18話「自販機」
昼になり、昼食のバナナの皮を剥こうとしたら無性に普段飲まないものを飲んでみたくなった。甘い炭酸飲料とか、飲みたい。舌の痛覚が終わってる激辛YouTuberが色んな香辛料をそのまま食べたり飲んだりするショート動画を見ていたからだろう。
むーん、ジャンキーな甘味が欲しい。少々面倒くさいが、1階まで降りて自販機でジュース買うか……。
「ちょっち私飲み物買ってくる。二人はなんかいる?」
「モンスター!」
「無いわ」
「ピンクのモンスター」
「無いって。コンビニ行けってか」
「すぐ近くにあるじゃんファミマ」
「パシリすぎるやろ。なんで一度学校外に出ないとなんないのさ。ZONEでいい? 二人とも」
「好きくなーい」
「私は葡萄のシュワシュワね」
「私は午後ティー! ミルクティー!」
「うんだから、無いんだって桃果。結乃は葡萄シュワシュワね。じゃあもう桃果はあれな、トマトの缶ジュースな」
「げぇ! じゃあさらっとの方ね!」
「んーん、全体的に赤い方ね」
「まじでいらない!! 貰っても飲まないからね!?」
桃果は絵を描きながら悲鳴をあげていた。絶対飲んでもらお、最終口開けさせて強引にぶち込もう。人をからかった罰だ。
「ふわぁ〜あ、あふ……」
「でかいあくびだなあ冬浦。寝てないのか?」
大きなあくびが出た。
間抜けな顔をしながら階段を降りていたら、すれ違った現代社会の先生に声を掛けられた。
この人は他の教師より生徒と気安い関係性を構築しているから話し掛けられても身構えなくて済むからいい。授業中に自分のバンドのCDを推し売ろうとするのは勘弁してほしいが、そこを除いたらとても良い先生だと思う。
「最近あんま寝れてないんですよねー。ゲームにハマっちゃって」
「しっかり寝ないといつまで経ってもチビのまんまだぞー」
「うるさいな。まだ15歳っすよ? 全然これからだし、成長期」
「て言って油断してたら一生チビのままになるんだよなあ。ソースは俺」
なんだそりゃ、自分で言ってて悲しくならないのか。というか、160センチあるならもうでかいでいいじゃん。俺なんかより全然でかいし。他の男が巨人なんだよ。
「ちゃんと睡眠は取れよ。お前が提出した課題、意味の分からない単語ばっかり書いてあったからな、寝ぼけすぎだ」
「寝ぼけてないです、ウケ狙ったんですけど」
「趣旨が違うわバカ。なんでテストはちゃんと答えてたのに提出課題でボケ倒すんだよお前」
「先生ちゃんとボケに一個一個コメントくれるもん。嬉しいからつい」
「頼むからたまには真面目に課題に取り組んでくれよ……」
先生は俺の頭にコツンと軽く拳を当て、職員室の方へ歩いて行った。
1階に着き、下駄箱を介さず職員入口から上履きのまま外に出て時短で自販機の元まで歩く。
校舎の中庭側の自販機はカップルとイキリ男子の集団に囲まれているから行かない。カップルはまだムカつくだけだからいいけど、男子の集団いると声掛けられるかこっち見てヒソヒソ会話されるもん。どっちもくそウザイんだよな。
自販機の前に着き、財布を出して飲み物を……。
「……鞄の中じゃん」
いや、馬鹿すぎて草。俺、財布持ってなかったわ。
桃果と結乃の会話に気を取られて財布をポケットに突っ込んだもんだと思ってた。ポケットから出てきたのはスマホのみ、項垂れた。
てかそうだよな、手なんか突っ込まなくてもカーディガンの感じで普通気付く筈だよな。スカートは折ってるからポケット使えなくなってるし、カーディガンのポケットがぺたんこだったら財布は入ってないって気付ける筈なんだよ。なんで気付かないんだ俺。
「だるぅ〜……」
上まで戻って往復するのが怠くてその場で膝を曲げヤンキー座りをする。自販機の下に小銭とか……無いなぁ。はぁ〜。
「あれ? 小依くんだ、何してんの?」
しばらく地面を見て現実逃避していたら俺の名を呼ぶ男が現れた。声のした方を向くと、やはりそこには水瀬が居た。
「また奇遇だって言うのか。偶然鉢合わせすぎだろ俺ら」
「あはは、確かに。もしかして小依くん、僕の事ストーキングしてる?」
「なんで俺がお前のストーカーなんかしなきゃなんないの。しゃしゃんなよてめぇ」
「酷い物言いだな……それで、何してるの? そんな所でしゃがんで」
「飲み物買おうとして挫折した」
