23話「体育祭」
今日は高校入って初めての体育祭の日。その前日から家が学校に近いからという理由で桃果と結乃が泊まりに来ていた。
「小依の髪編み込んでもいい?」
「いいけどなにゆえ?」
「可愛いじゃん! ロングの髪をそのままにしたらボワってなっちゃうよ体育祭!!」
「そうなんだ。でもインナー見えちゃわない?」
「いいでしょ。今更じゃん?」
「怒られそう……」
「もう先生らも諦めてんちゃう? こよりんに対しては何も言わないでしょ」
「諦められてるって言うのやめよっか。ちゃんと悲しくなるかもな」
「実際もう何言っても無駄だしって感じになってるでしょ。勉強出来るからギリ好感度維持してるだけだと思うわ」
「切なすぎて鬱」
「てか私にももかちの髪弄らせてよ!」
「おっけー! 結乃は……短いからそのまんまかな」
俺の髪を触る桃果の背後に結乃が回って髪を弄り始める。テレビからは寝落ちしたせいで中途半端な進捗のパーティーゲームの音が流れている。そんな朝。
開会式での選手宣誓に対し生徒側のバイブスは大盛り上がりの大絶頂に達していた。
こういう学校側の催しって学生サイドは思ったより盛り上がらない物だと思ってた。陽キャ軍団みたいな人らが踊り散らかしてるわ。TikTokに載せるためにどっかで隠し撮りとかしてんだろうな〜。
「うひょ〜、おっぱいばるんばるんだあの子!」
「どれ!? どの子!」
「あそこの三人組の真ん中!」
「本当だ体操服が胸に集まってる!! うひょ〜っ」
最初の内は俺と桃果が出る種目は無いため、待機スペースに座りっぱなしである。スマホはカバンに入れて教室に置きっぱにさせられていて使えないから手で持つ望遠鏡で女子の胸を観察していたら桃果も見たいと言い出したので、二人で交互に望遠鏡を覗く。
「なにしてんのよ二人とも」
「おい結乃の声が聴こえるぞ桃果。振り返ろう、巨乳のドアップがそこにある筈だ」
「なにっ。ぬわああぁぁ本当だあ!! おっぱいが爆弾おにぎり!!! ぬぎゃっ」
「痛いっ」
結乃にゲンコツされた。泣きそう。
「男子だってそういうの抑えて一生懸命活躍してんのにあんたらと来たら……」
「だって暇だし」
「ばるんばるんなんだもん」
「やる事無くて眠いし」
「えち絵の資料集めと言っても過言じゃないよ!」
「畳み掛けるな、まったく。次、もかち出番でしょ? 先生呼んでたよ」
「うぇ〜、時間経つのはーやーいー! 代わって小依!!」
「嫌だね。うわっ! あの子の胸揉みてぇ〜!!」
「うぅ〜」
「てかもかち結構やる気満々だったじゃん。なんでそんなやる気減退してんの?」
「やる気はあるよ? ただ、ここで女子を眺めてる方が眼福だなぁ〜って」
「あほらし。さっさと行きなさい」
「わぁ〜!」
首根っこを掴まれて猫みたいにある程度のところまで連行されると、桃果は諦めてとぼとぼと歩いていった。
「お疲れ。積み上げリレー堂々の1位おめでと」
「普通に何個か落っことしたけどね〜」
「最終ゴールテープ切ればなんでもいいってルールヤバイよな〜。そんなもんなんでもありじゃん」
「ね〜。その望遠鏡私にも覗かせてよ」
「結乃も女子の胸に興味あるん? 女の子って皆そうなん?」
「私は足派! A組の子でめっちゃ脚線美綺麗な子居るんだよね〜」
「へぇ」
結乃が望遠鏡を覗いて口をおの形にして歓声を上げていた。女子って意外と同性の体見て興奮できるもんなのか……? 俺は脳みそ男だから女体への興味が尽きないが、それって意外と女からしてもノーマルなのかもしれない? 俺に合わせてくれてるだけなのかな。
「うぉっ、あの子いい。私さ、靴下無しの生足の方が好きなんだよねー。裸足陸上部とかめっちゃエロいと思わない?」
「えっ。足はー……あんま分かんない」
「じゃあ水泳部は? てか水泳の授業終わりの素足サンダル民めっちゃエロくない!?」
「私は普通におっぱい眺めて楽しんでるかな〜」
「浅いね。浅いよこよりんそれは」
合わせてくれている訳でもないっぽかった。素の性癖っぽいわ。生足フェチかぁ……。家に呼んだ時とか、風呂上がりによく足を触られたりするけどアレもそういう事なん……???
