14話「逃げろ」
「ふわぁ……」
朝の五時に起きる。早すぎるね、イカれてるね。
不健康そうな見た目をしているから、その分生活の面では健康的で居よう。という抱負を抱えて新年を迎えたので、俺の朝は早朝五時から始まる。
ベッドから出てシーツを直して、インスタとツイッターをシュポシュポやって夜帯の更新を流し見しつつ、洗面所に行って歯磨きする。
無印で買ったヘアバンドですっかりロングヘアになった髪をまとめる。
耳を出せとか髪染めるなとか髪の長さはとか色々校則はあるが、耳を出してないレイヤー鬼刻みのストレートロングで金キラインナー入れてるしで校則破りまくりである。
まあそんな事言ったらピアス穴もスプタンもあるし今更だが。髪を下ろすと長さしか分からないからね、髪の長さ違反には寛容なのである。
洗顔してシャワーしてトリートメントして髪乾かして、アイロンを温めてる間に使っていなかったエロ電子書籍を読む。催眠レイプ物、めっちゃエロいけど文字がビッシリ書き込まれがちだから読むの時間かかるよね。
アイロンを髪に当てて毛先を内に巻きつつ、後ろの髪にも気合いでアイロンを入れる。ポーズが観音像みたいになってるわ。
「……ネトフリおっも」
アニメの続きを見ようと思って配信アプリを開いたらロゴの画面で止まった。なんでやねん。
焼いたトーストにベーコンと卵焼きを乗せて塩コショウ振った丸パクリジブリ飯を食う。
うん、普通! まあ美味い。オリーブオイルってなんかいいよね、気持ちだけオシャレになる。気持ちだけ。
「バナナ、無ぁ」
昼に食べようとストックしておいたバナナがスッカラカンである。コンビニで買おー。
制服に着替えて、スキンケアをして日焼け止めを塗る。あんまり日焼け出来ず火傷しちゃうユダヤ人みたいな皮膚してるので必要かって思ったりもするが、日差し強い日だとまじで顔面痛すぎて終わるからちゃんと塗り込む。
「いたっ! いった! くぁっ……!」
メイクしようと思って机の上に手を伸ばしゴチャゴチャやっていたら足の甲にノーパソが落ちてきた。角から行った、再起不能。コスメ増えてきたし収納買うか……。
時間に余裕はあるのでそれなり丁寧にメイクする。髪型はまあ、真面目にセットしても学校着く頃には初期化されてるし手間はかけない。
最後に日焼け止めじゃないけどなんか肌が明るくなるやつ、みたいなよく分からない物と日焼け止めを手足に塗り、トワレを髪に振って身支度は終わり。
鞄の中に日焼け止めとかリップとか一度出したものを突っ込んで、テキトーにSNSに呟きを投稿する。なんかスカートから靴下辺りまで映ってる写真を登校するとめっちゃ反応が飛んでくるので、写真を添付して『今日のメイクばり傑作』って投稿した。顔面なんてあげてないのにね。
という訳で、高校まで歩く。
学校の割と近くに家があるので、朝使う時間のほとんどは風呂とスマホに費やされる。
バスミルク入れた風呂に長時間漬かってから学校行くと、エロい女の匂いがするんだと。入浴剤さっさと無くならないかなって感じである。一番肌に気持ちいい感じだから好きなのにな、バスミルク……。
「小依ー! おっはよー!」
「おはよー」
直接学校へは行かず、わざわざ駅に通じる交差点の方に遠回りして信号で待っていたら正面から桃果がやってきた。
「抱きつくな抱きつくな、周りの人に見られてるだろ」
「うん離れたいから手を離してー?」
「嫌だ。今日も柔らかおっぱいしてるなコイツめ」
桃果に身を寄せ腰に手を回し胸を揉む。俺は女の子なので合法です。ぷにぷにJKサイコーだぜぐへへ。
「揉み返してやる!」
「うんそろそろ辞め時かな。見て、サラリーマンの人こっち見てる、無料のオカズ提供は良くないよ桃果」
「無料のって……やっぱりパパ活して」「してない!」
「してないよねそうだよね力が強いなあ離して!?」
寄りにもよってだろ。死んでもしねえわパパ活だけは。リアルパパの仕送りでやりくりしますよ俺は。
「夏休み入ったらさ、東京行こうよ!」
「東京〜? なんで」
「美術展を巡る学びの旅!! 博物館巡りとかしてインスピレーション力を養いたいのですよ!」
「高尚すぎない? 私には無縁の概念すぎる」
「本音を言うと私みたいな陰キャ女でも小依みたいな地雷ギャルと仲良くなれるんだぞって現地の陰キャ達にマウント取りたいの! その為に二泊三日くらい私の家来として着いてきてよ!」
