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【短編・完結済】婚約破棄されたけど、過去なんて顧みません! 

作者: まるさん

「僕との婚約を破棄してほしい」

「え……?」

あまりに唐突な言葉に、私は一瞬意味がわからなかった。

今、彼はなんと言った? 婚約破棄? 誰が? 私が? どうして? 私の頭の中は疑問符でいっぱいだった。

私と殿下は確かに政略結婚だ。でも、お互い愛し合っていたはずだ。

少なくとも私はそう思っていた。

それなのに……

「なぜですの!? 私たちが一体何をしたというのです!」

「君には失望したよ」

「失望って……」

あまりの言葉に絶句してしまう。

「もっと素晴らしい女性を見つけたんだ、だから僕はその人と結婚する」

「そんなっ! あんまりですわ!!」

「いや、もう決めたことだ。君との婚約を解消して新しい婚約者と契りを結ぶことにするよ」

殿下はそれだけ言うと踵を返し、私の前から去って行った。

その背中を見つめながら、私は呆然と立ち尽くすしかなかった。

***

「ふぁ〜あ」

朝起きて大きなあくびをする。今日もいい天気だ。

ここはパロメシア王国。そして私はこの国のお姫様、フィメラ・デ・ルミニオス。先日、唐突に婚約破棄され嘲笑の的にされた哀れな姫。

「はぁ……」

フィメラでいいですわ、と王太子に言ったあの時がなつかしい。どうしてこんなことになってしまったのか。昨日のことを思い出してため息をつく。

あの後、部屋にこもり一晩泣いたけれど、悲しみはなかなか消えない。

コンコンッ 扉をノックする音が聞こえた。きっと侍女のステラでしょう。

いつもならすぐに返事をしてベッドから出て行くところだけど、今は誰かに会う気になれず無視することにした。

しかし、一向に部屋に入って来る気配がない。どうしたのでしょう? 不思議に思いドアを開けるとそこには誰もおらず、代わりに一通の手紙が置かれていた。

『フィメラへ』

手紙の差出人は……、アルヴィス・バルンハルト!? まさか彼から手紙が来るなんて!!

慌てて封を切ると、中には一枚の便箋と小さな木箱が入っていた。

「これってもしかして……」

震える手で便箋を広げ、そこに書かれた文字を読む。

『親愛なる我が婚約者殿へ。

突然このような形で別れることになってしまい申し訳なく思っている。僕は君を傷つけてしまったことを深く後悔している。本当にすまなかった。心より謝罪させてくれ。

婚約破棄した本当の理由は言えない。だがら、今の僕には君を愛する資格はない。だけど、どうか許してほしい。

これは僕のけじめであり、贖罪でもあるんだ。

君のことが好きだ。これから先の人生は君のために使うつもりだ。それだけは信じてほしい。君に相応しい男になって必ず戻ってくる。僕は君を裏切ったりなんかしていないことを、いつの日か証明してみせる。だから、それが証明できたら、もし君さえ良ければもう一度やり直させてくれないだろうか? そしてその時は……また一緒にいてくれるかい?』

「なんなのこの手紙。アルヴィス殿下の押印もないのに信じられるわけないですわ」

思わず笑ってしまう。もし本当のことであれば、その証明として捺印の一つしてもいいはずですわ。

それなのにこんな見え透いた嘘をついて……。

まあ、アルヴィス殿下らしいといえばそれまでか。どうせ私との恋も、嘘だったのでしょう。

再びベットに飛び込み、ため息をつく。小さな木箱には、目もくれず。

***

それからというもの、次の婚約者を探す暇もなかった。というのも、泣きっ面に蜂といったほうがよいのだろうか。あれからというもの、隣国……あの憎きアルヴァス殿下の国と立て続けに小競り合いが発生し、互いに軍備を拡張する緊迫した状況が続いたのだ。そしてそれはより一層、酷いものとなる。

六月二十八日、ルグー川近郊で近衛軍衝突 八月七日、敵国の国境警備兵が越境し戦闘開始 十月十六日、第二王子が宣戦布告 十一月二十一日、第三王子が王都に向けて進軍 十二月二十五日、国王崩御

