15話「再会」
僕の知っている男の子と、名前が一致している女子生徒が同じ高校に在学している。
「沢山ピアス空けててロングの女子……髪がロングだったらそもそも耳とか見えなくね?」
「校則では耳を出さなきゃダメってなってるでしょ。まあ、そんな校則大半の子が破ってるけどさ」
「あ、でも私休みの日に見た事あるかも! 沢山ピアス付けてて病んでそうな見た目してる子!」
「! なんて子?」
「多分、C組の冬浦さんって子! 冬浦小依だっけ?」
「うわその子知ってるわ! 顔めっちゃ可愛いけど絶対メンヘラだから面倒くさそうって言われてる奴だ!!」
「男子人気は高いよな。C組の冬浦小依」
「ああいう子流行ってるもんねー。ホストに貢ぐ系女子?」
「JILLSTUART纏ってる系な」
「それ〜!!!」
僕が探してる子は流石にそこまでテンプレート極まってる感じの地雷系女子じゃなくて、多少病んでるかなぐらいの子なんだけどな。メイクもそこまで厚かったわけでもないし……。
ただ、それはそれとして強い興味を惹かれた。この学校には『冬浦小依』という女子がいるらしい。
苗字名前が一致していて、性別だけ異なっている二人の人物。男の方の冬浦小依は、中学二年になる直前に失踪してそれ以降は一度も姿を見た事が無かった。
好奇心に駆られた僕は、授業が終わるとC組の教室へ足を運んだ。その道中、見覚えのある女子を見つけたのである。
「あの子……!」
肩下まで伸びるストレートロングの、風で髪が靡くと金に染ったインナーが見える艶やかな黒髪。
夏の入り口に差し掛かっているのに大きいサイズの薄いカーディガンを羽織り、余った袖から少し出ている指先にはネイルがしてある。
バイト先の本屋で再会した、僕を立ち直らせてくれた女子だ! 相手も僕に気付き急いで隣にいた金髪ボブのギャルっぽい子の後ろに隠れたから絶対そうだ間違いない! てかあの子ら三人ともスカート短いな!?
「あっ、逃げる!」
僕が話しかけに行こうと彼女の方へ歩き出すと、彼女は友達二人の手を取って僕のいる逆側に逃げていく。
人を避けつつ走る速度を速める。角を曲がると階段をパタパタと駆け下っていく三人の背中が見えた。
「待ってよ!」
僕の呼び掛けに金髪の子が反応し「あれ誰?」と病み子ちゃん(僕を助けてくれた子)に尋ねていた。その隣の大人しそうな子は「彼氏〜?」とふざけながら訊いていて、病み子ちゃんは二人に「いいから走って!」と叫んでいた。
まるで化け物扱いだ。じゃあ化け物みたいな事しちゃおう。
階段をある程度降りたら踊り場があり、折り返して下の階へと降りる構造になっている。つまり、階段の手すりを乗り越えて下に降りてしまえば先回りなんて容易なのだ。
「よっと」
下に人がいないこと、階段を登ろうとしている人もいないことを確認して手すりに身を乗り出し、壁を伝って飛び降りる。
ダンッ! という音を立て、足の裏からビリビリした衝撃が走るが姿勢を正して三人の前に立つ。
「やあ」
「やあじゃねえわ何やってんのお前危ないだろ!?」
「だって逃げるから」
「結構高いけど、大丈夫なん?」
金髪の子が半笑いで僕に訊いてきた。僕の取った行動は三人にとって予想外だったらしく、三人とも面食らった表情で僕を見ていた。
「……ちょっと痛いかな。骨折したかと思うくらい」
「馬鹿なの?」「馬鹿じゃん」「やばこいつ」
三人同時に突っ込んできた。病み子ちゃんだけ心配よりもドン引きって感情が勝った表情をしていた。
*
「え、小依くんなの!? 本物!?」
病み子ちゃんと話をしたいと言ってみると、彼女は諦めたかのように深いため息を吐いた後友達二人を先に返して僕と一緒にマクドナルドに来てくれた。
二階の奥の席でもくもくとナゲットにマスタードを付け咀嚼し、飲み込む間にサラッと目の前の少女は僕の知る『小依くん』であると告白した。
「信じられない……」
「なんで」
「男だったよね」
「うん」
「女になったの?」
「うん」
「なんで……?」
「病気」
目の前の小依くん(仮)はナゲットを食べ尽くすと、バーガーの包装を剥いてチキンクリスプを食べ始めた。
「でも、言われてみると確かに男の頃の小依くんに似てる……というか、お姉さんみたいだね」
「同一人物なんだが」
「女の子すぎるもん」
「女の体だもん」
「現実は小説より奇なりぃ……」
本人は当然のように言っているが、性転換は流石に現実味が無さすぎるよ。非日常でしょ。テレビの向こうの世界の出来事だよそれは。
あと、男から女になったにしては顔の作りが美少女みたいな方面に整いすぎでは?
