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TS娘とおまじない  作者: 千佳のういろう
10/61

10話「蛙の子は」

 助けるつもりで、と言えば聞こえは良いが、結局の所俺は誰かに憂さ晴らしがしたいだけだった。


 ほんのちょっとムカつく日々を送っているから、少しばかり他人に鬱憤が溜まっているから。そのストレスを誰かにぶつけて発散しようと思った。ただそれだけだ。


 大義名分が欲しかった。別に、水瀬が誰にいじめられてようが本音はどうでもよかった。



 ……まあ、そのいじめって元を正せば俺が原因だし、責任を感じる側面がないわけでもない。だからといって水瀬に申し訳なさがあるかと問われれば首を縦には振れないが。今でも俺、あいつのこと嫌いだし。




 やる事なんて単純だった。決まったメンバーで誰かをいじめる連中ってのは、決まって学校以外の場所でも固まって行動する事が多い。そして、群れる連中の行動圏はパターン化されやすいから、俺は記憶を頼りにそいつらが溜まりそうな場所に自ら赴けばいい。



「よお、高峰(たかみね)敷島(しきしま)。久しぶりじゃん」

「? 誰、お前の知り合い?」

「いや? 知らんと思うけど……俺ら、どっかで会ったっけ?」



 二人は予想通りラウンドワンに来ていた。中一の頃とまるっきり同じ溜まり場だ。丁度目的の二人しか来ていないのは想定外だが都合が良い。めちゃくちゃラッキー。ボーリングをしている最中の彼らに話しかける。



「俺だよ俺、冬浦小依。忘れたのかよ?」

「は? 小依?」

「女じゃん。わけなくね?」

「言ってなかったけど俺、実は女だったんよ。男装女子ってやつだ」

「まじ? 初耳だけど」

「初めて言ったもん」

「はぁー……髪が伸びただけで印象変わるもんだな」

「てか男装女子って、じゃああの噂は本当だったのかよ」



 早速釣り針に1人引っ掛かった。敷島が、Tシャツ越しに俺の胸を見る。



「冬浦小依って名前の女が淫乱で、すぐヤラセてくれるってやつな。同姓同名の別人だろって思ってたけど、まさか」

「まさかだったらどうするよ?」



 わざとゆったりとしたTシャツを着て、ホットパンツなんてもんを履いた生足見せ放題の格好をしてきたんだ。二人とも胸から足に視線が移動し、その裏側の情欲が透けて見える。単純だな。



「俺、カラオケの方で部屋取ってっからさ、もし良かったらこの後遊ぼうぜ。部屋は」



 部屋番号を教えて、部屋に向かっていく際にわざと二人の方をちらっと見たりTシャツの裾を少し捲ってみたりして誘惑してやる。母親がよく男を誘惑する時にしてた仕草だ、こういう時は役に立つんだよな。あの女の所作。



「セットっと」



 型の古い、ゲオで買った格安のiPhoneをテレビの裏に隠れるように設置し、そこから鍵をかけたライブ配信を開始しておく。


 鍵の合言葉は俺しか知らない。時間が経てば自動的に配信は切れて映像は自動保存され、後から自分のスマホに録画を移動させることが出来る。


 この部屋で起こる全ての事柄は記録され、俺の手に渡る。不自然に思われないようマイクを取って机の上に並べ、画角に入るように椅子に座る。俺の顔は映りにくいように、一応キャップを被っている。一応な。



「邪魔するぜ〜」



 程なくしてボーリングを終えた高峰と敷島が部屋に入ってきた。俺はわざとらしく「な、なんだよ〜」と言っておく。誘っておいて嫌がるような素振りを見せるが、録画用の演出だ。


 記憶に残る母親の媚びた表情を再現し、二人を見上げる。……プライドが傷つく行為だが、そんなものにこだわるほど高尚な生き方はしてないから無視する。脳内に母親をエミュレートしつつ、次の行動に移る。



「そんな格好して、誘ってんじゃねえよエロ女が」

「エロ女じゃないしっ」



 二人が俺の両サイドに、カメラの正面にしっかり顔が映るように座った。

 高峰が先に俺の太ももに手を置いてきた。俺は敢えて何も言わず、カメラから分からないように高峰に媚びた顔を向ける。



「私、カラオケに誘っただけなんですけど」

「はいはい、こういうのが好きなんだろ」

「そんな事言ってないぃ……」



 わざとらしく嫌がりながらも混じるようなフリをして、高峰の太もも摩りを受ける。別に何も気持ちよくない、というか気持ち悪い。だが、こいつらを嵌めるためだしそれくらいは我慢だよな。



「や、やめっ、あんっ」



 なんて白々しい声を出して、逆側に座る敷島の体にもたれかかった。敷島は興奮した様子で俺の胸に手を当ててきた。



「あれ、思ったより貧乳かお前? なにこれ胸盛ってるの?」

「盛ってねえよ。でかく見えるだけだろ」



 流石に聞き捨てならなかったのでそこは普通に返した。誰が胸なんか盛るかバカバカしい。服のデザイン上どうしても胸辺りが強調されるんだよ。



「ねえ、敷島っ。敷島、そこだめっ!」

「胸が感じるんだな?」

「敷島っ……やめてよっ」



 と、言葉上で嫌がるのを意識しつつ敷島の名前をしっかり何度も呼んでカメラに拾わせる。そんでもって、敷島から見たらどう見ても感じているような演技をして、敷島を手で押しのけて高峰の方に体を揺らす。



