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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
22/61

22話「ペットボトル」

 桃果と結乃は部活に所属している為普段なら一人で家に直帰するか二人を待って部活動を観察しに行く、というのが普段の行動パターンだった。


 体育祭練習の期間に入ると、俺と同じように部活の勧誘を蹴り続けた人や早期に辞めた人はグラウンドに集められ、大人数でやる種目の練習などを強制される。今日も例に漏れず、体育祭の練習日だ。



「こんだけの人数で練習して意味あんのかねぇ」



 集められた人間は暗かったり静かだったりする、所謂陰キャと呼ばれそうな人達が少々。普通に話せるけど特に何かが得意だったり、趣味があったりって印象のない不思議な感じの人が少々。声は大きいけどずっと同じメンバーで固まってスマホのゲームをしながら騒いでる人達が少々といった配分。


 口には出せないが、協力プレイという面で考えたら間違いなくハズレ枠の人員だろう。戦力の底上げを目的としているのだろうが、やる気がそもそもないから成果は微妙だと思うな〜。


 スポーツ得意勢は個人種目の練習の方に自主的に参加してるっぽく、こっちに集まるのは微妙な人らばかりになるのは必然ではあるが。うーん、モチベが上がらない。



「騎馬戦とジャンプリレーで学年1位取るぞー!」



 なんて、担任のやる気に満ちた言葉に割と女子は前向きな感じで「おー!」と声を上げていた。途中で弛れるやん君ら、最初からやる気0な男子勢は論外だけどもさ。


 騎馬戦は組んでる人間が違うと意味が無いだろうということでジャンプリレーの練習をする流れになり、体育倉庫から大縄を出してそれをピンピンに張った状態にしてタイミングを合わせてジャンプするという練習をする流れとなった。


 こんなもん誰も引っかからないだろと思い込んでいたが、意外とタイミングが合わずに引っかかる人がチラホラといた。けれど俺は一向に引っかかる気もしないし、なんだかアホくさい練習に思えて退屈だと思わざるを得なかった。



 という練習が数日続いた。体育の授業と総合、LHRで既に体育祭練習を行っているので学校終わった後に練習するのは必要か? と思いつつ、惰性で帰宅時間を遅らせ練習に付き合う。


 けど、なんだかんだ皆ダルいダルい言いつつも練習を途中で抜け出したり来なくなったりする人はあまりいなかった。居ても塾等の習い事で抜ける程度で、案外練習の参加率は高い所を維持している。


 意外と真面目というか、真っ当な青春を謳歌しようとしてるんだな〜って暖かい気持ちになる。



「サボろっと」



 しーらね。協調性皆無で卑屈根暗の俺は、毎日同じような練習しても意味無いだろって思いを払拭出来なかったので今日は普通に帰る事にした。ここ数日間で仲良くなったクラスの輪に混ざらずに荷物を纏める。



「あれ、冬浦さん今日は帰るん?」



 話し掛けられた。話し掛けられちゃったよ。うわー、同調圧力の悪魔が肩に手を掛けてきている。帰ろうとしただけで声を掛けられるのかよ、普段あまり会話しないのに。



「私今日はちょっと予定あって。来週からはまた練習参加するよ!」

「来週からはダンス練習もあるし時間取れないかもだよー?」



 なんじゃそりゃ。時間取れないかもだから用事なんて放っといて練習しようよって言ってるのだろうか。勘弁してほしいな。


 てか、クラス別の創作ダンス晒すくだりもまるで意味分からんし。なんでクラスの女子全員が強制参加で見世物にならないといけないんだよ。恥ずかしいわ。



「ごめーんどうしても外せない用事だからさ! 家で自主練やっとくし、今日はホント勘弁!」



 自主練もクソもないだろって思いつつ。俺に声掛けてきた子、何度か引っかかっちゃってた子だし言及は良くないと思ったので早々と退散する準備を見せつける。



「そっか。じゃあしょうがないね、またね!」

「うん。皆も練習頑張ってねー」



 簡単な言葉を口にして教室を出る。


 放課後に練習するならどうせなら騎馬戦がしたいって話よな? 内申にも関与しないのにつまらない昭和の遊びみたいな行事に毎日毎日参加出来るかっての。



「小依くんじゃん。やあやあやあ」



 階段を降っていたら背後から水瀬に声をかけられた。同じクラスの連中じゃなくてよかったと胸を撫で下ろし、踊り場で彼が降りてくるのを待つ。



「水瀬。今からバイト?」

「いや、バイトはとりあえず夏休み入るまでしばらく休みだよ」

「そうなの? なんで?