表情こそ怠そうにしているけど、猫みたいにパッチリとした二重だし、鼻筋が通ってて綺麗だし、唇も小さいのにプルプルしていて、顔のバランスが均等だ。これは確かに、男子人気が高いのも頷ける……。
「んだよ。人の口なんかジロジロ見て」
「物食べたり唇舐めたりするとやっぱり分かりやすいね、その舌」
「気持ち悪い事言ってる? もしかして」
「聞かなかった事にして。……病気で自然と性別が入れ替わったの?」
「おー。らしいよ」
「らしいって……そんな病気聞いた事ないよ」
「奇病なんだってさ。よく分かんないけど、魚だって性別変わったりするじゃん? 似たようなもんでしょ」
「えー……じゃあ、中身は昔の小依くんのままなの?」
「当たり前に男のままだよ。女の体なの利用して友達の胸とか尻とか触りまくってるし、モデルとかコスプレイヤーとかのSNSもフォローして随時チェックしてるっつの」
「あ、結構ガッツリ男だったかも」
「階段登る時他の女子のパンツ思い切り覗き見るしな」
「堂々とやってるのなら大半の男よりも男なのかもしれない」
「更衣室とか毎回最後に出るの俺だし。観察しすぎて」
「キモいなあ……」
男だなあ。気持ちはわかるけど、多分僕が女になってもそこまではしないもん。謳歌しすぎでしょ女の体。
「てか、お前AV女優とか詳しい?」
「なに突然」
「お気に入りの女優とかいねえの?」
「……まあ、いるにはいるけど」
「なんて女優? 何系?」
「なんでそんな話しなくちゃならない!? 嫌だよそういうの、性癖がバレるだろ!」
「あ? なんで、ダメなん? 性癖バレたくない?」
「女子にはバレたくない!」
「おーお前昔の俺を知ってんのに女扱いやめろよ。もういいんだよそういうの、終わったの。面倒くさいのは」
「はい?」
「お前ん中での冬浦小依は男でいじめっ子の冬浦小依なんだろ? じゃあ男として会話しようや。女になっちまったってカミングアウトしたとして、お前俺を自然に女扱いしたりとか出来ねえだろ?」
「ま、まあ……」
「だろ? だから男の感覚で喋ろうや」
そうは言いますが、男の感覚と言われても見た目が美少女だからな……。
「というか急になんでそんな話するのさ」
「友達を紹介しようと思ってな。AV女優に似てる奴」
「またすごいこと言い出したな……」
「ナンパだりぃもん。どうせお前、俺の見た目だけでナンパぶちかまそうとか思ってたんだろ? お前と同じような予定の取り付け方されて、何度下らん告白やお誘いをこれまで受けてきたと思ってんだ」
「え? いやいや、お礼の件に関しては他意はなく本心だよ」
「はあ? ……まじでそれが理由で奢ってくれたん? 邪念無し? たかだか1000円ちょっぴしの貸しを律儀に返そうとしてたの? すごいなお前」
「額は関係無くて、あの出来事があったおかげで今僕はこうして立ち直れたからさ」
「ふーん」
小依くんは興味無さそうにコーラをズゴーッと飲んだ。バーガーも食べ終え、最後に残ったマックフルーリーに手を付けはじめる。
「……ってかさ、君が小依くんだったなら、なんであの時僕なんかを助けようとしたの?」
「あん?」
「僕の事、嫌いだったんでしょ?」
「おう。だからいじめてたしな」
「助けられる理由が思い浮かばないな……」
「別に、特に理由も無いから思いつかなくていいんだが」
「理由なしに人助けなんかする……?」
「余程の暇人ならするんじゃない。あの時の俺はまさにそれだったし」
フルーリーをザクザクとスプーンで混ぜた後、それを口に運び美味しそうに「ん〜!」と悶える小依くん。すっかり女の子じゃん、男扱いしろと言われても困る反応じゃんそれは。
