20話「友達になりたい」
今日はシフト入ってないからと、一人で商店街を散策しようと思っていたら同じ車両に小依くんが乗っていた。
彼女は痴漢に遭っていた。彼女と一緒に電車を降りて、怯え泣いている彼女を励ました結果、小依くんと一緒に街を歩く事になった。
私服の小依くん、めっちゃ可愛い。これって他所から見たらデートに見えたりするのかな? 手を繋いでるわけじゃないし、肩と肩が当たらないよう距離を空けてるからそんな事ないのかな……?
「なあ水瀬」
「うん?」
「俺なんかと居ても楽しくないだろ。気持ちは嬉しいけどさ、やっぱ俺……」
「待って待って、急にどうしてそんな病みモード突入してるのさ?」
「病みモードって……」
「楽しいって。さっき寄った店でパフェ食べてた時の小依くんなんて、見てるだけでお腹膨れたし」
「どういう意味だよ。滑稽だったって言いたいの」
「可愛かったって受け取って欲しいかな〜」
「……その可愛いって言うのやめてくんね?」
「? どうして」
「どうしてって、俺男だよ? 男が男に可愛いって言われるのはさ……なんていうか……」
「嬉しくない?」
「……嬉しくない、とまではいかないけど。なんつぅか、馬鹿にされてるみたいでムカつく」
「馬鹿になんてしてないよ?」
「してないんだろうけどそう感じるの。良い風に受け取っても愛玩動物扱いされてるみてーで嫌だ」
「なるほど。そうだね、あまり軽率にそういう事言うのは控えるよ」
「そうしてくれ」
昼食はどこで食べようか話し合った結果、食べたいお店とかは結局決まらなくて僕と小依くんはコンビニで食料を買った。
商店街から少し離れた位置にある大きな公園のベンチで、僕はおにぎりやサンドイッチを、小依くんはバナナとスムージーとカニカマを食べていた。
「カニカマをそのままって、酒飲みの人みたいだね。好きなの?」
「美味しいじゃん。母親が持ち帰る飯の中では比較的好きだったよ」
「ふーん。……ねえ小依くん」
「?」
呼び掛けると、丸くてクリクリとした目をこちらに向けた。……普段だったら眉間に力を入れて睨んできてるから、自然体な感じで見られたのは数年ぶりかもしれない。それこそ、僕が自殺未遂をしたあの日ぶりかも。
「僕の事、まだ嫌い?」
「嫌い」
「そっか…………ちなみに、なんでとか聞いてもいい?」
「うざいから」
「どうにも出来ない理由すぎる……」
もし『嫌い』と答えなかったら、僕は小依くんの事を全然知らないし色々聞いてみたかった。よく悪態を吐くお母さんの事、病気の事、あの日の事……はトラウマだろうからアレだけど、とにかく色々。
特に時間の制限もなくこうして二人だけで居られることなんてきっとそう無い。関係性を動かせるとしたら今日が大きな勝負所だと言うのに、嫌いって断言されちゃあなぁ……。
「……ごめん、嘘。やっぱり多分嫌いじゃない」
「え?」
「分からない。俺、短気で頭が悪いから、嫌だなって思った相手の事は拒絶し過ぎる所あって。そういう相手に対しては全部、"嫌い"って括りに入れて関わらないようにしてたから」
「……他の人の嫌いの感覚も似たようなものでは?」
「他の人は理由とか、ちゃんとあるだろ。完全に嫌うまでの段階とかもあるだろ。俺は考えるのが嫌いだから、少しでも嫌って感じたら段階とか飛ばして拒絶するんだよ。お前の時もそんな感じだったし」
「いや〜……昔の僕っていじめられても仕方ないくらい空気読めない感じだったし」
「今もそんな変わらないだろ」
「あれ!? 反省して色々考えるようにしてるんだけど!」
「ぷっ、あははっ。冗談だよ!」
「だ、だよね。よかった、また黒歴史量産してるのかと思った……」
勘弁してほしい、不意に昔の事思い出してベッドに頭打ち付けたりするんだから。無垢すぎて周りの引くような目付きに気付けてないのまじでキツいよ、しかもそれを数年越しに思い出して悶えるのキツすぎるよ。
「……100パーセント嫌いではない。でもやっぱり、ほとんどは嫌いだと思う」
「あ、それでも八割以上は嫌いなんだ」
「……七割未満くらい。そこまで嫌ってない」
ん、ん? どっちなんだ? ほとんどと言ったりそこまでと言ったり。なぞかけかな?