「ちょっと成績がね……」

「え、お前成績悪いの?」

「数aとコミュ英と物理で見事な赤点を決めたよ」

「バイトやめなぁ? 単位の配分がでかい科目ばっかじゃん」

「国語と英表も赤点ギリ回避。唯一数1だけ60点取れたよ」

「うんなんで高校入れたんお前。何が得意科目なの?」

「社会得意だったんだけどね。まさか現社しか無いとは」

「現社は何点だったの」

「72点!」



 ガックリ。すごいなこの人、余程面接で人間性を買われたと見える。じゃなきゃ辻褄合わないだろ、高校序盤のテストでこのザマな事の説明が付かない。



「お前補習組だったのかよ」

「補習組だけど一回で補習上がれるから頭は悪くないと自負してるよ」

「本番で赤点取ってたら意味無いじゃん」

「補習クリアすれば評定1は免れるから十分だろ!」

「大学進学する気とかないん?」

「考えた事ないや。てかまだ高一だよ?」

「まだ高一だけどさ……いいや。じゃあ今日はこれから何するの? 体育祭練習?」

「うん。クラス対抗リレーのアンカーなんか任されちゃったからさ」

「え、アンカーなん? すご」



 水瀬はてっきりスポーツとか得意に見えないし身体能力もそこまでだろうと思っていたが、クラス対抗リレーは体力テストの成績で決めてる所あるし少なくとも足は速いらしい。意外な特技だ。



「他に何の種目参加してんの?」

「個人競技は障害物リレーくらいかな。実行委員もしてるからあんまり種目出てないんだよね」

「実行委員してんの? めっちゃ張り切ってんじゃん」

「内申点に加点してくれるって先生が言ってたからね。生徒会の手伝いにもなるから来年に控えて媚びも売れるし!」

「生徒会? 入りたいの?」

「入りたい!」

「なんで」

「生徒会主導の課外活動を立案するだけで内申が上がるし、生徒会をやってたって言うプロフィールがそもそも強いだろ? まるで勉強着いていけてないし、そこで首の皮を繋げていく!」

「情けない理由だった」

「頭脳だよ小依くん」

「頭脳使って勉強すりゃ解決なんだよ」

「人に教えられながらじゃないと頭に入らないから無理!」

「授業中何してんのお前。教師ってどんな役職なのか考えてみよう」

「バイトの疲労で眠いんだもん授業中」

「バイトやめろよ」



 学生の本分と両立できてないじゃん。校則とか破りまくってる俺が言うのもなんだけど、ちゃんとそこは両立させろよ。



「バイトする許可出した先生に怒られても知らねーぞ」

「無許可でやってるから怒られる心配はないよ」

「やーば。お前って意外とすごいやつなんだな……」

「それ程でも〜」

「褒めてないんだよね。皮肉って言うんだよこういうの」

「嬉しいなあ」

「耳が悪いの? 頭が悪いの?」



 なんで寮長さん経由で学校にバレないんだ……てかなんで無許可で学校近くの古本屋で働けるんだよ。こいつもまた無敵勢か。桃果といい水瀬といい、理性のネジが何個かすっ飛んでるんじゃなかろうか。