そして今日は一月一日。年が明けるのを祝う余裕なんて私にはなかった。

「フィメラお嬢様、避難のご準備を。もう王都も安全な場所ではありませんゆえ」

侍女のメイが淡々と告げる。従うほかあるまい。もう私にはなにも残されていないけど。

コツン 部屋を出る際、何かが足に当たった。見れば、小さい木箱ではないか。そういえばアルヴァス殿下からこんなものを貰っていたな。

「最後だけ、本当に最後だけ……あなたを信じてみますわ」

根拠なんてなかった。ただなんとなくそう信じてみたかっただけ。あの手紙が真実なら……いいえ、邪推はよしましょう。

あまり期待はしないほうがよさそうですし。

木箱を抱えて私は城を出た。そして馬車に乗り込む直前、後ろを振り向くとそこには燃え盛る炎に包まれた王都があった。

その光景はまるで地獄絵図のように思えた。

「フィメラ!」

一つ人影が現れた。アルヴァス殿下だ。なるほど、私の命もここまでということか。

馬車に追いつき、しばらく並走する。どうせ私の首を取りに来たのでしょう。ほら、私の首はここですよ。そういわんばかりに馬車から身を乗り出し、アルヴァス殿下を睨みつける。

「良かった、木箱の中身信じてくれたんだな!」

「木箱? そんなの開けてすらいませんが」

「え、じゃあ、何で……いや、そんなことより木箱だ! 今すぐ中を開けてくれ! 」

木箱? あぁ、今私の足元にある小さい小さい贈り物のことね。それがいまさらどうしたというのか。

「開けたら、私の首をスパッと綺麗に斬ってくださいます? できれば顔は傷つけたくないので」

「そんなことするわけないだろう! いいからさっさと開けてくれ! 早くしないとうちの軍に見つかっちまう!!」

はいはい、どうせ私の言うことなんて聞く気ないのは分かっていましたよ。ま、どうせ死ぬなら中身の一つ確認しておきましょうか。

中身を確認した。一枚の紙が入っている。私はそれを見て驚きを隠せなかった。

『六月二十八日、ルグー川近郊で近衛軍衝突 八月七日、敵国の国境警備兵が越境し戦闘開始 十月十六日、第二王子が宣戦布告 十一月二十一日、第三王子が王都に向けて進軍 十二月二十五日、国王崩御 一月一日、王都炎上←ここまでに必ず逃げ出せ』

「え…?」

思わず声が出てしまう。これはどういうことだ。

あのアルヴィス殿下の字で書かれた手紙には、戦争が始まる日付と時間、そして逃げるべきルートまで書かれていた。

「これって……」

「見ての通りさ。最悪の未来を見てそれをそのまま書き記した。ただそれだけのことだ」

「未来が見えるとでも? まさかそんなことが……」

「そのまさかさ。軍事上の最高機密だから今まで言えなかったけど、僕には未来が見える。それも悪ければ悪いほど鮮明に……ね」

「そんなっ……じゃあ、あなたは御父上が亡くなることを、王都が燃やされることを知っておきながら何もせずにいたのですか!?」

「何もしていなかったわけじゃない! 未来を変えるために奮闘した! 婚約破棄したのだって侵攻を遅らせるためにやったんだ!! あれでだいぶ計画が狂って、王都襲撃が三つも遅れた。だから、君を救うことができた」