「日焼けしてる足もやっぱエッチだよね〜……いやでも、色白も捨て難い! 陽の光に照らされて健康的に光ってるわ、舐めてぇ〜」
「……」
一応聞いてみようかとも思ってけどちょっと怖いからやめといた。結乃を呼ぶ時は家ん中でも靴下履こっと。
「あっ、桃果が出てるぞ結乃」
「ん? ほんとだ。頑張れー」
グラウンドのレーン上でバトンを持った走者が折り返し地点を超えると桃果がぐるぐるバットをし始める。ぐるぐるバットした後に競走するというお遊戯会じみた競技だが、その見た目のポップさのおかげがやけに盛況である。
「おっ、バトン取った。頑張れー桃果ー!! 走れー!!!」
「あはははっ!! フラフラなのにめっちゃ走ってるじゃん! おっかしいあははははっ!!!」
「うん応援してあげて? 爆笑してますけど」
「足の動きっ、あはははははっ!!!」
酔っ払いの動きを早送りにしているような千鳥足で全力疾走をする桃果。うん、見た目は確かに面白い。思い切りあさっての方向に走って行ってるし。
「あららら、どこに行くー桃果ー。おーい」
桃果はそのまま一心不乱にレーンを大きく外れてどこかに消えていった。なんでそうなるの?
数分後。全身びしょ濡れの桃果が地蔵みたいな顔をして戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま」
「随分汗だくじゃん。サウナにでも行ってきたん?」
「プールに飛び降りてた」
「酔い過ぎだろ」
どうやって閉鎖されてるプールの中に飛び込めるんだよ。あと水って授業ない日も張りっぱなしなの? きたなっ。
「てか中の服透けるからちゃんと乾かしてきなよ」
「いいよ。しばらく出番無いしここで座ってる……」
「生乾きは臭くなりそう〜」
「えー……じゃあ、どうしよ……?」
「保健の先生に言ったらタオルと替えの体操着貸してくれるんちゃう?」
「面倒臭いなぁ……」
「ちょーいちょい!」
そのままとぼとぼと先生を探しに行こうとする桃果の腕を掴んで行くのを阻止する。
「どしたの?」
「だから今透けてるっつってるでしょうが。結乃と一緒に行きな」
「私? いいけど。あ、こよりん次出番か」
「うん。桃果、結乃の背中に隠れるようにして行きなよ。男子の目線バリ集めてるからね君」
「いやーん」
「満更でもなさそう」
嫌じゃないの? ……まあ普段から短ァ〜くスカート折ってるしパンツ見えんのも頓着して無さそうだしな。
さて、俺が出る障害物リレーのスタート地点に着いた訳だが。そこで見知った顔を見掛けた。
「やあ小依ちゃん」
「どうも。……パン食い競走1位おめでと」
「! 見ててくれたん? ありがと!」
「見てたわけじゃないけどふらっと見たら1位だっただけだから! 走り方、特に手の位置とか恐竜みたいでおもろかったよ」
「恐竜みたい。褒め言葉として受け取っておこうかな」
「そうしろ。ついでに褒めてやったんだから手ェ抜けよ」
「任せて。全力出すよ!」
「手ェ抜けって言葉の意味、どう捉えてんだろこの人」
隣のレーンに水瀬が立つ。よりによって隣かよ。
『位置について!』
「ねえ、小依くん」
アナウンスが流れた瞬間に隣の水瀬が小声で話しかけてきた。
「なんじゃ」
『よーい……』
「今日の髪型、可愛いね」
「……はぁ!?」
『ドンッ!!』
水瀬の言った事を理解するのに時間を要したせいで出遅れてしまった! 桃果と結乃、その他のクラスメート達も「なにやってんのー!?」と叫んでいる。お、俺のせいじゃねえし!
「てめぇクソ水瀬! 卑怯だぞ!!」
「あははっ、褒めただけだろー?」
「盤外戦術とかっ、スポーツマンシップに反するぞ!」
「文句は勝ってから言おうね!」
「まじボコすぞてめぇ!?」
ネットの隙間を縫って進む水瀬の横に着き俺もネットに潜る。男子の方がより複雑になっているらしく、水瀬は手や足を取られていた。
「しゃおらっ、余裕!」
「貧乳だから閉所は通り抜けやすいんだね〜!」
「まじで殺すよ!? お前覚えとけよ!!」
俺がネットを抜けたあと少しして水瀬も脱出し追いついてくる。平均台の上をひょいひょいと歩き、低い障害物を飛び越え高い障害物を潜り抜ける、というのを交互に行う。
他の走者は結構引き離せたが水瀬だけやたらに食いついてくる。障害物リレーは俺みたいなチビ勢の方が有利だと思っていたのだが、結局障害物の合間合間で走るゾーンがあるから差が中々開けない!