「逆にさ、なんでお前は俺の事嫌いにならないの?」
「え、僕? 嫌う理由なんてなくない?」
「あるでしょ。いじめてたんだぞ」
「そうだけど……でも、僕って相当ウザイ奴だったし。子供の頃のウザイ奴って皆の共通の敵みたいなもんじゃん? 仕方ないと思ってるよ」
「思ってんの? 仕方ないって」
「ん? うん」
「悔しいとか、やっぱり許せないとか、そういう感情は無いの? 僕がウザイから仕方ない、それで片付けられる問題かよ。それ」
悔しいとか、か。そりゃまあ、当時は……これは僕自身が情けないと思う事だから相手には言えないのだが、殺したいとか、殴りたいとか、そんな事を考えてた事もあった。
僕が何故こんな理不尽な目に遭うのか。復讐をしたいと思ってたし、テロリストなんかが攻めてきて殺されてしまえとか、地震が起きて潰れてしまえとかも毎日のように思っていた。
自分では反抗する勇気が無かったから頭の中で呪詛を吐き連ねて、それで満足した気で居た。けど、その程度で済んだのは小依くんが居た間だけだった。
小依くんが消えてからはどんどんいじめはエスカレートしていって、外部への攻撃性じゃなく僕自身に悪意を向けるようになった。
だから、小依くん相手に限って言えば、悔しいとは思えても許せないとまでは思った事はなかった。
「……悔しいとかは思ってたよ。なんでこんな事するんだろう、なんで仲良くしてくれないんだろうって」
「……」
「でもやっぱり、小依くんとは友達になりたいって思いの方が強かったし。だからそういう負の感情もそこまでかな」
「……そうなんだ」
「うん!」
これは本心からの言葉だ。自信を持って頷くと小依くんは哀しそうな憂いを帯びた表情で視線を流した。
「……俺と、友達になりたいの?」
「もう友達のつもりだけど」
「…………俺、話せる人は何人かいるけど、遊んだ事あるの桃果と結乃しかいない」
それは高校に入ってからの話だった。まだ一年の6月の初めなんだからまだそんなに気にするような事でもないと思うけどな。
「唯一繋がりのある二人でさえ、裏では俺の事バカにしてるんだろうなとか、他に仲いい子が出来たら俺は輪から追い出されるんじゃないかなって考えてる。昔の事だって隠してるし、仲良くなったからって自分の事を詳しく話そうとも思わない。隠せる物は全部隠したいし、嘘の自分だけを見てほしい。そんな事を思いながら一緒に居るような、他人を信じれない人間なんだよ……?」
震える声で、怯えるように彼女はポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「……仮に俺と水瀬が友達になったとして、普通の友達みたいに手放しに水瀬の事を信じたりはしないし隠し事だってする。嘘も吐くし、嫌な事があったら当たり散らすと思う。あと……これは言うつもり無かったけど、男って時点でやっぱり、あの二人の事を思い出すから……水瀬に対して、友達だからって警戒心は取れないと思う」
そう言いながら彼女は自らの指を絡ませ、手の皮をつまみ始めた。小さな自傷行為にも思える。自分を戒めるような行為をしながら、再度彼女は問う。
「こんなんでも、友達になりたいって言えんの……?」