「小依く……小依ちゃんはなんの種目出るの?」

「なんでちゃん付けするんだよ」

「人前だろ」



 人前だけど。急にちゃん付けされたら驚くだろ。それに他の人とは距離あるから小さな声で喋りゃ聴こえないし。



「……まあいいけど。私は障害物リレーと借り物競争だけ。あとは全員参加系だけだね」

「おっ、障害物リレー僕と同じじゃん! 負けないぞ〜」

「男女分けるでしょ」

「分けないらしいよ?」

「圧倒的体力不利」

「男子のコースはより複雑な障害物を用意するんだってさ」

「へぇ」



 なら公平になるのか? 直線距離での速さ勝負するレーンが現れたら途端に巻き返される可能性あるが。



「それじゃなに、お前今から走ってタイム測ったりするん?」

「そうみたいだね。クラスの子らがストイックでさ」

「一年生ってどこも頑張り屋さんなんだな。うちのクラスも皆やる気バリバリで置いてかれてるよ」

「小依ちゃんはあんまり乗り気じゃないの? 体育祭」

「他クラスの女子のダンスが見れるのはマジで楽しみ。体操服って透けるし胸の形わかるしな!」

「激キモいな……」

「激キモいっつった???」



 なんでそこで引かれるんだよ。男なら当然の着眼点だろ、うちのクラスの男子も隠れて言ってたぞ。女子のダンスマジで楽しみだって。



「うわ、そういやアイツら俺の事『胸小さいからそこは期待値薄目だよな』って笑ってたんだよな……殺してやろうかなアイツら」

「あ、あはは。そりゃ酷いな」

「別に気にしてないけどな。胸なんかただの脂肪だし。てか俺男だし。気にする理由が無いしな」

「……」

「……なんか言えよてめぇ」

「え!? そんなに長い間黙ってなかったよね!?」

「相槌打てよ」

「反応取りづらい話題だろ……なに、もしかして小依ちゃんって胸の事気にして」「気にしてねえっつってんだろ!」

「痛い痛い叩くなよ!?」



 バシバシと腕を叩いてやる。なんかムカムカする、別に良いだろ小さくても。人の事可愛いだのなんだの勝手に言ってるくせに急に胸の話題出して鼻で笑いやがって!!! クソがっ!!!



「はぁ……」

「……あ、あのさ。言おうと思ってたこと言ってもいい?」

「あ? んだよ」

「なんで不機嫌なんだよ……いや、その。多分だけど、ほかの女子を見てると思う事なんだけどさ」



 言い出しずらそうにもごついた後、水瀬は俺から目を逸らしながら言った。



「……多分、普通は下着の上にキャミソールとか着た方がいいかも?」

「は? どういう意味。なんで俺がキャミ着てないって分かるんだよ」

「……透けてるよ?」

「あ? ………………」



 体育祭練習が始まってからずっと体操服の上にジャージを羽織って帰宅していた。暑いから前は開けたままにしていたが、視線を落とし自分の胸元を見ると水瀬の言ってる事が理解出来てしまった。



「……っ! 最悪!」



 壁の方を向いて前を閉める。俺、ずっとブラが見える状態で高校生活送ってたのか!? 春もブラウスの上から大きくて緩いカーディガン着てたから、胸元は丸見えになってた可能性高いよな!?


 最悪だ最悪だ最悪だ!!! そもそも体育の時間は毎回ジャージ羽織り前開きスタイルだったから、色の着いた下着なんてモロ見えまくりじゃないか!! なんで桃果も結乃も何も言ってくれなかったんだよ!?


 バカ丸出しじゃん……。なんで誰も教えてくれないんだよ……。



「小依ちゃん、大丈夫……?」

「下着見られて平気な奴がいると思うか……?」

「あー、まぁ……み、見てないよ?」

「じゃあなんで指摘できる??? お前エスパーかなんかか!?」

「……っ」

「俺の顔みて目ェ逸らした!! 見たじゃん絶対! 馬鹿!!」

「この八つ当たりは甘んじて受けよう……」



 正直に教えてくれてありがとうと言う気持ちもあるが! それはそれとしてさっきコイツ俺の胸元ガン見してたんだよな!!! 人の胸ジロジロ見るなよって注意するつもりだったし、その分も兼ねて叩く! 忘れろ!!!





