17話「登校時間」
「おはよ、小依くん」
朝。普段通りのルーティンをこなし、桃果との待ち合わせ場所である交差点に着て車止めの石に座りスマホをいじっていたら正面から男に話し掛けられた。
見上げると水瀬が居た。
「うわっ、一瞬で嫌そうな顔になった」
「最悪。朝から運わる」
「面と向かってそんな事言えるのすごいな〜」
「……」
無言でじっと睨むが水瀬には効かなかった。彼は「食べる?」と聞きながら未開封のアイスを一つ差し出してきた。
「なにそれ」
「スイカバー」
「じゃなくて。なんで今食ってる分以外に余分に買ってんのって意味。アイス好きすぎだろ」
「コンビニから出る時に小依くんが座ってるの見えたからね」
「視力良っ! 車道挟んでラーメン屋の後ろじゃんコンビニって」
「いやそこまででしょ。逆に小依くんが視力悪いんじゃないかな、このくらいの距離なら普通見えるよ」
「そうなん?」
知らなかった、俺って視力悪いのか? 視力検査の結果とか興味無いし、生活に支障来す程でもないならどうでもいいしで流してたな。後で桃果のメガネ借りよ。
「いらない? スイカバー」
「タダでくれんの?」
「勿論」
「ラッキー」
スイカバーを受け取り袋を開けてがぶりつく。
美味い。美味いけど俺メロンバーの方が好きだし、なんならアイスはチョコミント一強と思ってるから美味ランクは中美味だな。次に期待。
「よし。アイスご苦労、もう学校行っていいぞ」
「良い性格してるね。一緒に行こうよ?」
「人を待ってんだよ。あと5分もしない内に来るからさっさと消えろって。変な勘違いされたら困るだろ」
「勘違いって?」
「恋人って噂が立ったり、そうじゃなくても男女がこんな場所にこんな時間から一緒に居るとアホな噂が立ちやすいんだよ。お前も妄想に巻き込まれたくないだろ?」
「妄想する分にはいいんじゃない?」
「俺は迷惑だからさっさと消えろ」
「普通に否定すればよくない? 僕らの間には何もないよーって」
「それで素直に引き下がってくれないパターンのが多いんだよ」
「へぇー。やっぱり女の子って大変なんだな、苦労してるね小依くんも」
「中身が男だから余計になー」
スマの目を落とし画面に指を滑らせる。人がカツカツやってるのにいつまでも水瀬は俺の前から退かない。……邪魔くせぇ。
「あ、そうだ。小依くんの事さ」
「話し続けないで? なんで会話を広げようとする、学校行けって」
「いいじゃないか少し話すくらい」
「少し話したろ。既に」
「あと一つ話しておきたい事あって、それだけ言ったらもう行くからさ」
「一つ? なんだよ」
「小依くんの事を」「おはよ小依! そっちの男子は階段ジャンプ君だ、どうも!」
「やあやあ、どうもどうも」
来ちゃったよ友達。桃果が俺に挨拶した後に水瀬とも挨拶を交わした。
「あ、小依アイス食べてる! あたしの分は?」
「無い。食べかけ食う?」
「食う!」
食うんだ。冗談のつもりで桃果の方に先を向けたスイカバーが桃果の口の中にパクッと収納された。
桃果が口を離すと、口の大きさの問題で食べられず残ったスイカバーの欠片が落ちそうになり、急いでそれを俺の口に放り込んだ。
「二人は何の話してたのー?」
「中身のない会話ふっかけられてげんなりしてた」
「ただの日常会話でそこまで言わないでよ」
桃果が合流した事で自然とそのまま三人で通学路を歩くことになった。桃果は俺と水瀬に挟まれるように真ん中を陣取り水瀬にしきりに話しかけていた。
「水瀬くんって言うんだ! 小依とはどんな関係なの?」
「友達「ではない」を超えた絆で結ばれた間柄かな」
「テキトーほざいてんじゃねぇぞてめぇ」
「えっ、めっちゃ怖い声で言うじゃん小依。水瀬くんと二人の時はそんな感じなの?」
「……別に。二人で話す事なんてないし」
「そうなの? 水瀬くん」
「んー、そうだね。中学くらいから会話する頻度は減ったかも? それ以前は」
「えっ、小学生の頃からの知り合いなの? 幼馴染じゃん!!」
おーーーーーい。余計な事言うなって水瀬コイツさぁ! 人が必死にひた隠しにしてた過去を知り得る人物ってポジション獲得してんじゃねぇ〜〜よ。ミステリアスキャラでやってんの! 頼むわマジで!
という思いを込めた熱い視線を眼孔から射出し水瀬にぶつけ続ける。思いよ伝われ!!!