「自販機を相手にして挫けてる人なんて初めて見たなぁ」
「はぁー……財布、上に忘れてきたんだよ。二階まで戻んのマジでめんどいくそうざい……」
「そういう事か」
俺の説明を聞くと、水瀬はしゃがんでいる俺のすぐ後ろに立って自販機に硬貨を投入した。
「どれが飲みたいの?」
「……あ?」
「奢ったげるよ」
「は? なんで。いいよ別に」
「遠慮しないで。僕収入あり高校生だし」
「いや、今朝だってアイスくれたじゃん。ジュースまで奢ってもらったら流石に俺奢られすぎじゃない?」
「マクドナルドで結局1000円僕に返したじゃん。だから、お礼の件はまだ続行中なんだよ」
「えぇ……」
なんだそりゃ。返したってか、あの時はコイツのしようとしてきた話題にトラウマが再発しそうになって反射的に水掛けちゃったから。その後のメンタルの反動によって芽生えた罪悪感から金を渡した、詫び代みたいなもんだから。黙って受け取ってその日の話は全部忘れて欲しいのだが。
「気持ちは嬉しいけどよ、あの時は俺がお前に水をぶっ掛けたんだからその謝罪代として受け取っとけよ。なんでも奢ろうとするのはお礼とかそういうのじゃなく、単なるパシリに成り下がるだけだぞ」
「んー……でもやっぱり今回は奢るよ」
「なんでだよ」
「二度手間だろ? 教室に戻ってまたここに戻ってくるのは。200円にも満たない程度なら全然気にならないしさ」
「桃果と結乃の分もあるからワンコイン以上かかるけど?」
「構わないよ。てか運ぶの手伝うよ」
「お前の目には俺が飲み物三つも持てないように見えてんの?」
「バランス崩して炭酸飲料落としそうだなって印象はあるかな」
「舐められすぎだろ。落とさねえわ」
失礼な奴め。
結局水瀬にはどう言っても俺の飲み物代を奢るつもりでいたので、根負けして三人分の飲み物を奢ってもらった。結乃の頼んだシュワシュワ葡萄ジュースと俺のコーラは手で持ち、桃果のトマトジュースは肘に乗せて胸と肘で挟むようにして立ち上がる。
「よいしょ。悪いな水瀬、この礼はまた……ひゃっ!?」
「ん?」
ガランガランと音を鳴らしてトマトの缶ジュースが地面に落ちた。俺と結乃の分の炭酸飲料も地面に落ち、シュワシュワと泡が上に溜まっていた。
「あー、ほら言わんこっちゃない……」
「お、お前のせいだろ!」
「へ? 僕? なんで、なんかした?」
「だって……!」
近かったんだもん。背後見たら鼻にくっつきそうな距離に水瀬の胸板が合って、上を見たらすぐ近くに水瀬の顔があってビックリしてしまった。
心臓がバクバク鳴ってる、まじで心臓に悪いわ。クソが。こっちがそう言う脅かしに弱いって知ってるくせにコイツ、どんな神経してんの? 性格悪すぎだろ。
「お前あんま俺に近付くなよ!」
「おおうすごい傷つくセリフ……さっきは小依くんの方から僕に詰め寄ってきたのに」
「こっちが詰め寄るのとそっちが近付くのはちげぇから!!」
「理不尽だなぁ〜。それより飲み物拾わないと。缶の方は僕が持つよ」
水瀬が転がっていったシュワシュワ葡萄ジュースとトマトの缶ジュースを拾い、葡萄の方を俺に渡してきた。そのまま自分の分のお茶を買い、「行こっか」と言ってきた。
「……」
少し前を歩く水瀬を見る。なんでこんなにこいつと遭遇するんだろうか、まさか本当にストーカーしてる訳じゃないよな? それだったらかなりキモイが、コイツ別に普通にモテそうだしな。ストーカーをする程異性に対し歪んだ感情を持ってたり拗れてたりするようには見えない。
「なに?」
「……えっ?」
「ずっと僕の顔見てるけど」
「見てねえよ」
「無理があるなそれは」
「…………水瀬はいつもあの自販機で飲み物買ってんの? 昼」
テキトーな雑談に舵を切らせる。
水瀬はしっかり外靴に履き替えてから自販機まで来ていたのでそのまま上履きに履き替えている。俺は上履きのまま外に出たので少しだけ靴裏同士をパンパンと叩いて小石等を落とす。
小石を落とす作業を終えて靴を履き直そうとしたら一瞬よろけたが、水瀬がすぐに肩を支えてくれた。
「……ありがと」
「どうも。行ける?」
「うん」
上履きをちゃんと履いて廊下を歩く。水瀬はなんだか楽しそうな様子で話を始めた。
「さっきの話だけど、昼は基本毎日あの自販機に言ってるよ。コンビニでペットボトル買っても、昼までには一本飲みきっちゃうからさ」
