夕暮れの記憶
烏天狗の村から離れたスイゲツは春花を連れゆっくりと飛んでいた。
「ねぇ、羽根団扇を忘れたのはわざとだったの?」
「そうだよ…あの団扇は俺以外の妖怪には持つことは愚か触れる事さえできない…」
遠い夕陽を見つめながら飛び続けるスイゲツの羽は沈みゆく太陽の色をしていた。
「かけていたんだ…」
「それって」
「うん…元からあの村を出るつもりだったが、俺はずっとそのきっかけを探してた…だけどある日に、ただ手を切っただけで烏天狗達は先生に無理言って入院させてもらった時…人の気配を感じたんだ。もうこれしか無いと思ったんだよ…人なら」
「羽根団扇に触れる」
頷くスイゲツは穏やかな表情だ。
「みんなを巻き込んだのは悪かった。でも父が最後に母様に言ったあの時から俺は村を憎んでいたんだよ」
「何て…言ったの…」
「それ言わせる?」
「ごめん」
フッと薄ら笑いするスイゲツは停空飛翔すると春花の額と自分の額をつける。
春花の脳裏に映像が流れ込んでくる。それはスイゲツが見ていた記憶。
「可愛い私の子…私とあなたのお父様が必ず守るわ」
優しい声に優しい瞳、その中には強い意志が感じられる。あやされる赤ん坊は今にでも眠そうに母親をじっと見つめていた。しかし、そんな優しい時間に割って入ってきたのはカゲツだった。
「カゲツ様。集会は終わったのですね!見てくださいスイゲツはもう少しで眠りそうなんですよ」
嬉しそうに話しかけるヒヨリはカゲツにスイゲツを見せる。
「………」
「どうされました?」
「白いな」
不機嫌なのかカゲツは冷たい目をしていた。
「美しい子です…それにスイゲツは目元とかカゲツ様にそっくりなんですよ!」
ヒヨリは楽しそうに話しているがカゲツは黙ったままだ。
「ほら、耳の形とかも…」
楽しそうに話す声とは無縁の音が鳴り響く。パーンと響く音は話途中のヒヨリの声を黙らせた。カゲツはヒヨリに手を挙げたのだ。
赤みを帯びる頬を片手で押さえるヒヨリは下を向いていた。
「殴ってすまないヒヨリ…それよりも、こんな白い化け物は忘れて新しい子を生まないか?」
「………」
「例え君が当主家で托卵をしていても今なら水に流せる」
「………」
「今ならみんな許してくれる。だから、な!」
「………」
カゲツはヒヨリの肩を抱くが、ヒヨリはゆっくり立ち上がり、スイゲツを布団へ戻すと優しく頬に触れた。ヒヨリは潤む瞳を押さえ笑みを浮かべ背を向けた。
「ヒヨリ!どこに行く」
障子戸を開け振り返るヒヨリの頬には涙が伝っていた。
「待て!ヒヨリ」
黙ったまま飛び出したヒヨリの事を追わずにカゲツは溜息を吐き出し部屋を出て行った。