 数日後。体育祭を目前に控えて全体練習も終わり、一度帰宅した俺は提出し忘れていた課題を家から回収し教科担任に提出しに戻ってきていた。



「お、ちゃんとやってあるな。なんだ、本当に家に忘れてきただけかい」

「だからそう言ってるじゃないですか〜」

「すまんすまん、理由が小学生すぎてつい疑っちまったよ!」



 うざぁ。

 確かに「宿題はやってきたけど家に忘れましたー」なんて小学生が言いそうなセリフだけどさ、だからって頭ごなしに「どうせ嘘」って決め付けるのは違うだろ。



「てか未提出なのはこれが初なんだし大目に見てくださいよ。いきなり呼び出しって……」

「お前デフォでいくつも校則破ってるじゃないか。他の生徒よりも目につきやすいのは仕方ないだろ」

「え〜」

「髪染めとスカートの長さ! それと学校指定じゃないカーディガンの着用な。ピアス穴はもう塞げないなら仕方ないが、それ以外は直せるだろ。たまにはちゃんとした格好しなさいよ冬浦〜」

「黒染めはしてもいいっすけど、服は無理です」

「あのな。言いにくいんだが、結構な頻度でパンツ見えてるからな」

「!? 見ないでくださいよ!!!」

「おいその反応ギャグかお前。無理だろ。ならスカート折るのやめなさい」

「駄目ですよ、女社会舐めんな。ダサいって思われたらハブられるんすよ」

「薄氷みたいな友情関係だな……」



 薄氷か、言い得て妙だなぁ。まあ桃果と結乃はめっちゃ性格良いから一人だけスカート長くしても何も言ってこないとは思うけど、中三の終わり頃に築いた女友達は皆そんな感じだったからなぁ……。



「こっちとしても目のやりどころに困るからパンツは極力見えないようにしろよ。あとお前、前はブラまで透けてたからな」

「知ってますよ!!」

「ドンキで同じ柄の下着あるとサブリミナルするからまじで頼むぞ」

「ちゃんとセクハラ発言!! もう見えないからいいでしょ! はぁ……それじゃ、失礼します!」



 透けてんの知っててなんで言ってくれないんだよ! ったく、冷たい人ばっかだなこの学校!!


 職員室を出た頃にはすっかり夕方になっていた。部活動以外の生徒はもう誰も残っていない。


 吹奏楽部の演奏がどこかの教室から聴こえてくる。手ぶらで学校の中を歩くのってなんか新鮮だな。


 ……トイレで少しスカートの長さ調節しようかな。いや、面倒だし別にいっか。あんまり人いないしね。



「おっ」



 廊下の窓から外を眺めながら歩いていたら今日も飽きずに走ってタイム計ってる水瀬の姿が見えた。陸上部でも無いのによくやるわ。

 あれから毎日走ってんじゃん、気合い入りすぎだろ。夕焼けと相まってすごい青春の一コマっぽいわ。エモいBGM流してぇ〜。



「最終下校時間までやるつもりなんかな〜。青春マゾじゃんウケる」



 汗水垂らして頑張る水瀬を横目に職員玄関の方へ行き、自販機で飲み物を買う。まだ六月だが既にヒグラシの鳴き声が空間に響いている。平和だなぁ。


 お茶を買いグラウンドの方へ歩いているとチャイムが鳴った。最終下校時間前の最後のチャイムだ。水瀬は陸上部の子にタイマーを借りていたようで、それを返し木の根元に置いてあったカバンからタオルを出し汗を吹き始めた。



