13話「高校生になった」
『世界がいつまでも平和でありますように』
まだ六月の終わりだと言うのにイオンに赴くと大きな笹飾りが設置してあって、短冊で願い事を書くコーナーが出来ていた。
若干早い七夕の願い事を書いて吊るす。うむ、まだまだ緑の多い笹に世の平和を願う没個性の彩りが増えた。
「お待たせ〜。おっ、七夕じゃん。随分と気が早いな!」
連れの女子がビニール袋と、ドーナツ屋の袋をぶら下げてやってくる。
「そっちのドーナツなに? 私への献上品??」
「正解! いやー、予想外に時間をかけてしまったのでお詫びの気持ちにと思いまして!」
「まじ!? やったー!」
上から見たら円になっている椅子が近くにあったので、そこに二人で座ってドーナツを食べる。遊びの予定だったのに画材の買い物を待ってくれた礼との事だった。別に気にしなくていいのに、律儀な奴。
「あ、ねえねえ! これ食べたらこのお店寄らない? このアイスめっちゃ綺麗じゃない!?」
「んー? おぉっ、なんか透明のエモエモカフェじゃん! 別に良いけど食べた後にまた食べに行くん……?」
「いいじゃん! 1個食べるくらいなら実質0じゃない?」
「カロリーに関してはあんまり四捨五入したくないなあ」
「いいじゃん。小依ってあんま太らなさそうだし」
「どこ見て言ってる?」
「胸」
「はい喧嘩ー」
遠回しに俺の胸が小さいことを揶揄ったクラスメート、間山桃果と軽くじゃれ合う。
俺は自殺未遂をした。自宅のベランダから飛び降りて、全部終わりにするつもりだった。だから咲那に対しても明るく振る舞うことも出来たし、未来に会う約束も軽い気持ちで交わすことが出来た。
一度全てがどうでもよくなって、もうする事も無いから死んどくかって気持ちで飛び降りようとしたから、止められた後はとにかくやりたい事が思い浮かばなくて困った。
普通に痛そうだし怖かったので自殺リベンジすることも無く、やりたいことも無い。強いて言うなら、もうそれまでの知り合いとあんまり話したくなかった。地元の人らと少しでも早く縁を切りたいとだけ考えていた。
俺は土壇場で進路を変更し、地元から遠く離れた高校に進学した。
入学試験には合格したが、通学には3時間以上余裕でかかってしまう。その為、一度は学生寮への申請を検討したが、他人との共同生活と書かれていたためそこがどうしても受け付けなかった。
俺は誠也さんにストレートに「一人暮らしさせてほしい」と頼み込んだ。そしたら意外とアッサリその頼みは快諾されて、仕送りもドッサリしてくれている。
有難い。けれど内心ではもう俺と一緒に居るのも疲れたというのが本音なのだろう。
仕送りさえしていれば親として支えてる事になるし、みたいな思考が透けて見えた。得してるのは間違いないので指摘しなかったが。
俺は地元から離れた土地で高校生にしてひとり暮らしという、まるで漫画のような生活に身を置くことが出来た。そのおかげでここ数ヶ月ストレスとも無縁になり、今の自分らしく振る舞えて友達も出来た。
「歌った歌った〜」
「歌ったっつか叫んでたよな〜。後半全部ホルモンて」
「いっちばん気持ちいいじゃんね叫ぶの!」
「分かるけど終わった後の声がババアすぎるもんな」
「ほほほ。では、わしはこっちなので。じゃね、小依!」
「あい。気ぃつけて帰れよモカばあ」
「だーれがばあじゃ!」
桃果に軽く肩を叩かれ、信号を渡る桃果を見送る。こちらを向いたので渾身の白目をしてやり、姿が消えた辺りで歩き出す。
女体になりたての頃には絶対に有り得ないと思っていた女子の服や制服を普通に着て、女らしく普通にナチュラルめなメイクを施し、女みたいに匂いにやたら気を使って、女らしく流行に乗る。
中三の途中から女として周りに迎合することに慣れ始め、今では誰も俺が元男だったなんて思わないくらいにただの女子高生になれていた。そんな生活も、特に苦では無くなっている。
……まだ男としての意思は全然残っている、というか内心は何も変わっていないので、出会って二ヶ月程度の男子に告られた時は心底困惑したが。