「まっ、つうわけで。お前が探してたすぐ股開きそうな地雷女の正体は自分をいじめてた性悪チビ男だったってオチ。落胆したろ、だからもう関わり合うのはやめにしようぜ」
「いや、やめないよ」
「なんでやねん」
「転校したての頃にいじりに来て周りと話すきっかけになってくれたのは小依くんだし」
「記憶にないんだが」
「何度もしつこく構う僕になんだかんだで付き合ってくれてたし」
「記憶にないんだが」
「それに中三の頃、僕へのいじめを何とかしようと夏休みに動いてっ」
小依くんが氷だけになったドリンクを蓋がついたまま僕に投げつけた。胸に当たり、蓋が外れて氷と液体がズボンに染みていく。
「ざまあみろカス」
冷たい声音でそう吐き捨てると、財布から1000円を出し机に叩きつけるように乱暴に置いた。小依くんは鞄を持って席を立ち階段を降りていった。
……僕、本当に空気を読むのが苦手だからな。相手が嫌がってる気配を察する能力がとても低くて、自己嫌悪に陥る。
「はあ……」
またやってしまった。机に肘をつく。仲良くしたいだけなのに、僕は事ある毎に小依くんの琴線に触れる行動を取ってしまう。嫌われるのも当然だし、今回の件で更に呆れられてしまっただろうな。
パサッ、と頭の上に何かが乗る。手に取ってみると、それは乾いた布巾だった。
顔を上げると目の前に小依くんが居た。彼女は不機嫌そうな顔をしているが、下で拭くものが無いか店員さんに聞き持ってきてくれたらしかった。
「小依くん、ごめん。無神経だったよ」
「……」
何か言いかけていたが、発言されることなく小依くんの口が閉じた。彼女は再び僕を睨んだ後、階段を降りて行った。
「レイプされた話なんて目の前でされたら、そりゃ誰だって怒るよね。そこは分かるのに、そこに繋がりそうな話をしちゃうなんて本当に馬鹿だな……」
会話をしているその先の着地店を考えるのが苦手なんだよな。反省だ。
服に染みた水気を拭い、椅子と床に零れた分も拭いて氷をコップに戻す。
トレーと紙類は帰り際に小依くんが手早く持って行ってくれたから、机の上には何も……あれ?
「スマホ、忘れてるじゃん」
壁際に寄せるように小依くんのスマホが置いてあった。それ忘れていく事ある? 相当なレアケースでは。
「例に違わず画面バキバキ……」
メンヘラな子は画面割れがちみたいな俗説があったが、小依くんの画面もしっかり割れていた。割れすぎって程では無いが、薄い線が四本くらい画面に入っている。背面にはケースとの間に友達とのプリ入ってるし、女の子のスマホじゃん。
「もうとっくに帰っちゃってるよなあ」
スマホを回収し窓から見える範囲を探してみるが、小依くんは見当たらなかった。
「自転車通学じゃなくて、バイト先にフラッと立ち寄ったって事はここら辺に住んでるんだろうけど、走って探したら見つけれるかなー……?」
そもそもどっち方向に進めばいいかも分からないし、都会だから行き先も多岐に渡るし、探すのは無理か。
こんな別れ方をしてるから相手としては僕と話したくないだろうが、仕方ない。明日、C組に行って直接届けに行こう。渡すだけならきっと嫌な気持ちにもならないよね。
*
マクドナルドにスマホを忘れた。そんな事ある? 自分で自分に対しドン引きである。急いで元きた道を戻り、マクドナルドの二階にあがる。
「ない! あいつもいない! クッソ盗まれたァ!!?」
自分が忘れていっただけなのだが、思い切り責任をアイツに転嫁した。明日絶対早起きして、校門前で待ち伏せてやるあの野郎〜〜〜!!!