「子供の頃の小依ってどんな感じだったの!? 当時からこんなメンヘラだった?」
「こんなメンヘラ。桃果、なんだか言葉がチクチクしてるけど?」
「当時はそもそもおと」「おいおいおーいっ」
全然こっちの事情を汲み取りもせずただ聞かれた事に素直に答えようとした水瀬に体当たりをする。
「てめぇよく考えろや。元々男だったなんて知られたら今まで通り堂々と女を観察できねえだろ。首絞めようとしてきてんじゃねえよ奥歯へし折るぞ?」
「ご、ごめんごめん。分かったら、近いって……」
「あ?」
「ち、近すぎるって……!」
「……?」
水瀬は壁に背中が当たっており、逃げ場のない状況で俺に密着され詰められている。それがなんだ、桃果の耳に入らないように詰めてんだからこの形にもなるだろそりゃ。
「……俺、臭かった? 風呂、入ってきてんだけど」
「え? いやそういう訳じゃなくて。僕ら男女だから……」
そう言われて気付く。ここは学生の集まる通学路の真ん中、数人の生徒がこちらを見て面白そうにしていた。
そっと水瀬から離れる。……少し思考した結果、俺は桃果を除く他のジロジロ見てくる生徒達にガンをつけた。
「小依、この状況でその威嚇は逆効果だよ」
「桃果。変な噂が広まったら誤解を解くの手伝って」
「なんならあたしが皆に吹聴しようかと思ってたよ」
「四面楚歌だなぁ」
桃果は敵かぁ。仕方ない、以前家に遊びに行った際に撮影した桃果の中二病時代の黒歴史ノートの画像を人質にして黙らせよ〜っと。
*
「へぇ〜。こよりんが最初の友達だったんだ。なんかラブコメみたいじゃん」
結乃と合流すると彼女も水瀬にはそれなりに興味があったようで、水瀬の後ろに着いて歩くようにして会話に混ざっていた。
「だから友達じゃなかったんだって。俺と水瀬はただのクラスメートだよ」
「またまた。学校終わった後も遊んだり家に行き来したりする仲は友達って呼んでもよくない?」
「私は家に呼んだことないもん」
「遊びに行きたいって言っても断られたんだよねー」
「そうなの? なんで? 小依」
「今は普通に私ら呼んで泊めてくれたりするのにね?」
「なんでもいいだろ〜」
あんな家に人を呼びたいと思うわけがないだろうが。誠也さんが家に来たばかりでも母親が生きていた頃の痕跡はまだ全然残ってたし、誠也さんもどちらかと言うと家事しない方だから全然家の中片付いてなかったし。
「子供の頃なんて他の子との付き合いで人の家行ったりする事はあるだろ。水瀬んちなんてそういう流れで行ってただけだし」
「そう? 誘ったら来てくれたよね」
「それは……誘われたら行くだろ。てかお前、何でもかんでも誘いすぎなんだよ人の事、クソガキかよって思ってたわ昔」
「クソガキ!? 心外だな、叔母さんの運転でお化け屋敷行った時はずっと叫んでたじゃん。しがみついてきたし」
「はい妄想黙れ死ね」
「妄想じゃないって。前のスマホに多分その時の動画とか残ってると思うよ」
「消せよ!」
「あんな怖がってる姿中々見れないからね〜」
「怖がってない」
「音割れしてたよ」
「怖がってない!!」
いつの話で煽ってきてんだこいつムカつくな。得意げになってニヤつく水瀬を黙らせてやろうと顔を掴もうとしたら避けられた。コイツ、逃げんなこの野郎絞め殺してやる。
「小依くっ……小依ちゃん昔はホラー番組の特番見ただけでガチガチになってたもんね〜」
「うるせぇな、エアコン効きすぎて寒いんだよお前ん家!!!」
「僕が心霊写真って嘘ついた画像見せた後強がってたからってLINEで送ったら電話かけてきたもんね?」
「アレはお前が性格悪いじゃん!!!」
「でも朝まで通話繋げるとは思わなかったよ。眠くて黙ってるとしきりに話し掛けてくるし」
「うぜええぇぇぇ!!!」
調子乗りすぎてるから思い切り肩を叩いてやった。歩きながら何度も殴ってやる、コイツまじで性格悪いな! 他の友達の前で相手の恥話を出すとか終わってるわマジで!!!
