はちみつ
良い匂い…頭と身体がふわふわするそれに…視界が…白い…私とうとう天国に来たのね…
薄ら目を開けぼーっと天井を見つめる。春花は白いカーテンに覆われたベッドで眠っていた。
「ああ!お目覚めですか?おはようございます」
シャッとスライドするカーテンからは満面の笑みの男性が顔を覗かせる。
春花は自分に置かれてる状況が分からず声を出そうにも出なかった。
「さっきまで貴方は仮死状態で死ぬか生きるかの瀬戸際でした。あっちょっと待ってて下さい蘭子様」
……それは母の名前…
男は急いで部屋を出ると数分で戻ってきた。
「お待たせしました。これを飲むと少しは楽になると思います」
力が入らない春花に男は背に手を入れ上体を起こす。
渡されたのは黄色い暖かい飲み物だ。一口飲むと柑橘系の香りが鼻から抜け優しい甘みが春花の心を安心させる。
「はちみつレモネードです。少しは喉が楽になるといいんですが…ってどうしました?もしかしてお口に合いませんでしたか?」
春花は首をゆっくり左右に振る。久しぶりの暖かさに触れた春花は気を張っていた糸が切れた様に涙が頬を伝っていた。
はちみつレモネードを飲み終えた春花は男にカップを渡す。
「ご…ち…そ…う…さ…ま…で…す」
まだ掠れ声だが初めて聞いた春香の声に男は安堵していた。
「少しは良くなってるみたいですね…あっ自己紹介がまだでした。レオンと申します。私はずっと貴方のことを待ってました」
微笑みを浮かべる男に対し春花は待っていたと言われ驚きを隠せずにいた。何故なら彼の姿は金髪の碧眼。どっからどう見ても異国の姿だったからだ。
こんなに目立つ人なら絶対覚えてるけど…
「って言っても私と貴方は会ったこと無いので私の片思いですが…すぐにわかりました」
言いたいこと聞きたいことが沢山あるが今の春香にはそれが出来ない。
「今はしっかり休んでください。貴方にできる事はそれだけです…また来ますので何かありましたらこのベルで私をお呼び下さい。すぐに来ます」
一人になると色々な事を思い出す。それは悪い事ばかりで本当は思い出したくも無い事。
直接される事もあるが間接的にされる事もあった。それは、最後に入る様に言われていた風呂は決まって水風呂だったり、その隙を狙って部屋の物は少なくなっていたりもした。中には母から貰ったペンダントもあった。他にも色々された。最初は父に言っていたが父は聞く耳を持たない。余程再婚した明子が好きだったのだろう。通っていた女学校もいつの間にか退学させられて、父からも見捨てられてからは部屋に籠る様になっていた。だが、そんなことも最後には母との記憶が打ち消してくれる。
母が全てだった春花はいつの間にか眠っていた。