「この世の終わりみたいな性格してんねお前……」
マウントて、外出て他人からの見え方を気にしてる奴なんかそういないだろ。
てか言うほど陰キャだなコイツって見た目してないでしょ桃果は。メガネがグリグリしてるだけで全然可愛いでしょ、桃果とセックスならってキツい妄想話を男子が展開してるの聞いた事あるぞ。
「どうせ夏の間暇でしょー? 全然彼氏作る気ないじゃん」
「彼氏は作んないけど別に暇じゃねえよ〜。短期バイトとかして稼ぎたいし」
「へー! なにやるの?」
「プールの監視員とか」
「リスカ跡丸見えになるよ?」
「ならねえよ。長袖羽織るわ」
「いやいや、真夏のプールサイドなんて灼熱でしょ。絶対保たないって。どうせ腕まくるって」
「むむむ……」
「あたしみたいな人種はリスカとかにも理解はあるけどさー、プールに来るようなキラキラの陽キャ達はリスカ跡なんて見慣れてないだろうし絶対引かれると思うよ? なんなら面接の段階で蹴られるかも」
「刺青じゃねえんだから……んー、ダメかなぁ」
「ダメでしょー。諦めな」
むぅ、ダメなのか。してみたかったなあプールの監視員のバイト。昔のアニメみたいで面白そうだもん。
「あ、じゃあ夏休みの後半にコンカフェのバイトとかしてみようよ!」
「コンカフェ? なんで」
「コンカフェ嬢ってリスカしてる子多そうなイメージあるじゃん!」
「大偏見」
「小依みたいなメンヘラチックな子も沢山在籍してるし!」
「待って? メンヘラチックって何? そんな風に思ってたのか私の事」
「違うの?」
「違うよ?」
「でも皆口揃えて『冬浦は絶対メンヘラ』って言ってるよ?」
「それを本人が知らないのは由々しき事態では?」
陰口じゃん。泣いちゃいますけど。
「よっ、おはようもかち、こよりん」
学校に着き上履きに履き替えていると、俺の事を在りし日の元担任と同じ呼び方してくる長身女子が話しかけてきた。
彼女は塩谷結乃、もう一人のイツメンで高身長巨乳ボーイッシュ系ギャルである。
俺と桃果は席が前後だった事から仲良くなった間柄だが、結乃は始業式速攻俺に話しかけてきた。
「頭服検査ん時先生に詰められてたっしょ! なんでなん!?」
と、キラキラした目で話し掛けられた。彼女も入学して初っ端髪をハイトーンの金髪にして引っかかったので仲間意識を抱いたらしい。
「ピアスで止められたん?」
「んー。それとこぇー」
「えっ!? ヤバッ! スプタンじゃん、かっけー!!」
気持ち悪がらせてやろうと思ってべーっと舌を出して先をチロチロと動かして見せたらまたしても目をキラキラして興奮された。ギャル強し、と思った。
「へー! ピアスとスプタンで詰められてたんだ。なんかAV女優みたいだね?」
「初対面でいきなりそんなこと言うぅ……? あと、あなたも結構AVに居そうなビジュしてると思うけど」
「この女優に似てるってよく言われる!」
その時スマホに保存された金髪ボーイッシュAV女優のスクショを見せられて、ああこいつは凄いな友達になろうと思った。こんな面白い人中々いないと思ったから。
あと、まじでそっくりだったから日常を共に過ごすとそれもオカズとして深みが増すと思ったから。クラスメートの女子高生がAVに出てるって思い込んですると、めっちゃ気持ちいいんよね。心は男だもん。
と、いう女子である。
結乃は身長の低い俺の肩に手を乗っけてぐでーんと体重を掛けてくる。
「今日もエロい匂いするなー小依は!」
「同じ性別じゃなかったら訴えられたんだけどなあ……」
「結乃も夏休み、東京旅行行かない!? 学びの旅に同行してよ!」
「二人とも東京行くん?」
「うん!」「らしい」
「ほー。でも私はバイト始めっから旅行は無理かもなー。何日東京いるの?」
「二泊三日らしい」
「随時更新の可能性あり!」
「JKのお財布事情買い被りすぎてるな」
「こよりんがPやって稼いでくるんじゃなく?」
「うん結乃ちゃん? 当然のように私がパパ活してるかのように話し出すのやめてね。友達の事なんだと思ってんのお前ら」
「してないの? 裏切りでしょそんなの」
「お前は何を言っているんだ」
何に対しての裏切りだよ。健全な私生活送ってるっつってんの! 第一印象強すぎるだろ、仲が深まってんだからいい加減色眼鏡外してくれ。