「うわっ!?」



 タオルを置いてスプレーを使おうとした水瀬のうなじにキンキンのお茶のペットボトルの底を当てた。彼は逃げるように体を前に倒し驚いてこちらを見た。



「お疲れ。あげる」

「あ、ありがとう」



 困惑しながらも俺からお茶を受け取った水瀬は俺に礼を言いつつペットボトルを開けて口をつけた。ごくごくとお茶を喉に流し込んでいく。



「ちなみにそれ、俺と間接キスね」

「っ!? ぷはっ、の、飲みかけだったの!?」

「冗談だよ。なに過剰反応してんのきっも、童貞かよお前! あはははっ!!」

「……」



 反応があまりにも面白くて笑ってやったら水瀬に睨まれた。……冗談が過ぎたかな? 彼は立ち上がると俺の背後に向けて歩き出す。



「小依くん、今日暑くない?」

「あ? んー、暑いけど。それが?」

「なら涼しくしてあげるね」

「にぎゃああぁぁぁっ!?」



 急に水瀬が俺の体操服の腰らへんを掴み隙間を作るとその中に思い切り清涼スプレーを吹き込んできた。背中が一気に冷たくなって素っ頓狂な悲鳴をあげて飛び跳ねてしまった。



「何すんだよバカ! 変態!!」

「暑いって言うから涼しくしただけやろ〜」

「頑張ってっから飲み物奢ってやろうって思った俺の善意を仇で返しやがって! 余計なお世話って事かよてめぇ!」

「うん、それは本当に嬉しかったよ。ありがとうね小依くん」

「えっ、あ、うん。……じゃなくて! スプレー攻撃はやりすぎだろ!」

「あっ、小依くん頭のてっぺんがアホ毛になってるよ。直そっか?」

「え、い、いいよ! 自分でやれるから」

「いいからいいから。ほら、こっちおいでよ」



 水瀬が自分の荷物の所まで戻ってカバンを回収しながら俺に向けて手招きする。誰が行くかよ!


 ……。


 ……行かないと帰るフェーズに移行しなさそうなので仕方なく水瀬の方に近付くと、彼は俺の肩を掴み体を反転させ背中側を向けさせた。


 アホ毛を直すだけなら別に向かい合った状態でも出来ないか……? まあ向かい合うのは小っ恥ずかしいからこの視点変更は有難いけどさ。



「ひにゃぁっ!?」



 また素っ頓狂な声を上げてしまった。首筋にひんやりとした、それでいてふよふよとした感触を押し付けられたせいだ。押し付けられた箇所に手を当てながら振り向くと、水瀬は見下すような笑顔をしながら柔らかくなった保冷剤を手に持っていた。



「てめぇ……」

「可愛い声も出せるんだねぇ小依くんって!」

「出してねえわ死ね!」

「ひにゃぁ〜」

「っ!! このっ!!」

「甘い!」

「ひゃっ!? スプレーは卑怯だろ! それやめろよ!!!」



 とっ捕まえて叩こうとしたら手にスプレーを吹きかけられた。


 しばらく追いかけっこをするような形で水瀬と戦闘を行うが、部活で残っていた人達がこちらに向けて歩いてきたので戦闘は一時中断し水瀬は木の根元に置いていた飲み物を取りに戻った。水瀬は飲み物を拾いごくごくと飲む。



「あ、水瀬」

「うん?」

「そっち、俺の……」

「え?」



 水瀬が口をつけ飲んでいた方は、本当に俺の飲みかけのお茶だった。その証拠に、区別出来るようにラベルが半分くらい剥がされている。



「あ、ご、ごめん!」

「い、いい! 気にしてない! ……てか、男同士だろ? 気にするのが変っていうか……」

「そ、そうだよね! そうですよね! でも、飲み切っちゃった……」

「……」



 水瀬は空になったペットボトルを俺に見せる。何も言葉は返さない。いや、間接キスくらいで気にするなんて子供だよな。うん。気にする必要なんかない、何をテンパってるんだ俺は。



「……じゃあ、こっち返します」

「あ、うん」



 水瀬は空になったペットボトルをゴミ箱に投げると見事に綺麗に中に納まった。それを見届けた水瀬は、ぎこちない仕草で俺に自分が飲んでいたペットボトルを渡してきた。


 水瀬の、飲みかけのお茶。



「……の、飲んでいいの?」

「……なんで?」

「いや、あの。……飲みかけじゃんね?」

「うん。でも、小依くんの分飲みきっちゃったからさ」

「えっと……」

「……僕の飲みかけがなにか」「いや別に!? 別に何も無いけど! 一応!」

「一応?」

「……一応」



 声が小さくなる。水瀬の様子を伺い見ると、彼は俺からそっぽを向いていた。



「……帰ろうぜ」

「うん、そうだね」



 俺はペットボトルを持ったまま、水瀬の服の裾を掴んでさっさと学校から出ようと早足で歩いた。学校から出た瞬間に手を離し、会話もないまま水瀬と共に帰路に着いた。


 なんか顔面が熱い。いやいや、夏だし熱いに決まってるか。なに考えてんだろ、アホやん俺。

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