「なによそれ……じゃあ、婚約破棄は……」

「本心じゃない。君のことが好きなことに変わりない。もしこのピンチを救うことができたら、僕と結婚してくれ、フィメラ」

度肝を抜かれた。が、こんなことでたじろぐ私ではない。

「無事に逃げきれたらね。その時は……まぁ、考えてやってもいいわ」

「オーケー! その言葉、絶対に忘れるなよ!」

敵国の兵も味方も関係ない。私たちはただひたすらに逃げた。

結果から言うと、アルヴィス殿下が予知した通り、私たちは無事に逃げることができた。

そして今は、王都から離れた森の中にいる。

私は改めて木箱の中を見た。そこには一通の手紙が入っており、やはり一言一句違わない。ほっぺをつねってみたが、結果は同じだった。

「じゃあ、あなたは本当に……」

薪を集めている彼を見る。夜に備えて火を起こし、すぐさま次の行動に移る彼。それもすべて未来が見えているからなのだろうか。

「あぁ、そうそう。結婚する前に一つ言っておきたいことがあるんだけどさ」

「結婚するなんて一言も……」

「未来が見えるって言ったでしょ? あれ、嘘」

「え……?」

なによそれ。あんだけ自信満々に言っておいてそれはないでしょ。私をからかうためだったらだいぶ性格悪いわね、彼。

「そんな冗談、今は言わないでもらえます?」

「本当さ。未来が見えるなんて、そんな大それた能力この世界にあるわけないだろ? あれはこっちの計画書。つまり、計画通りことが運んだから、僕には未来が視えると君が錯覚したわけさ」

「なによそれ、じゃあ私を騙したってこと!?」

「そうじゃない。もし君を騙そうと思っていれば、こんな軍事機密、君にばらしたりはしないだろう。僕ができる行動が婚約破棄して計画を遅らせることだけだったから、せめて君が内側からアプローチをかけてくれれば何か変わったかもしれないと思ったんだけど……その様子を見る限り、そうはうまくいかなかったみたいだね」

「それじゃあ、もし私があの時木箱を放置せず、開けていれば……」

「こうはならなかったかもしれないね」

突きつけられる現実。そうか、そうだったんだ。もし私が彼のことを信じていれば。唐突な婚約破棄を不可解に思っていれば。もしあの時、木箱の中身を確認していれば……こんなことにはならなかったのか。なんだ、私が……全部私がいけないじゃん。私が……

大粒の涙がこぼれた。どんなにつらいことがあっても泣かないようにしようとしていたが、とうとう限界がきた。

「大丈夫だよ、僕がいる」

「あなたがいたって、何も変わらない」

「変わるさ、過去は変わらなくとも未来は変わる。僕と君の二人なら」

「絶対に助からない」

「絶対に助ける」

未来が視えるなんて嘘つくくせに。もう無理だよ。帰る家も、寝る場所も、王宮も侍女も全部全部失った。

「それでも君は助かる」

彼は一枚の紙を見せた。一月二日以降の内容が詳細にメモされており、最後には、三月二十八日 結婚と書かれていた。

どうして、どうしてこんな嘘をつくの。

しかし、彼の瞳は、嘘をついているようなそれではなかった。あぁ、そうか……。この人は、私を裏切ってなんかいなかったんだ。

すべてを失った私でさえも裏切らなかった。こんな私を救ってくれた。こんな……こんな私を……

そう思うと、涙が溢れてきた。

そして思わずアルヴィス殿下に抱き着いた。

もう会えないと思っていた。もうこの温もりを感じることはできないと思った。だけど彼は、そばにいてくれる。

アルヴィス殿下の胸の中で、私は泣き続けた。泣いて泣いて泣いて……泣き続けた。

「私に未来は視えません。だけど、過去と向き合うことはできます。それが僕の「能力」です」

私たちはこれからどうなるか分からない。未来なんて見えないから。でも、きっと後悔だけはしない。だって未来を見なくても、私の隣には彼がいるのだから。

「それで、お返事のほうは……?」

顔を赤らめ聞いてくる彼。なによそんなかわいい顔して。少しいじめたくなってくるじゃない。

「「過去」を見てから決めるわ。それがあなたの能力なんでしょ。せいぜい頑張ることね」

彼の顔が明るくなった。そして私に抱き着く。

「なによ、ちょっと……離しなさい!」

これからどうするかも、なにをするかもわからない。でも、未来が変わっていくことを信じる。

「僕と結婚してください!」

「だから、あとから考えるって言ってるでしょ!!」

彼と一緒ならば、どんな困難も乗り越えていける。そんな気がするのだ。


~完~

あとがき

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

本作はこれで完結となります。いかがでしたでしょうか? 楽しんでもらえたなら幸いです。

もしよろしければ、星とフォローをしていただけると嬉しいです。

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