教室に入ると陽キャ筆頭みたいな性格の結乃と仲がいい男女が元気に話しかけてくれる。学校生活が充実しているのはきっと結乃の存在があるからだろうな。ちょっぴり羨ましい、そういう人に俺もなりたかったよ。
四限までの授業が終わり昼休憩の時間がなり、コンビニで買ったバナナの皮を剥いていたら結乃が話し掛けてきた。
「最初の方は普通に弁当持ってきてたのに、なんか最近毎日バナナだけだよね。お腹減らないの?」
「んー。ちょい腹減るね」
「だよね。なんで弁当作るのやめたん?」
「作んの面倒臭いもん」
「納得の理由だー」
「今日も私の弁当恵んでやろうかー? 中山、ちょっち弁当乗っけてもいい?」
「い、いいよ! もちろん!」
「さんきゅっ」
勝手に隣の男子の椅子に結乃が座り、桃果の隣の男子の机に弁当を置いた。
結乃に微笑まれた男子は顔を伏せてソシャゲをトントンし始めた。ギャルに微笑まれて平気なのか、この男子強いな。俺が男で同じ立場だったら絶対勃起してるけど、今。
「あ、ウィンナーあーんしてやるからさ、ベロの切れ目で挟んでみてよ!」
「重すぎて無理。もっと軽いのにして」
「どれくらい?」
「バランくらい」
「バラン?」
「弁当の具材を分ける雑草の名前でしょ?」
「雑草なんか入れてんの? やめた方がいいよもかち」
「うんそれを模した飾りだから。ねえなんでこんなのでツボるの小依? 笑いのツボ浅すぎでしょ」
本当にね、くだらない事なのにツボってしまった。雑草を弁当に突っ込むはやばい、そういうYouTuber見たわ昨日。
「きんぴらごぼうはいける?」
「少ない本数なら?」
「じゃあ一本! ほい、あーん」
結乃がきんぴらごぼうを一本だけ箸でつまんで持ち上げる。口を開け、舌の先端をひらいてきんぴらを挟む。
「おー! きも〜!」
「おい」
「ねねね、見てよ中山! こよりんの舌めっちゃエロいよ!」
「……」
「!? やめてよ結乃! こ、こっち見んなよぉ!」
結乃が桃果の隣の席の男子に話し掛けてこっちを向かせた。恥ずかしくなって慌てて口を手で隠したが、絶対ちょっと見られたな。
中山は平成を装ってはいるが、視線の位置が口元に固定されてるのよ。見せねえよ!
「中山くん、見えたー?」
「す、少し?」
「こよりんの舌、どう思った!?」
「エロかった? 舐めてほしい??」
「おい二人とも!? 困ってんだろ! ごめんな中山、ゲームの邪魔だったろ……?」
「あ、いや。大丈夫っすよ、スタミナは消化しきってるんで」
そうなんだ。じゃあ何を思って画面トントンしてたんだろう。会話に参加し始めた中山に対し、桃果と結乃が顔を近付けて俺を見ながら小さな声で中山に呟いた。
「小依ってね、意外と褒めたら簡単に調子乗るから。可愛いって褒めまくってお願いしたらスプリットタン見せてくれると思うよ」
「おい? 桃果? 失礼な事言ってるなお前?」
「頼み通したら指くらいなら挟んでくれるかもよ? こよりん、チョロメンヘラだからさ」
「結乃は私の事嫌いなんか……? 見せないです! 変な話吹き込むな! 中山くんも、からかわれてんだから二人に怒ってもいいんだぞ!!」
「お、おう。まあ、大丈夫だよ」
なんだそれ。女子に囲まれてニヤついてんじゃねえよお前そこ変われ。俺と性別交換しろお前。羨ましいな。
午後の授業も終わり、帰りの支度を終えて一人席が離れている結乃がこちらに来るのを桃果と待つ。
「今日どうするん? どっか寄ってく? 直帰撃ち合い?」
「結乃入れて三人でカラオケ!」
「昨日行ったなあカラオケ」
「結乃はいなかったでしょうが」
「連日カラオケまじぃ……? まあいいけどさ、今日はセーブして歌お〜」
「おっす。行こー」
「あい」
結乃が来て三人で教室を出る。廊下の方を向く。
「……っ!!」
咄嗟に俺は結乃の後ろに隠れた。
「なにー? 私の尻になんかついてる?」
「尻フェチなんだ小依って〜」
たわけが違うわ! 廊下の向こう側に水瀬が居たんじゃ!!
結乃の背後からそろりそろりと顔を出して様子を見る。水瀬は迷うこと無くこちらに向かってきていた。
「二人とも! 回れ右! こっちから帰ろう!!」
「「なんで?」」
「いいから!」
困惑している二人の手を掴み強引に水瀬が来る方とは逆側の廊下に歩く。やばいやばい、昨日のブッチの件もあるしいきなり鉢合わせるのはちょっと怖すぎる! 逃げなければ、逃げなければ!!!