人に見られたりしないようにLINE通話で丁重にお断りしたのになんか教室中に知れ渡ってたし。高校生の噂の伝達速度なんなん、バイオハザードすぎるわ。
「ふあ……」
欠伸がもれた。最近ハマっているFPSゲームのせいで寝不足気味である。ちゃんと睡眠取らないとなー……。
「……」
ボーッと歩いていたらなんか古本がパンパンに置いてありそうな老舗感満載の本屋と目が合った。こういう昭和レトロな感じの佇まいの店、なんとなく好きなんだよな。
別に今日はこれ以上することも無いし、立ち寄ってみようかな? 意外と好みな本とかあるかもしれないし。まあ本なんて全然読まないけど。
「……無人。店員すら居ないのやばすぎるだろ」
店に入るがなんの物音もしない。店員さんが座っているはずのカウンターにも人は居なくて、ざっと本棚を移動し列を順繰り確認しても誰もいなかった。盗み放題じゃん。
「予想通りホコリ臭いし……なんでこんな店が大きな通りにあるかね」
誰もいないのでついつい悪めの言葉を吐いてしまう。絶対この店があるスペースに飲食店とか置いた方がいいもんな。
「でもやっぱレトレトしくて良いな〜。……下鴨の古本まつりとか行きてえな」
全く関係ない感想を抱いてしまった。古本が並んでいる光景なんて普段目にしないから、つい連想ゲームしてしまったわ。
てか京都とか住んでみたいなー。それこそ街を歩いてるだけで楽しそう。そういう街に憧れを持つわ。あと、地元からクソ遠いしね。
「うわっ、悪趣味な表紙」
なんか人の内臓とか顔面とかでパズルをしているような、現代アートチックな表紙の古そうな本があったので手に取ってみる。小説なんだけど、ジャンルは何? ……恋愛小説なのか?
ガラガラガラ、と音がした。誰かが店に入ってきた。つい本を棚に戻してしまった。
「…………えっ」
店の入り口の正面にある列で立ち読みしていたから、音のする方を向いたら必然的に店に入ってきた人間の姿を目にする事になる。
「水、瀬……?」
エプロンを付けた、高校生位のバイトの人。だがその顔は、明らかに俺が大雨の日に出会った水瀬を少し成長させた物だった。
「あ、バチバチピアスの怖いギャルいると思ったらあの時の! 僕の自殺を思いとどまらせてくれた人!? こんな所で会うとか奇跡じゃない!? すごっ!!!」
奇跡だね。奇跡的な不幸だわ。なんだそれ、水瀬はてんやわんやで喜んでいるけど、こちらからしたら大絶望である。
隣の県だぞ? 隣の県までバイトしに来てるのコイツ、頭おかしいだろ。
え、ストーカー? 俺のストーカーとかじゃないよね? 天文学的に有り得るかなあこんな事。成人してから再会とかじゃないもんねだって。
「こんな場所で再会するって事は、梅ヶ丘高校通ってたりする?」
「……まぁ」
「奇遇だね!? 僕もだよ!」
終わった。なんだろうなー、宝くじ外して落雷食らった気分だわ。今日死ぬんか? 俺。
「一年生?」
「……まぁ」
「だよね! 何組?」
「ナンパですか」
「え!? いやいや、まあでも形式的にはそうなるかな!? 変な意味で聞いてるわけじゃないんだけどな一応!」
知ってるよ。断り文句で言っただけだよ。何組まで言ったら色々瓦解するだろ。これ以上個人情報開示してたまるか。
「じゃあ名前は?」
「組を教えなかったのに教える訳ないでしょ」
「えー、なんでさ! 仲良くしようよ、だって奇跡じゃん? 遠く離れた場所で、同じ地元の人と再会するなんてさ!」
ギシッて鳴りそうなくらいに渋い顔をしてやった。お前はいい方に捉えてるかもしれんが、こっちはそれを最悪の出来事として捉えてるわけ。にこやかに話すなよ、泣くぞ。
「まあ名乗りたくないならそれはいいけどさ。本好きなの?」
「え? いや別に」
「好きでもないのに古本屋になんて来る? 探し物?」
「あー……いや、ただの暇つぶし」
「目的は特にない感じ? もうそろそろ店閉める時間だし、興味あるものとかあったら一緒に探すよ?」
「や、本当に目的とか無いしいいよ」
「そっか」
水瀬はそう言ってカウンターに向かいレジスターを開けて金をケースに入れ始めた。本当に締め作業中なのか、随分早いな。まだ暗くなって間も無いのに。
「じゃ、私もう行くね」
「これから用事?」