「うん、なりたい。ていうかもう友達のつもりだって言ってるし」
「……ふーん」
小依くんがジーッと僕の事を見てくる。……なんか照れるな。でも目を逸らしたら失礼に当たるかもしれないし、ここは頑張ってこちらも小依くんの目を見る。
「……なぁ、水瀬」
目線を外さずに小依くんが口を開く。僕も目を逸らさずに返事をする。
「どうしたの」
「昔さ、バラエティ番組かなんかで見たんだけどよ」
「うん」
「男女が10秒見つめ合うとよ」
「うん?」
「恋に落ちるらしいよ」
「っ!?」
「はい目ェ逸らした俺の勝ちー!」
「何を言い出すんだよ急に!」
「なにって、そういえばな〜って思ってさ」
「今する話じゃないよねそれ!」
「なんで? 俺と恋に落ちたかったん?」
「へぁ!?」
「お前ホモなん? キモー」
「ホモではないだろ少なくとも!! 小依くん肉体は女の子じゃん!!!」
「女の皮膚被った男と恋に落ちるとかキモいなって思わねえの?」
「思わないよ!」
「えっ」
僕を馬鹿にするように笑っていた小依くんが不意に驚き笑うのを止めた。そしてすぐに僕が言った言葉が"どう曲解されてるのか"に気付き、僕は急いで弁解する。
「あっ。いや、ちがっ、そういう意味じゃなくて! 世の中は多様性だろ? 中身が男だからとか関係無しに、さ。なんていうか……差別的表現に繋がるかもしれないからあまりそういうのはやめよう!」
「……なに必死になってんのお前。きっしょ」
「急にドライになるなよびっくりするな……」
「ふん」
ご飯を食べ終えるとゴミを袋に入れ、小依くんは立ち上がり僕の正面に立った。
「ごめんなさい」
彼女は腰を曲げてぺこりと僕に謝ってきた。
「え、なにが!? 友達になるのってそんな、告白してフられる感じで断られるの!?」
「違う、そうじゃなくて。友達になるなら、ちゃんと謝んないとダメだろ。いじめてた事」
「あ、そういう事?」
「当たり前だろ。……お前の事いじめといてさ、謝罪もせずに友達ヅラなんか出来るわけないだろ」
「そんな事気にしてないのに」
「俺が気にするってか、罪悪感が邪魔して友達やれないんだよ。……本当にごめん」
「いいって。確かにきっかけではあるのかもしれないけどさ……終わらせてくれたのも、小依くんなんだし」
「……」
また飲み物をかけられるのかと思ったけどそんな事は無くて、彼女は頭を下げたまま膝に手を当ててしゃがみ込んだ。俯いたまま何も言わず、動かない。
ちなみにパンツが見えている。当たり前だよね、僕正面に座ってるんだもん。そっと天を仰いだ。
「……なんか、一応形式的な和解の印結んどく?」
「なにそれ」
「ナルトに出てくるんだけど、まあ……友達になってくれるのならさ、握手しよ」
「握手?」
「うん」
小依くんは顔を上げ、差し出された僕の手を見た。
「握手……」
僕の手に取ろうとする小依くんだったが、その小さい手指は震えていた。
男性に乱暴された事があって、さっきだって痴漢に遭っていたのに気軽に握手なんて提案するんじゃなかったと後悔した。小依くんの境遇を考えれば男性恐怖症を発症していてもおかしくない、自分だって男で恐怖の対象なのに、握手をしようだなんて!