最後の障害物を越え、直線を走る。水瀬とは大分差を付けて先に障害物を抜けてきたのに脱出した途端にグングン迫ってくる。足を必死にばたつかせてるのに差が縮まってる……!
「はぁっ、はぁっ……あ゛ー、もう!! なんで皆やる気満々なんだよ薄ら寒ぃ!!!」
もうすぐに追いつかれるし2位なら別に悪い順位でもないだろ。水瀬には絶対勝てないし諦めても良くない? なんて考えていたのに、クラスの奴らがみーんな俺に「頑張れー」だの「走れー」だの言ってくるから、手を抜こうにも抜けなくなってしまった。
普段俺の事なんか遠巻きに見てるくらいなのになに身を乗り出してんの。
あの男子、少し前に俺に謎告白カマしてきたやつか。フッて以降話しかけてこなくなったくせにあんな必死に……ウケるな。
普段物静かな女子も集団で音ゲーしてる男子達もこぞって声を張り上げやがって。学園ドラマの終盤やん。
「クソ……ッ!」
「加速した!? 結構体力あるね小依くん!」
「み、なせ……!」
「何? 加減はしないよ」
「今日俺ノーブラなんだけど!」
「………………ッ」
「アホが!」
全然気にしてないフリして俺の少し前を走っていた水瀬がこちらを向いた瞬間に彼の手を掴み、後ろに引っ張り彼を倒すのではなく俺の体を無理に前に出す。水瀬は俺の胸に数秒間釘付けになり、速度が緩む。
「よっ…………しゃっ!」
僅かに水瀬より先にゴールテープを切る。俺は1着、水瀬は2着! A組のかけっこエースに勝ったぞ!!
「小依く、ちゃんさ。さっきのはどうかと思うよ」
「さっきのとは」
「ノーブラが云々。それに手を掴むのも反則だろ……」
「俺の胸になんか反応しなけりゃそのままストレートにゴール出来てたろ。煩悩が身を滅ぼしたんだよ」
「卑怯者め……」
「開始早々先にスポーツマンシップ反してきたのお前だからこれでイーブンだろ〜」
悔しそうに歯噛みする水瀬と共に待機スペースに戻る。A組とC組は一クラス分挟んでいるものの学年で固まってるから大体同じ場所だ。同じ赤組だしな。
「じゃ、桃果達ん所行ってくるわ。またな水瀬」
C組の待機場付近に来たので水瀬と離れようと声を掛ける。
「あ、待って小依ちゃん。ハチマキ取れかけてる」
「え?」
頭を振ったらハチマキが地面に落ちた。あらら、テキトーに巻いてたせいで緩んでしまったらしい。
「んー。水瀬、人の髪とか結んだ事ってある?」
「えっ。おばさんの髪を結んだりは、昔してたかな」
「じゃあその感じでこれ、ポニテにしてる髪に結びつけてくれん?」
「え!? いいの……?」
「? いいよ。自分で後頭部に結びつけるの俺出来ないし」
「そ、そっか……」
水瀬にハチマキを渡し、彼に背中を向ける。少しすると首の後ろに当たっていた髪の先が持ち上がる感覚がした。髪が揺れている。
「出来た?」
「出来た」
「ありがと! じゃーね水瀬! 体育祭楽しめよー」
「う、うん。小依ちゃんもね」
「あいー」
水瀬と別れC組の所に戻るとなんか普段話さない人らに「ないすーっ!」みたいな感じで歓迎された。気持ちいい喝采だ、ははは褒めよ讃えよ。
「おかえりこよりん。最後の気合いすごかったね〜」
「皆がアオハルすぎて空気に流されたわ。Mrs. GREEN APPLE流れてたもん頭ん中」
「何流れてたん?」
「青と夏」
「始まってんなー夏」
「恋にも落ちてるしね」
「落ちてねえわ」
結乃と桃果が茶化しながらスペースを空けてくれたのでそこにすっぽり収まる。結乃がフリスクをくれたのでそれを口に放り込み食べる。
「てか小依、ハチマキの巻き方変わってない? なんか可愛いねそれ!」
「そう? どんな感じになってんの?」
「ポニテにリボン結びって感じ!」
「へぇー。物じゃん私」
