換しない?」
「え?」
「小依くんの手料理食べてみたい!」
「わーお。残念ながら手料理はこの中に入ってないね。ぜーんぶコンビニ飯」
「コンビニ飯詰め替え!? なんてテクニカルな……」
「テクニカルかなぁ。水瀬は手料理?」
「うん。寮生活だからね」
「! なんかちょうだい!」
「うん。最初からそのつもりだよ」
水瀬と弁当箱の中身を交換し合いながら飯を食い進めていたら、いつの間にか時は進み集合時間10分前となった。
「あ、そうだ。小依ちゃん」
空になった弁当箱を教室に戻しに行く。その最中、階段で別れる所で水瀬に呼び止められた。
「なに?」
「今回は食べられなかったけど、また今度小依ちゃんの手料理食べさせてよ」
「えっ? 今度っていつ」
「お、乗り気だ!」
「!? 乗り気じゃないわ! 予定聞くのは当たり前だろ!!」
「あはは。そうだな……じゃあ、夏休み始まる直前の期間とかどう?」
「期末終わった後?」
「そうそう! そこら辺なら丁度僕も数日間暇だし!」
「……まあ、いいけど」
「よっしゃ! じゃあ7月に手料理ね! 約束な!」
「お、おうー……?」
なんかやけに嬉しそうな様子で水瀬は階段を駆け上がって行った。
……嬉しいの? 俺なんかの手料理が食えるってだけで? いやいや、ナイナイそれは。こんな病み女の作る飯なんて期待されるわけないだろ。変な味する〜とか言って嘲笑うつもりなんだろ。
「遅いぞこよりん! ……さっきより顔赤くなってる?」
「なってないって!!!!」
教室で俺の事を待ってくれていた結乃を大声で制する。何が赤くなってるだよ、日焼けだろ普通に。夏の日差し舐めんなっての。アホらしい。