謝ってそれを中断しようとしたら、小依くんは弱々しい声で「大丈夫だから」と言った。
「無理しなくていいよ。僕は小依くんの事をもう友達だって思って」「それやめて。一方的に優しく受け入れられるのは対等じゃないじゃん。……握手ぐらい出来ないと、友達とは言えないだろ」
目を細めながらそう言って、僕の指先に小依くんのネイルの先が当たる。指が触れ、ビクッと小依くんの身が大きく跳ねるが彼女はゆっくりと僕の手に手を重ねた。
キュッと彼女の方から握手される。過度の緊張で手汗で湿っているようだ、意外と汗っかきなのかな。
「……触って見たら大した事ないかも」
「そう? 無理してない?」
「少しだけ。でもよく考えたら学校生活とか日常生活でも男と触れる機会あるし、そんな気にするようなことでもないよな」
「宅配を受け取る時とかレジとかは触れ合うかもね」
「あはは。はぁ……緊張した。じゃあ、まあ……たかが友達なるのにわざわざよろしく、とかいう必要あんのかな」
「言った方が少年漫画の和解シーンみたいで良くない?」
「緑谷とかっちゃん的な?」
「宮本武蔵と烈海王みたいな」
「屠られてんじゃん。片方異世界行ってんじゃん。……じゃあ、水瀬」
「うん」
僕の手を握る小依くんの力が少し強くなる。視線を斜め下に行き来させ、言葉を色々探していた様子の小依くんだったが、結局何も思いつかなかったのかため息を吐いて真っ直ぐ僕の目を見直した。
「その……友達、な。えっと、よろしく……?」
「うん、よろしく!」
「ぎゃっ!?」
強く手を握り返したら小依くんの肩が跳ねて悲鳴を上げた。
「あ、う……っ」
「え? 小依くん!? ご、ごめんごめん!」
小依くんの目からポロポロ涙が溢れてきて、手を離すと彼女は自分の目に手を当てて涙を拭い、深呼吸して呼吸を整えていた。
「つい力入れてしまった。ごめんね、驚いたよね!」
「……驚いた」
「だよね! すみませんでした本当に……」
「いい、水瀬は悪くねぇし。……高校入ってからカウンセリングもリハビリもサボってるからビビったんだろうし、自分のせい」
「リハビリ?」
「ストレス障害で心ぶっ壊れてるって言われてて、だから定期的にセラピストさん所に行く必要あるんだけど、もう何ヶ月もサボってるんだよね」
「えぇ……? 大丈夫なのそれ」
「その結果が今のザマ。だし、イヤホンつけてないと一人じゃ身動き取れなくなるし、暗い部屋でテレビつけるとゲロ吐く」
「重症すぎないか!?」
「……もう死ぬまで治る気しないしどうでもいい」
そういう問題じゃないと思うんだけど……ていうかやけに痩せてるなって思ったらそういう事なんだ。ちょっとした事で嘔吐したりしてるんだろうな……。
「小依くん。困った事があったらいつでも僕を頼って」
「……あ?」
「小依くんの苦しみは僕には理解出来ないけど、でも支えになるからさ。手伝える事があったら言ってほしい」
「なんでそんな事」
「友達だろ? 僕たちは」
「……漫画の読みすぎ。やめろよお前、気持ち悪い」
「言って後悔したよ。ごめんなさい恥ずかしい事言っちゃって!」
「ううん。……キモッて思ったけど、1ミリくらい……」
「1ミリくらい……?」
「なんでもない」
涙を拭くと小依くんが再び立ち上がり僕の手をグイッ! と掴んだ。
「小依くん、手を掴んで大丈夫なの?」
「前にもお前の腕を引っ張ったことあるだろ。変に意識しなかったら、耐えれないこともないよ」
「僕からも握り返していい?」
「……心臓に悪いからまじでやめて」
ダメらしい。小依くんの手ちっちゃくて可愛いから握りたかった。残念。
その後、公園に来る前よりも明るくなった小依くんと色んな所を巡り、日が落ちるまで商店街で遊んだ。
シフトのない日に寮の門限を超えてしまったので説教される羽目になったが、小依くんが以前より少し元気になった気がしたのでよかった。
小依くんの履いていた水色のパンツは公園以降も度々見えたのでいい思い出の景色として脳に記録された。ミニスカート万歳。