「物って。こよりんが結んだんじゃないん?」
「ん? うん、これ水瀬にやってもらった」
「水瀬? ……あっ、階段くんか!」
階段くん。どんなあだ名だよ、妖怪みたいになってんじゃん。
「水瀬くんって手先器用なんだねー」
「リボン結び蝶蝶結びだろ? そんな難しくないだろ」
「いや、なんか可愛い感じに結われてるよ。どうやったんだろ? 触ってもいい?」
「おう。解くなよ」
「分かってるってー。彼氏がやってくれたんだもんねっ!」
「叩くぞ」
「なんで!?」
「彼氏じゃないから叩く。そういうの水瀬が迷惑するだろ」
「軽い冗談で叩かないでよ……」
叩かないけどさ。水瀬が俺の彼氏とかゾッとするわ、冗談でもそんな不気味な事言ってほしくない。ゲボ吐くて。
「へぇー、こうやって結んでるんだ!」
「わ、冬浦さんの髪めっちゃ可愛い! 私らも触っていい!?」
「え??? いいけど……」
なんか桃果と結乃に続き周りの女子も俺の髪を触り始めた。俺のハチマキってどう結ばれてんの?
どうでもいいけど髪触るなら皆俺におっぱいちゃんと押し付けてね。遠慮されても悲しくなるだけだから気にしないで押し付けてくれ。
「お、なになに? 冬浦ちゃん所に集まってんじゃん、どしたの?」
珍しく俺の近くに人が集まってるせいか、別のクラスの所に話に行っていた明るめの男子達が近付いてきた。
「冬浦さんの髪超可愛くない!? 結び方見せてもらってたの!」
「そうなんだ。でも冬浦ちゃんはいつも可愛いべ。顔つよ族じゃんね」
キツ。キモ。なんだ顔つよ族って、頭悪い単語だな。
「髪型がって言ってんじゃん! ほら、見てよ!」
「お、本当だー。キラキラ女子じゃん」
陽キャラ君の一人が近付いてきて俺の背後に立つ。そして、何も言わずに俺の頭髪に手を触れようとしてきた。
「っ!?」
反射的にその手を払って、結乃の方に体を逃がしてしまった。
「いって!? びっくりしたー!」
「び、びっくりしたのはこっちなんすけど! なにいきなり触ってんだよ!?」
「え、いやだって他の女子も……」
「お、女はっ……てか普通にベタベタ触られるのまじ無いから!」
「そ、そうか、そうだな。すまん……」
陽キャラ君は素直に頭を下げて謝罪してきた。悪気は無かったらしい、まあ悪気を持って頭を触るって意味分からないけど。
「いいけどさ……私も、手を叩いちゃってごめんね?」
「いや、大した事ないし」
「なんか貰ってこよっか? 保冷剤とか」
「俺が悪かったしいい! まじですまん!!」
「まあまあまあ。代わりに結乃の頭をなでなでしてもいいからこの話はこれでおしまいにしよー」
「もかち? なんで急に私を差し出した? ……触る? 私の髪」
「いや、本当にすまん。体育祭だからってちょっと浮かれすぎてた。距離感ミスったな、次から気をつけるよ」
陽キャラ君は俺達に再度頭を下げ、クラス内の友達が固まる方へ向かっていった。素直で良い奴なんだよなぁ、叩くのはやっぱりやり過ぎだったな……。
「別に私は撫でられても良かったのに……」
「残念だったねぇ結乃」
「えっ。……結乃ってそうなん!? 彼にラブ!?」
「しーっ! こよりん! 声でかい!!」
慌てた様子の結乃が口に手を当ててくる。あらあらあーらあら、恋愛の芽が出てきたのかい結乃にも。いいねぇ。女友達の恋を見守るフェイズか、今後楽しくなりそうだ。
「11月の文化祭までに付き合わないとな。結乃?」
「うわっ、おもちゃ見つけたとでも言いたげな顔! こよりんももかちもほんっとに性格悪い!」
なんて悲鳴を上げながらも、次の競技の為に桃果と結乃はグラウンドに向かっていった。
俺の出番はもう午後まで何も無いので、ゆっくり寝転がって時間を経過を待つのみである。ふわぁ……寝よ。