「そういう訳じゃないけど、することも無いし。もう店閉めるんでしょ?」
「もう暗いし送ってくよ?」
「それはいいや。じゃあね〜」
「待って待って!」
必死な声で呼び止められたので足を止める。
「なに。なんか用?」
「この後暇なら少しだけ付き合ってよ! サンドイッチと傘のお礼する!!」
「は? あー……いいよ別に。サンドイッチなんか400円くらいだろ」
「傘と合わせたら1000円超えるじゃん!」
「あれコンビニでパクったやつだから気にしないで」
「そうなの!?」
そんな訳ないけど、借りとか思われても怠いのでそういう事にする。つーかたかだか一度の気まぐれを恩に思われても困るのだが。
「喫茶店で一杯だけ! 奢るからさ!」
「昭和か。いいって、ラッキーって思っとけばいいよそんなの」
「ダメだよ!」
うおっ、びっくりした。狭い店ん中なのに大声出すなよ怖いな。
「あの出来事があったから僕はここまで立ち直れたんだよ。……それに、あの二人に女生徒が襲われたって話聞いた。その女生徒って君でしょ?」
「……さあ? 知らないそんな話」
「間違いないよ。だから、お礼もそうだし、とにかく君には何かで返したいんだ!」
「いいって」
「頼む! これまでずっとお礼する事を考えてたんだよ! あの時の借りを、やっと返せるチャンスなんだ!」
「……はあ。それ、今日付き合わないと学校とかで付き纏ってくる感じ?」
「付き纏う感じ!」
「堂々とストーカー宣言すんなよ。マジか……じゃあ、分かった。店の前で待ってりゃいい?」
「! あぁ! すぐ終わらせるよ!!」
「いやタイムカードあるんだったらちゃんと定時まで待てよ」
呆れながら店を出る。はあ、な〜んでわざわざ遠い高校を選んで一人暮らしまでしたのに知り合いに出くわすかね。相手が俺の事誰なのか知らない状態なのは幸いだが、水瀬は会いたくない人間ランキングで上位の人間なんだよなあ……。
「はぁ〜……」
看板の前でしゃがみこむ。正面からはパンツが見えちゃう感じになるが、まあ正面に人居ないから良いや。タバコ吸いてぇ〜。
「……こんなんに付き合う義理、ないよな」
クラスの人らの投稿に義務いいねをポチポチ押しながら呟く。うげ、勝手にツーショあげられてる。なんで本人に確認取らずあげる奴いんの? 嫌だわー……まあいっか。
「……」
時間を見る。30分経っていた。定時は19時かな、あと30分ここで待機かー。
「……かーえろ」
いいや、水瀬は俺が冬浦小依である事を知らないみたいだし、学校で探されてもコソコソ隠れてればそのうち諦めてくれるだろ。もう二度とこの店に近寄らなければオフで見つかる事も無いだろうし、律儀に頼みを聞いてやる筋合いないもんな。
普通に立って普通に歩いて帰る。もし俺相手にナンパカマすつもりだったら諦めてくれ、俺はホモじゃないから。それに女なんてそこら中たっくさんいるじゃんね、俺みたいな見た目も中身も地雷な女やめとけって話である。
「誰が地雷じゃっ」
自分のモノローグに突っ込む。変な人じゃん俺。
夏の訪れを肌で感じながら、暴走族のバイクの音が聴こえない平和な遊歩道を歩く。都会なのにのんびりした街だ、心が和むなあ〜。ラブホの建ち並ぶネオンのギラついた景観が背景にあるおかげだろうな、静かなの。
「そこの君」
警察に呼び止められた。うん、一つ問題があるとしたらこれなんだよな。
ラブホ街に入る前の道を経由するから、女子高生やってる俺が日が落ちた時間にここをほっつき歩いてると高確率で見回りしている警官とのトークタイムが発生するんだよな。
「私が住んでるマンション、この先にあるんで……」
学生証を見せて少しの受け答えをしてから決まった定型文を言う。警官は納得はしてくれたが、やはり家の近くまで着いて行くと言われた。パパ活なんかしてないんじゃ。
バイトを始めたらこんなやり取りがほぼ毎日発生するんだろうな。面倒だ、もうちょっと立地考えた所を借りて欲しかったなと密かに誠也さんを恨む。
誠也さん、彼女さんと上手くやれているだろうか。破局したらショックで仕送りしてくれなくなりそうだし、末永く幸せに過ごしてほしいなあ。