切符
予定通りに貞三郎、明子、礼子は早朝に桜井家の館から出て行った。
ガタガタと揺れ動く車はある場所に着き停車した。ぐっすりと眠っている春花を矢鷹がおぶり藤光と付き人の後を歩く。階段を登り出てきたのは蒸気機関車。皆、白切符を持ち乗車した。蒸気機関車が動き出すが春花は起きる様子はない。
「春ちゃん全然起きない…傷つけないようにって事前に言ったのに…誰かさんが思い切り殴るから」
わざとらしく矢鷹を睨む藤光は隣に座る春花の頭を撫でる。
「気絶はしましたが、傷はつけてません」
「また…そういう問題じゃないって何回言えば…」
呆れる藤光。二人は春花が気絶している時からこのやり取りをし矢鷹は一度お叱りを受けていたが意味が無く、藤光は不機嫌になっていた。
「もういい!少し眠るから護衛してくれ」
普段から洋装をする藤光は被っていたハットをずらし、腕を組むと数分で寝息をたてる。付き人は前後の扉に一人ずつ立ち、藤光と春花が眠っている事を確認する矢鷹は深く溜息を吐いた。
「全く…藤光様はこの娘を寵愛しすぎだ」
矢鷹にはわからない感情だった。両親から愛された記憶は無い。息子そっちのけで父と母はずっと愛し合っていたからだ。
そんなある日、両親は矢鷹が朝起きた時には居なく、静まる家の中はガランとしていた。昨夜あったものが無くなっていたのだ。
「茂…様?ち、千代…様?」
父、母と呼ぶ事を許されなかったか矢鷹は物心ついた時にそう呼ぶようにと教えられていた。
小さかった矢鷹はそれでも一日待ち、次の日になり探しに行くが、見つからず仕舞いには迷子になっていた。生まれた時から持っている妖怪が見える目のお陰か、人間に関わらずとも数日は生きれた。それでも限度があり最初は好意的な妖怪も次の日には豹変し助けた代償を求めてくる。その度に伸ばしっぱなしの髪を無造作に千切って渡していた。
助けを求めてふらふらと歩き人の道に出るが、ボロボロの着物、不揃いの髪、汚れた身体からは異臭が漂い始め助けるどころか皆、矢鷹から避けるように歩いては無視をしていた。
「あの子供、もう長く無いだろうね」
そんな言葉が聞こえくるが誰一人とも近寄らず、手を差し伸べる事をしなかった次の日までは。
歩く事をやめ、助けを求める事もやめた。矢鷹は橋のそばで座り寄りかかって目を瞑り時間が経つのを待っている。
目を開けると妖怪が群がっているからだ。
死にたい…死んだら目の前の妖怪達が食べてくれるだろうか…
何故か口角が上がり笑う矢鷹はそれだけを楽しみにその時を待っていた。
ニオイ ガ コクナッテキタ モウスグ
モウスグ ダ モウスグ モウスグ ハヤク
「何がもうすぐ何だい?」
群がる妖怪達は一斉に声がする方振り向くが、男はズカズカと妖怪を割って入りその中心部に辿り着く。
「子供…ってまだ生きてるのか?」
脈を測り上がる腕に矢鷹はそっと目を開ける。
それが藤光との出会いだった。