「高峰もっ、太ももダメッ! やめて高峰っ、お願いっ」

「太ももなんかで感じてんの? あははっ、全身性感帯なんだなこよ」「あぁんっ! 高峰、本当にやめてっ! 高峰ぇ!」



 あぶねぇ〜、名前を言いそうになったところでわざとデカめのエロ声を上げて高峰の声に被せ、名前を連呼しつつまた嫌がる姿をカメラにしっかりと見せつける。



「いいからさっさと脱げよ!」

「!? なっ、何してんだよ敷島!!」



 不意に敷島に服を引っ張られ、上を脱がされてしまう。顔は見えないように手で隠してカメラから背くような角度に身を捻るが、目線を逸らしたせいで下に着けていたブラも取られてしまった。


 高峰に抑えられ、ホットパンツに指をかけられる。



「や、やめろっ、やめっ、て」

「知るかよ早く脱がせろ!」

「分かってるよ!」



 高峰が強引に脱がそうとしてきて、暴れて抵抗する。



「小依」

「ッ! てめっ、名前っ」

「うるせぇなあぁっ」

「っ!?」



 高峰が拳を握って俺の顔面に振り下ろした。



「高峰!? お前何やってんだ!?」

「んぁ? なんか煩いから躾てんだよ」



 何度も何度も顔に拳が落ち、顔を手で庇ったら今度は腹を殴られた。



「う、うぐ……」



 あまりの痛みと気持ち悪さに体を曲げ横になる。高峰は確かに俺らの中でも特に短気で直ぐに手が出るタイプだったが、女にも手を上げるタイプだったのか……!?



「生意気にピアスなんかしやがって。ビッチが」



 高峰は俺の耳のピアスを指で摘んだ。てっきりそのままブチッと千切られるのかと思って息を飲んだがそんな事は無く、高峰は俺の頭を撫でてそのまま髪を掴み上げた。



「お、おい。流石にこれはやばくねえか?」

「誘ったのはコイツだろ。今更嫌だって言われても知らねえっつうの」



 そう言いながら、高峰は下を脱いでそそり立ったブツを俺の口の中にねじ込んできた。



「し、知らねえぞ俺」

「あ? ヤラねえの?」

「誰かに見られたらまずいだろ!」

「ここのカラオケの監視カメラは死んでんだよ。古い建物だからな、気にする事ねえよ」

「まじ?」



 高峰の言葉を聞き、敷島も下を脱いだ。


 まるで人間では無い扱いをされた。俺は、二人に乱暴された。


 数十分乱暴された後、二人は服を着直し素知らぬ顔で部屋から出ていった。俺は裸に剥かれ、体液をぶっかけられた状態のまま床に寝かされていた。


 これじゃ、まるで母親のまんまじゃないか。


 ……違う。


 こんなアッサリ処女じゃなくなって。中にまで出されて。母親みたいだな。


 ……違う。


 これで子供が出来てたらどうする? 堕ろすのか? それこそ母親の二の舞だな。


 ……違う。俺はあんな女と同じにはならない。



「同じでしょ」



 立ち上がると、部屋の壁の一面となっている鏡に母親の姿があった。


 母親は俺を嘲笑いながら、愉快そうな声音で言った。



「あんたは私みたいなもんだから」




 *




『3年1組の高峰勇太(ゆうた)、敷島祥吾(しょうご)にレイプされました』



 そんなメッセージを担任のアキTに送った。



『助けてください。あの二人をどうにかしてくれなかったら、警察行きます』



 続きのメッセージも送った。


 サブ端末の録画をメインのiPhoneに移し、メッセージの後に動画を添付する。加工も編集もしていない、俺のレイプされている動画がアキTとのトーク画面で動いていた。


 しばらく待っていたら既読が着いた。スマホの画面を消して、電源を落とす。



「……………………なにやってんだろ、俺」



 こんなつもりじゃなかった。テキトーな所で逃げて、動画を手に入れるつもりで誘い込んだ。ハニートラップのつもりだった。


 怖かった。平然な顔をして俺を殴り付けてくる高峰に、本気で殺されると思った。恐ろしくて声が出なくて、助けを呼ぶ事さえ出来なかった。



「もう嫌だ」



 なぜ絶望しているのだろう。何を後悔しているのだろう。股から響くジクジクとした痛みと血の跡を見ていると、胸の奥が苦しくなって涙が溢れてきた。



「俺、が、なにしたっ……ゔぅ、ぅああ゛っ」



 軽い気持ちで水瀬を助けてやろうって、傲慢にもそう思った。結果から言えばきっと成功だろ、あの二人はレイプの実行犯として証拠を掴まれてる。少年法はあるものの、何もお咎めなしという訳にもいかないだろう。