「すご。口ん中砂漠じゃん」
「水とかお茶って何故かガブガブ入るじゃん? だからだと思うな〜」
「ガブガブいきませんけど」
「そうなの? なんか可愛いね」
「うんいきなりどうしたお前キモ」
「変な意味じゃなくて。飲み物をチビチビ飲んでる小依くん想像したら、なんか小さな猫とか犬が飲み物飲んでるように見えるんだろうなって思ってさ」
「変な意味じゃん。普通にキモい妄想だったじゃん」
「はいはい悪ぅござんした。小動物は小動物でもハリネズミなんだよなー、小依くん」
「だーれがハリネズミじゃ」
失礼な、こんなにサラサラした直毛ストレートヘアしてんのに。ハリネズミの名を冠するのは不適切だろ俺の場合は。要素皆無だろうが。
「あ、小依おかえり〜!」
「あい。途中で水瀬にも運ぶの手伝ってもらったわ」
「お、こよりんの旦那じゃんちわ〜」
「どうも!」「おい旦那じゃないってちゃんと突っ込めよアホ」
水瀬に手伝ってもらいながら飲み物を教室まで運び、机の上に置くと結乃がいの一番に水瀬に声をかけた。結乃の言葉に便乗しようとする水瀬を小突く。そういう悪ノリはよそでやってくれよ。
「それじゃ、僕はもう行くね。またね三人とも」
俺を除いた二人と少し会話を交わした後、水瀬は別の場所にも顔を出すと言って教室から出ていった。
「ねえ小依」
「なんですか」
「リア充だったの! 一緒に教室に入ってきちゃってさ! 裏山なんですけど!!」
「死語の連続使用辞めてください。あいつとは偶然下で会ったんだよ」
「偶然会ってジュース奢ってくれて運ぶのも手伝ってくれるような男子と出会いたいよな〜私達も」
「ほんっとだよ〜!! 背景を描けてあたしのオーダーにもすぐ応えられるて、決してあたし以上に細部を細かくを描き込めたりしないぐらいの上手さの絵のアシスタント友達が欲しい!」
「同人活動用の馬車馬確保じゃん。桃果のは多分結乃とはまた違った認識だと思うわ」
結乃は俺の言葉に便乗し、「そーだそーだ! 私の絵はもっと過激でもいいぞ!」と桃果に向けてボイコットをしていた。ここは日本である。過激でいいはずが無い。
「てかさ、水瀬くんってあれ明らかにあんたに気があるよね」
「え? ……桃果に?」
「なんであたしなんだよ。どう考えても小依にでしょ」
「そうそう。……ってうわ!? なにこれ〜、こーよーりーん?」
俺から受けとった飲み物を飲もうとした結乃が炭酸にやられて両手がびちゃびちゃになっていた。可哀想。
「いい度胸してんじゃん」
「待って結乃、せめて手を洗ってからこっち来て? 今はちょっと嫌かも!」
「ふざけんな! このベタベタを小依の首筋に付けてやる!!」
「ぎゃー!? 本当に嫌だ、来るなあ!」
両手を突き出し追いかけてくる結乃から全力で逃げる。首筋に甘味のベタベタなんてとんでもない。自傷行為していた時も首筋には何も出来なかったくらいには首が敏感でものが触れるのが嫌いなのだ。本気の全力で逃げる。
「インスピレーションが降りた!!!」
「おいまた桃果がなんか閃いたっぽいけど! 内容聞かなくてもいいの結乃!?」
「私とこよりんでふたなりレズセックス絵描くんだってさ」
「事前に把握済み!? あとなんでそんな呪物の作成にOKを出した!? 呪われそうなのだが!!」
「大丈夫、私も呪術廻戦好きだし」
「何の話!? 関係ねえわこっち来るなぁ!」
尚も全力で追っかけてくる結乃の猛攻から逃げる。命からがら逃亡し、最後はバナナの皮を足元に投げることにより事なきを得た。バナナの皮って本当に滑るんだね、人が一瞬浮くのを初めて目にした。ちょっと楽しそうだった。
そういえば、何故水瀬が俺に気があるなどという妄言を口にしたのか問いただすの忘れていたな。今度何故そのような錯覚を覚えたのか問いただしてみないとな……。
「タッチ!」
「ぎゃはーっ!?」
油断していたら結乃のべとつく手が背後から迫り俺のうなじあたりにベタっと付いた。気持ち悪い気持ち悪い!!! 俺はすぐにトイレに直行し水でベタベタを洗ってみた。効果あり、着実に落としていく。
「ねえこよりん」
「はい?」
「次は顔に行っていい?」
「ごめんね、多分殴っちゃうと思う」
「望む所!」
「なぁーんで!?」
トイレにまで来て俺の顔をぺたぺた触ろうとする結乃に必死に抵抗する。勘弁してくれ〜〜!!!




