天の川に願いを込めて(2023.07.07)
数日前、子ども達の保育園から渡された七夕の短冊。
「書けたら園の門に立てかけてある笹に結んでおいて下さいね。亮二くんは夢があるみたいですよ。」
初めて聞いた息子の夢。
まさかあんな事を言いだすとは、もうそんなにも成長したのだと思うと涙が出た。
…
「みんな、来週七夕があるからコレ書くんだってよ。でも字書けないからパパが書いてあげるぞ。お願い事は?なりたいものとか、やりたい事とか、何でもいいんだ。」
「ワンちゃんとあそびたーい!」
「うーちゃん、イチゴのアイスがたべたい!」
確かにやりたい事など何でも良いとは言ったが、何だかそういうことではない気がしていた。
女の子たちが口にしたのは二人とも明日にでも叶えられそうな願いであり、もう少し手の届かなそうな七夕らしい願い事はないのだろうか。
「そうか…愛梨はワンちゃんと遊ぶのか。じゃあまたルリちゃん家で遊ばせてもらおうな。優梨のアイスは今日のデザートってことだろ?これはちょっとお願いには書けないかな。」
まだ『願いごと』の意味がよくわかっていない双子と修二のやり取りに、夕飯の支度に取り掛かっていた里美が笑いながら会話に加わる。
「ゆーちゃんさ、大きくなったらなりたいものとかないの?ケーキ屋さんになりたいとか、お友達で言ってる子いない?」
「じゃあねぇ、びょういんのおいしゃしゃん!」
意外な回答に里美はドキッとした。
両親の様に、周囲に認めてもらえる様な医師としての仕事をしたかったのに叶えられなかった後悔と無念さ。
それでも自分なりに必死に勉強し、目指していた両親がかつて所属していた組織で働くことが出来たの事は努力の証だった。
里美が叶えられなかった事を今、娘が願いだと言う。
それでも三歳児の言うこと、深い意味などないはずできっとただの思いつきだ。
「優梨は何でお医者さん?」
「いつものびょういんで、おっきくなってるね、げんきねっていってくれるの。」
低体重児として誕生し、今も定期的に通っている発達検査での事だろう。
その度に産まれた時の事を知っている医師や看護師がそのような言葉を掛けてくれるのが嬉しいらしい。
「愛梨は?」
「ワンちゃんだめ?」
「ダメじゃないけど…すぐには叶わない様な少し頑張って叶う様なお願いを書くんだよ。」
「おねえちゃんになりたい!」
こちらも何ともドキッとする様な事を言ってくれるものだ。
里美は修二の表情を伺うと、ニヤニヤと笑い優梨の短冊に願いを書き込んでいる。
「お姉ちゃんかぁ…もうすぐお誕生日だもんね。」
「ママ、あーちゃん、よんさいになりたいっですってかいてー!」
八月の終わりには双子も四歳になる。
何をせずとも時が経てば四歳の誕生日は来るのだが、もう愛梨のお願いはこれで良いだろう。
「亮くんはお願い何書く?大きくなったら何になるの?」
この子ははちゃめちゃな愛梨と優梨に比べると、やや年齢相応な回答をしてくれる。
それでも四歳の男の子だし、きっと何かのキャラクターになりたいとかそんなんだと思う。
「けいさつになるってかいて。おじいちゃんのおしごとかっこいいよ。」
「亮二は警察官になりたいのか!」
「そうなの?ママ知らなかったよ。おじいちゃん、亮くんがなりたいって聞いたら喜ぶよ。いっぱい色んなこと教えてくれると思うよ。」
里美の育ての父、子どもたちの祖父にあたる人が警察官だった。
「じゃあ最初の目標はおまわりさんだね。」
「わるいことしたら、けいさつバツなんだよ。ママのこといじわるしたひといたらね、こらーってしてあげる!」
「ありがとねぇ。」
翌朝、完成した短冊を三人の子どもたちがそれぞれ手に持ち、車へと乗り込む。
登園すると子どもたちが通う施設内保育園には、里美と修二の職場である組織の建物には似合わない大きな笹の葉が飾られていた。