というか水瀬が俺の事を小依"ちゃん"と呼んでいる。桃果と結乃は俺の過去を知らないから、その二人に対して俺を小依"くん"と呼ぶのは混乱を招くと判断したからだろう。そこはナイスだけど、そこで気を遣えるなら話題でも気を遣えや。恥じ掻かせやがって。
それに、小依"ちゃん"って単語が水瀬の口から出るのがキツい。ムズムズする。
まあ俺と水瀬は幼馴染って解釈されてるみたいだし、そう考えたら確かにちゃん呼びも自然だけどさ。じゃあ普通に呼び捨てにしろよ、こそばゆくなるわ……。
「それじゃあね三人とも」
「うん! またね、水瀬くん!」
「また話そうね〜。こよりんの昔話また聞かせてな!」
「いつでも話すよ〜」
「死ね!」
「大声で死ねはまずいよ小依ちゃん。じゃね」
学校に着つくと、A組である水瀬とは階段で別れる事になった。
桃果と結乃と連絡先を交換した水瀬に俺とも交換をしたいと言われたが当然断った。俺、こいつの事嫌いだしな。交換しても一瞬でブロックするし交換する意味が無い。
「はぁ……」
「いやー、いいものが見れた見れた! あたし、リアルでツンデレを見たのこれが初めてだよ〜!」
「は? ツンデレってなに」
「表向きツンッ! てしてるけど実はデレッとしてるオタク用語だよ! 今の小依みたいな感じ!」
「私みたいな……なに、オタクは人に死ねって言われると嬉しいの?」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「私、水瀬に憎しみしかぶつけた事ないけど。それが嬉しいってなったらハイレベルすぎるでしょ」
「結乃ちゃん、これは……」
「無自覚、そして無知だね。無知シチュだ」
「! 次のえち絵のアイデア浮かんだ! ありがと小依!!!」
「うん待ってね、ネットにあげる前に検閲させて? 嫌な予感するわその発言」
桃果は配信者のイメージキャラクターというかアバター? みたいなのを描いてるくらい絵が上手くて高校に通いながらネットの人らからお金を受け取り絵を描くなんて事もしている。まあ取材だかに金を使うから裕福はしていないようだが。
で、彼女は様々な分野の絵を描くんだけど金策として最近力を入れてるのがR18イラストである。
俺らのやり取りを見てえち絵(R18イラストの事だ)のアイデアが浮かんだって、俺らをモデルに勝手に妄想を展開してそういう絵を描こうとしてるって言った風に聞こえた。
実際結乃と仲良くなった時は結乃を元にしたキャラでエグいエロ絵描いてたし、俺も何回かモデルにされたし。コイツは友達だろうが近親者だろうが街で見かけた人だろうがモデルにしてしまうやばい人種なのだ。事の次第では叱りつける必要すらある。
「ちなみにこよりんはさ、実際の所水瀬くんの事どう思ってんのさ」
「嫌い」
「本人が居たから言ってるだけじゃなく?」
「面と向かって嫌いって言ってんだから裏でも嫌いに決まってんでしょ」
何を当たり前な事を。聞く必要性あるかそんなの。嫌いって言ったら実はもクソもなく嫌いなんだよ。好感度なんて好きか普通か嫌いの三つしかないだろ。
「おはよー。あっ、昨日はありがとねー木下! これお礼!」
教室に着くと結乃が教室の前の方に座っている女子の元へ行ってコンビニの袋からグミを出してシェアハピし始めた。
俺と桃果は席が前後なのでそのまま二人揃って自分らの席に座る。隣の席に挨拶を交わし、スマホを開いてSNSを見る。
「ねね、小依」
「なに」
「描こうとしてる絵なんだけどさ、小依をモデルにしてもいい?」
「……どういう絵なのかによる」
「即落ち二コマみたいな感じにしたい! 上のコマで幼馴染に口汚く罵倒してるんだけど、下のコマで数分後、押し倒されてキスハメされながら弱々しい声でばかぁ……って言うの! ひらがなで!」
「やめてください」
「でね、有料差分でボテ腹……妊娠した場合の差分とか」
「本当にやめてください。モデル結乃に変えろ、まじで」
「メンヘラ地雷系ツンデレ幼馴染なの!」
「……じゃあ、髪色染めるとか、ピアス描かないとか、そういう感じにしてくれるならいいよ」
「やだ! あたしは写実派なの!」
「描いてくれるのは嬉しいけど……相手役のモデルは?」
「水瀬くん」
「ほら! お前頭ん中グロいんだもん! 絶対駄目!!!」
「仕方ない、ゾーニングするよ。過激用垢に上げるからさ」
「完成したら見せてくるやろ!?」
「勿論!」
「私の精神破壊する気なんかお前」
「モデルにされるの嬉しいって言ってたじゃん」
「ケースバイケースだわアホ」
「ちぇっ、ダメかー」
残念そうにそう呟き桃果はカバンから出したiPadを机に置いた。変態絵描きの凶行は阻止出来たみたい、よかったよかった。
「それじゃ、メンヘラ地雷ちゃんとボーイッシュギャルちゃんのズブズブ百合えち絵にこの情熱はぶつけるとしよっかな」
「うん待って。それちゃんとモデルに許可得ましたか?」
「結乃はいいよって言ってたよ? めちゃくちゃにしちゃって! って言ってた」
「私の許可はぁ!? てか乗り気すぎないあの人!?」
「ふたなりにしてもいいって言ってたし寛容だよね」
「寛容すぎるだろ」
「身の危険かもね?」
「えぇ……怖ァ……」
不気味な事を言い残すと既にある程度描かれていたイラストに着手していく桃果。まあ、エロいなら使えるからいいんだけど、現実の人モデルにしてそういう絵を描くのはやめた方がいいと思うな俺は……。
というか、桃果がやってくる前に何か言いかけてたよな、水瀬のやつ。何が言いたかったんだろ。あと一つしておきたい話、なんて言い方してたし俺本人に関わる話なのは確かだよな。
少しだけ興味があるが、自分から水瀬に近付くとかしたくないので考えない事にした。どうせ大した話じゃないしな。