 やりたい事はやった。なのに何故俺は泣いているのだろう。どれだけ時間が経っても、泣き止む事は出来なかった。


 泣く事でカラオケの時間終了の連絡を無視していたらラウンドワンのスタッフが様子を見に来て、騒がれた。俺は服を着せられ、その後に来た警察に連れられてパトカーに乗った。



「……レイプされました」



 結局、警察にも言ってしまった。アキTに脅すような事を言った後に結局である。もう本当、自分が何したいのか分からなくなった。


 死にたい。


 違う。死にたくなんかない。それは言いたくない。だってそれ、母親の口癖だったから。


 でも、口に出しやすくてつい呟いてしまった。



「……死にたい」



 女の警察の人が俺の手を親身にさすってくれたが、そんなのいらなかった。



 母親と同じ性別になって、同じ顔になって、同じ声になって、同じ事をして、同じ中古品になって、同じ口癖を吐いてしまった。


 もうすぐで15歳を迎える。もし孕んでいたら、それも母親と同じだ。



「ゔ、ぅ、くそっ、クソッ……もう……嫌だ……もういい……もう……っ」



 そこから先は、また泣いてしまって何も言語に出来なかった。パトカーの屋根を叩く雨音と耳障りな雷の音が、拍手しながら俺を嘲笑うように感じた。



 その後、二人は警察に勾留され、少年院に送られる事は無かったが保護観察という処分を下された。実情はよく知らないが、監察官というのに監視され指導されているらしくそれまでよりもずっと二人は大人しくなった。


 元より俺に言われた程度で水瀬へのいじめの手を緩めていた連中だから、警察が介入した事ですっかり萎縮し水瀬をいじめるどころじゃなくなったという訳だ。


 俺は学校に呼ばれ、事の経緯を説明させられた。その後、迎えに来た誠也さんにも説明を要求され、そんな言ったり来たりの日々を送った。


 程々に遊んで、受験に備えた勉強をしておこうと思っていたのに結局全然遊べなくて。勉強も捗らなくなった。



「小依。ご飯、食べなさい」

「……いらない」

「駄目だよ、昨日も食べなかっただろ? 健康に悪いから!」

「…………分かった」



 以前なら誠也さんに何か言われたらすぐ口答えしていたが、そんな気力もなくなってしまった。注意されたら従ってしまうのが楽だ。ご飯をもそもそと食べる。



「勉強の方はちゃんとやっているのかい?」

「……うん」

「それならいいけど。けど受験の前にそのピアス、何とかして隠さないとね」

「……うん」

「小依、最近元気ないね」

「…………別に。普通だよ」

「まあ、あんな事あったら元気なんか」「やめてよ!!!」



 反射的に叫んで茶碗を落としてしまった。その衝動的な行動に自分で驚き、サーッて頭が冷えた感じがして涙が出てきた。



「ご、ごめんなさい」

「小依、怪我ない!?」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「こ、小依?」

「ごめんなさい! ごめんなさい!! やだ、もうやめてっ、やだやだっ、ごめんなさい! ごめんなさい!!! ごめんなさいっ!!!」



 自分でもこの時何が起こったか分からなかった。とにかく半狂乱になって謝り倒した後狂ったように泣き出して、抱きしめてきた誠也さんの体に無数の引っかき傷を作ったのだと誠也さん本人から聞かされた。


 正気に戻ったのは、とっくに夏休みが明けた翌月の10月になってからだった。


 俺は今回のレイプ事件が火種となり、幼少期から抱え込んでいたストレスが爆発しストレス障害? を患ってしまったらしい。


 女体化による身体やホルモンバランスの大きな変化もその一因を担っていると言われた。やはりカウンセリングが必要だとも。


 今回はカウンセリングを受けた。俺のようなタイプのトラウマは引き起こされる対象が"男"や"カラオケ"、"密室"と条件が多い為カウンセリングを受けて少しでも嫌な記憶に耐性を付けないと日常生活に支障が出るとの事だった。


 勉強はプリントと院内学級でどうにか維持し、プリントの提出によって成績も下がること無くキープする事が出来た。けれど、いつまでも学校に行かない訳にもいかない。



「お、おはよう。冬浦」

「……おはようございます」



 カウンセリングを受け、普通に学校に来れるようになるまでさらに一ヶ月を要した。修学旅行が終わった後の復帰である。



「私の席はどこですか」

「えっ? ……あっ、えーと、あそこだ!」



 アキTが指した方の席まで移動する。途中、香坂達の近くを通るが誰とも目を合わせられなかった。



「失礼します」

「あ、ごめん、な?」



 隣の席の男子に椅子を引いてもらい、壁際の席に座る。俺の事をジロジロ見ている、なんなのだろう。怖いからやめてほしい。



「あー……えーと、それじゃあ」



 スイッチを切り替えるようにアキTが号令をかけ、朝の会が進行した。


 久しぶりの教室の空気は、思ったよりも澱んでいなくて記憶との大きな祖語に困惑しそうだった。

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